17 優理と遥佳は盗撮盗聴をした
毒ガスがあちこちで噴き出している山中にある第7神殿。
そこに他人が入ってくることはない。
ヴィゴラスも賢いのでお腹がすいたら貯蔵庫に行って肉を食べることも、畑で野菜を食べることもできる。
(地下牢じゃ、さすがにいきなり何されても分からないぐらいに集中するわけにはいかなかったもの。それこそ仮死状態かと思われてとんでもない騒ぎになった筈よ。だけどここなら安心して真琴を捜せる。ヴィゴラスと違って真琴はドリエータ城近くには来なかった)
だから遥佳は完全に意識を落として集中する。
(どこ? どこにいるの、真琴)
慣れ親しんだ魂を探して360度の全方向に遥佳は意識を向けていく。どうでもいい沢山の心を通過し、大事な心に触れるのを待つのだ。
案じる心のままに真琴の心を求めながら。
(うん、本当にどこまで行っちゃったの、真琴? この辺り一帯には存在してない、わよね? ドリエータ地方、抜けちゃった? ・・・しょうがないわ。この国一帯にまで広げましょう)
まさかと思うが、誰かに誘拐されてしまったのではないか。
そんな思いもよぎる。だが、きちんと動ける状態なら、真琴はどんな場所からも抜け出すことができる筈だ。
(真琴。お願いだから無事でいて)
大切な自分達の姉妹。
もしも真琴に万が一のことがあれば自分達はきっと狂ってしまう。そうして全てを・・・。
(駄目よ、考えないで。まずは真琴を見つけなきゃ)
今までにない程に自分の力を動かして、懐かしくもいつも一緒だった心を捜す。
(いたっ! 真琴、・・・やっと見つけた!)
そうして遥佳は真琴を見つけた。
唐突に目覚めた遥佳の視界には羽毛が広がっていた。ついでにとても温かいものに包まれている。
「ヴィゴ・・・ラス?」
その名を呼べば、遥佳の視界を覆っていた羽毛が離れていき、潰さぬようにと僅かに離れてはいたものの、上にいた大きな体も横へとずれる。
(やっと目覚めたか。マコトは見つかったか、ハルカ?)
「ええ、見つかったわ。・・・私を温めてたの、ヴィゴラス? 私は孵化する前の卵じゃないのよ?」
(そうなのだ。大切に温めていた)
なぜかそこで威張るグリフォンがいた。
「いつから雌鶏になっちゃったの、ヴィゴラス」
(卵じゃないが、俺のハルカだからいいんだ)
「困った子ね。体が軽い鳥なら温めるのも問題ないけど、ヴィゴラスじゃ私に体重をかけないようにずっと体を浮かしてなきゃいけないでしょ。ちゃんと人間はお布団をかぶっていれば風邪なんてひかないんだから、大丈夫なのよ」
横にどいたヴィゴラスの首筋に遥佳が手を伸ばして撫でれば、黄緑の瞳を瞬かせてヴィゴラスがその大鷲の頭を遥佳の頬へと寄せてきて頬ずりする。
「キュルッ」
その様子はまるで、
「え? だけど僕、小鳥だから問題ないよ? 体、軽いよ?」
と、言っているかのようだ。
しかしライオンの体を持つヴィゴラスはその体重も決して軽くない。
「可愛い顔をしても駄目よ、ヴィゴラス」
(それよりマコトは見つかったのか? 無事なのか? 迎えに行くのか? じゃあ行こう。さあ、行こう)
「ええ、見つかったんだけど」
めっと、しかめっ面をしてみせても、ヴィゴラスは話を逸らしてしまう。
ヴィゴラスも真琴を案じていたのは分かるので、誤魔化されたと分かっていても、それを受け入れるしかない遥佳だ。
「とっても離れてることはたしかなんだけど、・・・なんだか安全っぽいの」
(安全なのか?)
「そう。だけど真琴も私のことを心配してる。背中と肩が痛いから、そこに矢傷があるみたい。それが治ったら私を助けに来る気だわ」
(ふむ。だがハルカはもうここに戻っている。早くここにマコトを連れ戻した方がいい)
「そうなんだけど、カイトって人が助けてくれたみたいなの。そのカイトさん、銀の虎みたい。ううん、銀の虎の獣人みたいね。毎晩、傷を舐めてくれるから化膿もしないで塞がってきてるみたいなんだけど、・・・そのカイトさんの家の近くには山があるわ。家の裏には畑もあるの。真琴はずっとその家でカイトさんの帰りを待ってる。裏の畑にある果物を食べたりして・・・」
見つけはしたが、遥佳では真琴が考えていることしか分からない。
情報をとれる優理と違い、遥佳に分かるのは人の心だけだ。だから真琴が心に思い浮かべてくれないとその情報が読み取れない。
勿論、心の奥底にまで入りこめば分かるが、そこまですればいくら何でもやりすぎだ。
「とりあえず今の時点で真琴は安全みたい。そのカイトさんって人が家に帰ってくる頃を見計らってまた心を飛ばしてみるわ。そうすればどんな人なのか分かるもの。どうもそのカイトさん、運び屋のお仕事をしてるから日中は留守みたいなの」
(獣人? 獣人が運び屋なんて仕事をしてるのか? そういう人間ならではのちょこまかした仕事をする奴らじゃない筈だが)
誰よりも人間ならではのちょこまかとした仕事に向かない幻獣が、自分はまるでそれができているかのようなコメントをする。
「どうなのかしら。だけど真琴の服も買ってくれてるみたいだし、ご飯も沢山食べさせてくれてるみたいだし、迎えに行く時にはお礼のお金も持っていかなくちゃ。真琴、そこを心配してるみたい。それより私、どれくらい寝てた?」
(昨日の昼過ぎから、今は昼よりも少し前だ)
「そう。真琴が寝てたから、面白い夢に付き合い過ぎたのね、私」
あふっと欠伸をして、うーんと遥佳は両腕を上にあげて体を伸ばす。
かなり遠くにいるらしい真琴が心配は心配なのだが、どうやら真琴がそのカイトという獣人をとても信頼している様子なので、けっこう気は楽になった。
(お父さんに似てる人なのかしら。だけどそんなにヴィゴラスに抱え込まれるの嫌だったの、真琴? そりゃ鬱陶しいって言われたらそうかもしれないけど、キラキラ光るものを見てるだけでこんなに幸せになれるヴィゴラスなのに。可愛いのに)
心を読んでしまったからこそ、遥佳はそこが不満である。
(羽だってふわふわしてるし、毛だってするするサラサラなキューティクルだし、こんなに可愛いのに。宝物を見てるだけでうっとりと幸せな世界が広がるヴィゴラスの心を知れば、世界で一番可愛いって感動すると思うんだけど)
そんなことを思いながら遥佳はヴィゴラスの背中を撫でた。
(何なら俺の背中に乗っていけばいい。迎えなんてすぐだ)
「いいのよ。カイトさんの情報も集めなきゃ」
遥佳は小さく首を横に振る。
目で見るよりも心で知ってしまう遥佳は、ヴィゴラスがとても目つきの悪い、気に入らなければ何でもぶち壊す狂暴な幻獣であるという事実を見過ごしてしまいがちだ。いや、目に入っていない。
城にヴィゴラスが降り立った時も、ヴィゴラスが倒した木々や凄まじい勢いで蹴りつけていた事実など全く見ておらず、自分を求める心を感じてそちらに走っただけだった。
「ちゃんとご飯食べてたの、ヴィゴラス?」
(・・・腹が空かなかったんだ)
「嘘は駄目よ、ヴィゴラス。私は寝てても気にしないでって言ったのに。それじゃ心配でこっちも眠れないでしょ」
「キュッ」
小さく鳴いて頬ですりすりしてくるのは、怒られない為だけの可愛い仕草だ。
(そりゃあざといけど、こうして甘えてくるヴィゴラスは、いつだってこんなに好き、大好き、大・大・大好きって伝えてきてるのに。なんでヴィゴラスよりシルバータイガーの方がいいのよ、真琴。しっかりした人みたいだし、いい人なんでしょうけど、ヴィゴラスは可愛いカテゴリーなんだからお仕事してる人と比較することないじゃない)
そんなことを思いながら、遥佳はヴィゴラスと少し遅い朝ごはんを食べることにした。
夕方近くになって、そろそろ真琴を保護してくれている人が帰ってくるだろうからと、寝室に行こうとした遥佳の後を、ヴィゴラスはちょっと拗ねた感じでついていった。
(獣人だか何だか知らんが、男の心なんて見るもんじゃない。そんなの放っておいてマコトを迎えに行けばいいだけではないか)
「だけど真琴に対して本当に安全な人かどうか分からないじゃない。もしも本当は悪意があったりする場所へあなたと一緒に行ってしまったら、それこそヴィゴラスだって大変なことになるわ」
(たかがシルバータイガー、俺の敵じゃない)
「そういうこと言わないの。あなたが怪我するのは嫌よ、ヴィゴラス」
(怪我なんてしない。ちゃんとシルバータイガーを叩きのめすのだ)
「どうして男の子って、そういう乱暴なこと言うのかしら。それにそのシルバータイガーさんは恩人なのよ」
困った顔になる遥佳は、目の前にいる幻獣が岩をも砕く迷惑な幻獣だということを忘れ去っている。
何故なら、ヴィゴラスはぶち壊すことを全く悪いと思っていないからだ。
だから道を普通に歩く感覚でしか壊した物も認識しておらず、罪悪感も何もないので、遥佳も自分の目で見ていない限り気づかない。
実の所、ドリエータの治療院の裏庭でもかなりやらかしていたのだが、遥佳は基本的に治療院の中にいた為、何かあれば分かると思っている油断が全く事態を把握させていなかった。
そして、第7神殿でいる時のヴィゴラスは家具で爪とぎもしないし、何も壊さない。
深い大皿に入れられたスープも周囲を汚さずに飲むお利口さんである。遥佳が横を向いた隙に、前脚でその大皿を抱えて一気に中身を飲みこんでいるにしても。
「喧嘩なんてしちゃ駄目ですからね、ヴィゴラス」
(そうかっ。やっぱりハルカは俺が一番好きだなっ)
「そうね。優理と真琴とイスマルクとハミトさんとレイノーさん、そしてヴィゴラスのこと、大好きよ」
(むぅっ。・・・ユウリとマコトはともかく、どうしてあんな奴らが出てくるのだ)
「ヴィゴラスだってイスマルクとハミトさんとレイノーさん、大好きでしょ」
(好きじゃないっ)
「もうっ。どうしてそこで素直じゃないの、真琴もヴィゴラスも」
それでも可愛いからいいかと思ってしまう遥佳だ。
「ちゃんと一人で遊んでるのよ、ヴィゴラス。お腹が空いたら夜食もあるんだから」
「キュッ」
返事は可愛いが、ちゃっかりと遥佳のすぐ横にヴィゴラスは寝そべった。
「本当に寂しがり屋さんなんだから」
遥佳はその首筋を撫でてやる。
あまり心を読み過ぎてはいけないと思うのだが、ヴィゴラスの場合、自分達を好きだという気持ちが流れこんでくることが多いだけだ。
おかげで可愛く思う遥佳の気持ちが、ヴィゴラスの我が儘も全て許してしまう。
「おやすみ、ヴィゴラス」
(うむ)
掛け布団を掛けているのに、その上からヴィゴラスの片翼が遥佳の体の上に覆いかぶさってきた。
(もしかして本当に卵扱いなのかしら)
そんなことを思いながら遥佳は目を閉じる。
そうして既に把握している真琴の居場所へと心を繋いだ。
どうやらまだカイトという獣人は戻っていないようだ。真琴は収穫した野菜を洗っているらしい。
(良かった。真琴、お昼寝もして元気そう)
そうして真琴の心の中に入りこんだ遥佳は、カイトの帰りを待つことにした。
真琴が自分を心配している思いに、自分も同じ気持ちなのだと心が叫ぶ。
この傷が治り次第、助けに行くと決意してくれていることに泣きたい気持ちが湧きおこった。
(あ、帰ってきた)
カイトが帰ってきたことを知り、真琴が笑顔になって出迎えている。
どうやら真琴を保護してくれた獣人は、弟のように思ってくれているようだ。真琴の頭を撫でるその手からそれが伝わってきた。
(さ、この手の人へ移りましょ)
場の状況が見えているわけではない。あくまで心の流れだけを追って、遥佳はカイトの心へと侵入する。
そうして遥佳が知ったのは、その獣人が完全な善意だけで真琴を助けてくれたのだという事実だった。
いくら真琴を保護してくれた獣人とはいえ、遥佳が男の心に自分の心を同化させるだなんて、とってもとっても不愉快だったヴィゴラスだ。
ぺしっぺしっと尻尾でシーツを叩くが遥佳は起きなかった。
その音も振動もどうやら全く知覚していないと知り、いつもなら寝ている遥佳を起こさないように細心の注意をはらうヴィゴラスは、浅い眠りなら気づく程度の強さで頬ずりをしてみる。
(本当に気づかないのか。これではたしかに安全な所でなければ心など飛ばせまい)
それなら地下牢に入れられた時にできなかったのも分かる。いきなりピクリとも動かなくなり、声をかけられても揺り起こされても気づかない眠りに入られたら、一緒にいたハミトやレイノーも大騒ぎしたことだろう。
そして心が読めることを内緒にしている遥佳も説明はできなかったに違いない。
(つまり、ハルカは俺のいる場所こそが安全だと認識してるわけだな。ならばもっとグリフォンが眠りを守るに相応しい状態にしてやらねば。やはりそれこそがグリフォンの腕の見せ所だろう)
ヴィゴラスはいそいそと用意をし始めた。
そうして今度の目覚めは早かった遥佳だ。
「ん・・・。ヴィゴラス?」
目を開ければ、上から覗きこんでいる大鷲の顔がある。
(起きたのか、ハルカ。まだ夜だ。さっきから少ししかたってない。やっぱりシルバータイガーの心なんて嫌だっただろう? もう二度としなくていいぞっ)
「どうしてそういうこと言うの。ライオンだから虎が嫌いなの、ヴィゴラス? カイトさん、いい人よ。真琴が怪我してるのを見つけて助けてくれて、しかも今は獣人仲間の子供だと勘違いしてるっぽいけど、そんなの関係なく親切にできる人で、真琴のこともちゃんと自立できるようにって考えてくれてるんだから」
(俺以外の男なんてハルカは見なくていい)
「またそんなこと嘯いちゃって。困った子ね」
遥佳が手を伸ばせば、その手に指輪や腕輪がはめられているのが分かる。
「って、ヴィゴラス? どうして私、ネグリジェに着替えてるの?」
上半身を起こして自分の体を見下ろせば、今日はまだ夕方だからと服のまま寝た筈なのに、イスマルクが送ってきた手触りのいい高そうなネグリジェに着替えさせられていた。
更にネックレスや額飾りだけではなく、髪飾りまでつけられている。
(その方が似合う)
「・・・って、あなた、私が、・・・私が寝てる隙に」
満足そうなヴィゴラスに、遥佳は口をぱくぱくさせるしかなかった。
「あのね、ヴィゴラス」
(なんだ?)
「寝てる人を勝手に着替えさせちゃいけません。服を脱がせるってのは、身動きできない病人とか大怪我をしているとか、そういう時はともかく、普通は勝手にしちゃいけないことなのよ」
(どうしてだ?)
「どうしてって・・・。だって、一番無防備になっちゃうでしょ?」
(大丈夫だ。ハルカがどんなに無防備になろうが俺が守る)
「・・・そうじゃないのよ」
(だが、ハルカだって身動きとれない病人のようなものではないか)
「だからそうじゃなくて・・・」
寝起きの頭ではうまく説得できない。
これは人間のマナーなのだと、礼儀上の問題なのだとそう言おうとした時、ヴィゴラスはちょっと悲しそうに黄緑色の瞳を半分伏せた。
(それに、ぴくりとも動かないハルカが心配で眠れなくて、だからせめてずっと眺めていたくて、綺麗な石をつければ元気になるかと思ったのだ)
あっ、あざといっ。
なんてあざとい真似を覚えてしまったのか、このグリフォンは。
がーんと、遥佳の心を大きなショックが襲う。
「あのね、ヴィゴラス。宝石をつけても元気にならないから」
絶対に嘘だ、ヴィゴラスはそんなこと思ってない。単にその方が楽しいからやっただけだ。
それが分かってしまう遥佳だが、ごめんなさいと言わんばかりにしゅんと項垂れる大鷲が、そのライオンの尻尾も力なく垂れさげてしまうものだから、視覚的にそれ以上を責められなくなる。
「きゅんっ」
「あのね、キュンッじゃなくて・・・」
(悪かったのだ。だから許してほしいのだ)
遥佳の胸に頭をすり寄せてくるヴィゴラスだ。反射的に撫でてしまえば、余計にすりすりとしてくる。
(それに、普通の服じゃ苦しいのではないかと思ったのだ。そのネグリジェとかいう奴なら、苦しくないのだろう?)
「そ、それはそうなんだけど・・・」
(せめて何かお手伝いしたかったのだ)
「・・・ヴィゴラス。飾り立てることを、お手伝いって言わないと思うの」
「キュッ?」
たしかにヴィゴラスはこの方が体も楽に眠れる筈だと思って着替えさせたのは事実だ。
(だけどヴィゴラス。あなた、本当は着せ替えごっこを楽しんでいただけよね?)
それも分かってしまう遥佳だ。
しかし、すりすりと遥佳の肩や首筋にまで頭を擦りつけてくる幻獣は、いつの間にか遥佳の上に覆いかぶさっている状態で、遥佳も腕しか動かせない。
(ハルカ、大好き。ハルカは可愛い。宝物をつけてるともっと可愛い)
体重がかかっていないから重くはないが、上にいるヴィゴラスが邪魔で起き上がれない。どんなに可愛らしくしていても、やはり自分などより大きい幻獣だと実感する。
「困った子ね、ヴィゴラス。あなた、このまま、もう眠いから寝るとか言ってごまかす気でしょ」
(そっ、そんなことないぞっ)
「嘘言うんじゃありません。寝たふりしてごまかそうとしてたくせに」
自分の顔の横にある大鷲の瞳は、既に瞑られている。
遥佳も苦笑するしかない。
「しょうがないわね。許してあげるから、上からどいてちょうだい。咽喉が渇いてるんでしょ。何かジュースを作ってあげる」
(お手伝いするぞっ。籠、持ってくぞっ)
「本当にいい子ね。今日は何の果物でジュースにしようかしら。ヴィゴラス、どの果物も大好きだものね」
こうやって許してしまうからいけないのだろうかと思いながらも、夜の庭でも神殿の外は白い石畳が通路を作り、ぼんやりと明るい。
オレンジや葡萄、そしてふと真琴のことを思い出して苺の実も摘んでみる。
「はい、ヴィゴラス」
真琴がカイトに食べさせてもらっていた様子を思い出して、遥佳がヴィゴラスの口元に苺を運ぶと器用に啄ばむグリフォンだ。
(やっぱりハルカは俺が一番好きだなっ)
そんな人懐っこいグリフォンは自分も器用に前脚で苺の葉をめくり、一番赤くて大きくて綺麗な実を遥佳の口元に差し出してくる。
「ありがと。甘いわね」
(そうだなっ)
結局、着替え云々が有耶無耶になっていたことに遥佳は気づかなかった。
一方、優理は様々な事情を読み解こうとした為、遥佳よりもハードな状況に置かれていた。
あまりにも多くを調べようとしたから、目が覚めても体が動かない。
何故なら全く知らない男のことを調べようとしたら、それはマジュネル大陸にまで遡るものだったからだ。
「目が覚めたか。やっぱりまだ動けないのか? ちょっと待ってろ」
そんな言葉がかけられて、優理は見覚えのない天井に戸惑った。けれどもその声は何度も夢うつつに聞いた気がする。
「ほら。ゆっくり飲め」
上半身だけ起こされて、小さなカップに入れられたドロリとした液体が口元に運ばれる。それをこくりと飲めば、やはり覚えのある味だ。
ずっとこれを飲まされていた。勝手に上半身を起こされて。
「ここ、は・・・?」
長く体を動かしていなかったからだろう。声がうまく出ない。
「俺達の持ち物の一つだ」
目の前にいる男など知らない。いや、知っている。カイネと共に優理を家に送ってきたことがあった。
「目が覚めたならもう一杯飲んでおけ」
今度は手にカップを持たされる。零さないようにと、男の手がそれを支えてくれていた。うまく動かない手でそれを飲めば、甘いが少しクセのある味だ。
食べ物をとるだけの力もない病人などに与えられることの多いクルンの実は、滋養強壮の効果がとても高い。だが、この実はとても高価だ。
時に、何があろうと失敗できない任務に就く人間が、それを愛用する。値段は高いが、効果も凄まじいからだ。
「なんで・・・」
「俺が連れてきた」
「って、カイネさん・・・」
「カイネは知らんことだ。だからあいつはお前を半狂乱で捜してる」
「どう、して・・・、仲間じゃ・・・」
彼らは仲間ではなかったのか。どうしてカイネに内緒だというのか。
「そうでなけりゃキースヘルムの目はごまかせん。いきなりお前が姿を消して、カイネがなりふりかまわず捜しまくってれば、うちへ疑いの目は向けんだろう。お前は自宅に内側から鍵を掛けたまま行方不明となった。それはあまりに不自然だ。ならば誰かに連れさらわれたと判断する」
静かに語る声に、優理は目を瞠る。
「キースヘルムの目をごまかすって・・・」
「あの男がいつまでもお前を放っておく筈がないだろう? 心当たりはあるな?」
ぶるっと身を震わせた優理だ。けれどもそこで、シーツをかけられている身が裸であることに気づく。
「なんで、服・・・」
「ああ。初めて見た時にも男か女か分からなくて、探ろうと思ったらカイネに邪魔された。だからここで確認した」
「・・・なっ!」
優理の視界が怒りで朱に染まる。
「口直しだ」
皮肉気な笑みを浮かべるレイスは、レモンの皮で香りづけした水を差し出してきた。
(今更、出されるものを疑ってもしょうがないわ。ずっと私はこの男に口移しであの実を飲まされていた)
コップに入った水を飲めば、爽やかさが口に広がる。
「私、何日、寝てたの?」
「かれこれ五日間」
それだけの間、探り続けていられたのも、さっきの実を与えられていたからだ。
(分かってたわ。誰かにクルンを飲まされてたこと。だけどそんなことより、真琴と真琴を保護した獣人を調べずにはいられなかった。心の中なんて分からないもの。親切そうな獣人が本当に信じていい人なのか、調べるしかなかった。何回か浮上した意識が、隣に誰かがいることを教えてきていても)
優理にとって大切な姉妹。真琴より優先することなどなかったのだ。
「世界には僅かだが両性具有の人間もいるという。だが、性別がない人間が存在するとは初めて知った」
「・・・何が言いたいの」
そう、優理達には性別がない。だから三人は女の子として育てられていた。
「というわけで、だ」
レイスの乾いた砂のように薄い金髪は光沢がなく、まさに干上がった砂漠を思わせる。赤茶けた色の瞳もまた、ハゲタカが棲むような岩山の色だ。そこには何の生き物の気配もない。
人を殺すことを生業とする男には相応しい色合いだと、優理は思った。
「ユーリと言ったか。お前、俺の女にならないか?」
「お断りよ」
「これでも恨まれてる稼業でな。女を愛そうもんならそいつを誰かが取り込む。しかし女と過ごさないなら男が好きなのかと、そういう奴らに誘われる。うんざりだったんだ。悪い話じゃないだろう?」
「どこがよ」
「キースヘルムは面白いのが好きだからな。男でも女でもないとなれば何を考えるやらだ。かなり気に入られるかもしれんが、反対に珍しいからと高値で売り飛ばされるかもしれん。・・・だが、俺はお前に実際の恋人関係を求めない。形だけは俺の女にしても、俺達は対等に協力し合える筈だ」
その答えを保留して、優理は気になったそこを指摘した。
「その前にどうしてキースヘルムが私に手を出すのよ。あの人、相手に不自由してないでしょ」
「今は話が別だ。かなりの大金が動く事態となりゃ何があろうとお前に情報を探らせる。手段は問わんだろう」
「何があろうとって・・・」
物憂げに、レイスはその知らせを優理にもたらした。
「ドリエータで三人の神子姫の内、一人が見つかったという。しかし、その一人はなんとグリフォンに乗って行方をくらませた。今、ギバティ王国は大騒ぎだ。その神子姫の行方を知る為ならば、いや見つける可能性があるならば、何でもするだろう。キースヘルムだってお前に情報を探らせる為、血眼で捜してる。そうでなけりゃ俺もお前を拉致しなかったさ」
「どうやって私を? ちゃんと鍵かけてたし、あの扉は頑丈だったわ」
探るよりも訊いた方が早いだろうと判断し、優理が尋ねる。
「日中は留守だった。だから向かいにある建物から窓の鉄格子を切断しておいた」
「つまり、いつでも忍びこめたわけね」
「ちゃんと後で溶接しておいたから簡単にはばれないだろう。ばれたところで、その向かいの部屋はもぬけの殻だ」
「なんでそんなことを」
キースヘルムの手から救い出す為にしたのだと言われたらそうなのかと思えただろうが、違う目的で鉄格子を切断してあったとレイスは言う。
優理はその理由を測りかねた。
「初めて見た時から手に入れたいと思ったからだ」
「・・・うわぁ、とても嫌な理由」
「男の気配も女の気配もしなかったからな。それでいてうんざりするような子供の気配もない。だから気に入った」
「この長い黒髪といい、私、おしとやかな女の子そのものだと思うんだけど」
「お前は馬の尻尾にしとやかな女の子らしさを感じるのか?」
「・・・その性格、恋人が出来ない理由がわかったわ」
この男は最初からそういった憧れの気持ちを持たないのだなと、優理は悟る。
「あなた、人間が嫌いなの?」
「さあな。そんなつまらんこと考えてもしょうがないだろう?」
「私だって女らしさが出てくるわ、その内にね。そうしたらどうするの?」
レイスは面白そうにその赤茶けた瞳を細めた。
「その時は妖精もまた人になったと諦めるだけさ。互いに利用できた時間を感謝して終わりにすればいい。違うか?」
「人を殺す人を信用しろと? 用済みになったら私を処分するだけじゃないの?」
「自分が最低な人間であることは否定しない。同時に俺達とてぎりぎりの線だけは守らなけりゃ自滅するのも事実だ。俺は、必要な殺しはするが、契約を結んだ相手に対して不誠実な真似はしない。誠実さなんて何の役にも立たんクソだが、同時にそれを忘れたら惨めな死を迎えるだけだ」
レイスが、自分の体の前でシーツを押さえている優理に手を差し出してくる。
「簡単な契約だ。
第一に、俺達はどちらがどれ程に弱ろうとお互いを殺そうとしない。
第二に、知ってしまったお互いの秘密を他人に明かさない。
第三に、他者には恋人同士の様に振る舞う。
勿論、お前に好きな相手ができたなら契約は解除する。その際は先に報告してくれ。また、契約を解除しても互いの秘密は明かさないことは続く。・・・どうだ?」
「殺し合わない、お互いのことは秘密、恋人同士を装うってだけなの? 情報屋としての取り引きは無し?」
くすっと優理の唇から小さな笑いが出てしまう。
「俺が求めるのはその三つだ。だが、それこそが時に難しくてな」
「分かったわ。それに応じましょう」
「決まりだ。・・・だが、ここにお前がいるのは誰も知らん。お前が姿を消してすぐに俺の女ができたってのは、疑ってくれと言っているようなもんだ。しばらくここで身を潜めてろ。誰も来ない」
「・・・そうなの?」
「ああ。ここは俺が管理している一つだ。この部屋は一番上の階にある。俺も大抵は下にいるが、俺の仲間にも顔は見せないでくれ。情報はどこから漏れるか分からない。ある程度の時間が経ってからなら大丈夫だろうが」
そこでレイスは少し考えこむような顔になった。
「外出できんのは辛いだろうが、キースヘルムらが必死でお前を探しててな。情報屋としての価値を知る奴が連れて行ったんだろうと、今までお前が引き受けた顧客を必死で調べている。そいつらと繋がっている裏の奴らは誰かまでな」
「そ、そーなんだ」
さすがの優理も頬が引き攣る。
「だからこちらもカイネを動かさなきゃならん。それでカイネが余裕を見せてたら、うちが急襲される。神子姫なんて一人でもどこかの国に売りつけたら莫大な利益が出るお宝の山だからな」
「わ、私、そんな人達の情報なんて・・・」
「ああ。だが、できようができまいが、それはお前を動かしてからのことだ。できませんって言ったところでそれを許す男じゃないのは知ってるな?」
「・・・おとなしくこの部屋にいようと思います」
「そうしとけ」
ぽんぽんと、優理の頭に軽く手を置くと、レイスは、
「少しそっちに寄ってくれ」
と、優理の横に潜りこんできた。
「前にも長く休んで閉じこもってたな。今回もあれだけクルンを使ってもなかなか目覚めなかったし、かなり弱いのか? 妖精は性別を持たないというが、ゲヨネル大陸からこっちにやってきた妖精の血が入ってるのか? 何にしても無理はするな。寝ろ」
「・・・クルン、かなり私に使ってくれた?」
決して安くない実だ。
「常備してあるものだ、気にしなくていい。こういう仕事だからな」
「だけど・・・。お金は払うから。家に帰れたら、だけど」
優理の横で両目を瞑った男は、口だけ動かした。
「お前の家は扉を破壊され、行き先を調べようとキースヘルム達が荒らした後だ。何も残ってないだろう。手がかりを探す為、全て持ち去られた」
「・・・嘘」
「嘘じゃない。明日、今の状況をカイネに聞いておこう。・・・横の机にクルンは置いてある。自分で齧れるようなら齧っておけ」
そう言って本格的に寝てしまったレイスだ。
(寝つき早っ)
本気で自分に手を出す気はないらしい。
見れば、横の小机にはあの滋養強壮効果も高い実が幾つか置かれている。
それを一つ手に取って、優理は齧った。
(この実一つで銀貨5枚。うちの売上の何日分かしら)
そう思うと有り難いような、ここまで大盤振る舞いされると有り難味も失せるような・・・。
けれども甘さのあるそれに、体力が回復していく。
横で眠っているレイスは、平気で人を殺せる男だ。
(妖精ねえ。性別がないのは火の妖精だったかしら。だけど性別のない妖精が、どうやって人間との間に子供を作れるわけ? 子供を作れなければ血が入るも何もないわよね? ・・・ま、いっか。さすがにキースヘルムは遠慮したいわ、私)
真琴は獣人の子供と思われているし、自分は妖精の子供と思われているし、これは一体なんなのか。
(遥佳はどうなったのかしら。さっき、グリフォンに乗って行方をくらましたとか言ってたけど、・・・なんでグリフォンなの、遥佳?)
どちらにしても探ろうと思えば身動きがとれなくなる。
(かえってこの部屋は隠れ家としてぴったりなのかも。変な妖精オタクはいるけど。性別がないのが良かったって変態よね、こいつ。普通の女の人が愛せないってクチ?)
こんな事態でなければどんな状況下で人の家に忍びこんでくるつもりだったのか。人が市場で仕事をしている間に、勝手に窓の鉄格子を切っていたとは。
(まあ、実害はないみたいだし、いっか)
どんな犯罪者の妖精オタクにだって生きる権利はあるだろう。いや、この男の経歴からしたらもう死刑確定か? ここの法律はどうなっている。
(遥佳。あなたは無事なの?)
そうして優理は目を閉じた。
どうやら第7神殿にいる遥佳は無事なようだ。それはすぐ分かった。
(だけど遥佳。そのグリフォンは一体?)
グリフォンの情報まで探る気にならなかったので、今度の体力消耗は少なかったが、一番大人しい自分の姉妹は、グリフォンの脚の間に抱え込まれて、綺麗なシルクの服と色々な宝石を身につけた状態で眠っていた。
遥佳が安心した様子でグリフォンにもたれているので、害意はないと分かる。
(第7神殿にいるなら遥佳は安全ね)
遥佳が眠っているのは優理と同じく心を飛ばしていたせいだが、さすがに起きては少し食べたり飲んだりするもののまた眠ってしまう遥佳だったので、ちょっと寂しいヴィゴラスは、遥佳を飾り立てて眺めることで我慢していた。
契約した以上、レイスは問われたらきちんと答える姿勢をみせた。そして優理に要求もする。
「女物の服などないから俺のを使え。ここの物音はそうそう下まで響かないが、それでも人の気配がしていたら気づかれる。なるべく静かに過ごせ」
「分かったわ」
意外なことに料理はかなり上手かった。
ソーセージやオムレツやスープ、パンと果物を出されながら、優理はレイスと同じ食卓につく。
「毒など仕込まれんよう自炊か、うちの店で食べるかだ。昼飯とかは置いておくからそれを食べてくれ。俺がいない時間に料理などされてばれるのは困る」
「そこまで仲間を信じられないわけ? 寂しい人生ね。男も女も子供も嫌いで、仲間も友達じゃなかったら誰が残るのよ」
「仲間は大事だ。だからここが根城のキースヘルムとやり合って被害を出す気はない。こっちも本拠地はミザンガなんでな。大体、仲間だからって秘密を守れるかどうかは別だろう」
「秘密を守れない人が仲間だなんて、薄っぺらい人間関係ね」
哀れむように優理は誇り高く言ってみせた。
「ならお前が大事に思っている人間は、みんな秘密が守れるんだな? 何があっても顔に出すことなく、脅されたり引っ掛けられてもぽろっと言ってしまうこともなく、多少の怪我をさせられても演技できるんだな?」
「すみません。私が悪かったです」
遥佳も真琴も顔に出るし演技は下手だ。優理は自分の不見識を詫びた。
「カイネはそれなりに人や金を動かしてあちこちに探りを入れ、そうして苛立たしい動きを見せている。うちのドレイクは、
『おまはんなぁ、もうそんな占い師なんぞどうでもええやんけ。なんや、お前のコレやったんか?』
と、うんざりしちゃあいるが、だからキースヘルムもうちを疑わない」
「う。そんなにカイネさん、お金とか人とか使ってくれてんの?」
レイスとカイネが所属する集団の頭が難色を示しているという事実に、少しへこみながらも優理は尋ねる。
「あいつもあいつで手下はいる。それを全員動かすばかりか、最初はキースヘルムの所に殴り込みまでかけたな」
「へっ!?」
「あれでも元は凄腕の傭兵だったからな。あっちの根城の隅々まで捜させろとやりやがってくれた。俺が知った時にはやらかしてくれた後でな。だが、キースヘルムもお前を捜して、カイネのことも疑っていたわけだからちょうどいい確認になったらしい。だから痛み分けってことで手打ちにした。・・・ま、キースヘルムも弱い奴の言葉なんぞ聞く男じゃない。あっちの男を何人か血祭りにあげて話し合いに持ち込んだらしいな、カイネも」
「・・・どうして、そこまで」
申し訳なさが先にきてしまうのは、それが簡単なことではないと分かるからだ。
(たかがピンクやオレンジの店に怖じ気づいて逃げ出したくせに、どれだけいい人なの、カイネさん。やっぱり彼は農夫になって日々の収穫に笑ってる、そんな穏やかでありふれた日々の方が似合っていたんだわ)
素朴で穏やかな空気を持つ大人の男を思い出せば、優理も罪悪感に押し潰されそうだ。
それもこれもキースヘルムが全て悪い。
「あいつの左手がほとんど動かないことは有名だ。だからキースヘルムの手下もそこを狙ってきたらしい。その油断を遠慮なく利用して復活を宣言してみせたってところか」
物憂げにレイスは、駆けつけた時には血まみれになっていたキースヘルムの根城を思い返した。
両手で剣と斧とを使いこなしてみせた男は、本気でとんでもない生きる凶器だ。だが、そういうことならこれからはまた違う方面でも役立ってくれることだろう。
「あの左手、ユーリ、お前が関与してるんだろう?」
「・・・してないわ」
「嘘つけ。お互いの誠意は大事だと思わないか?」
「してるけど」
ぐっと唇を引き結んで、優理は認めた。
「だけどっ、そりゃ少しは手伝ったけど、どこまでできるようになるかは本人の努力でっ」
「ああ、分かってる。当たり前だ。それはどんなことであっても。・・・それより大きな声を出すな。ここの鍵は仲間も持ってる。まだやってくる時間じゃないが、下に響かれたら困る」
着やせするタイプなのか、細身に見えたが、レイスはよく食べる。
話しながら優理の倍量はあるオムレツも、流れるような動きで口に放りこんでいった。
「あの飄々とした男が、なりふり構わず何人倒したらお前の情報を寄越すのかとキースヘルムに直談判したんだ。見つからないからといって、そう簡単に諦めるってことはない。だからしばらくは頑張ってもらわんと」
「可哀想って思わないわけ?」
「互いの総力をぶつけ合うなら、ミザンガじゃない以上、こちらが負ける。その時の損失を思えばカイネ達にはへとへとになっててもらう方がマシだ。まだ死人は出ないからな」
「なんでそこまでして私を・・・」
「言っただろう、神子姫は金になると」
レイスは優理の愚かさを咎めるような視線になった。
「場合によっちゃ自分達が貴族の位を手に入れることすら夢じゃない上、売りさばき先が神殿なら凄まじい金額をふんだくれる。こんな仕事をしていなくても、神子姫を旗頭にすればどんな王侯貴族だって膝をつく存在になれる」
「だからって私がどうしてその人達を見つけられると思うの。もうとっくに神殿とか、・・・それこそ王様の軍とかが動いてるんでしょ」
「だが、見つかっていない。お前は自分には無理だと言うが、しかしお前が手掛けた仕事で一つとして失敗などしていないのも事実だ。あのくだらん占いと店の内装以外は」
「・・・悪かったわね。友達もいない寂しい妖精オタクのくせに」
まだ自分は学校が終われば店にやってくる少年達という友達もいる。こんなロンリー犯罪者にくだらない呼ばわりされるような占い店主ではないのだ。
ぴくぴくっと優理は頬を引き攣らせた。
「友達とやらの数で人格が決まるなら、お前より優れた人が世間には溢れてるな」
「やっぱり友達は数じゃないわ、質よね。ええ、そんなことより神子姫様の情報だったかしら。そういえばレイス達は捜さないの?」
「手に入れば考えるが、その程度だ。俺は神子姫の入手について否定的な立場なんでな」
「どうしてよ。お金が手に入るならそれにこしたことはないでしょ」
「ああ。だが、・・・身の程にあわぬ大金に手を出したら身を滅ぼすだけだ。自滅したら終わりだろう。暗く澱んだ沼でしか生きられん生き物が、澄みきった湖を手に入れて何になる?」
卑下するわけでもなく事実を淡々と述べる口調で、自分達はそういう世界に生きていると言いきる男は、割り切っているのだろうか。
今更明るい場所を目指すことなど許されない存在なのだと。
(最初からそうやって線を引いてしまうから寂しい男なのね。私には有り難いけど)
食べ終わった食器を片づけて、レイスが洗い出す。優理もそれを手伝った。
「けっこう器用なのね、レイスって。ご飯も美味しかったし」
無駄のない動きで洗って水をきり、その間にテーブルなどを拭いて綺麗にし、水がきれたところで食器を拭いて片付ける手際はかなりいい。
実はそれなりに冷静で自分をきちんと把握している男なのかもしれないと思い、関係良好の糸口として優理はその手際を遠まわしに褒めてみた。
「ああ。生活関係をほとんどこなせれば、下働きでも召し使いでも調理人でも執事でも庭師でも何になってでも入りこめるからな。こういうことも全ては仕事の為の一環だ」
「・・・そーですか」
入りこんだ先で何をやるのかといえば、それは人権そのものを踏みにじるどころか、の行為である。
こいつなんぞを褒めて損したと思う優理だった。
レイスが部屋に鍵を掛けて階下に去ってしまえば、やることのない優理はベッドに行って目を閉じる。
同じ建物内だ。階下の様子はすぐに分かる。
(あ。本当だ。カイネさん、すっごく疲れてるみたい)
そんなカイネにレイスはクルンの実を渡している。
優理にも昼食用にと色々なハムやチーズを挟んだパン、そして果物やクリームなどを挟んだ甘いパンなども作っていってくれたが、どうやら鍋ごと持っていったスープはカイネに食べさせるつもりだったらしい。
(なんか、・・・カイネさん、とってもワイルド?)
自分の前では気の良さそうな農夫といった風情だったカイネだが、レイスや他の仲間達と一緒にいる様子はまさに無頼の徒といった様子で、雰囲気が一変している。
『どうせその神子姫とやらが見つかれば終わる話だろ。そうしたら戻ってくるさ。どこのどいつがそのインチキ占い師を確保してるにせよ』
『せやけどなぁ、あんキースヘルムがそこまで執着する女やろ。なんや、ガキや言うてたけど、実はかなりええ女なんか? ん、カイネ?』
『いや。胸はツルペタだし、そこらへん全く魅力はないんだが』
いささかムッとしてしまう優理だ。
レイスのインチキ占い師呼ばわりも許せないが、カイネの全く魅力はない発言もどうかと思う。
(そっ、そりゃ胸はないけどねっ。だけどそれはしょうがないじゃない。人の魅力は内面なのよっ。男であれ女であれ、内面が美しければ全ては輝くんだからっ)
『で? そのツルペタ占い師の自宅はまだ無人か』
『ああ。一応、大家が扉は直したらしいが、こんな頑丈な扉がついていても誘拐されたとはと、かなり嘆いていた。家賃は前払いしていたらしい。かなりいい店子だったらしいな』
『なるほどな。だが、キースヘルムですら見つけられんのならこっちが見つけるのは難しい。やはり地元じゃない場所ではどうしても一歩の遅れが出る』
優理に約束した通り、カイネに情報を聞いてくれているのだろう。寂しい男だが、約束は守るらしい。それにさりげなくカイネに諦めるようにとも促してくれている。
(まあ、その辺りは悪い奴じゃないみたいね。稼業はとっても悪い奴だけど)
だが、これもいい経験かもしれない。
こんなことでもなければ興味も持たなかっただろう。
真琴はかなり安全らしいと知り、余裕の出てきている優理だ。
どうせこの建物から出られないのならばと、レイス達の様子をゆっくり眺めることにした。




