42 真琴は口説いてみた
マジュネル大陸の魔物や獣人を観察し、真琴なりにこの大陸を理解したつもりだ。
(つまり、あまり深く考えなくてもどうにかなるってことだよ。でもって流されたらとんでもないことになる。ここは誰もが自分の気持ち優先で生きる愛と野生の王国)
獣人の割には理性的なカイトにしても、真琴が子供だろうが大人だろうがどっちでもいい感じだ。
男の子でも女の子でもどっちでもいいと言ってたし、あの分じゃ真琴が獣人でも魔物でもどっちでもよさそうだし、更に言うなら幻獣や普通の人間でもかまわないって言いそうな気がする。
そこはマジュネルの民らしく、とてもいい加減だ。
(なら、カイトは私がもらってもいいんじゃないかなぁ。だってこの大陸、口説くのは別に男女どちらからでも良さそうだし、「やっちまって手に入れたもん勝ち」ってのが基本ルールだよね?)
とはいえ、真琴はまだ子供だ。ジンネル大陸なら結婚適齢期に入ったと看做される年でも、この大陸は感覚が重視されるので子供扱いだ。
だけどカイトもかなり真琴を好きっぽいし、子供だから甘やかしてくれてるけど、こんなにも独占しているということは大人になったら恋人にって考えてるんじゃないかと、皆からも言われてしまった。
だからこれはいけそうだと踏む。
(子供を保護したとしても妻のいない獣人なら面倒見のいい里に預けて育ててもらうもんだって、馬の旦那さんも言ってた。なのに、ここまで群れの子を独占しようとするなんて魔物の執着以外のなにものでもないって、女将さんも言ってた。・・・カイト、魔物系の獣人なのかな?)
真琴は自分が欲しいものは欲しいタイプなのである。
お気に入りのシルバータイガーを手に入れる方法を考え始めた。
(うん。どうすればいいかよく分からないから保留しておこう。要はいつも引っ付いていればいいのだ)
さて。
いくら溺愛されてる群れの子でも、やはりカイトに全ての経済的な負担をかけるのは真琴も良心が痛む。
「というわけでっ。私は働こうと思いますっ」
「おー、頑張れ」
そりゃ凄いなと、大きく宣言してみせた真琴の頭を撫でるカイトは、
「そんなら俺はどうするかな」
と、そんなものだ。
基本的にマジュネル大陸は、どこの集落でも働き口はある。たとえば布を織る。服を縫う。料理を作る。そういったことも日雇いで働かせてもらったりするのだ。
何故なら毎日そういった仕事に就いている人間も日雇いだからである。給料は毎日払われる。
その代わり退職金制度はない。簡単にクビにもされてしまう。ついでに金を払う価値がなかったらお断りされる。
そういうわけで真琴は、月夜のダンスを愛する村のお仕事斡旋所に行ってみた。
「ふーん。とりあえず初心者向けなら布でも織ってみるかい? あれなら単純作業だからね」
「じゃあそれっ」
「後ろの兄さんはどうするね? 男手は大歓迎だよ」
ちらりとカイトの肉体を値踏みする目。
斡旋所では肉体労働の募集が多いらしい。
「今日の所、俺はこの子の付き添いだ。まだ目が離せないんでな」
「それもそうか。まだ子供だもんねぇ」
「ああ」
「ぶー。カイトは過保護なんだよっ」
文句を言いながらもカイトが一緒なら安心だと、真琴はその布を織る作業所へ行ってみた。
「初めてかい? じゃあ、最初は一番安い奴からだ。上手になって織り方を変えられるようになったり、整った布地になればなるほど値段も上がるからね。頑張んな」
そう言われて指し示された機織りの前に座り、真琴は教わった通りに手や足を動かして布を織っていく。
キィ、パッタン、シュウッ、キィ、パッタン、・・・。
(何てゆーのか、・・・眠くなる)
そこへカイトから笑いを含んだ声が掛けられた。
「マコト。ちょっと代わってくれないか? 一度やってみたかったんだ」
「んー。いいよぉ」
ちょうど眠気がきていた為、真琴はカイトの座っていたベンチと機織り前の椅子との位置を交換する。
シュルッ、キィパッタン、シュルッ、キィパッタン、・・・。
男だからか、真琴よりも速度を上げてはいるが、やはり眠気を誘うリズムだ。
日差しも柔らかく、あふっと欠伸した真琴はそのまま寝入ってしまう。
(やれやれ。まあ、予想はしてたがな)
真琴を腰掛けた姿勢ではなく横にしてやると、カイトは再び織り始めた。こういうのは里の家でもやっていたから慣れたものだ。昔のこととはいえ、体が覚えている。
(少し織り方を変えるだけで値段が上がるんだが。初心者用だからシンプルでいいか)
カイトは獣人らしからぬ真面目さと根気を持つシルバータイガーだった。
同じリズムでトントンと順調に布を織っていってしまう。
「マコト、起きろ。最後の始末のやり方はちゃんと見とけ」
「んー? んー」
基本は教えておいてやらねばならないだろうと、カイトは布の終わりまできてから真琴を起こした。
「最後はこうやるんだ。見てろよ」
「んー」
「おい、目を開けろって」
「んー、開けてるよぉー」
返事はしているが、真琴の目はどう見ても閉じている。
(駄目だこりゃ)
諦めてカイトは全て終わらせてしまった。
「ほいよ、これでいいかい?」
「ああ、いいともさ。なんだい、お嬢ちゃんは寝ちまったのかい」
「あれは人間の血が入っててな」
「道理でね。人間はかなり疲れやすいっていうもんね。それじゃ仕方ない」
夕方までやれば一日分の給料をもらえるが、面倒だったのでカイトはその布分ということで賃金を受け取り、真琴を抱えて宿屋に戻る。
寝台に寝かせてやれば、すぴすぴと本格的に寝てしまった。
(夜にあれだけダンスしてりゃ昼間は眠くて当然だろうに)
夜行性のカイトは、日中とて寝ぼけながらもそれなりには動ける。基本的な体力が違うのだ。
さりとて魔物や獣人など、動けるからといって動くわけではないのも事実なのだが。
(馬鹿だな、マコトは)
けれどもそこが可愛い。
日雇いで働けると知った途端、目を輝かせて「やりたいっ」と、言い出すところが。
(俺、かなり金はあるんだぞ?)
腕のいい運び屋として何でも屋まで兼ねていた自分だ。色々と儲けさせてもらった。
その寝顔を見下ろせば、最近、夜でも変化しなくなったなと、そこが残念な気にもなる。
どんなに眺めていても近頃の真琴は黒髪のまま朝を迎えていた。
(まあいいよ、お前はまだ子供で。いきなり背が伸びたり、体が大人になったりしてたのは、船の姉さん達や街の女達に張り合いたかったからだと、自惚れてもいいのか?)
この頃、真琴は不安そうな顔を見せなくなった。
自分からもカイトの頬に、キスしてくるようになった。
誰かに声をかけられても、ちゃんとお断りできるようになった。
おはようのキスとおやすみのキス。
唇にするそれに真琴からの愛情を感じるのは、男として見られているからだと信じていいのだろうか。
(それでも、俺からは言えない)
決定的なそれに踏み込めないのは、カイトが経済的なものを握っているからだ。経済的強者が弱者に愛を告げたなら、それは自由意思や決断に少なからず脅しを与えるようなものだろう。
だけどそれは真琴も同じことだ。
今の真琴から愛を告げられても、カイトはそれを世話されている遠慮からくるものじゃないと、そう信じられるだろうか。
(いや、疑う必要はないな。マコトだし)
自分の感情に正直な真琴だけに疑う必要は全くない。
考えてみれば、カイトが愛していると言ったところで、真琴はそれでご機嫌になる程度だ。
(そうだな。真琴に変な遠慮はないだろう。やはり子供は心も伸び伸びと育てなきゃいけない)
誰よりも可愛い初めての群れの子は、甘えん坊な弟なんだか妹なんだかへの愛情と、その笑顔が愛らしい一人の娘としてへの恋情とが入り混じって、カイトもどうすればいいのか分からなくなりつつある。
そんなカイトを振り回す真琴は、ブーブーと文句を言いつつもカイトに飛びついてきては甘えまくりだ。
(それでも俺は大人だ。やはりマコトの未熟な心につけこむような真似はしちゃいかんだろう。だが、あんなに可愛いマコトを誰にくれてやれるというんだ)
本来、そんな迷いは獣人が考えることではなかった。
愛について迷いを抱く時点で獣人失格だ。
(だから俺、獣人に向いてなかったんだな。ここまで獣人でありながら獣人だと信じてもらえないことがあってよかったんだろうか)
向いてるかどうかで種族を決められるのなら苦労はしないが、
「感じた瞬間が運命の時だぜっ。今という刹那は二度とねえっ」
な獣人の考え方は、兎にも角にもまず色々と考えてしまうカイトには別次元のものである。
(性格的にはマコトの方が獣人に向いてたかもしれん)
寝台に寝かされて夢うつつにも、
(あ。ここ、もう本格的に寝ていいとこだ)
と、感じたのか、大の字になって寝始めた真琴の頭を撫でて、カイトは小さな溜め息を落とした。
罪悪感など持たず、普通に断ればいいだけだと理解してから、真琴もマジュネル大陸でビクビクせず対応できるようになった。
(運命の出会いって言葉、単に、「あ、君、かわいーね。幾つ?」レベルだと思えばいいだけなんだよね)
言葉に惑わされてはいけない、全ては心で感じるのだ。
ハートが全てだ、そして愛は何よりも優先される。
大事なのはそんな自分が大好きだという愛・・・!
「そこの蛇のお嬢さん。そろそろ恋人はご入り用ではないかな?」
「もう私、魂の片割れはいるんだ。お断りするけど、あなたもいい相手が見つかるといいね」
「おや、残念。ありがとう、頑張るよ」
月夜のダンスを愛しているのか、月夜のキノコベッドを愛しているのか、満月じゃなくても踊っている人はどうなるのか、よく分からない村には鳥系の魔物や獣人が多い。
だから真琴は蛇一族の子だと思われていた。
それでも疑問に思うことを訊けば、ちゃんと答えは返ってくる。
「だけどさぁ、蛇と鳥なんて組み合わせ、危ないだけじゃない? 卵、食べられちゃうって思わないの?」
「そんなこと親になってから考えればいいさ。大事なのは今だよ。そんな固い心を打ち破って、さあ、今夜のダンスへと飛び出そう」
「いや、今お昼・・・」
「なんという頑なな心なんだっ。いいかい、蛇のお嬢さん。誰もが月夜のダンスを愛しちゃいるが、昼間のダンスだって愛しちゃいけないわけはないんだ。愛、それに国境はない」
手を引かれてフォークダンスに付き合わされながら、どこまでも行き当たりばったりなんだなと、真琴は学んだ。
(何故、私はキノコの胞子入り瓶を買いに来て店員さんにナンパされた挙句、店内でダンスしているのでしょう? しかも他のお客さんも踊ってるしっ)
そうして気に入った色の瓶を選び、買い物をすませて宿屋に戻れば、カイトは宿屋の庭にあるベンチで新聞を読んでいた。
木陰になっているそこは、気持ちのいい風がくるとっておきの場所だ。
「カーイトッ、何読んでんのっ」
背中から抱きつけば、後ろ手で真琴の頭を撫でてくる。
「ああ。やっと十日分の新聞が出されたらしいからまとめて読んでた。お前も読むか?」
「なんで十日分・・・。新聞は毎日出されるものだよ」
「編集長の三回目の結婚式後だとかで休みだったらしい。最初の一面に、
『結婚したらハネムーンって当たり前だよね。だけど十日で切りあげたよ。待っててくれてありがとうっ』
とか、そんなのが出てる。で、溜まっていた十日分のニュースを記事にしたらしい」
「他の人が働けばいいだけじゃないのかな」
「きっと他の奴も、ラッキー、なら俺も休むか、ってなところだったんだろ」
あまりにも緩すぎるそれも、慣れたら味だと思えるから不思議だ。
真琴が魔物や獣人とも普通に会話できるようになったと分かったからだろう。カイトは一人での外出練習もさせるようになった。
「ねえ、カイト。そろそろ次の村に行こうよ」
「そうだな。じゃあ、明日にでも出るか。次の村は遠いから途中は野宿になるぞ」
「うん、いいよ」
こうやって根無し草のように放浪するのも楽しいと思える。
だけどそれは、一緒にいてくれる人がいるからだ。
「ずっとこうしていたいね」
「そうだな」
買ってきたのは、キノコの胞子からできるという、暗闇でぼんやり明るくなるランプみたいなもの。
大体、三ヶ月間は毎日暗くなると明るくなるらしい。
キノコのそれを煮詰めて透明ガラスに入れたものが販売されている。
「気に入ったの、買えたか?」
「うんっ」
好きな色を選んで買って来いと言われたから、真琴は色々と悩んで白っぽい水色の灯りにしてみた。
「きっと野宿の時にもこれが光るから、キノコベッドを思い出せるね」
「そうだな」
だけどちょっと真琴にも不満がある。
「カイトはいっつも『そうだな』しか言わないっ。私ばっかり話してるっ」
「と、言われても。お前に話してやることなんて特になかったしなぁ」
困ったような顔になるカイトは本気で悩んでいるらしい。
だから真琴が教えてあげるのだ。
「そういう時はね、キスしてくれたらいいんだよっ」
「なんだかなぁ。どうして俺がお前に教わるようになってんだかな」
ぼやきながらも、細められる水色の瞳は笑っている。
「本当にお前は甘えっこだな」
「そんなことないもーん」
それでも新聞を畳んで、カイトは真琴をひょいっと片方の肩に抱き上げた。
「もう読まないの?」
「お前がちゃんと帰ってくるか心配だから外で待ってただけだ。戻ってきたなら部屋で読むさ」
「えへっ」
「どうせ俺がお前じゃなく新聞を見てたのが気に入らなくて邪魔すんだろ。一緒に読もうな」
「違うもんっ」
俵を担ぐようにして真琴を運びながら、
「さて、荷造りして明日は朝から出るか。この新聞によるともうすぐ花園が出現するらしい」
と、カイトが呟く。
「花園?」
「ああ。年に一度だけ見渡す限りの特別な花が一気に咲く場所があるのさ。二週間ぐらい続くんだが、それを見に行ってもいいだろ? 花というより綿帽子か? まあタンポポの綿毛みたいな花なんだが、淡い色がうっすらとついているんだ。みんなが見に押しかける」
「見たいっ」
「大丈夫、十分に間に合う」
パタンと借りている部屋に入ってドアを閉める。
「咲くのはお前みたいな花だよ」
そうしてカイトは肩からおろした真琴に、綿毛が触れるようなキスをした。
基本的に真琴は野宿が嫌いではない。
防水した布を張ってテントみたいな屋根をカイトは作ってくれるから、まさにキャンプ気分でわくわくする。冷えないように焚き火をしてくれるからパチパチと弾ける炎を見ているのも楽しい。更にはカイト自身が虎になって真琴を温め続けてくれる。
「こうやってキノコの灯りもあるのって綺麗だね」
「そうだな」
テントの奥に置いておけば、ぼうっと隅っこで白っぽい水色の光を放つ。
焚き火の光が届かなくても安心できて悪くないと、真琴は思った。
「もうすぐお湯も沸く。コーヒーでいいか?」
「うん」
野宿の時のコーヒーはかなりカッコいい。
まず、焚き火でお湯を沸かす。荒く挽いてあるコーヒーの入ったそれに一気にそれをぶっかけて抽出する。ペーパーフィルターはない。金属の小さな穴を通してコーヒーの液体が落ちていくのだ。出来上がったコーヒーはコーヒーかすも混じっていたりするが、そういうワイルドなのが当たり前といった感じだ。
「なんかカウボーイになった気分」
「何だそりゃ」
カイトが変な顔をするが、こうして金属のカップを使うのも味があると、真琴は思っている。
はふはふしながら熱いコーヒーを啜っていると、まさに大地の上で生きている気分になるのだ。
真琴の為にカイトがカップに入れてくれた氷砂糖の粒が、段々と溶けて甘みを少しずつ増していった。
(最後の溶けきったそれとコーヒーの終わりかけを合わせるのが楽しいんだよねっ)
それは密かな真琴のこだわり的な飲み方だ。ちょうどいい甘さに成功したり、うまく溶けきらずに失敗したりだけど、それも楽しい。
底の方はコーヒーのカスが溜まっているから残すのだが、そのカスを飲まないようにしつつも味わうのが「ザ・野宿」という感じで楽しかった。
こうやって星空の下、二人で寄り添いながら焚き火を見つめていると、心がとても素直になっていく。
「ねえ、カイト」
「なんだ?」
「こうやって傍にいるのっていいね」
「そうだな」
真琴の額に、カイトが笑ってキスした。
一緒に並んでいると、まさに獣人の家族みたいでほのぼのとしてしまう。
「その内結婚したいな」
「そうだな」
「・・・・・・おぅ」
カップを持ったまま、ぽろっと出てしまった言葉に自分でも硬直してしまった真琴だ。
けれどもカイトの手が真琴の黒髪を撫でていった。
「大人になったお前が俺を選んでくれたなら」
聞き間違いではないと言うかのように、追加の言葉が耳を通っていく。
二人は黙って焚き火を見ていた。
炎に照らされた二人の頬はオレンジ色だ。
(どうしよう。気まずくなるかと思ったけど全く気まずくない。けど、どうすればいいのか分からない。こういう場合はどうすればいいんだろう)
パチパチと炎が弾ける音は響いていたが、真琴はそれよりドクドクという心臓の鼓動を感じていた。
どさくさに紛れて自分から婚約をねだり倒してしまった真琴だったが、落ち着いて考えてみれば大きな障害が立ちはだかっていた。
(私が大人になったらって、・・・いつ大人になれるの、私?)
毎日を遊び歩いている今の現実に、真琴は衝撃を受ける。
一人で生きていけるようになったら大人だと言われたような気がするのだが、こうやって旅をしていては、いつまでたっても自分は大人になれないのではないだろうか。
これは由々しき事態だ。
「なあ、マコト。どうして俺はお前に馬乗りされてなきゃいけないんだ?」
思い立ったが吉日な真琴である。
昼食を終えたカイトが、
「日中の一番日差しがきつい時間帯に移動してもしかたないだろ。木陰で昼寝しような」
と、敷物を敷いてくれたものだから、そうして二人で昼寝していたものの、はっと気づいて問い詰めようと、真琴は横で眠っていたカイトのお腹に跨った。
「普通に起こしてくれればいいんだが。けどな、まだ日差しはきついと思うぞ?」
寄り添って眠っていた存在が自分の腕をするりと抜けたのは夢うつつにも分かっていたが、それはトイレか何かだろうと思っていたカイトである。
まさか腹の上にででんと乗られるとは思わなかった。
本当に退屈しない子である。で、どうしてこの黒髪の少女は唇を引き締めているのか。
「どうした、マコト? 辛い夢でも見たか? ・・・そろそろ前髪も切ろうか。それじゃ目の前が鬱陶しいだろ」
カイトが手を伸ばせば、目を閉じてその手に頬をすりすりと擦りつける。
そんな真琴はどこか虎の子供のようだと、カイトは思った。やっぱり真琴は獣人の子供に生まれるべきだったのだ。
「カイト、・・・私が大人になったら結婚しよって言った」
「そうだな」
「だけどこーゆーことしてたら、私、いつまでたっても大人になれないよねっ?」
「は?」
寝起きのせいか、頭が回らないカイトは、事態の把握をしかねた。
じとっと恨みがましげな焦げ茶色の瞳がいつの間にか開いている。
「別に誰だって生きてりゃいつかは大人になるだろ?」
「だってカイト、自分で生きていけるようにならないと大人じゃない、言った」
「え? ああ、何だ、そんなことか」
ふぁあーっと大きく欠伸をして両手を頭上に伸ばしたカイトは、どうでもいいことだと言わんばかりに昼寝の続きをする体勢になっている。
両手を頭の下に組んでカイトは目を閉じた。
「別に俺の奥さんなら問題ないだろ。それだって立派な仕事だ」
「へ・・・」
再び寝ようとしてしまうカイトに置き去りにされてしまった真琴だ。何でもないことのように言われて、振り上げた拳を下ろせない状態になってしまう。
どうしたらいいんだろうと、カイトのお腹の上に跨ったまま考えていると、目を閉じたまま、カイトが尋ねた。
「嫌か?」
そのまま「嫌じゃない」と答えたら、自分が馬鹿みたいだ。なんだか負けたような気分になってしまいそうだと思って、真琴は口を噤んだ。
「マコト?」
「それ、・・・いつ?」
だから真琴は尋ね返す。
少し考えたらしいカイトが目を開ける。
「お前が大人になれば俺には分かるさ。言っただろ。俺達は見た目じゃ判断しねえ。お前はまだ子供だよ、マコト」
「むぅっ」
そこで、ぷぅっと頬を膨らませた真琴の頬を、カイトはちょんちょんと指先でつついた。
「拗ねてないでまだ一緒に寝よう、マコト。いいじゃないか。大人になっても俺と一緒にいてくれるんだろう?」
腹筋だけで上半身を起こしたカイトが真琴の顔を両手で挟み、からかうような表情で鼻の頭にキスをする。
「カイトはすぐごまかすぅっ」
「ごまかしてなんかないさ。今の時間は今しかないんだ。お前はゆっくり大きくなればいい」
真琴の方から結婚したいと言われてしまったカイトは、一気に焦りが消えて寛容になっていた。
こういうことで真琴は嘘など言わないからだ。ならばもうこれからの真琴も全て自分のものだ。どうして慌てる必要があるだろう?
だから頬にキスして、すぐ近くで視線を合わせる。
「子供のお前も大人のお前も愛してる。だからちゃんと食べて寝て遊んで大きくなれ」
「・・・・・・ぶー」
大きくなれというが、普通、16才過ぎても背は伸びるのだろうか?
11才に思えているカイトの頭の中では、真琴はこの後も成長期なのだろうか。
なし崩しに抱きこまれて再び寝転ぶ羽目になった真琴は、ちょっと遠い目になった。
(ま、いっか)
大人になるまで面倒みてくれるらしいし、大人になったらずっと一緒にいてくれるらしいし。
それに昼も夜もカイトは自分の傍でいてくれる。
「起きたら前髪を切ってやるからな。後ろの髪も伸びてきたし、どこかの村で似合う飾り紐でも見つけよう」
「うん」
「今夜は俺の背中に乗せてやるから」
「うんっ」
すぐさま真琴は機嫌を直した。
一度、星月夜に虎になったカイトの背中に乗せてもらって暗い草原を歩いてもらったのだが、それこそ満天の星が落ちてきそうなぐらいに沢山で夢のように素敵だと感動した真琴だ。
それ以来、カイトはちょくちょく夜になったら虎の姿になって真琴を背中に乗せてくれる。
真琴の中ではロマンチックな二人きりのデートだ。
(夜泣きして散歩に連れ出される赤ん坊と同じか。どんなに背伸びしても、まだまだ子供なんだよなぁ。可愛いけど)
だがカイトの方は、夜なのに寝ないで泣きじゃくる赤ん坊を外の散歩に連れ出して眠らせる母親の気分だった。
どうせ夜行性のカイトだ。体力も有り余っている。かえって日中に移動するよりも行程がはかどるというものだ。
「今日の星空、綺麗かなぁ」
「ああ。雲も少ないしな」
お互いの認識はともかく、二人とも満足しているのだから問題はない。
明日には綿帽子のような花が咲くその場所に着けるだろう。
花園の出現というのは、どこか野原一面が花園になるのだと、真琴は思っていた。
「す、凄すぎる。凄すぎるよ、カイト」
「落ち着け。花園は逃げない。な?」
けれどもこれは花園じゃない。誰も花園とは認めない。・・・いや、マジュネル大陸の住民は認めるのだろう。
「森や山まで思いっきり花が浸食しちゃってるよ。あれってどういう仕組みなのっ? なんで違う木なのに同じ花をつけちゃうのっ? でもって、お空にもお花が乱れ飛んでるよっ」
タンポポの花みたいな綿毛の花というのは意味不明だったが、実物を見て理解した。
普通、タンポポの花は、沢山の小さな黄色い花弁が円形になった一面についている感じだ。そして綿帽子は、白い綿毛が球形についている感じだ。
けれどもこの花畑の花は、うっすらと淡い色がついた綿毛がまるでタンポポの花のように咲いているのだ。
だから黄色いタンポポが柔らかな色合いになったと思えばいいのかと思った。
が、しかし。
タンポポの花と綿毛をミックスしたようなその花は、飛ぶのだ。そして色々な木々の葉っぱや枝に着地する。
だから野原だけじゃなく岩や葉や木々の枝にもその淡い花がてんこ盛り状態となっていたのだった。
「すっごぉい、いろんな色があるよっ。大きさも違うよっ。こんなに沢山、どっから増殖して咲いちゃったんだろうっ」
「ははっ。さあ、皆が遊んでるだろう? マコトも走り回ってくればいい。後から後から花は咲くんだ。だから服とかについたりもするんだが、頭の天辺に咲いてもらおうって、みんなで競争したりする」
そう言いながら、ちゃっかり荷物はカバーで覆って花が入りこまないようにしているカイトだ。
「え? じゃあ、飛んでるのを捕まえて自分にくっつければいいんじゃない?」
「それが無理にくっつけようとしてもくっつかない。花が勝手に着地しないとくっつかないのさ」
「ふわぁあ」
真琴の周囲にいる風の妖精達も、花を追いかけて遊んでいる。
「じゃあ、カイトと競争だねっ。頭の天辺につけばいいの?」
「どこでもいいのさ。ただ、二週間はくっついたままだから、鼻の頭とかにくっつくと、かなり笑える」
「・・・うぇ」
けれども空を飛んでいる魔物や、地面を走っている獣人達はとても楽しそうだ。
遠くで子供達の集団もいた。
『はーい、それでは三つのお花に七つのお花を足したら何個になるでしょう?』
『んーっと、んーっと、11っ』
『えーっ、10だよ』
『9だと思うなっ』
『さあ、では捕まえたお花で数えてみましょうねー』
どうやら学校の先生が屋外授業で連れてきたらしい。
授業で使う花を捕まえようと、子供達が鳥になって追いかけていた。
もたもたと変身したくても慌てると変身できない子供に、見ていた大人の獣人が花をプレゼントしたりしている。
「普通、花園は荒らしちゃいけないと思ってたよ。だけどみんながお弁当広げてピクニック」
「そうだな。俺達もここでしばらく野宿してみるか。花がうまく着地してくれたら帰るって人も多い。二週間たって枯れるまで、色が変わったり大きさが変わったりしてかなり楽しめるんだ」
「え? 大きさが変わっちゃうのっ?」
見れば、あちこちで屋台も出ている。
真琴はちょうどいい木陰を探して、防水布を敷いてからお気に入りの青い布を敷いた。
「奥さん、レモネード二つ。兄さん、パンと鶏のガーリック焼きを二つずつ。あ、姉さん。そっちのプディングも一つくれ」
「甘目がいいかしら、それとも酸っぱい方がいい?」
「はいよっ」
「はーい」
「一つは子供用に甘めで頼む。模様入りのカップだ」
カイトが幾つかの屋台で適当に買いこんでくる。
彼が愛用している折り畳み式のトレイは大活躍だ。
最初は金属の棒が連結されているのをどうしてクルクル巻いて腰にさげているのかと思ったが、クルクルしているのを広げて平らにし、両脇をやはり金属の棒で固定してしまえば、スノコ板みたいになった。簡易トレイになるし、洗った食器を伏せておく水切り籠にもなるし、荷物を置いておくこともできる。
「お、マコト。コーヒー挽いてくれてたのか」
「うんっ。食べ終わったら飲もうね」
「ああ」
戻ってきたカイトが、そのトレイを二人の間に置いた。フライドポテトやぶつ切りにしただけのピーマンやトマトもワイルドだ。
ピーマンやトマトは全く味つけされていないが、フライトポテトの塩気で食べればいいといった感じらしい。さすがはマジュネル大陸。どこまでも潔い手抜きっぷりだ。
「いっただっきまーす」
「ほら。ちゃんとナプキンつけとけ」
カイトが使っている金属カップに比べて真琴の模様入り金属カップはまだまだ綺麗だ。ギバティールのカイトの家から持ってきたカップは無骨すぎるだろうと、カイトはマジュネルの港町で真琴用に模様の入ったカップを買ったのである。
「そういえば花がご飯に着地しちゃったらどうなるんだろう」
「食べちゃえばいいんじゃないか? やや甘い味らしいぞ。色によって少し違いがあるそうだが」
「・・・食べ比べた人、いるんだ」
「大抵、追いかけて毎年味比べしてるな」
とりあえず淡い紫色の花が飛んできてトマトにくっついたので、真琴はパクッと食べてみた。ほんのりバナナ味だった。




