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20 遥佳は真琴に会いに行った



 第7神殿は、毒ガスが噴き出る山の中にある為、誰もやってこない。

 だから山賊に襲われる心配もなく過ごせる場所だ。


(昔のお金でもちゃんと換金できたからお金はある。治療院でだってバイト代はもらってたし)


 布袋とお金を前にして考えこんでいる遥佳を、その肩の後ろからヴィゴラスが覗きこんだ。


(何を唸(うな)っているのだ? 何か心配なことがあるのか?)

「真琴を助けてくれたカイトさんなんだけどね、真琴が自分の服とか生活費とか、色々と負担をかけているのが申し訳ないからって思ってたの。だからお金を用意しているんだけど」

(そうかっ。じゃあ、行こう。早く迎えに行こう。マコトもハルカに会いたい筈だ)

「そうなんだけど。・・・カイトさんね、そういうの全く気にしてないみたいなのよね」


 ぱたっと体を後ろに倒して遥佳はヴィゴラスの腹部にもたれる。


「どうすればいいのかしら」

(どうするとは?)


 遥佳は今日もヴィゴラスの見立てによる装身具をじゃらじゃらとつけられている。それでご機嫌になってくれるのだから、可愛いグリフォンではあるのだけど。


「カイトさん、なんだか真琴のこと、とっても可愛く思ってるらしくて」

(マコトは可愛い。誰だってそう思うだろう。シルバータイガーだってマコトの可愛さに気づかない筈がない)

「そうなんだけど、何だかもう自分の群れの一員に思ってるみたいなのよ」

(・・・群れ、か)

「そうなの」


 遥佳とヴィゴラスには馴染みのない感覚だった。


(群れというのは、こうやって俺とハルカ達が暮らしてるようなものか?)

「ちょっと違うのよ。家族みたいものではあるんだけど、なんかその立ち位置がちょっと違うのね」

(ふ、・・・ふむ?)


 説明しながらも、所詮は群れを作る種族ではない遥佳に理解は浅かった。


「怪我してる真琴を助けてくれて、その時にカイトさん、真琴の親が心配してるだろうって、ちゃんと送っていってくれるつもりだったらしいのよ。で、矢を射た人にも問題があるならきっちり話もつけてくれるつもりだったみたい。二度とこんなことが起きないようにって」

(なるほど。シルバータイガーにしては見上げたものだ)


 ヴィゴラスが少し瞼を閉じながら頷いてみせる。


「なんでカイトさんに張り合うの? やっぱりライオンと虎って仲悪いの?」

(全ての生き物は敵なのだ。いつ、自分の宝を狙ってくるか分からんからな。それが孤独(グリフォン)の宿命(生きざま)だ)

「私も真琴もイスマルクも生き物なんだけど」

(ハルカとマコトは特別だからいいのだ。イスマルクは宝の磨き(おていれ)係だ)

「・・・なんて都合のいい考え方(ダブルスタンダード)なの」


 呆れながらも遥佳は話を続けた。


「で、もう両親はいない上、真琴も本当のことが言えないから帰る場所を明かせなかったでしょ? だからカイトさん、そういうことなら自分の群れに入れてあげてちゃんと守ってあげなきゃって決意したらしいのよ。ちゃんと独り立ちできるように全部面倒をみてあげて、世話しながら成長させてあげて、立派な・・・大人になるようにって」


 カイトが思っていたのは、立派な「獣人に」なるように、だったが、どうしてそんな誤解をしたのかと、ヴィゴラスに尋ねられても困るので、遥佳がそこを「大人に」と言い換える。


「だから今になってお礼のお金とか持っていっても、カイトさんにしてみれば真琴にお金とか手間とか時間とかをかけてあげるのは群れの子なんだから当たり前で、そんなことされる覚えもないって感じになっちゃうの」

(ならば、・・・金を渡さなければいいのではないか? シルバータイガーは不要と思っているのだろう?)

「そこなのよね。真琴はやっぱりそこまでカイトさんにしてもらうのはって思ってるみたいなんだけど、・・・カイトさんは自分の群れの子を可愛がって育てるのは当たり前って感覚らしいの」

(よく分からんが、・・・まあ、俺もハルカやマコトならば可愛がるのは当たり前だと思うだろう)


 遥佳は言葉の使い方について、少し疑問を抱いた。


(ヴィゴラス。あなたを可愛がっているのは私達の方で、あなたがやってるのは愛でるというものだと思うのよ? だけど、群れって感覚が分からないヴィゴラスなりに分かろうとしてくれたのよね)


 ヴィゴラスなりに相槌(あいづち)を打とうとしてくれた気持ちを、遥佳は嬉しいと思う。

 優しいグリフォン。ヴィゴラスはいい子だ。もし真琴が帰ってこなくても、それでも我慢してくれるだろうか。


「それに、・・・真琴はここに戻ってこない方がいいのかもしれない」

(なっ、何故だっ。マコトはきっとここに帰りたいぞっ。ハルカが大好きなんだからっ)

「そうね。だけど、・・・ここで閉じこもる生活に真琴は耐えられるかしら」

(ここは最高の場所だっ。それに出かけたいなら俺がどこにでも連れていくっ)


 誰よりも活発で元気で、それでいて自由な魂を持った優しい自分達の姉妹。

 真琴が自分を愛していることは知っている。けれども真琴はカイトといる生活にもわくわくしている。


「もう治療院には行けないわ。ここにいれば誰もやってこない。だけど真琴は、・・・いいきっかけだと思うの。私が心配で離れられなかった真琴だから、今なら私を置いていっても、ヴィゴラスとイスマルクがいるからって安心できるもの」


 心配そうに見つめてくるヴィゴラスに右手を伸ばして、遥佳はその首筋と頭を撫でる。


(ヴィゴラスだって本来は孤独に生きるグリフォンだもの。今はここを気に入って暮らしていても、いつか自分を置いて彼はゲヨネル大陸に戻ってしまう。だけど今だけは・・・)


 遥佳は無理に微笑んでみせた。


「ヴィゴラスも寂しいと思うの。だけどカイトさんなら安心できるわ。だから、・・・寂しくても我慢してくれる?」

(寂しいのはハルカだろう)


 頬をすり寄せてくるヴィゴラスの羽毛に、遥佳の涙が落ちる。


(泣くな、ハルカ。俺はずっと傍にいる。だから俺だけと一緒にいよう)

「・・・・・・・・・えーっと・・・」

 

 なんとなく、ヴィゴラスの俺が一番好きだろう発言と、この俺だけと発言にだけは、どんなに流されても頷いたらとんでもないことになりそうで返事ができない遥佳だ。


(どんなに軽い気持でも言っちゃいけない気がする。なんだかこの宝石ジャラジャラじゃすまないような気がするのよ、ヴィゴラス)


 いつかは今までの人達のように、ヴィゴラスも心変わりをするのかもしれない。

 けれども今だけはその気持ちが嘘じゃないと分かるから。

 遥佳は黙って自分を抱え込むグリフォンの首に両腕を伸ばす。


(大好きだ、ハルカ。マコトだってハルカを愛している。俺も愛している。何も怖いことなんてない)


 ヴィゴラスの前脚の間に抱え込まれながら、遥佳は自分の寂しさを涙で洗い流そうとした。





 

 二日間、ギバティール観光をしたカイトと真琴だったが、今日は運び屋の準組合員のプレートもできてきた。身分証明書にもなるそれに真琴も感動してしまう。

 だからお祝いということで、その焦げ目も美味しそうなローストビーフの塊を選びに選んで幾つか買ってきた。畑に植えられているホースラディッシュでソースを作ればご馳走だ。

 そしてチキンのハーブ焼きも買ってきている。


「余ったのは、明日、パンに挟んで昼に食おう。一晩、ソースに漬けこんでおくから余計に合う」

「美味しいよね、あれって。それを持ってくの?」

「ああ。簡単な配達は持ちこみされるから、それを組合で待機しながら待ち、請け負うのさ」

「じゃあさ、他に待ってる人達ともお友達になれそうだね」

「マーコットならみんなに可愛がられるさ」


 明日からは自分も運び屋の手伝いをするのだ。真琴もわくわくしている。


(これで私も社っ会人ーっ)


 バイトではない、仕事なのだ。一気に一人前だ。

 そんな楽しげな真琴を、カイトも笑って見ていた。


「お前なぁ、まだまだ見習いなんだぞ? 何でも仕事なら引き受けちゃえってことはすんなよ?」

「そこまで考えなしじゃないもーんっ」

「ホントかよ。俺が見てない隙にホイホイ引き受けたらゲンコツだからな」

「えー、体罰反対」


 ころころと表情が変わる真琴は、彼にとって見ていて飽きない子供である。

 そうして戻ってきた我が家近くになって、カイトはかなり警戒する顔つきになった。いきなり片手で真琴を自分の背後に隠す。

 

「カイト?」

「俺がひきつけておくから先に家の中に入れ、マーコット」

「え?」

「逃げると追いかけてくる。走らずに家へ隠れろ」


 怪訝(けげん)そうに尋ねる真琴に、小さく低い声でカイトが指示する。

 カイトが見つめているのは、道路の脇にある山の中だった。


(何がいるんだろう。タイガーのカイトがそこまで警戒するなんて)


 それでも真琴が指示通りにカイトの背中に隠れながら家へ向かおうとしたところ、その木陰から一人の乗馬服を身につけた少女が出てくる。


「私はあなたと敵対する気はありません、カイトさん」

「あーっ、遥佳ぁっ!?」

「えっ!? 知り合いか、マーコットッ? こらっ、出るなっ。あの子の後ろにはっ」


 カイトの腕の横から顔を覗かせていた真琴が駆け出そうとしたのを、カイトが片手で押し留める。

 自分の背中に真琴を確保したまま、カイトは怒鳴った。


「あんたっ、すぐこっちに来いっ。その後ろには獣がいるっ!」


 遥佳にこっちへ来るよう怒鳴りつけるカイトは、遥佳の背後にいる大型獣の気配を感じとっていた。とっくの昔に握られたナイフは既に鞘から抜かれている。


(いくら俺でも近づけねえっ。なんであの子はまだ襲われてねえんだっ)


 あんなひ弱そうな少女など襲って食い散らかすであろう獣がいることが分かる。

 場合によってはこのナイフを少女が襲われる前に投げつけるしかないと、そう油断なくかまえながらカイトは息を押し殺す。


(恐らくこんなナイフの刃渡りじゃ急所まで届かねえ。心臓や肺を狙っても、手負いの獣は更に狂暴になる)


 そこで遥佳は困ったような顔になった。


「あ。すみません。この後ろにいる子は大人しくて悪いこともしないんです。だからそのナイフ、仕舞ってください」

「なわけねーだろっ! いいからさっさとこっちへ来いっ!」


 そこで遥佳の所へ駆けつけ、腕を引っ張ってこっちへと無理矢理来させないのは、真琴が大事だからだ。

 自分が育てると決めた以上、何があろうと真琴を守る義務がカイトにはある。

 その為の危険は冒せない。子供を育てると決めた以上、何があろうと自分が生き残ることは最優先だ。そうでなくては取り残された頼りなく弱い子供は死んでしまうのだから。


(そ、そこまで責任持つのね。群れに入れるのって・・・。子供の為に親が命を投げ出す家族ってのとも根本的な思考が違うんだわ)


 カイトの心を読み、戸惑いながらも、有り難くて涙が出そうになる遥佳だった。

 自分のことも心配してくれてはいるが、カイトは真琴を守ることを一番に考えている。

 顔は初めて見たが、父のタイガとは全く似ていない。

 髪は黒じゃなくて銀だし、肌も赤銅色じゃなくて白っぽいし、瞳も焦げ茶じゃなくて薄い青というか水色だ。

 けれども何があろうと自分達を守ってくれていた父を、その背中に真琴を庇う姿が思い出させる。


「ごめんね、ヴィゴラス。あなたが出てくると驚かしちゃうから、少しここで待っててくれる?」

(ハルカが他の男の所へ行くのをどうして俺が黙って見ていると思うのだ。俺はもうハルカから離れないと決めたのだ)


 そこが気に入らないヴィゴラスだ。


「だけどヴィゴラスがここで見張ってくれていたら、私達は安全よね? 誰かに連れていかれたりもしないわよね?」

(勿論だっ。何があろうとハルカとマコトに危険など近づけさせないぞっ)

「じゃあ、いい子で待っててね」

(それは嫌だ)

「あなた以外に信じられる人なんてここにいないのに?」

(ここで待ってる)


 一度、木々の後ろにいるヴィゴラスの所まで戻ってから大きな鷲の頭にキスをして、遥佳はカイトの方へと再び向かおうとする。


「お願いね、ヴィゴラス。危険そうな人が来たらすぐに知らせて」

「キュルッ」


 そこでカイトは、変な顔になった。


(キュルッて、・・・なんだ? そんな可愛い鳴き声をたてるような熊とかいたか?)


 カイトに近づいてくる少女には、たしかに獰猛な獣のにおいがついている。

 長めの前髪を横に流し、髪は肩より少し長いかどうかだ。少女用の乗馬服を着ているその顔は、真琴によく似ていた。


「遥佳ぁ」

「真琴っ」


 カイトの後ろにいた真琴が駆け寄って抱きしめる。嬉しそうに遥佳も真琴の背中に両手をまわした。


「良かったぁ、無事だったんだねっ。牢屋に入れられちゃったってホントッ?」

「ええ。ハミトさんとレイノーさんもとばっちりで地下牢に入れられたんだけど、イスマルクが来てくれたから一週間ぐらいで出してもらえたの。だけど王様の弟って人がやってきて強引に結婚させられそうだったから、そのままヴィゴラスに助けてもらって逃げちゃった」

「何それっ、信じらんないっ。だからあいつらって大っ嫌いっ」

「だけどヴィゴラス、かっこよかったのよ。とっても頑張ってくれたのよ」

「ヴィゴラスは最高だもん」

「キュッ」


 何だかフッと笑うかのような、自慢するかのような鳴き声が木の陰から届く。

 よく似た、いや、全く同じ顔をしている二人を、カイトは複雑な思いで見ていた。


(全く同じ顔だってのに、マーコットは男の子にしか見えなくて、こっちの子は女の子にしか見えん。思うに髪型と雰囲気と服装が大きく影響してんだな)


 恐らく同い年であろう双子の姉だか妹だかは、まだ木陰にいる獣のにおいがまとわりついていて男女を嗅ぎ分けにくい。


「それより、真琴も矢を・・・」

「平気っ。カイトに治してもらったから」


 最初は「さん」をつけて呼んでいたが、カイトから呼び捨てでいいと言われたのでカイトと呼んでいる真琴だ。

 そこで真琴に抱きつかれたままの遥佳が、カイトを見上げてきた。


「真琴を助けてくださって有り難うございます。おかげで助かりました」

「いや。まずはうちのボロ家で申し訳ないが入ってくれ。積もる話もあるだろう」

「あ。そんならヴィゴラスもっ」

「駄目よ、真琴。ヴィゴラス見たら、カイトさん驚くでしょ。それにあの子は大きいから普通のおうちには入れないでしょ。それにヴィゴラスが見張りをしててくれたら安心よ」

「うー。それもそっかぁ。・・・ヴィゴラス、じゃあ悪いけど見張りよろしく。やっぱりヴィゴラスが最強だよねっ」

「キュイッ」


 再び可愛らしい鳴き声が戻ってきたことに驚きながらも、いくら人に馴れているとはいえ、どう考えても猛獣の気配だ。

 カイトは油断なくそちらの木陰を警戒しながら、二人を家の中へと促した。

 けれども二人が完全にその獣を信頼していて、実際に全く襲われていない様子に、少し考える。


「ほら」


 持っていた買い物の中から、その獣がいると思わしき辺りに、カイトはローストビーフの塊を一つ投げ込んでやった。


「キュルッ」


 パクッと、木々の間に隠れているその獣は、どうやら地面に肉がつく前に口でキャッチしたらしい。咀嚼(そしゃく)する気配に安心し、その間にカイトは家の中へと入った。

 獣から逃げる時は餌を与えてそれを食べている隙に、である。


(王の弟と強引に結婚? かなりお坊ちゃん育ちだと思ったが、まさかマーコットは貴族の家の子供だったのか?)


 双子の妹が王弟と結婚するとなれば、それこそ身分高い家に生まれていないとできるものではない。そんな高い身分の家に生まれて地下牢に入れられたり、矢を射かけられたりするとはどういうことか。

 だが、そういう家の子となれば、カイトの家なぞ小屋にしか見えないことだろう。


(と思ったが、全く気にしてねえな、この子ら)


 カイトがまず茶を淹れようとしたら、その間に真琴は遥佳に運び屋の準組合員のプレートを見せていた。


「うわぁ、ああいう運び屋さんってこういうのを持ってたのね」

「これが本当の組合員になったらお仕事を一人で受けられるんだって」

「そうなの? じゃあ、どこまで荷物を運ぶの?」

「んー、分かんない。なんか組合の事務所に行って、お仕事が来たら動くらしいよ。運んでほしいお店で直接引き受けてもいいんだって」

「なら砂漠とかに行ったら駱駝(らくだ)に乗るのかしら」

「そしたら隊商(キャラバン)だねっ。水瓶(みずがめ)持ってかなきゃっ」


 きゃいきゃいと、ほとんど頬をくっつけ合う仲の良さではしゃいでいる。

 どうして人も住んでいない砂漠まで荷物を配達しなきゃならんのだと思いながらも、カイトがティーカップを差し出せば、遥佳は礼を言ってきちんと居ずまいを正した。


「あらためまして、遥佳です。だけど言いにくいので、ハールカって呼んでください」

「カイトだ。運び屋の仕事をしている。もしかしたらマーコットも本当はマ、コト、いや、マコトという名前なのか?」

「ええ、そうです。だけど真琴というのも言いにくいのでマーコットって呼んでもらっています」


 なるほどと、カイトは頷いた。


「この度は、真琴を助けてくださってありがとうございました。あれで他の人に見つけられていたら、今頃は真琴が捕まっていたと思うので助かりました」

「・・・なんだかとても物騒な話だな」

「仕方ありません。私達は、半分は人間ですが、半分は・・・ちょっと珍しい種族の血が入っているものですから」

「珍しい種族?」


 カイトが右眉を上げて尋ねる。


「ええ。真琴は自分を普通の人間だと思ってるようですが、・・・詳細は明かせないのですが、半分の血といってももう滅んだ、それこそ生き残りみたいなものなんです。だから私達を何としてでも捕まえて高く売り飛ばしたり手に入れたりしようとする人達がいまして、今回は変な勘違いで真琴を傷つけられてしまったんです」


 嘘は言っていない。

 遥佳は自分の罪悪感に蓋をして、精一杯カイトに向き合った。


(いい人だし、あんなにも真琴を群れの子だって思ってくれた人だもの。だけどお金になる、高く売れるならって気持ちがぐらつくようなら大事な真琴をおいていけない)


 ここで真琴を預けられる人物かどうかが、何よりも大事なことだからだ。

 

「滅んだって、そりゃそうかもしれないけど、そうしたら絶滅危惧種(レッド・リスト)? あれ、だけどそういう意味ではもう純血はいないってこと? そりゃそういう意味ではもう残ってないことになるのかもしれないけど、だけどそーゆーもんなの? もしかしてトキより珍しい?」


 横にいる真琴は、小さな声で暢気(のんき)なことを考えこんでいる。


(良かった。カイトさん、全く真琴を売る気にならないどころか、どうやって守ろうって考えてくれてる)


 カイトは、それで真琴が人間なのに祈りの言葉も知らないもの知らずに育ったんだなと、納得したらしい。ほとんど珍しい生き物扱いで閉じ込められて育っていたのだろうと。

 ならばどうして獣になりかけた時点で射られる羽目になったのかが疑問らしいが、彼は彼なりに、もしかして人間以外の血は複数入っているのではないかと、そう仮説を立てていた。

 自分も獣人以外の血が入っているからだろう。


「カイトさんは運び屋のお仕事をなさっているんですよね。でしたら、国外へ運ぶのも受けていただけますか?」

「まあ、そりゃ組合を通してくれれば・・・」


 いきなり会話の内容が変化したので、カイトが戸惑いながら答える。


「組合は通せないんです。すみませんが、人を一人、国外へ出したいんです。できれば、残り二つの大陸もしくはディリライト諸島まで」


 カイトはしばし考えてから言った。


「組合を通さないと引き受けられん話だ。しかも行き先が大雑把すぎる。人を一人といっても通常ルートでいいなら、ゲヨネルなら交通費込みで金貨30枚、マジュネルなら23枚、ディリライト諸島でも一番大きいディリライトなら金貨8枚だが他の小さな島になると10枚ってところだな」

「金貨60枚用意させていただきます。だから黙って引き受けていただけないでしょうか」

「・・・あの、遥佳? どうしちゃったの?」


 こんなにもまっすぐ相手を見つめて話す遥佳なんて、それこそ、「誰、アナタ?」な真琴だ。


「引き受けるかどうかはともかく、その運んでほしい人間って奴を聞こうか。事情によっては他の奴を紹介してやれるだろう。人間を運ぶとなると、請け負う奴は選んだ方がいい」

「この真琴です」

「はあっ!?」


 素(す)っ頓狂(とんきょう)な叫び声をあげて真琴が仰(の)け反(ぞ)る。


「ちょっと待てっ。なんでマーコットをっ」


 カイトもまさか真琴とは思わなかった為、身を乗り出した。


「なんでわた・・・、いや、なんで僕がっ」

「しょ・う・が・な・い・で・しょっ」


 真琴に腕を掴まれた遥佳は、反対に真琴を小さく睨んだ。


「真琴。あなた、こっちの神殿か神官に何かやらかさなかった?」

「え・・・?」


 不意打ちの質問だが、心当たりはなくもない真琴だ。

 カイトも一昨日の一幕を思い出した。


「あなたの名前と特徴を書いた紙を持って、今、このギバティール中を全神官が走り回ってるわよ。神殿なんて無人にしてもいいから、何としてでもあなたを見つけ出せって。宿屋に泊まってる人とか、一人でいる少年には片っ端からその顔を確認してるみたい。髪も染めていないか、とかね。あなたが見つからなかったのは運が良かっただけよ。宿に泊まっていたらとっくに連れていかれてたわ」

「・・・え? 何それ。ちょっとおかしいよ、あの人達」

「だからヴィゴラスに見張りを頼んでるんじゃない」


 真琴とは違った意味で、カイトも青くなる。


(あんな程度のことで・・・。まさか、神官を一人おちょくっただけでそこまでするとは。何なんだ、人間ってのは)


 そんなことになると知っていたなら、すぐに真琴を連れ出したものを。

 カイトもまた神殿になど祈りにいかないスタイルを貫いていた。日々の暮らしにおいて女神には感謝すればいいだけだと思っていたからだ。

 やはり獣人の自分に人間社会における神官の地位や考え方は分かっていなかったのかと、カイトが自分を責める。

 その横で遥佳は真琴の両頬を両手の指で左右に広げていた。


「ふっつっう、ああいう時に名乗るっ? 馬鹿正直に名前なんて言うっ? どうしてそーゆーことするのっ」

「ひゃってぇ、名にょられたりゃ名にょるのぎゃ、へいぎでゃと」

「そういう時はせめて偽名を名乗らなきゃ駄目でしょっ」


 真琴の心と一緒にギバティール観光をしていたらば、なんと真琴が大神殿で大立ち回りをやらかしてくれた為、心配になってそっちの神官の心に移って様子を見ていたら案の定である。

 慌てて変装して宝石などを様々な街で換金しにいった遥佳だ。

 あまり一気に一ケ所で換金するのはまずいと思い、あちこちへと移動してやっていた為、来るのが遅れたが、まだ無事でいてくれて良かったと本気で思う。


「ハルカちゃんと言ったな。すまん、それは俺にも責任がある。どうかマ、コトを責めないでやってくれ」

「言いにくいと思うので、ハールカ、マーコットでいいですよ、カイトさん」

「いや、その内慣れるだろう。やはり呼ぶなら本来の名前の方がいい。そういうことなら話は別だ。君もすぐに用意してくれ。二人とも俺が責任を持って国外へと出そう。君もまた不本意な状況に置かれてるんだろう?」

「あ。いいえ、私は他に守ってくれる・・・人がいるので」


 遥佳がそこで首を横に振った。

 

「だけど私がいる場所はとても不便な場所にあるので、真琴には・・・。それにいつかは来る日だったので、この際、真琴にはこの国の外に出てもらおうかと。そうすればなかなか見つからないと思いますし。ちょっとほとぼりが冷めるまででいいんです。行って帰ってくるだけでもかなり違ってくると思うので、できれば引き受けてもらえれば・・・」

「別にそんな国外とか言わなくても、僕、しばらく隠れてればいいだけだよね?」


 そこで遥佳が真琴の耳を引っ張った。


「ギバティールで見つからなかったら、このギバティ国内の全神殿が動くに決まってるでしょ。完全にお尋ね者よ、あなた」


 それはとても小さな声だったが、カイトの鋭い耳は捉えていた。


(たかが神官にあの程度を言い返しただけで、お尋ね者になるのか。しかもこの王国中って・・・)


 けれども遥佳は嘘をついていない。なんとなくそれが分かるカイトだ。

 焦っている人間特有の緊張がある。

 普段ならそこまで人のことなど見ていないカイトだが、今はこの正体の知れない兄妹の状況を探ろうと、ましてや家の外には肉食獣がいるとあって、かなり全身の神経を総動員して読み取れる情報を集めていた。


「う。ごめん。だけど、そういうことなら別にカイトを巻き込まなくてもいいよ。別に遥佳と帰ってもいいし、それにその気になったら今の僕なら大丈夫だし」

「待て、マコト。冗談じゃない、お前は俺と国外に行くんだ」


 そこでカイトが割って入る。


「えっと。だけどカイト。そういうことなら迷惑はかけられないっていうか、もう怪我も治ったし、僕は大丈夫だから。それにさ、こういうことって他人を巻き込むもんじゃないって思うし。・・・あ、ごめん、遥佳。カイトにはかなり迷惑かけちゃって、服とかも買ってもらったし、ずっと食べさせてもらってたし、世話ばかりかけてたんだ。悪いけど、お金持ってきてくれたなら・・・」

「俺は受け取らないぞ、マコト」


 カイトは真琴の傍へ近寄ってくると、真琴の頬に手をあてて上向かせた。


「言っただろ。ちゃんとお前が立派な獣人になるまで面倒をみてやるって。別に俺が好きでやったことの支払いなんぞいらねえし、だけど支払うっていうなら、お前が一人前になってから返してくれりゃいい。・・・お前は俺が拾ってうちの子にしたんだ。何があろうとお前を見捨てることはしねえし、この国がお前にとって危ないってんなら責任もって国外に連れてってやる」

「立派な獣人なんて、・・・なれないよ、僕」


 獣の姿になった方が治りも早いからと、何度も変身させてくれようとしたことを真琴は思い返す。


(どんな英才教育をカイトがしてくれても、私が一人前の獣人になる日は来ないんだよ)


 だって、どの獣がいいか、選べなかったから。


「半獣人でもかまわねえさ。変身だってうまくできなくたって問題ない。何ならお前のご先祖様のマジュネル大陸に連れてってやる。どうせ俺もそろそろ里帰りしてもいいと思ってた」

「マジュネル大陸・・・?」

「ああ。魔物と獣人が暮らす大陸だ。その間に生まれた魔獣とかもいるが、人間との間に生まれた子供ってのは珍しいし、その分、誰もがお前を可愛がってくれるだろう。こんなちょっと人と違うだけでいきなり攻撃してくるような所にいる必要はない。な?」

「僕、・・・人間だよ?」

「それでもいいさ。マジュネル大陸の奴らはそんなこと気にしねえ。お前が俺達の姿を怖がるんじゃなけりゃな」

「怖くはないけど。カッコいいよ」

「そうか」


 ぐしゃぐしゃっと真琴の頭を撫でて、カイトは遥佳に向き直った。


「その依頼は受けよう。だが、報酬はいらない」

「でしたら何かあった時に真琴の為に使ってください。どうぞお願いします。もしも手遅れで正規のルートが使えなければ、高くても非合法のルートを使うことになると思います。その時に遠慮なくそれを決断する為に。・・・真琴は、何があろうと失えない大切な存在なんです」


 遥佳は用意してきたお金が入った袋をテーブルの上に置いた。


「いや、あのな、ハルカちゃん。・・・なんだか君はマコトより遥かにしっかりしてるな。だが、本当に受け取れない。それは俺らの生き方(ルール)なんだ」


 普段なら真琴の後ろに隠れている遥佳だが、事は真琴の安否にかかわる。

 カイトの心に入ったこともあって、目を隠す必要もなくいい人だと分かっていた。だから気丈に話し合えていたのだが、それを知らない真琴は、遥佳の変化にびっくりである。

 ちょこっと離れていた間に、自分の姉妹には何が起きたのだろう。


「なら・・・。じゃあ真琴、手を出して」

「手?」


 何かなと思って掌を向けて差し出せば、それをくるりと甲を上にされて遥佳が真琴の手に腕輪や指輪をはめていく。


「何かあったらお金に換えられるから」

「ちょっとこれっ」


 神殿にあった母シアラスティネルの物だ。勿論、それ一つで素晴らしい逸品ばかりである。


「いいの」

「それなら遥佳が・・・っ。その方がヴィゴラスだって喜ぶよっ」

「ヴィゴラスだって真琴を心配してるのよ。いいから持っていって。何かあったらお金になるんだから」

「売れるわけないでしょっ」

「いいからっ」


 首飾りや耳飾りをも真琴につける遥佳を、カイトは驚きながら見ていた。誰がどう見ても一級品だ。

 本当に真琴はどんな家の子供だったのか。

 そうして椅子から立ち上がると、遥佳はカイトにも二つの幅が長い腕輪を差し出した。


「どうかこれを受け取ってください。お礼ではなく、・・・これは私達の父親が使っていた物です。真琴を守ってくださるあなたにこそ、持っていてもらいたいんです。勿論、売り払ってくれてもかまいません」

「マコトの父親の物か」

「ええ。真琴ではぶかぶかすぎて使えませんから」

「まあ、まだ小さいからな」


 カイトは立派なそれを受け取って両腕にはめた。お揃いの二つの腕輪は、左手用、右手用だ。細かい傷は、よく使いこまれた歴史を物語っている。


「有り難く受け取ろう。マコトの父親の代わりに。そしてマコトがいつか立派な男になったらこれを渡す。約束する」

「・・・ありがとうございます。ですが真琴が使えそうになければもうずっと持っていてくださってかまわないので」

「マコト。いつかお前が父と同じぐらいにたくましくなったらこれを返そう。それまで俺の腕に預かっておく。だから頑張れ」

「・・・うん。まあ、そうだね」

 

 遥佳はぎゅっと真琴を抱きしめた。


「どこに行っても、何をしていても、ずっと愛してるわ」

「誰よりも愛してる。遥佳、だけど・・・」

「大丈夫。ヴィゴラスは強いもの。それにイスマルクだって・・・。あら? そういえばイスマルク、真琴を捜しに行ったままどこに行っちゃったのかしら」

「へっ? そうなの?」

「そうなの。いいわ、そっちはこっちで捜すから。真琴はカイトさんと一緒に早く逃げて」

「・・・うん」

「いつかマジュネル大陸のことを聞かせてね。私達、大人になればもっとできることが増える筈だもの」

「そうなの?」

「そうよ。だから、・・・今はちょっとしたさよならだけど、会いに行くわ。真琴も会いに来て」

「行く、絶対。遥佳達がどこにいても」

「ええ。私達がそれぞれどこにいても」


 早く出立の用意をと言われ、カイトも見送りはせず、大慌てで荷造りを始める。


「邪魔にならないよう、もう帰ります。後はよろしくお願いします」

「ヴィゴラスの所まで送ってくよ、遥佳」


 遥佳は名残惜しそうに帰っていった。

 真琴はヴィゴラスとやらに、お別れを言いに出て行き、しばらくしたら戻ってくる。


「なあ、マコト。こんな不便な場所から帰るって、ハルカちゃんは本当に大丈夫なのか? あの子、お前より運動は不得意だろ? かなり危なっかしいんだが」

「え? そーゆーのも分かるんだ?」

「そりゃな。動体視力も何もかも、同じ顔しててもお前より鈍(どん)くさいってのぐらいはな。代わりにお前よりしっかりしてたが。今からでも追っかけて送ってった方がいいんじゃないか?」

「大丈夫。ヴィゴラスの背中に乗っていくだけだから。ヴィゴラス、とっても速いんだよ。強いしね」

「乗って帰るって馬だったのか? だけどありゃ馬じゃねえ。キュルキュル鳴くなんざ、そのヴィゴラスって何なんだ」

「ごめんなさい。あれだけ気を遣って隠れてたし、・・・僕からは言えないよ。だってさ、ヴィゴラス、いつだって見た人達から一目散に逃げられたり、嫌がられたり、避けられたりするんだもん。そういう存在っているよね。僕達は大好きだけど、普通は乗ったりしないみたいだし」

「・・・そうか。哀れな」


 カイトもまあいいかと、荷造りに忙しかったこともあってそれで終わらせた。

 数週間程度の旅と違って大陸を渡るとなると必要な物が違ってくるのだ。


(だが、ギバティール中の神殿が動いているとなると・・・)


 真琴は既にマーコットの名前で運び屋の組合に登録済みだ。

 単なる神官の聞きこみ程度で終わるなら宿屋に泊まったりしなければいいだけだが、本気で探し回られては、それこそカイトが弟として連れていった以上、すぐに身元がばれる。この家の所在もだ。


(宿屋は使えねえ。全て野宿だ。場合によっちゃ、夜中に移動した方がいい)


 ヴィゴラスの正体も気になったが、そんな好奇心よりも荷造りを急いだのには訳があった。出発は早くて困らない。


「マコト。ほら、お前の荷物な。さ、行くぞ」

「えっ。もう出るのっ!?」

「当たり前だ。運び屋を目指すなら、そういう用意だってすぐにできなきゃ話にならんぞ」


 マジュネル大陸に渡る船を使うとして、その移動がばれなければ乗船もノーチェックだろう。

 カイトはすぐに旅支度を調えて、腐りそうな生ものはできるだけ弁当にしてしまい、残りは畑の隅に捨てた。

 

「なんか凄いね、カイトって。お父さんも用意は早かったけど」

「そうなのか?」


 もしかして父のことを覚えているのだろうかと思い、道を歩き出しながらカイトが訊き返す。


「うん。海の男だったんだって。見たことないけど」


 真琴が見たことがあるのは、地球で生活している父と、聖神殿で暮らす父の姿だけだ。海で生きていた当時のことは知らない。

 けれどもよく海辺で母と初めて出会った日のことを話してくれた。


「そうか」


 たしかに、この形見は腕輪というよりも半手甲(はんてっこう)だ。小さな傷があちこちに入り、かなり使用感がある。部屋の中で暮らす男が持つものではなかっただろう。

 カイトは腕に嵌めたそれを見下ろした。


(その父親に負けちゃいられんな。かなり鍛えていた体だろう。マコトも強い男に育ててやらんと)


 使われている石は立派なものだし、貴金属も頑丈に作られている。飾りではあるが、同時に腕を守る意味合いもあったことは疑うべくもなかった。手首から肘に向かう半分までを覆うそれは、真琴の父親が時に戦う男であったことを示している。


「いつかお前も父親のように立派な男になれるさ」

「・・・それも面白そうなんだけど」


 どうして父のように立派な男になるのが面白いことなのかが分からないカイトだったが、小さなことを聞き咎めても仕方がない。

 二人は元気に港町ドレシアを目指し始めた。






 少し離れた山頂から、遥佳とヴィゴラスは二人が出発するのを眺めていた。


(そんなに悲しいなら連れて帰ればいい。今からでもマコトを引き取りに行こう)


 遥佳を背に乗せたヴィゴラスが伝えてくる。

 少しでも寂しがる様子を見せたら、真琴は遥佳を選んだだろう。だから精一杯、遥佳は気丈に振る舞ってみせた。


「だけど、そうしたら真琴は大人になれないもの。それに・・・、それに、あの人なら、真琴をちゃんと守ってくれるもの」

(ハルカとマコト二人ぐらい、俺だって守れる)

「そうね。だけど、・・・そうじゃないの。こうしなきゃ、いけなかったの」

(・・・そうか)


 遥佳の瞳からぽとぽとと落ちる涙がヴィゴラスの背中を濡らしていく。

 いつものように慰めてあげたくても、せめてできるだけ長く真琴の後ろ姿を見ていたいだろうと、ヴィゴラスは空中に浮かんでよく見える角度をキープしていたものだから身動きがとれなかった。


(だって真琴。あなた、カイトさんのこと、好きでしょう?)


 言葉にできぬ思いが、遥佳の心を締めつける。

 誰よりも大事で、誰よりも近くにいた自分達。

 だけど離れるしかなかった。

 真琴は自分ではまだ分かっていない感情を抱いている、カイトに対して。


(お金がないからなんて理由をつけてでも、一緒にいたかったくせに)


 その気になれば書き置きだけ残して戻ってくればよかっただけなのだ、真琴は。

 それこそ怪我が治ってしまえばペガサスにも何にでもなれるのだから。

 真琴が自分を愛していることなんて知ってる。疑ったこともない。

 だけど。

 

(私といたら、あなた、私の為に男の子になる道を選んじゃうでしょう?)


 どうしてそんなことをさせられるだろう。カイトといれば、違う性別を選ぶと分かっていて。

 寂しい、とっても。

 本当は離れたくなかった。ずっと一緒にいたかった。

 それでも大事だから、誰よりも大切な姉妹だから、自分達は別れ別れになるしかなかった。

 優理も自分も、愛しているからこそ一人になる道を選ぶしかなくて・・・。


(さようなら、真琴。それでもその人が、あなたをきっと守ってくれる)


 今はまだ真琴のことを男の子だと思っているにしても。

 それでもカイトがそこまで受け入れたのは、真琴一人なのだから。

 たとえそうはならなかったにしても、真琴なら誰だって好きになるだろう。そうして幸せになれる筈だ。


(マジュネル大陸なら、あなたのことがばれても大事にしてくれる。だから真琴・・・)


 真琴の為とあれば、遠慮なくカイトのプライバシーなど完全無視して探りまわった遥佳だ。

 それは優理も同じことだったが、だからこそ二人ともカイトならばと思った。

 真琴の親が誰かを知らなくても、そして知ってしまったとしても、変わらず真琴を大事にしてくれるだろうと確信して、だから安心して旅立たせることができたのだ。


(私達、ずっとずっと、あなたを想ってるから・・・)


 追手の目を逃れる為だろう。山道に入った二人が見えなくなる。


(大丈夫だ。あの道ならば先程見ておいたが、山賊などもいなかった。それに俺の気配に気づいたシルバータイガーだ。決して弱くない。何より俺に気づいた途端、マコトを背中に庇い続けたではないか)

「うん。・・・もうね、真琴は守らなきゃいけない、群れの子だからって、・・・カイトさん、本気で守って、くれようとしたの」


 ぐすぐすと泣きながら説明しようとした遥佳だが、締めつける思いに声を詰まらせ、途切れ途切れになった。

 ヴィゴラスは初めて痛ましいという思いを知る。

 力や強さだけでは解決できないことがあるのだと、ヴィゴラスは黄緑色の瞳を半分伏せた。


(何か起きたら俺がマコトを迎えに行ってやる。マジュネル大陸だろうがどこだろうが、グリフォンに不可能はない。だから、・・・泣かないでくれ)


 木々に隠れた二人の姿はもう見えない。

 ゆっくりとヴィゴラスは第7神殿へと翼を羽ばたかせて移動し始めた。


(大丈夫だ、ハルカ。俺はずっとハルカの傍にいる)


 そうしてその日は、泣き続ける遥佳を脚の間に抱いていた。

 やがて泣きつかれた遥佳が眠ってしまうまで。



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