30 真琴は女の子扱いされた
カイトに言わせれば女の子には危険がいっぱいだそうだが、マジュネル行きの船はとても安全で平和だ。
どこかに連れていかれるどころか、皆が真琴を見ると笑顔で声をかけてくる。
船の中で真琴が皆に可愛がられているのは、乗っているのが大人ばかりだということもあった。ジンネル大陸で暮らしている魔物や獣人の夫婦にできた子供というのでない限り、わざわざ乗ることはないからだ。
ましてやマジュネル大陸に暮らしている魔物や獣人も、子供をわざわざ他の大陸にまで連れていこうと思うことはそうそうない。
だから女の子だと認識された真琴は、女性用の大浴場に行ってから考えこんでしまった。
何故ならば誰もが裸で入っていたからである。
「ねー、リリアさん。どうしてみんなボゥンってきてキュッときてバァンとくる感じなんだろう」
普段は色々な姿で過ごしているが、大浴場では人の姿で入るのだと、真琴は知った。
それからずっと考えこんでいる。
(どうしよう。どの女の人達もセクシークイーンばかりだ)
海の上なのに、船は陸上よりも実は誘惑の楽園だったのだ。
マストの下で座りこみながら、真琴はリリアに話しかける。大抵、リリアはデッキから一段高いそこにいるからだ。
緑の大蛇であるリリアは、人の姿をとればスレンダーながらも婀娜っぽい雰囲気のある姐さんだ。
あまりに濃すぎて黒にしか見えない緑の髪に、底知れぬ闇の瞳。切れ長の瞳と薄い唇がどこか薄幸な雰囲気を漂わせるものだから、ついつい男が引き寄せられてしまっては搾り取られるらしい。明け方、ぼろ雑巾のようなよれよれ状態、もしくは灰になった燃え尽き状態で廊下に転がっていたら、それだと思っていいのだとか。
――― 何を搾り取られるの?
――― フッ。お子様にゃ分からなくていいことよ。
――― ああ。たとえ寿命を吸い取られても昇天してぇ夢の国ってのはあるもんさ。
――― おうよ。あの流し目がたまんねえ。
――― 分かってねえな、お前さんらもよ。あの薄い唇からちらりと見える赤い舌がそそるんだぜ。
――― ・・・ねえ、カイト?
――― お前にゃまだ早い。いや、一生知らなくていい。
目の下に凄い隈を作っていた男達もカイトも、それが何かを教えてくれなかった。
だけど自分の気持ちを分かってくれるのはリリアしかあるまいと思う真琴だ。
「え。・・・そうさねぇ、あたしはともかく、基本的に魔物や獣人の場合、人間よりもそこらへんはメリハリきいてるもんだからねぇ」
「えっ。そうなのっ?」
リリアと自分がささやかなAカップだとして、誰も彼もがどぉっんときたFカップ以上あるだろうとしか言いようのない胸の持ち主である事実を浴場で見せつけられた真琴だ。
勿論、獣の姿だったり魔物としての姿だったりする時はそうとも限らないが、人としての姿をとれば誰もがとっても迫力のある美人なのである。
「そりゃ生命力が違うから違いは出てくるもんさね。カイトの兄さんも脱げばいい体してるだろ」
「・・・分かんない。虎の時はとてもサラサラしてる。カイトの毛皮ってとても綺麗なんだよ」
カイトの体と言われても、銀色の虎が持つ温かさと毛皮の手触りが真琴のお気に入りだ。
人間の姿をしている時の体と言われても、カイトは家の中では服を着ないとかいう裸族ではなかった。
「人間の時の裸は見てないのかい? 腹筋だって割れてるだろうに」
「うーん。見たことあるけどどうだったかなぁ。お父さんに似てたと思う」
「おや、そうかい。なら人間だっていうお父さんもかなり鍛えてたんだねぇ」
「うん。だから一緒に寝ると固いの。お母さんは柔らかいのに」
父の大河も、よくプール等で贅肉のない体だと周囲から感心されていた。
けれども子供達が、それに憧れる気持ちなど持つ筈もない。お昼寝の時は柔らかい体の母親の方が人気だった。
――― なあ、子供達。遊ぶ時だけ利用して、お昼寝になったらそれって薄情すぎないか?
よく大河が拗ねたものである。
「へぇ、カイトの兄さんも固いのかい」
「うん。パンパンな感じ」
「へぇ。じゃあ、今夜はあたしと寝てみようか。あたしはとても柔らかいんだよ。試してみたいだろ?」
「そうなの? ・・・うわっ」
そこでぐいっと背後から真琴の体が持ち上げられた。
腰と膝下に手を入れられて横にいたリリアから引き離された真琴は、
「おやぁ?」
と、目をぱちくりとさせてしまう。
見上げれば、見慣れた顔が焦りを浮かべて前方、つまりリリアを見ていた。
「おやおや。本気にするこたないだろ。いくらなんでもまだまだねんねのマコちゃんにあたしだって手はださないさ」
「頼むから、俺がいたたまれなくなる会話はやめてくれって。ついでにこいつには絶対手を出さないでくださいよ、リリアの姉さん」
「いたたまれないって言われても、まだカイトの兄さんは試させてもらったことないんだけどねぇ、あたしも。まあ、そりゃ一度は味見させてくれたら話は違ってくるかもしれないよ。そのパンパンしているという体、是非知りたいもんだわねぇ」
ふふふと笑いながら、ちろりと唇を舐めた赤い舌すら悩ましい。
「ご、ご冗談を」
それに誘われたら終わりだと、カイトは真琴を抱きかかえたまま後ずさった。彼女が通り過ぎた後には、精力を全て搾り取られた男の残骸しか残らない。
「あれ? だけどカイト、魚の処理のお手伝いしてたんじゃなかったの?」
「終わったからお前を迎えに来たら、どうして俺の体の品定めなんてしてるんだ。俺はお前をそんな子に育てた覚えはないぞっ」
船に打ちあげられた魚を一撃でしめるのに、カイトの爪によるフルスイングはとても良いらしい。
この船には、ちょくちょくと大きく飛び跳ねた魚がデッキに打ちあげられる。そういうことはそうそうないらしいのだが、おかげで魚のステーキや煮込みがよく出るようになった。
(鮪の刺身を塩やドレッシングで食べる日がくるとは思わなかったけど)
だけどなかなかいける。
真琴は、自分が海面から飛び跳ねる魚を見て、
「おいしそうだなぁ」
と、呟いた日からそういうことが起きていることに気づいていなかった。
最初はそういうことが連日で続くことに驚いていた船員達も、今では船のマストで干し魚を作っているぐらいに馴染んでいる。朝ごはんに魚の一夜干しまで出るようになった。
醤油が恋しい真琴だが、塩味でも美味しいし、素焼きをドレッシングで食べるのも新鮮に感じていた。
カイトが呼ばれたぐらいだから、今日の夕ご飯は大きなお魚の料理なのだろう。それも楽しみだ。
「別にカイトの兄さんの体をどうこう言ってたわけじゃないさね」
流れるような目線を寄越してきたリリアは、それでもカイトの体から視線を離さない。
目標は既に捕捉されている。あとは銜えこむだけだと言わんばかりだ。
(こ、これが男を捕まえたら離さない、いや、離れられなくなるっつう魔性の目かっ)
真琴を抱える腕に力をこめながら、更にじりっじりっと後ずさったカイトだ。
「ふふふ。そう怯えなさんな、カイトの兄さん。大人同士の話はあ、と、で。・・・ね?」
その色気に、くらっときたら終わりだ。
低い体温や、薄い胸すら、それを自分の体で温めてやりたいと思ったら終わりなのである。
「い、いやっ。そういう話は俺はちょっとっ」
「まあまあ。そう逃げ腰にならないでおくれよ」
「いやっ、ちょっと用事を思い出したんでっ。じゃっ、そーゆーことでっ」
どびゅんっと、まさに素晴らしい身のこなしで音もなくデッキに飛び下りると、カイトは真琴を抱きかかえたまま姿を消してしまう。
(やれやれ。本気であたしがマコちゃんを食べると思ったのかねぇ)
それを見送ってから、リリアはけらけらと笑い出した。
女の子を育てるというのは男の子を育てるようにはいかないだろうと、カイトは考えた。船員達にも女の子について聞き取り調査をしたりもする。
そうしてカイトは、二段ベッドの下段にカーテンを取り付けた。
「あの、これっていきなり何?」
窓を開けていても眩しくならずにお昼寝する為だろうかと、真琴は首を傾げる。
「いいか、マコト。俺は男だ」
まさに重大発表するかのような面持ちで、カイトは人差し指を立てて言った。
「うん、そうだね」
「お前は女の子だ」
「うん、そうだね」
「だから着替える時はちゃんとカーテンを閉めて、その中でやるんだ。後ろを向いて背中を見せてりゃいいってもんじゃない。ついでに部屋に入ってくる時にはノックするんだ。俺だって着替えてる時はあるんだからな」
「・・・はあ」
女の子だと分かったその晩は一緒に寝たくせに、その後は、全く一緒に寝ようとは言わなくなったカイトに、真琴もなんだかなぁと、そんな気分だ。
「別にカイトの体、もう見慣れてると思う。それにカイトの体、ジンネル大陸なら見せるだけでお金取れるって、船員さん達も言ってたよ?」
「マジュネルの奴なら誰でもジンネルで金取れるだろ。いや、そうじゃなくて、お前が男の体に興味を持つのは十年早い」
「はあ」
男女差別が激しすぎないだろうか。そう言ったら、きっと「区別だ」と言うのだろう。
(まだ完全な女の子にはなってないっぽいけど・・・。ま、いっか)
先日、真琴が着替えている時にそれを見てしまったカイトだ。二度とやるまいと思ってカーテンを思いついたのだろう。
シャツは今までと同じだが、プリーツを多くとったズボンで足首の所をキュッと締めるようにしたデザインになっている。それはまるでアラブの踊り子のようだ。
乗客の皆が、真琴が動きやすいように、それでいて女の子っぽい格好をと、考えてくれた。
(私がどこかで居眠りしてたら、カイト、抱っこして連れて帰ってきてくれる。男の子の時は肩車だったり肩に担いでたりしてたけど、女の子になったら丁寧になった感じかなあ)
そういう時に寝ぼけたフリで、「一緒に寝て」と、おねだりしたらきいてくれる確率が高いと、既に真琴は学習している。
(だから大丈夫。寂しくなんてない。私が男の子じゃなくてもカイトは私を大事にしてくれるもん)
ずっと一緒にいた優理には、この世界に戻った途端に放っていかれてしまった。
遥佳にはイスマルクとヴィゴラスがいるけれど、真琴には誰もいない。
そう思っていたから、真琴だけを大事にしてくれるカイトの存在がとても嬉しかった。
(ずっと一緒にいたいな。みんなも言ってた。あれはもう群れの子とかそういうのを通り越して溺愛してるって)
甘えたら頭を撫でてくれる。おねだりしたら苦笑して聞き入れてくれる。
落ち込んでいたら抱きしめてくれる。泣いていたらキスして誰よりも大事だと言ってくれる。
そういう存在を欲しいと思ったら、どうやって手に入れればいいのだろう。
(優理なら黙って微笑んでれば、
『私のお姉さまになってくださいっ』
って言われ・・・・・・いや、それはちょっと違う。多分、かなり違う)
それに自分は優理じゃないから、きっとそれは似合わない。
(遥佳の場合、私達の後ろに隠れていれば、
『そんな君をずっと見てましたっ』
って言われ・・・・・・いや、そうじゃなくてもカイト、私をちゃんと見てくれてるし)
それにきっと、遥佳みたいに頼りなげな空気を真琴は出せない。
「どうした、マコト? ぼうっとして。眠いのか? 寝足りなかったか?」
なら昼寝しておけばいいと、そう言って頭を撫でてくれるカイトは優しい。
自分の頭を撫でる手を真琴が両手で包んで、えへへと笑えば、
「なんだ、どうした?」
と、顔を覗きこんでくる。
「なぁんでもない。あ、そうだ。リリアさんがね、待ってるって言ってた」
「・・・丁重にお断りしといてくれ」
がくっと肩を落とすカイトはちょっと情けない。
真琴と二人きりの船室で過ごしていたくせに、この船で真琴の性別に気づいたのは最後だったということで、皆にからかわれまくりなのだ。
銀色の虎だなんて格好いいと思っていた真琴だが、マジュネル大陸や船員達からはお間抜けさんカテゴリーに入れられてしまって、本人のダメージも大きいらしい。
(だけどカイトは私といてくれる。リリアさんの所にも行かないし、他の人の所にだって行かない)
その薄い水色の瞳にいつも映っていられたらいいのにと、真琴は思った。
カイトと真琴が乗る船はとても順調だ。
星が瞬く夜空を眺めているのが、とても退屈になる程に。
「最近ねぇ、だらけてしまって仕方がないんですよ」
「緊迫感は持ってなきゃいけねえって分かっちゃいるんですがねえ」
「嵐に気をつけようって気合いが足りないって言うんですかね。自分でもここまでだらけちまうとは思いませんでしたや」
船員達が幾つの帆を畳むかどうか悩みながら、船長にぼやいた。
船は順調に進み過ぎている。
「この分ならあと数日で到着だ。予定よりもかなり早く到着することになるが、もしかしたら前の船を追い越しているかもな」
夜は乗客達も寝静まっている為、こうして甲板で帆を畳むにしても広々と作業ができるのだ。
破れている箇所がないかどうかも調べながら、彼らは手を動かしていく。
船長ケイドトスもあまり早く到着しすぎないようにと、帆を畳ませるしかなかった。
「はは。あり得ますよ、船長。その場合、どうなるんですかね?」
「どうなるもこうなるも、陸地での休暇が長くなるだけだ。全く問題はない」
帆船はかなり風に左右される。だから遠回りさせられることも多い。
勿論、動力も積んではあるが、大陸間を渡る船は途中で補給できないことを考えて節約しながら進むことになる。だから風を読みながら進むのだ。
自分達よりも何週間か前に出た船は、もしかしたらまだ到着していないのではないかとの懸念は、恐らく当たっているだろう。
彼らとて長く船に乗っている。だからこそ、このスピードで到着することこそが奇跡のようなものだと知っていた。
折しも夜。それでも船員の全員が眠ることはあり得ない。昼も夜も誰かがそこにいる。
「風の向きにあわせて、縦帆や横帆を調節するも何も、何もする必要がないですからね。まさかここまで楽な航海があるとは思いませんでした」
「全くですよ、船長。おかげで連日ご馳走状態ときたもんですし、次の航海が辛くなりまさぁ」
通常は積んできた食料をやりくりするのだが、毎日のように海から魚だの海藻だの蟹だのが打ち上げられるのだ。料理人も大喜びである。
しかもあまり激しくない雨が適当なところで降ってくれるものだから、雨水を蒸留することで真水も十分に確保できていた。
まさか入浴まで真水でできるようになるとはと、船員達だって驚くしかない。
「そりゃ予定日数の半分どころじゃないスピードときた日にゃ。船長、それもこれもあのマコちゃんに懐いてるシルフのせいなんでしょうが、海だっておかしすぎる。魚だけじゃねえ。出港してからこっち、全く横からの波がきやしなかった」
だが、船長はそこで船員達を見渡し、そっと唇に指を当てた。
「分かっていても言わないでおくことだ。海の男には寡黙が似合う。そうだろう? 鈍い男なんて一人で十分じゃないか」
ぷっと皆が噴き出す。
「違いない」
「全くねぇ」
「ありゃ鈍すぎだっつーのっ」
「信じらんねえよ」
深夜とあって小さな声ではあるが、それでも笑わずにはいられない。
だが、それが収まると、一人が寂しげに言った。
「けどマコちゃんはそのままカイトさんとマジュネル大陸に落ち着いてしまうんですかねぇ。そりゃあんなに懐いてるんだし、当たり前なんでしょうけど」
「怪我してるのを助けられたって話だったしな。どこのどいつがやりやがった、全く」
「たとえ普通の子供でもやっちゃいかんだろって話だろうが」
「人間を嫌いになってはほしくないんですがね」
「俺達はこんな仕事してるからですねぇ。ジンネルよりマジュネルの方が安全だろうなってのも分かっちまうんですよ」
こういう仕事に就くのは人間が多い。というのも、魔物はマイペースすぎるし、獣人はルーズすぎるからだ。
船板の外側は深遠なる大海、一瞬の気の緩みが招いた失敗が全員の命を奪う。
たとえ退屈でもずっと風と海の様子を見ていなくてはならないし、風の向きを見ながら帆を調節し続けなくてはならないのだ。
気に入った女の子がいたら声を掛けてそのまましけこまれるのも、勤務時間中なのに外れてどこかに行かれてしまうのも、どちらもとんでもない結果に繋がってしまう。だから魔物や獣人を雇う船は少なかった。
船の男は迷信深いと言うが、常に何かあれば命を失いかねない場所に身を置いていることを実感していればこそだ。
そして迷信深いからこそ、ちょっとした違いにも敏感に気づく。
今回の航海は、あまりにもおかしすぎた。
「大丈夫。人間を嫌ってはおられない。あんなにも親しげに、見送りの神官とも話していたじゃないか」
皆を勇気づけるような、力強い声で船長が断言する。
「親しいっていうか、なんかすげえもんを見たとは思いましたけどね」
「あの神官達、大丈夫なんすかねぇ。けどマコちゃんにお兄ちゃん扱いしてもらえたんだ。神官としちゃあ本望ですよねぇ」
「俺は感動しましたよ。結局、マコちゃんは誰もが妹みたいに可愛く思っちまう。種族なんざ関係ねえや」
出港時の騒ぎを、船長も船員達も見ていた。
「そうだな。単にどの種族も嫌ってはおられないだけだとは思うが」
すぐに船長はそうも言い直す。
あんなにも神官達が騒ぎ立てる程の少年に、「人間? それ、食える部分あるのか?」なグリフォンが舞い降りてまで荷物運びをしたのだ。
その事実を目の当たりにし、彼らもあの時はどうしたものかと迷った。
「あそこで引き留める騎士達を無視して良かった。そんなので手に入れられるものより、我々は素晴らしい時間を手に入れたのだ」
「その通りですな、船長」
その結果、普通の乗客として扱うということにしたが、それで良かったのだろう。
この航海を伸び伸びと楽しんでくれたようで何よりだと思う。
「あと数日と思えば寂しい限りだが、それこそこんなことが知られたら、私達は全ての船乗りから妬まれてしまうからな。最後まで気づかぬフリで、普通に接して差し上げようじゃないか。いつかはまた、お会いすることもあるだろう」
その言葉に船員達も静かに頷く。
恐らく、乗客でもある程度の人は気づいているだろう。
だが、何も言わない。
それはきっとあの笑顔を守りたいからだ。
『見て見て、カイトッ。ブランコなら危なくないからって椅子付きブランコ作ってくれたんだよっ』
『お前って奴はぁっ。・・・すみません。大丈夫なんですか、こんなの作って』
『大丈夫ですよ、カイトさん。シルフのおかげで順調に進んでるんです。マストに子供用のブランコを作るぐらい、邪魔にはなりませんよ。それにこれなら、背もたれもあるし、そこまで大きくこげないし、落ちにくいでしょう』
『これでシルフ達と一緒にブラブラできるねっ』
カイトが見ていない時にはブランコどころか、ロープだけで大きく振り子遊びをしていたが、そのブランコは真琴の居眠りスペースとなっている。
そこで風の妖精達に囲まれて眠る少女を、乗客達もどれ程に優しい目で眺めていたことだろう。
『あらあら。マーコットちゃんったら、カイトさんはさっき遊戯室にいたけど』
『子供が賭け事を覚えちゃいけないって、連れてかないものねぇ』
『カイトさんが洗濯してる間、毎日ウェイルさん達と釣りしてること分かってんのかねえ』
『目ぇ離してる時点でなあ。マーコットちゃんには、よその子にならんよう言い聞かせてたが』
『ここまでカイトさん大好きなマーコットちゃんをどうして連れてくんだよ』
『そこが人間生活長すぎた弊害って奴じゃね?』
『このまま連れて帰りたくなっちゃうけど、きっと待ってるのよね。カイトさんも果報者だわ』
真琴の正体がどうであっても関係ないのだ。
乗客達は誰もが真琴の笑顔を愛していた。
明日はマジュネル大陸に到着するという最後の晩。
デッキの上ではほとんど無礼講のどんちゃん騒ぎが繰り広げられていた。
「こんな短い航海だなんてもんがあるとは思わんかったぜ」
「全くだよなぁ。しかも飯もかなり良かった」
「そりゃ本来の日数の半分程度じゃ、飯も豪勢になるよなぁ」
「そうよね。ジンネルに行った時にはとても長かったし、途中で食事も悲惨になったわ」
さすがに船長も苦笑するしかない。実際、その通りだからだ。
「ハハ。料理長の心尽くしです。どうぞ心ゆくまで楽しんでください」
なるべく節約して長持ちさせねばならない真水にしても食料にしても、かなり優雅に使えたと言っていい。
しかも明日の朝の到着にする為、今はわざと速度を落としているぐらいだ。そうなると残しておいても仕方ないので豪勢な宴会料理だって振る舞われる。
「さあ、骨付き肉も焼けましたよぉーっ。手で持ってかぶりついてくださいっ」
「その次は塩漬け牛肉が焼きあがりまぁす」
そこまで沢山食べない真琴は、カイトや皆から少しずつ分けてもらって色々な味を楽しんでいた。
「とても素晴らしい航海でした。これは私から皆さんへの感謝の気持ちです。ゲヨネル大陸特産、ゴブリンの月夜酒ですよ。ゲヨネル大陸に行った時にしか手に入らないのですが、なかなかすっきりとした味わいでありながらコクがあって楽しく酔える」
「おおーっ、そんなものがあるとは・・・!」
「よっ! 船長っ、太っ腹ぁ!」
ある程度、皆が酔っ払ったところで、船長がそんなレアな酒を出してきた。最初に出すと飲みつくされてしまうと恐れていたらしい。
「酒は辛口、甘口といった好みがあるものですが、これはどちらの方にも好評でしてね。ゲヨネルへの航海の度に買ってくるのですよ」
「へえ、そりゃ飲んでみてえや」
「さすがは船長っ! よっ、全ての大陸を知る男っ!」
そうなれば、その月夜酒の瓶に皆も手を伸ばすときたものだ。
「くぅーっ、五臓六腑に沁み渡るぅっ」
「あらまあ。なんて飲みやすいお酒かしら」
「水のようでありながら紛れもなく酒っ。なんという美酒っ」
その秘蔵酒を12本提供したのだから、船長も大盤振る舞いだ。
こんなにも乗客と船員とが入り乱れて騒ぎまくっているだなんて、普段の航海ならあり得ない。
けれども今回だけはいいと、船長が許可を出した。
「ねー、カイト。私もあのお酒飲みたい」
「駄目だ。お前、前にも酔っ払って寝ちゃっただろ。種族によっても体質によっても、酒に強い弱いは個人差が出るんだ。陸地ならともかく、ここは海上だ。明日は到着するっていうのに具合が悪くなったんじゃどうしようもないだろ」
「別に二日酔いなんてしたことないもん。お水だけじゃつまんないよっ」
「駄目ったら駄目だ」
「ぶー」
カイトもそのゴブリンの月夜酒を飲んでみたが、口当たりも良くいくらでも飲めそうなそれはかなり度数が高いと気づいた。大人なら自分の酒量も把握しているが、真琴は違う。
(急性の酒中毒を起こしてからじゃ遅い。獣人や魔物は生命力が違うんだ。マコトの具合が悪くなったとして、対応を間違えたら大変じゃないか)
それでも真琴はカイトがグラスから手を離した隙にそれを奪い取ってこっそり舐めてみようと思っているらしい。
「下船したらカイトさんはどっちに行くんだい?」
「ああ。俺はまず港町にしばらく滞在して買い物するつもりだ。集落に戻れば、足りない物も多いだろうしな」
「ああ、そうか。マコちゃんの買い出しってあるよな」
「まあな。うちの里は乱暴な女が多いが、マコトはかなりひ弱だし、みんなで守ってくれるとは思うんだが」
「へえ。で、どこにあるんだい?」
「そうだな。えーっと、マジュネルがこんな感じだろ。大体、この辺りのフォックス一族と入り乱れちゃいるんだが、この辺りに燃えてる魔物の多い里があってな・・・」
「ふんふん。あ、そこの騙しキノコの森なら知ってるぜ」
カイトが手につけた水でデッキに簡単な地図を描き、他の乗客達も巻き込んで自分達が住んでいる辺りはどこだの何だのと、そんな会話をしている時に、そうっとデッキの床に置かれたグラスに真琴は手を伸ばしていた。
「こらっ、そこでグラスに触るなっ」
しかしその行動は読まれていたらしく、その寸前でパシッと指先を掴まれてしまう。
「ぶぅー、カイトはちょっと神経質すぎるよっ」
「うるさい。しょうがないな、何か飲みたいならジュース作ってやるから」
カイトは手を濡れた布で丁寧に拭くと、そこに出されていたオレンジやバナナ、リンゴにキウイフルーツなどを取り、指の力だけで絞って果汁をグラスに入れる。フォークでくるりとかき混ぜれば、甘いジュースの出来上がりだ。
「あ、ミックスジュースだ」
「甘いの好きだろ? ほら、ガキはこれでも飲んでろ」
「子供扱いはんたーい」
「るせえ、クソガキ」
残っていたグラスの酒を飲み干すと、カイトは手を洗いに行ってしまう。
うるさいお目付け役がいなくなってしまった真琴はきょろきょろと周囲を見始める。そして少し離れた場所にあった月夜酒の瓶を手に取った。
『あ、手に取っちゃったよ』
『あらあら。やっぱり好奇心には勝てないのね』
『だけどマコちゃんのグラスにはジュースが入ってるだろ。どーすんだろな』
周囲は真琴の行動に気づいてはいたものの、面白そうだったので横目でこっそり見ていた。
『あ、入れた』
『ジュースに入れちゃったのね。だけどそれでごまかせるのかしら』
『カイトさんのグラスに入れて飲むか、自分のグラスに入れて飲むかで、そっちを選んだか』
『ジュースに混ぜて飲んでって、どんな味になるんだ?』
自分のジュースに足してから、くんくんとにおいを嗅いだりしていた真琴はちょこっと舐めてみる。
いけるかなと思ったらしく、少し飲んでみた。
悪くないとばかりに、くぴくぴ飲み始めた。
『思うに、カイトさんのグラスに入れて飲んだらばれると思ったんじゃないかしら』
『マーコットちゃんの唾液のにおいでってことか。マーコットちゃんなりに頭を使ってみたんだな』
盗み見していることを悟られないように、自分達は自分達で世間話をしたり、わいわいやりながら食べていたりする様子をみせていた周囲は、完全に真琴の行動に目が釘づけだ。
『あらら、シルフも見てるわ』
『マコちゃんの周囲でひらひら見守る態勢に入ったか』
やがて調子に乗った真琴は、更にその酒を追加して入れてしまった。
『あーあ。ありゃあ完全にばれるな』
『ほんの少しだったらこんな状況だし、ばれなかったと思うんだけどねぇ』
『カイトの兄さんも何やってんだろな。帰り、遅くないか?』
手を洗いに行っただけの筈なのに、カイトの帰りは遅かった。
やがて次の料理が入った大皿が運ばれてきて、皆が取り分け始める。
「マーコットちゃん。ほら、これ食べるかい?」
「お腹いっぱい。だけどそれ食べてみたい」
「よしよし。じゃあ、少しだけ分けてあげよう」
「それならこっちの野菜のペースト使ったやつがいいだろ? そこまで腹にもたれねえ」
「わーい」
気のいい魔物達が自分のを少し分けて真琴に食べさせた。
「魔物って便利だよね。手がこーんなに伸びるんだもん」
「俺達はそんな感じだな。おかげでジンネルじゃ幽霊と間違われた」
「便利そうなのにねー」
つい少女に食べさせてしまう魔物と違い、獣人達はこういう場合にシルバータイガーはどう出るのかと、そっちに興味津々である。
更に次の大皿が運ばれてきても、指でつまめるような酒の肴を盛り合わせた皿などが沢山運ばれてきても、カイトは戻ってこなかった。
『どうすんだろな。もうマコちゃん、そのまま飲み始めてるけど』
『今更止めても、もう遅いわよねぇ』
『あいつらってのはなあ、酒で酔う感覚が分からねえから水飲んでるだけって思ってんだろ』
『平然と飲んでるんだから、弱いわけじゃないだろう? いいって、いいって。飲ませてやれよ』
『だけど、なんだか目が据わってきてない?』
そうこうしている内にカイトが戻ってくる。
さすがは虎の獣人だけあって、カイトはすぐに真琴のグラスに入っている酒に気づいた。
「おまっ、どうして飲むなと言ってあったのに飲んでんだっ」
「だぁってえ・・・。ダイジョーブ、ちょっとしか飲んでないっ」
「嘘つけっ。呼気にも酒のそれが漂ってるだろうがっ。お前、かなり酔ってるだろうっ」
「酔ってないもんっ」
「アホかっ。じゃあ立ち上がってみろっ」
「それぐらいっ、・・・・・・あれ? ・・・ありゃあ?」
普通に立ち上がったかのような真琴だったが、ふらふらと頭が揺れている。
そして、ぽてっと傍にいたカイトに抱きついた。
「おかしいなぁ」
そんなことをのたまうのだから、カイトの額にも青筋が走る。
「このボケッ」
「ボケじゃないもんっ」
「ボケ以外の何だというんだっ。俺が戻ってくるまで大人しくジュース飲んでることもできねえのかっ」
「帰ってこなかったカイトが悪いんだもんっ」
「なんで俺が悪いんだっ」
「放っておいたら私が飲むの分かってることだもんっ」
「だから飲むなって言っただろっ」
「目を離したカイトが悪いんだもんっ」
「おま・・・っ。俺はなぁっ、通路で寝てた酔っ払いの介抱してたんだよっ」
犬も食わないなんとやらを繰り広げる二人だ。
「なるほど、それで遅かったのか」
「ああ。カイトさんならそりゃ見捨てられずに全部世話してくるよなぁ」
「マーコットちゃんも寂しくてやっちゃうのよねぇ」
周囲も納得してしまった。
「明日は到着ってのにっ。・・・ほら、もう帰って寝ろっ」
「やぁだーっ、もっと飲むぅっ」
「この酔っ払いがっ」
それでも夜中や朝、目覚めたら食べさせようと思ったのだろう。
リンゴを二つ程とってから、カイトは真琴をぽんっと肩に担いで船室へと姿を消した。
そうしてしばらくしたら一人だけで戻ってくる。
「やれやれ。カイトさんもすっかり父親役が板についちまったな」
「たしか16とか言ってたろ? マコちゃんだって酒ぐれぇ大したことじゃねえだろうに」
「だけどあれぐらいでフラフラしてたんじゃ、そりゃ心配よねぇ」
「だよなあ。16とか言われても、俺らにはせいぜい11程度にしか思えんしよ」
「そこが不思議よね。私達には12才未満よ、あれ」
「お酒にはちょっと弱いのかしらね」
「気づいてたんなら止めてくれよ」
口々に冷やかされ、カイトも苦笑いするしかない。
「あいつ、前に飲んじまった時は夜泣きしたんだよ。だから飲ませない方がいいと思ったんだが、なんでこう毎度毎度人の目を盗んで飲んじまうのか」
「ああ、飲むと人恋しくなってしまうタイプなのね」
「うーむ。明るく楽しく飲む酒になるかと思いきや、なんと意外な」
「言われてみりゃ、ごねずに部屋へ戻ったが、酒が入ったら陽気になるタイプのそれじゃなかったな」
なるほどと周囲も納得し、それならお子様もいなくなったことだし飲もうと、カイトのグラスに酒を注ぐ。
もうとっくにマジュネル大陸は見えていて、だけど夜に接岸してもしょうがないから沖にいるというだけの状態だ。
この航海で起居を共にしていても、太陽が昇れば別離の朝だ。
「それでは一曲。よければ皆さんも歌ってください」
船員達がポローン、シャラーンと弦楽器の音を響かせれば、陽気に歌い出す男達も出てくる。
宴の喧騒は続いていた。
心地よく酔っ払った後、酒のにおいを落とす為、水浴びして戻ってきたカイトだ。ベッドの下段にいる真琴が寝ているのを確認してから上段で寝ようと思ったが、そこで自分の目を疑う。
「えっ!?」
そこで大の字になって寝ているのは真琴じゃなかった。
(い、いや。マコト・・・だよな?)
けれども黒髪ではない。そして肩のあたりで切り揃えられた後ろ髪でもない。
寝ているその娘は、赤みを帯びた濃い金髪、つまりゴールデンイエローの髪をしていた。しかもその髪は腰どころか膝を覆う程に長い。
だから真琴じゃない筈だ。
(だが、この慣れ親しんだ気配は・・・)
顔立ちもどこか中性的だったそれから、女性らしい柔らかさが増している。真琴の顔立ちも残してはいるが、やはり違う。
(マコトの筈、・・・だ)
ささやかすぎた胸はそれなりの膨らみをみせて、そして寝間着から覗いているのはすんなりとした足だ。
人間でいうところの18ぐらいの娘だった。そして真琴の寝台で寝ている。
どう考えても別人だ。その筈なのだ。
「マ、・・・マコ、ト?」
ここにいるのが別人ならば、あの黒髪の少女はどこに行ってしまったのか。
「ん・・・んぅ」
その眠っている顔に手を当てれば、その瞳が何度も瞬きながら僅かに開かれる。
暗闇に強いカイトだから分かるが、その色は真琴の焦げ茶色ではなく、僅かに黄色が入った暗い赤、つまりセピア色だ。
「カイ、ト?」
その唇から出る声も、真琴とは違う。けれどもそのイントネーションも、甘えるような呼び方も、それはずっと自分の傍にいた少女のものだ。
いつものようにカイトの手に頬をすり寄せながら、甘えて我が儘を言ってくる様子すら。
「もっと飲むぅー」
「・・・アホか。酒はもっと大人になってからだ」
「ぶぅーっ」
戸惑いながらもいつものように却下すれば、不満そうに唇を尖らせた。
けれども目を閉じてしまったのは、寝ていたところを起こされて眠いからなのだろう。
「体が熱いぃ、お水ぅ」
「いい加減にしろ、このクソガキ」
それでも用意してあった水差しからカップに水を注ぎ、その上半身を起こしてカップを手に持たせてやれば、カイトの手に支えられたまま寝入ってしまおうとする。
「お前・・・、咽喉渇いてんじゃないのか」
「うん、渇いたぁ」
目を閉じながら返事してくるこの横着さは、たしかに真琴だ。
姿かたちは変わっても、声も変わっても、それでも・・・。
だが、子供そのものの少女から、こうして花も盛りの乙女といった姿に変わられてしまえば、カイトとてどうすればいいのか分からない。
ほんのりと上気した全身。それはうっすらと桃色に染められていた。
「じゃあ、飲め」
「眠いぃ」
「お前って奴は・・・」
くったりとした体は柔らかく、今にもはちきれそうな美味な果実を思い起こさせる。
カイトもさすがに思うものがあった。
(水と言われて水を口元まで持っていってやった。上半身も起こしてやった。その手にカップまで持たせてそれを支えてやってて、後は飲むだけ。なのに眠いと言い放ってくれるこいつは何なんだ・・・)
それでも怒らずに対応できる今のカイトは、真琴限定の子育てスペシャリストだ。
(これが生粋の獣人や魔物だったら、池の中に突き落とされるだけだぞ? 全くお前って奴はどうしてこう甘えん坊なんだ)
そんなことを思いながら、カイトは慎重にカップの水を真琴の唇に触れる程度まで傾けさせた。
ぴちゃっと濡れた下唇に気づいたか、真琴がそれを舐めれば水に気づいたか、自分でもこくこくと飲み始める。
やがてごくごくと、水一杯を飲み干してしまった。
「カイト?」
水を飲んで落ち着いたのか、ぽうっと夢見がちな瞳を自分にあてて、どこか舌足らずに自分の名を呼ぶ。
まるで女が愛しい男を誘うかのように。
「・・・・・・くっ」
全身の力を抜いて甘えてくる生きた果実は、凄まじい威力でカイトの理性を打ち抜いた。
(マコト・・・! これは誘惑なのかっ!? こんなのを俺は教えた覚えはないぞっ!)
守らなくてはならない愛しい群れの子と、目の前にいる美女とが噛み合わず、カイトの胸に背徳感が押し寄せる。
カイトだって独身獣人男性なのだ。
「ん、・・・・、むにゅー・・・」
ここまで色香を放っておきながら、その唇から出る言葉はどこのお子様かと思うムニャムニャ寝言。
(お前は・・・。お前って奴は・・・。俺を振り回したいだけなのかっ!?)
そこで互いの瞳を合わせようとして、カイトは気づいた。
(コイツ、完全に寝てやがる)
勿論、誘惑する為に目を閉じた眠ったふりの可能性も考えた。
――― すぅーっ、すぅーっ、・・・。
そのゆったりとした呼吸は、どう考えても男を誘惑しているものではない。
百人が百人、それは寝息だと判断するだろう。
「フッ、こいつって奴は」
自分がいなかった間に、真琴がどれだけ飲んだかを聞かされていたカイトだ。
真琴が酔っ払っているのも分かる。
「ホント、クソガキすぎるぜ」
いくら自分だって酒が入っているにしても、今まで未発達だった少女の体がいきなりメリハリある曲線を描く体になってくれて、しかもそれを、
「ハイ、どうぞ」
とばかりに、目の前に据え膳で出されたのだ。
理性が切れることはあるだろう。いや、切れない男がいるだろうか。
「なんでこう目を離したら」
カイトだって、酒のにおいを落とす為に水浴びをしてから帰ってきたのだ。
くすんだ銀髪から滴る水滴がある程に、体だって濡れている。だから頭はそれなりにスッキリしているのだ。
「やらかしてくれるんだ」
気持ちよさそうに眠るその体に布団を掛けてやれば、すやすやとした寝息が平和すぎた。
(何なんだ、この美貌は。母親が希少なとは言ってたが・・・。こりゃ誰だって手に入れようとするだろ。というよりあのマコトにこの美しさってのが詐欺すぎる。誰だってすぐに手に入れようとするだろが。女の子でいても腕白坊主だってのに)
まさかこんな姿になるとはと、カイトも悩む。
(どうすりゃいいんだ。俺の方が、理性がもたねえ。こいつの中身はまだ頼りねえ子供だっつーのに)
しばらくしてからカイトは黙って部屋を出た。
(星を眺めて頭を落ち着けるべきか? いや、今、デッキは酔っ払いばかりだ)
そうして、誰もいないシャワーブースでカイトは湯を浴びて頭をスッキリさせようとする。
その後は水浴びして体を冷ましてから部屋に戻った。
「まさかの夢オチか?」
二段ベッドの下段で眠るのは、いつもの肩で切り揃えた黒髪を枕の上に載せた、まだまだAカップの胸しかない真琴だった。




