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藤倉君のニセ彼女  作者: 村田天
番外編
32/32

ホラー映画、のち、家出の穴。

コミカライズ版の1巻が出たので記念に書きました!



 夏休みが明けた。

 高校二年生の二学期が始まる。

 相変わらず呑気で緊張感のない生活が続いていた。


 昨晩は、深夜に瑛太から電話がかかってきた。内容は家にあったホラー映画を観てしまって眠れないという、非常にくだらないものだった。


 わたしは電話越しに何度も寝落ちしようとしたけれど、そのたびに寝るな寝ないでくれと起こされて、なかなか寝させてもらえなかった。結局寝落ちしたけれど、何時に寝たのかもわからない。午前三時はまわっていた気がするけど、曖昧だ。


「瑛太おはよ……」


「おはよ……なお」


 朝から学校の廊下で眠たげな挨拶をかわす。ふたりそろって寝ぼけていた。


「あれ、尚……ボタンかけちがってる」


「え、あ、本当だ」


 朝、急いでいたから、うっかりしていた。

 シャツのボタンがひとつずれて一番上がひとつあまっていた。恥ずかしい。


「あれ、これ結構下からずれてる……?」


 瑛太が手を伸ばしてかけちがったボタンをぷつりとはずす。あくびしてされるがままになっているとクラスメイトの男子の声が聞こえた。


「お前ら朝っぱらから廊下でなにやってんの……引くんだけど」


 ふたり同時に「ん?」となって、ぱっと下を向くと瑛太がわたしのシャツのボタンを三番目くらいまで開けていた。


「…………ん? うわ! ごめん!」


 瑛太が叫んで飛び退いた。

 急いで手で前を合わせたままトイレに行って直した。寝ぼけてるとろくなことがない。


 鏡で見るとさすがに顔が赤かった。一気に目が覚めたことは言うまでもない。また変な噂流されるかも。


 トイレを出て廊下に戻ると、なぜかそこで待っていた瑛太と目が合った。恨みがましい目で睨みつける。


「瑛太がねぼけてるせいで……」


「ごめんて、悪かったよ……。でも、尚だって、教えてくれればいーじゃんよ……」


「ねぼけてたんだよ……」


「お前な……」


 緊張感がなさすぎて、心配になる昨今。

 ここに至るまでの道程を考えれば平和でいいことかもしれない。


 放課後もどうでもいい話をダラダラ続けながら寄り道散歩した。歩いているうちに河原に出て、階段に腰掛けてしゃべっているうちに、時刻は午後五時をまわっていた。でも、まだ昼間みたいな明るさだった。


「まだぜんぜん明るいね……」


「まだあちーな」


「うん」


 残暑というには猛烈な熱気。空気が蒸してる。風が吹いてるのにあまり涼しくない。


「あ、でも少し陽が落ちてきた」


「気のせいじゃねえの」


 そう言われると本当に気のせいと思えてくるくらい暑い。


「もう少し涼しい場所ないかな。尚、移動しよう」


 ふたり揃って立ち上がる。


「涼しい場所って? 喫茶店とか?」


「このへん、近くになんもないよな」


「図書館があるけど……そろそろ閉まるしあそこじゃ話もできないしね」


 高校生、お金がそんなにない時期だと遊ぶ場所どころか涼む場所すら限られてくる。


「暑いからって手握るのやめてよ。瑛太の手、熱い……」


「それが彼氏に言うことかよ!」


「うう……じゃあ我慢するよ」


「我慢することなのかよ!」


 なんでこいつこんなに体温高いんだろう……。

 嬉しいはずの彼氏の手に忌まわしさを感じながらちっとも夕暮れていない道を歩く。しばらく行ったところで瑛太が立ち止まって、少し遠くの河原の奥の雑木林を熱心に見つめていた。


「なに?」


「なぁ、あれ、俺の忌まわしい思い出のスポット」


「え、なにそれ」


「……前話したけど、兄貴と喧嘩して家出したときに隠れてた場所」


「あんな場所に隠れてたの? 薄気味悪くない?」


「割と薄気味悪いけど、怒りでそれどころじゃなかったんだよ……」


 理不尽な怒りパワーは強い。


「瑛太、せっかくだから行ってみようか」


「えぇー。なんで」


「暑いから。あそこ、ここよりは涼しいかもしれない。それに肝試ししたら多少涼しくなるかもしれないし」


「マジかよ。尚、お化け屋敷苦手なくせに」


「おどかされる設備がある場所の方が怖いもん……。あ、瑛太昨日ホラー映画観てホラーに懲りてるんだっけ。もしかして怖いの?」


 そう言うとあからさまに苦々しい顔で睨んでくる。


「おーし……そこまで言うなら行こう」


「……」


「……本当に行くんだな?!」


「うん」


「あとで怖いって泣いても知らないからな!」


 やっぱり昨日のホラーの影響が残っているらしい。小学生男子の強がりのような文句を吐き出した瑛太は妙な早足でそちらに歩き出した。


 雑木林の入口まで来て、なんとなく奥を覗き込んだ瑛太がこちらを振り返った。


「やっぱやめとく?」


「なんで? 怖いの?」


「蚊がいそう。俺痒いの嫌い」


「わたしだって嫌だよ……」


 鞄から虫除けスプレーを出して、自分と瑛太に吹き付けた。


「くせえ」


 くさいだの痒いだの暑いだの、わがままな男だ。


「尚、こんなに鼻にツンとするのになんで表情ひとつ変えないんだよ。お前の顔はお面なのか?」


「くさい方が効く気がする」


「……そうかよ。効くといいな」


 瑛太はわたしとは対照的なまでに表情でくささを表現してくる。すごい、これでもかと、くさい顔をしたイケメンだ。


「よし、じゃあ行こうよ」


「尚、行こうって言いながら俺の背中押すのかよ……」


「ほ、ほら、思い出の場所に案内してもらわないと」


 草ぼうぼうだから先に行って道を作ってもらいたいとか、先に蚊の標的になって欲しいとか、そんなよこしまな理由は少ししかない。


 草と草の隙間をわしわし踏んで、奥に足を踏み入れる瑛太に続いて草むらを歩く。

 本格的に陽が沈んできたのか、だいぶ夕方らしくなってきた。


 茫漠とした樹々の間を抜けると少し開けた空間に出た。


「このへん?」


 辺りをきょろきょろ見回して聞くと「たぶん」との返答が返ってきた。


「あ、穴」


「あな?」


 そこには穴があった。誰かが掘った落とし穴なのかもしれない。もっともその落とし穴作成は途中で頓挫したのか、そこまで深いものではなかった。ただ、横に広い。人ひとりくらい入れるサイズの割と綺麗な丸いくぼみ。


「ここ? 瑛太が家出した時の住処」


「その言い方やめろ。穴には住んでねえ」


「ここが瑛太がお兄さんの気を引くために家出して篭っていた謎通路?」


「もっとやめろ」


「……」


「尚! なに写真撮ってるんだよ!」


「暑くて……ここまでくるの大変だったから記念に」


「なんの記念だよ……。てか、なんで俺まで撮ってんだよ!」


「はい、イケメンイケメン」


「俺のこと馬鹿にしてるだろ!」


「瑛太の家出記念だから。撮れたよ、見る?」


 適当なことを言ってスマホの画面を見せると、半目なのがすごく気に入らないから消せと言われた。逆の立場だと嫌なのはわかるので素直に消す。


「じゃあ撮り直すね」


 今度は予告があったからか、多少カメラを意識した上でのぶすったれた顔になっていた。


「今度はどう? イケメン?」


「フラッシュで顔が光っててだせえ。消すからかして」


「返して」と言う間もなく、あっさり取り上げられて、消された。せっかく撮ったのに。


「あーあ……撮り直していい?」


「もういいだろ」


「撮りたい」


「じゃあ先に尚撮るからな」


「やだよ。わたし家出してないし」


「尚だけ撮ってずるいだろ!」


「ずるくない」


「ずるい! 俺も撮る」


 くだらない理由で口論になり、結局一緒に写ることで合意した。


 ふたりで一緒に自撮りした写真は、暗かったのでやっぱりフラッシュで顔が光ってて、瑛太の言い草だと「とってもダサかった」けれど、瑛太はその写真は消さなかった。撮れた写真を瑛太の方にも送ると、彼は黙って数秒それを見つめたあと、ポケットにスマホをしまった。


 それからふたり、少し黙っていた。

 しゃわしゃわしゃわしゃわ。

 複数の蝉が一斉に鳴き過ぎてノイズと化している。前から鳴いていたのかもしれない。沈黙で急に意識されるようになった。


 どんどん夕方が終わろうとしているせいか、入ったときより薄気味悪さが一段階増していた。


 この場所で、小さな男の子が静かに泣いている姿を想像してみる。


 くだらない理由だけれど、それでもこんな場所で、家にも帰らずひとりぼっちで泣くのは寂しい気がした。


 でもわたしは知っている。その子を迎えにきてくれる優しい人がちゃんといたことを。


「……お兄さん、よく見つけられたね」


 ふと思って言うと、彼はほんの少し微笑んで息を吐いた。


「昔、一度だけ兄貴と来てた。だから兄貴はここのこと知ってた」


「あ、なるほど」


「でも、そんな場所はほかにもいくらでもあったんだよな……実際よく捜したなとは思う」


 見つけられた子は、それだけでもうすごく嬉しかったんじゃないかな、瑛太はそんなことを思わせる顔をしていた。


「わたしは、瑛太のこと捜せるかなぁ」


「……いくらなんでも拗ねて家出した俺を尚が捜すシチュはないんじゃねえの」


「そういうことでもないんだけど……」


 しかも、こいつの場合絶対にあり得ないと言い切れるほど大人じゃない。


「俺は絶対尚のこと、見つけるけどな」


 大人じゃないと思ったそばから、いつもわたしが思うよりほんの1センチだけ大人なことを彼は言う。


「帰ろうぜ。暗くなってきた」


 夕方が終わる。街灯がない雑木林は暗い。

 瑛太が入口に戻るため、さっと歩き出す。


「瑛太」


「なに?」


「あの……暑くない?」


「もうそこまでじゃねえかな」


「……」


「え? なんだよ」


「暗いから……手」


「え、それで暑くないか聞いたの? …………手を繋ぎたいなら素直に言えばいいだろ」


「暗いから」


「なんだよそれ……まぁ、暗いし暑いからな……」


 瑛太がわたしの手を取った。

 足元のおぼつかない道をふたりでワシワシと進む。


 そこを抜けて、外に出た時にはもう完全に夜の空が広がっていた。




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