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16 カイトは真琴を拾った

 

 

 ギバティ王国における首都ギバティールと、地方にある街ドリエータとの間には幾つもの街がある。

 その一つ、キケーロの街の外れにある宿で泊まっていたカイトは、幾つかの運び屋の仕事を終えてギバティールへ帰るところだった。

 なぜ街の外れの宿に泊まるかといえば、安いからだ。街の中心であれば宿は高いが、少し離れた場所だと安くて部屋も広くなる。元々、獣人であるカイトは体力もあるので、その不便さが辛いということもない。

 宿屋の主人も客など期待していない片手間仕事だから、設備とサービスはいい加減だ。野宿よりはるかにマシと思うカイトは、そんな幾つかの宿屋を定宿にしていた。


「なんだ、カイトさんか。悪いが、ちょっと女房(かみ)さんと親戚んちに出かけてくんだわぁ。だからよ、泊まるのはかまわんが、先払いで出る時ゃ鍵かけて出てってくれや。いつもんとこを使っていいからよ」

「分かった。鍵はどこに戻しといたらいいんだ?」

「そうさな。ここの穴の中に入れといてくれ」

「ああ」


 キケーロの街の外れにある宿でそんなやりとりをした後、離れの小屋のような家に泊まっていたカイトだ。

 そこは普通の農家だが、離れに住んでいた両親が亡くなったので、その小さな家を宿にして客を泊まらせている。

 小さいとはいえ一軒家を一人で泊まるのは勿体ない気もするが、それが良さだ。何人かの客が重なったら、部屋は四つ程あるので、見知らぬ客同士で同じ家に泊まることになる。そういう時は値引きしてくれるので、それはそれで有り難い感じだ。


(今日は風が強い。だが、そんな季節でもないのに)


 いつもならさっさと休むが、宿屋の主人夫婦も不在とあって、カイトはふらりと夜の庭に出ていた。これがギバティール郊外にある自分の家ならシルバータイガーの姿に戻って山をふらつくのだが、さすがにここではそれもできない。


(これは、血の臭いか?)


 風に混じっていたそれに気づき、カイトは鼻を蠢(うごめ)かした。単にそこらの獣が傷ついただけかもしれないが、何となく違うような気がする。

 けれども風上である岩山へ向かおうとしたら、どんどん向かい風が強くなる。


(こんな木も生えない岩石だけの場所で血を流してるとなったら、人が迷い込んで足を滑らせて怪我したか、誰も近づかん場所で誰かが誰かを傷つけたか、・・・つまり殺人だ)


 勿論、他人のことなど放っておけばいいというものだろう。しかし、失われてからでは取り返しのつかないことは多々ある。


「いや、崖で度胸試しをしていた子供が、風にあおられて落ちたかもしれねえ。早く助けねえとやばいか」


 勢いが強かった風が、ほとんど微風になる。

 カイトはゴツゴツとしている岩だけでできたその場所を跳ぶようにして駆け、そこに辿りついた。


「おまっ、・・・おいっ、大丈夫かっ、しっかりしろっ!」


 背中の衣服を血だらけにして倒れている少年を見つけ、カイトは慌てて近寄り、助け起こす。その肩と背に突き刺さった矢は、二本。背後から襲われたのが分かる。

 人間の子供と思ったが手足は茶色い毛皮で覆われており、どう見ても獣のものだった。


「こんな子供になんてことを」


 軽くピシャピシャと頬を叩けば、

「・・・ん」

と、力なく開く瞳がある。


「大丈夫かっ、猟師にやられたんだなっ」

「・・・え?」

「安心しろ。俺も獣人だ」

「へ・・・?」

「同胞を見捨てたりはしない。獣の姿になってたところで射られたか。・・・大丈夫、ちゃんと助けてやるからな」

「えっと・・・」


 少年の返事も聞かずに、カイトはその矢の刺さった部分には触れぬようにして横抱きにし、凄いスピードで宿へと戻った。

 うつ伏せで寝台に寝かせ、湯を沸かす。


「シャツはもう血で駄目だから切るぞ。矢を射られてからどれくらいだ?」

「えーっと、お昼前だった、かな?」


 少年が着ていたシャツを切り裂きながら問えば、あやふやな答えが返ってきた。

 背中の刺さっている矢の周りを湯で湿らせた布で綺麗に拭って、同時にその周辺をも温める。


「他にも当たってたのか。一人の矢じゃないな」


 刺さっていたのは二本だが、他にも傷ついた痕があった。つまり、背中の肉の間に留まりはしなかったが、鏃(やじり)は突き刺さったのだ。


「引き抜くから痛いぞ。これを噛んでおけ」

「あ、・・・うん」


 柔らかで清潔な布をかなり厚くして噛ませる。


「うあぁっ!」


 なるべく一気にすむようにと矢を引き抜けば、耐えきれずに少年の悲鳴があがった。その獣の姿をした手足がバタバタと暴れ出す。焦げ茶色の瞳からは涙が溢れた。


「大丈夫だっ。もう抜けたっ。頑張った、よく頑張ったな」

「うぇっ、うぇ・・・」

「人の姿から獣の姿になろうとしていたところを射られたか。可哀想に。痛かっただろう、ごめんな」


 あまりの痛みに強くしがみついてくる少年を、カイトは血が流れ出した背中の傷には触れぬようにして抱きしめる。


「大丈夫。一番辛いところは終わった。後は傷を治すだけだ。な? あとちょっと頑張ってくれ」

「・・・ん」


 噴き出した血は、それこそ固まりかけていた傷が再び引き裂かれたようなものだ。その痛みにうぐうぐと泣きながら、少年が頷いた。


「獣の姿になった方が治りは早いだろうが、まだ人間の姿でいてくれ。今から傷口を舐(な)めるから。俺達は傷口をしっかり舐めた方が痕も残らない。ちょっと痛いだろうが耐えてくれ」

「・・・うん」


 その涙と鼻水を拭ってやれば、健気にも頷く。


「もう一度、うつ伏せに。それからその布を噛んで。最初にきっちりしておけば治りは早い」

「分かった。・・・ありがと」

「いや。こういう時はお互い様だ。人間を装って暮らしていても色々と事故はある」


 獣の姿になる為に服を脱いで、カイトはその身を変化させた。

 うつ伏せになっていた少年は顔をカイトに向けていて、その変身に目を丸くする。


「うわぁ、白い虎だ」


 そんなびっくりした顔は、初めてカイトの種族を見たからだろう。


(白じゃなくて銀だっつーの。ホワイトタイガーだったら見にも行かなかったぞ。あいつら、基本的に楽しいことしかしねえからな)


 それでものっそりとカイトは少年の上に跨(またが)るようにして寝台に上がる。


「いっ、痛(いつ)っ」


 やがて傷口を舐められ始めた少年が、その痛みに四肢を跳ねさせた。


(すまん。だが、それは仕方ない。俺も子供の頃には同じ目に遭って、痛くても逃げさせてくれなかったもんだ。最初にどこまでできるかが傷の治りを決めるんだ)


 暴れる少年の体を太く頑丈な四肢で押さえこみ、カイトはその傷口を丹念に、それこそ傷の中まで舌を入れこむかのようにして舐める。


「痛いってばぁっ」


 カイトは、その背中を黙って舐め続けた。

 矢が刺さってこそいなかったものの傷になっている所も舐める。


「やだっ、もういいっ。もういいからっ」


 痛みに泣き喚いていた少年が、やがてぐったりと全身の力を抜く頃には、滲み出ていた血も全て舐めつくしていた。

 気づけば夜も明け始めている。


(あ。完全な人間の姿に戻ってやがる)


 ぐったりとしている少年は気を失ったのか、眠ってしまったのか。

 手足だけが獣の姿だったのに、今は全てが人間の姿だ。


(しょうがないな。もう舐め終わったから後は獣に戻ってくれた方が治りは早いんだが)


 カイトも人間の姿に戻り、上半身だけ裸の少年を自分の上にうつ伏せのまま抱きかかえる。


「ん・・・」

「傷口に障(さわ)らんよう、背中は上に向けていた方がいい。お前が寝返りを打とうとしたら止めてやるから、まずは寝ろ。俺も寝る」

「・・・うん」


 完全な人間の姿に戻ったその腕は細かった。まるで女の子のようだ。

 けれども少女じゃないのは体臭で分かる。


(しかし男というのも・・・。十代半ばに見えたが、実はもっと小さいか)


 少年を抱いて眠りながら、時折カイトはその血が少し滲み始めた肩の傷などを舐めてやっていた。






 目を覚ました少年は、マーコットと名乗った。


「俺はカイト。で、親はどこだ? 住んでる場所は? ちゃんと親御さんには俺からも説明してやる。大体、日中に獣の姿になるだなんて、狙われて当然だろう。ここはマジュネル大陸じゃないんだ。人間の行動様式ぐらい把握しとけ」

「うん」


 カイトのシャツを着せてもらった真琴は、何と言ったものかと考えこむ。


(私、獣人じゃないんだけど。しかし助けられたのは有り難かったわけだし。人間を装ってるって、獣人って迫害でもされてるのかな。そうなると誤解は誤解のままでおいといた方がいいかも)


 やはり獣人仲間と思って助けてくれたのならば、そういうことにしておくべきだろう。


「マーコットは何の獣人なんだ?」

「えーっと、それがよく分かんない・・・?」


 動物の姿になって逃げた方がいいと思ったのだが、ポケットに入れてある絵をどうするかが問題だった。おかげで中途半端な変身になってしまって、手足だけ犬の姿という情けない状態で山へ駆けこみ、そうして逃げてきたのだ。

 ただ、途中からは

(犬ではちょっと山じゃまずいかもしれないよね?)

と思い、猪に変化してまっすぐまっすぐ走っていたら、今度は段々土よりも岩が露出した山が多くなってきたものだから

(岩山といえば猪よりも山羊(やぎ)かな? それとも羚羊(かもしか)?)

で、最終的には何だったか自分でもよく分かっていない真琴だ。


(この人が見た時、私、何の獣だったの・・・?)


 追手を撒(ま)いたらどこかで手当てをしてもらおうと思ったのだが、なんだかとても多くの兵士が出ていたようで、なるべく遠くまで逃げる必要があるように感じたのだ。


「分かんないって、親は?」

「もう、・・・眠っちゃったかな」


 不思議そうにその眉を上げて問いかけてくるカイトの髪はくすんだ銀色だ。瞳は薄いアイスブルー。


(氷みたいな色合いの人なのに、体温は高かったな。だからよく眠れたのかも。炬燵(こたつ)みたいな人だ。いや、獣人か)


 そんなことを真琴は思った。

 

「眠った?」

「そ。もう目覚めないけどね」

「そうか。それで獣人としての教育を全く受けられなかったのか。だが、どの種族に属するかも知らんとは、どれだけ幼い時に親を亡くしたんだ」

「幼いと言うか、・・・急だったんだよ」

「それは辛かったな」


 ハミトやレイノー、イスマルクとも違うタイプだけに、真琴もカイトに対してどういう態度に出るべきかを迷う。


(助けてもらって生意気な態度はとっちゃいけないよね。だけどぐいぐい質問されるのも困る。けど、質問してくるのも好奇心じゃなくて、私の為なんだよなぁ。困った)


 獣人のことに不案内すぎて、都合のいい嘘が思いつかなかった。


「マーコット。お前、家は?」

「あ、それはあるよ。それはある。・・・まあ、ほとぼりが冷めたら戻ろっかなっと。あ、だけど大丈夫。迷惑かける気はないから。あ、そうだ。カイトさん、連絡先教えてよ。後でちゃんとお礼しに行くから。ホント、ごめんね。迷惑かけちゃって」


 てへへと笑ってみせる真琴に、カイトは痛ましげな顔になる。


「礼などいらん。そんなことより・・・」

「あ。もしかして僕のこと、警戒してる? だけど本当にお金に困ってるわけじゃないし、・・・そりゃこの無一文状態じゃ疑われてもしょうがないんだけど」

「そうじゃない。その荒れていない指先や大して筋肉もない手足を見りゃ、恵まれた暮らししてたのは分かる。そっちを疑ってるわけじゃない」


 カイトの視点はあまりにも真琴の感覚と違いすぎた。


「なんでほとぼりが冷めるまで帰れないんだ?」

「えーっと・・・」


 どうしてここで白状できるだろう。


(それは追われているからです。だから人目につかないように遠回りしてジェルンの第7神殿を目指さなきゃいけないからです)


 真琴は押し黙った。


「マーコット。お前、今まで本当は自分を人間だと信じていたんじゃないのか?」

「・・・人間、なんだけど」


 その返事に、カイトは痛々しいものを見る目になった。


(ありゃ・・・?)


 きょとんとする真琴は、何かが違うような気がした。

 このカイトという獣人は、やはり父やハミトやレイノー、イスマルクとはまた違う性格のようだ。


(獣人だという自分を受け入れたくないのか。自分を人間だと信じていたなら、ましてや獣人に変化しようとしていたところで矢を一斉に射かけられて追われたとなれば、受け入れたくないのも無理はあるまい)


 両親を亡くしても、他の人達の愛情を受けて健やかに育てられていたと分かる少年。

 しかし人というのは異質なものを受け入れない。


(恐らく、成長期のそれで獣人へと変化しかけたところを見つかり、今まで愛情を向けてくれた人達から一気に掌(てのひら)を返されたってところか。あんな一斉に矢を射かけるなんざ、もう人として見ちゃいなかったってことだ。それでもこの子は信じている。誤解が解けて、また元通りに自分を受け入れてくれるのだと)


 そこまで考えてから、カイトは優しく真琴の頭を撫でた。

 そうして少ししゃがんで真琴と視線を合わせる。


「なあ、マーコット。俺は運び屋をしてるんだ」

「運び屋? あ、知ってる。荷物を運んでくれる人だ」


 イスマルクが海産物の干物などを送ってくれた時の宅配便の人が運び屋なのだと教えてもらった真琴だ。猫や飛脚や郵便マークはついていない宅配便だと認識している。


「そうだ。運び屋には運び屋のネットワークがあってな、色々な場所へと旅をするかのように荷物を運ぶ。まあ、俺はそれだけじゃない依頼も受けるし、いささかハードだったりもするんだが、他の人は普通に運ぶだけの依頼を受けていたりもする。なあ、やってみないか?」

「へっ?」

「生きていく手段を身につけておいて困ることはないだろう? これも何かの縁だ。まずは俺を手伝うことから始めてみないか? 俺の家はギバティール郊外の不便な場所だが、その代わり、近くには山もあるし、夜には獣の姿になっても目立たない。・・・本当の自分を受け入れるのはまだまだ難しいだろう。けれどもいつかはしなきゃならんことだ。な、一緒に来ないか?」


 真琴は少し考えこんだ。


(いや、だから私、獣人じゃないんだって。だけどギバティール郊外なら、思いっきりドリエータとは離れてるよね。宿屋や野宿に追手がかかっても、最初から家を持っている人までは調べない。何より、今の自分は怪我してる上、お金がない)


 悪くない話だ。


「僕、運び屋なんてやったことないから足手まといだよ?」

「最初は誰だって初めてさ」

「常識もよく知らないし」

「誰だって色々揉まれて知ってくのさ」


 イスマルクとは違うが、カイトもまた面倒見の良さそうな人だと思った。

 何より今はこの絵を持ってドリエータを離れた方がいい。


(もしかしたら遥佳は捕まってしまったかもしれない。だけど私も怪我さえ治れば、侵入して助け出すことができる)


 まずはこの傷を治そう。

 二人とも捕まってしまってはどうしようもないけれど、真琴が無事なら助けに行ける。


「よろしくお願いします」

「ああ」


 背中の傷に障(さわ)るからなと、向かい合う形で抱っこされて馬に乗せられ、そうして真琴はギバティール郊外にあるというカイトの家へと一緒に旅立った。


「ほら。落とさないからちゃんと俺にもたれて寝とけ。こんな場所じゃ獣の姿には戻れんだろうが、寝てれば回復は早い」

「ん・・・」


 馬の揺れが心地よく、傷ついた真琴を眠りの世界へと誘う。

 宿屋に着く度に背中の傷を銀色の虎に舐められたが、段々と痛みは少なくなっていった。


(獣は傷ついたら舐めて寝て治すというけど本当なんだなぁ)


 そんなことを思いながら、真琴は目を閉じる。


「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 明るく輝く太陽の光を浴びながら馬の上で寝る挨拶をしている自分はちょっとお間抜けさんかもしれない。

 カイトがそれを小さく笑っているのも感じる。

 それでも真琴は、カイトの胸に顔を押しつけた。その固くまっ平らな胸が父のタイガを思い出させる。


「・・・お父さん」


 とても小さな、声になっていない呟き。


(父の顔も知らないのか。不憫(ふびん)な子だ)


 その鋭い聴覚で拾ってしまったカイトは、マントで包んだ真琴をその上から優しく抱きしめて馬を進ませていった。






 カイトの家はギバティ王国の首都ギバティールの郊外にあり、一番近い家まで八百メートル程は離れていた。つまり、まず誰もやって来ない。

 だから真琴ものびのびと過ごしていた。


(うーん、何の獣人ってことにしようかなぁ。カイトみたいに虎ってかっこいいかも。ヴィゴラスみたいなライオンも捨てがたい。だけどライオンや虎では体力が違いすぎる。それなら小鹿とかの方がいいかもしれない。いやいや、どうせならカイトの背中に乗せてもらった方が楽しそうだし、それなら猫ということにしてもいいような・・・)


 どの獣人が一番お得だろうと、そんな理由で決めかねている真琴だ。


「怪我なんて治るまで寝てるもんさ。だらだらしてるのが一番いいんだ」


 カイトは真琴に留守番を任せて出かけているが、どうやら運び屋の仕事というのは数日がかりのものばかりではなく、当日だけで終わる簡単なものも多いらしい。

 

(何にしてもいい人だよね。ご飯も沢山置いてってくれるし。・・・食べきれないけど)


 毎晩、銀色の虎に背中を舐められるのも、慣れたら慣れるものだ。


(カイトって、脚の間に抱えこむ趣味がないからいいよね。ヴィゴラスもあれさえなきゃいいのに。それに服もいっぱい買わせちゃったなぁ。いずれちゃんとお礼しなきゃ)


 しかし、今の自分は無一文に近い状態だ。

 しょうがないので裏の畑を手入れしながらカイトの帰りを待つ真琴である。

 夕方前にはカイトも帰ってくる。

 

「ただいま、マーコット。今日も畑をみててくれたのか? そんなの放っておけば勝手に生(な)るんだから、無理せず休んどけ」

「カイトッ、おかえりっ。あのねあのね、今日は苺が生ってたんだよっ」

「苺? そんなの植えてたか?」

「さあ? けどほら、ここに」


 畑の脇にある葉を示され、カイトが見れば、たしかに赤く熟れていたり、まだ青い苺の実がその陰に隠れている。


「知らなかった。そこには雑草ばかりしかないと思ってた」

「だから夕食後に食べようよ。ねっ」

「ああ、そうだな」

 

 人懐(ひとなつ)っこい真琴は、カイトにとっても心が和(なご)む拾い物だった。

 がしがしと頭を撫でて家に入れば、毎日のように色々なことを尋ねてくる。

 そうしてカイトが作る食事の手伝いを楽しそうにするのだ。


(これだけ警戒心がないんだ。きっと周囲の皆に愛されて育ってきたんだろう)


 所詮、カイトも男の料理だ。スープだけ作って、後は火鉢のようなものをはめこんだテーブルで、チーズや肉や野菜を炙《あぶ》り、買ってきたパンと一緒に食べる。


「そうそう。ドリエータで女神様と神子様の絵を盗んだ人間が見つかったって噂が凄かったぞ。街はその話でもちきりだった」

「え?」


 ドキッと真琴の心臓が跳ねた。


「なんでも街角に貼られていた絵は、大元になる絵があったらしい。その絵は王城にあると思われていたが、実は盗み出され、その絵を盗んだ犯人がドリエータで見つかったとか」

「へ、へぇ・・・」


 相槌(あいづち)もいささか狼狽(うろた)え気味な真琴だ。

 いい塩梅(あんばい)を見極めようとしていたカイトはそれに気づかず、火でとろけたチーズを垂れる直前で真琴のパンの上に載せてくれた。


「なのにその王城に忍びこんで絵を盗んだという少年は、別に盗賊の一味でも何でもなく、治療院で傷ついた人達の世話をしていたとか。そんな地方に住む一般庶民の少年が、簡単に王城に忍びこめるという方がおかしい。何らかの思惑で冤罪をかけられてる可能性もあるな」

「そ、そうかもね」


 パンの上に載せられたチーズは、お日様色に輝いている。


(ごめんなさい。冤罪(えんざい)でも何でもなく、本当に忍びこみました。でもってその絵はそこにあります。ついでに患者さんのお世話はしてませんでした。だけどこのとろけたチーズって美味しいよね。熱いうちに食べるのがまたいい感じ)


 はふはふと食べる楽しさが、この家にはあった。


「だが、その少年には逃げられたそうだ。おかげでその少年の妹を捕まえ、それを囮(おとり)にして少年を誘(おび)き出すとか」

「何それっ」


 さすがに真琴が気色ばむ。


「何って、・・・何なんだかな。本当にマトモじゃない、人間ってのは。子供達相手に何やってんだか」


 そこでカイトが苦々しげな顔になるのを、不思議な思いで真琴は見返した。


「なんでカイトが怒るの? 別に知らない子達なのに」

「そりゃ馬鹿馬鹿しいからだ。考えてもみろ。王城に忍びこめる少年がいたとしたらそれなりの組織がついているか、百歩譲ってその少年が凄い手練れだったかだ。ドリエータではその少年を大罪人として追っているという。だが、大罪を犯せる人間が、どうしてたかが妹が捕まったってだけでのこのこと出てくるんだ? 全てにおいておかしいだろう」

「・・・僕なら、もし妹が捕まったとか言われたら、のこのこ行くかな」


 大切な自分の姉妹をどうしてそこで見捨てられるだろう。

 ちゃんとのこのこ忍びこんで、思いっきり破壊工作してくる。


「妹への情で出てくる少年なら、最初から大罪を犯す度胸はないだろう。どう考えても矛盾している。何より、その絵を聖神殿から持ち出したという王城こそ大罪人だろうが。女神様の所から盗んで城に飾るって時点でおかしいだろ」

「それは言える。勝手に人んちに押し入って勝手に絵を持ち出して、自分のもんってやったんだもん。図々しいったらないよ」


 うんうんと、真琴も頷いてしまった。

 気分は、よくぞ言ってくれた、である。

 しかし、そこでカイトは唇の端を歪めた。


「ただ、その街の噂とは別に、運び屋のネットワークの方では、その少年は矢を射られたという話もでている」

「え」


 真琴の動きが止まる。


「マーコット、今、変な疑いをかけられても厄介だ。背中に傷があることは言うなよ?」

「それこそ、・・・怪しい人ってんで、僕を疑うべきじゃないの?」


 すると、カイトは何かを見定めるような光をその薄い水色の瞳に浮かべた。


「マーコット。お前、年は?」

「えーっと、そろそろ16ぐらい?」


 この世界の日付が日本と全く違った為、真琴達もいつを誕生日とすればいいのか不明なのである。

 カイトは思いっきり呆れた顔になった。それこそ真琴を馬鹿にしている顔だ。


「その逃げた少年は十代半ばだという」

「条件ぴったりじゃん」

「・・・あのな、マーコット。獣人の鼻をごまかせると思うな。お前はもっと小さいだろう。体だけは育っているから、パッと見は16才にも見えるかもしれんが、お前はせいぜい10才だ」


 あまりの出来事に、真琴は何も言えなくなった。

 

(なんで10才っ!? いきなり小学生っ? そっちの方がおかしいよねっ!?)


 世が世なら、いや違った、ここが地球なら、自分達は子供から大人へと移り変わる繊細で壊れやすくも熱い情熱を隠したガラス細工の女子高校生なのに。

 くらりと、真琴の体が傾ぐ。


「どうした、マーコット。なんだ、隠せているつもりだったのか? 馬鹿だなぁ。お前が10才だったって何も変わらないさ、突っ張らなくていい」


 カイトは真琴が摘んできた苺を一つとり、そうして口元に差し出した。


(隠してない、隠してないってばっ)


 反射的に食べてしまった真琴の口内を、甘酸っぱい苺の果汁が広がっていく。

 その味は、今の複雑な真琴の気持ちによく似ていた。






 カイトと暮らし始めて、色々な「初めて」が沢山な真琴だ。

 同じ畑でも、治療院と違って、カイトの家では葉物野菜が多い。それは根菜は買ってきても日持ちするが、葉を食べる野菜は日持ちしないからだそうだ。


「おっかしいな、どうしてこう季節外れのもんが実るんだ」

「たまに狂い咲き? みたいなことになるんじゃない? 花だけじゃなくて」

「そんなもんかねぇ」


 首をひねるカイトに、真琴はそう誤魔化した。

 傷ついた真琴に少しでもと思うのか、カイトの裏庭にある畑には様々な野菜や果実が実っていく。

 イスマルクは質問に対してどこまで教えていいかを考えながら説明するが、カイトは真琴が訊いたらざっくばらんに教えてくれるのだと知った。


「なーるほど。そっかぁ、十代半ばにもなると男の子と女の子との違いがくっきり出てくるから、体臭で分かっちゃうんだね」

「そうさ。お前は分からないのか? 周囲の男女をどうやって見分けてた?」

「・・・えっと、見たら男か女か分かるって感じで?」

「やれやれ。本当に人間らしく育ってたんだな」


 呆れたように言うカイトに、自分が駄目な獣人認定されたことを知る真琴だ。


(見た目で十代半ばと判断しても、体臭で幼い子供だと判断したって・・・。見た目は普通の人間なのに、やっぱり虎さんなんだなぁ)


 ならどうして女の子ではないと判断したのかと訊いたら、女の子の方が大人になるのは早い傾向があるので、やはり10才でも少し変化が出てきていたりするものだとか。だから髪の長さもあって真琴を男の子とカイトは判断したのだそうだ。

 分かってしまえば、「なーるほどぉ」の真琴だ。帰ったら遥佳にも話してあげようと思う。


(あと少しで傷も治る。そうしたら助けに行く、遥佳)


 先にヴィゴラスと落ちあえばいい。そうすれば協力して自分達は遥佳を助けられる筈だ。

 万全の姿勢で臨(のぞ)むためにも、真琴はせっせと食べている。

 きちんと力が出しきれずに救出作戦失敗だなんて、絶対に受け入れられない事態だ。


「ちゃんと食えよ。食欲が出てきたら治りは早いんだ」

「うんっ」


 この穏やかな暮らしも嫌いではないけど。

 拾った自分の面倒をみてくれる獣人の傍にいるのは安らげるけど。

 それでも。

 優理と遥佳より優先できるものなど、何もない。

 

「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

「ああ」


 そう言って出かけていくカイトを見送る日々だ。


(だけどこんな毎日が当たり前にならない内に戻らなきゃね。いきなり姿を消したら恩知らずって思われちゃうのかな)


 そんな切ない思いでいた真琴だが、その日の夕方、戻ってきたカイトは、真琴の腕ぐらいの太さがあるソーセージを焼きながらその話をした。


「何ともけったいな流れになったもんだ。噂ってのも本当に訳が分からん」

「どーしたの? これ、本当にソーセージ? これはどう見てもハムの太さだよ。丸ごと焼くんじゃなくて薄切りして焼くんじゃないの?」


 カイトが作る食事は、ダイナミックすぎて楽しい。


「こいつはな、弾ける肉汁を、

『熱(あつ)っ、熱(あつ)っ』

と、言いながら食べるもんだ。それが旨い」


 そう笑い、そのソーセージを握る為の紙ナプキンをカイトが渡してきた。


「ありがとう」


 受け取れば、真琴が歯を立てたところから、ぷちっと弾けて肉汁が飛び出てくる。

 なかなかワイルドだ。遥佳にもお土産で買っていってあげたい。きっとヴィゴラスも喜ぶだろう。


「いやな。噂だから真偽は分からんが、なんでも三人の神子姫の内、二人の神子姫が傷ついた人々を受け入れるドリエータの治療院へと降り立ち、傷つき病(や)み衰(おとろ)えた人々を救ったとか。そして神子姫という正体が皆に知られてしまったものだから、グリフォンに乗って空へと帰っていったそうだ」

「・・・どこのかぐや姫?」

「かぐや姫って?」

「ううん。どこのおとぎ話?」


 なんでそんな美談っぽい話になってるんだろうと、真琴は思った。

 治療院に降り立ったも何も、遥佳は断りきれずに「バイト、始めました」だ。

 病んだ人を救っっていたのはハミトとレイノーである。

 イスマルクは神官の格好をして心を救っていたかもしれないけど。

 笑顔は0円なんですよと、遥佳が初めてのバイトでやっていたのは食事作りと掃除と洗濯だ。


(だけどグリフォンに乗って帰ったってことは、うまく逃げられたんだ。ヴィゴラス偉いっ。ただのキラキラ大好きじゃなかったんだねっ。帰ったら、イスマルクに頼んで首飾りにもう二つ石を足してあげよっ。赤、橙、黄土色ときたら、次は黄色だよね)


 つい、にこにこしてしまう真琴である。


「もう一つの噂は、ドリエータにいた神子姫を地下牢に入れてしまったが、それに激怒した神官がグリフォンに命じて神子姫をゲヨネル大陸まで連れて行かせたというものだな」

「そりゃまた遠い所まで」

「そうだな。いくらグリフォンでも簡単に飛んで行ける距離ではないと思うんだが」

「その前にグリフォン、神官の命令なんて聞かないと思うんだよ」

「まあ、噂だからな」


 ドリエータから飛んでいったなら第7神殿だろう。


(だけどヴィゴラスに命令できる神官なんて・・・。イスマルクが何を言ってもヴィゴラス、自分がしたいことしかしないしなぁ)


 噂とは怖い。まさに本当のことのように出鱈目(でたらめ)がまかり通る。


「じゃあ、先日の絵を盗んだだの何だのはどうなったのかといえば、何でもそれは箝口令(かんこうれい)が敷かれているらしい」

「へっ!?」


 さすがの真琴も口をぽかんと開けてしまった。


「だが、矢傷を負った少女を助けた者には莫大な報奨金が出ると、その噂でもちきりだ。・・・そうなれば、真実の見当もつく」


 カイトの横顔は険しいものだった。

 けれども噂の内容に気を取られていた真琴はそれに気づかない。


(私を助けた者にはって・・・。あ、ヤバイ。私達が私達ってばれたんだ)


 盗賊と思われているのとどっちがいいのだろうと真琴は悩んだ。


「何があったかは知らんが、神子姫とはいえ小さな女の子だ。神子姫はお二人とも治療院で保護されていたのだろう。そして何らかの冤罪をかけられたか事故だったかで、この国の貴族あたりが小さな女の子を矢で射たに違いない。人間というのは、貴族であれば何をやっても許されるという決まりがあるようだからな」


 真琴が気づけば、カイトは怒りにぎりっと歯ぎしりをしている。


「あんな小さな子供に・・・。何が十代半ばだ。そんなにも卑劣な行動を隠したかったか」

「カイトって、本当にいい人だよね」

「誰だってあんな小さな子供に矢を当てたと聞いたら怒るだろう」

「・・・そうだね。貼り紙の女の子、小さかったし」


 いい人だと、真琴は思った。


(まあ、私達の色合いと年齢が訂正されていないのが救いかな)


 遥佳がヴィゴラスと、おそらくはイスマルクの手によって助け出されたならもう大丈夫だ。

 あとはゆっくり傷を治せばいい。

 義憤(ぎふん)に駆られているカイトには悪いのだが、全ての悩みはこれで終わった。

 穏やかな気持ちで、真琴はこくこくとスープを飲み始めた。


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