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転移無能少年レント  作者: 森坂 エイタ
2章 世界へ
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2章番外編 勇者であるという事.1

 僕がまだ幼い頃、両親が強盗に殺された。後から聞いた話だが、その強盗は冒険者だったらしい。


 僕は昔から、父に剣術を習っていた。父は、突出して剣が強かったわけではないが、子供に教えるには十分な技量を持っていた。


 それでも夜に急襲して来た冒険者二人には敵わなかった。


 父に起こされ、逃げろと言われた僕は焦りながらも窓から家の外へ逃げて、庭にある物置小屋へと駆け込んだ。


 父らしき叫び声が聞こえた後、知らぬ男の断末魔の様な声を聞いた。父が一人倒したのだろうか。


 少し経ってから、母らしき悲鳴を聞いた。


 嫌だ。


 夜中だったおかげで、悲鳴が村中に響いた様だ。駐屯所に居る兵士達が聞きつけて、火の灯った松明(たいまつ)を持って駆けつけて来た。


 お願いだから生きていてくれと、ただその時はそう思った。


 でも、現実は残酷だった。そのあと兵士に聞いた話だが、駆けつけた頃には、生き残っていたのは強盗の片方だけらしかった。その強盗は焦って抵抗してきた為、兵士達の手によってその場で殺されたそうだ。


 まだ幼い自分にそんな事を聞かせるかとも思ったが、知っておかなければならない事だった。


 自分の両親が死んだ。そんな受け止め難い現実があって頭の中が混濁していたが、自分はこれから独りで生きていかなければならない。その事だけは本能的に、わかっていた。



 それからは生きるために剣を磨いた。この村の近くにある、魔窟と呼ばれている魔物の現れる場所で、父に教わった剣を振るい、魔物を倒してその肉を喰って生きた。村の兵士も事情を知っているだけに、哀れもうともそれを口にすることはなかった。


 村の人達は、独りになった僕に食料をくれたりもしたが、この村は豊かではなく、人に与える食料などほとんど無いと言っても良かった。それ故に、足りない分は自分で手に入れるしかなかった。


 そんな生活が何年も続くと、必然的に自分は少しずつ強くなっていった。狩りも安定して出来るようになって、今まで貰ってきた分を返すように、狩って手に入れた食料を村の人達に分けるようにもなった。


 ただ生きる為に。そんな生活から、人のためにという生活に変わっていった。


 そんな時間を幾時か過ごした頃、魔窟で異常が起こった。兵士達がオーガと呼んでいる、ここ以外の魔窟にはたまに出現する種類の魔物の上位種が現れたのだ。名前はブラッドオーガ。十数年に一度現れると言われる魔物だ。そいつが現れた時は、兵士十人以上を犠牲にしてやっと倒せるのだという。


 僕は、そいつが現れるところに出くわした。いつもの様に魔物を狩って帰るところだった。すぐさま逃げ帰って、兵士に任せるか悩んだ。


 逃げ切れるかわからない。もし逃げて、そのまま村にコイツを連れて行ってしまう様な事があれば村の人達が被害に遭う。


 監視所の兵士はもう気づいているだろう。それでも相手が相手だ。他への連絡を最優先にする関係上、初動の直接対応はどうしても遅れる。


 ならば。


 勝てるかなんてわからない。自分の力を過信するわけじゃないが、今ここでコイツを倒さなければ――せめて足止めをしなければ確実に犠牲者が出る。戦っていればいずれ兵士達も駆けつけて戦闘を始めるだろう。それを願って、僕はブラッドオーガ目掛けて走り始める。



 ブラッドオーガだとわかったワケは、話に聞くオーガのそれよりも遥かに大きなものだったからだ。家の二階程はあるだろうか。


 僕は足の腱を斬り、ブラッドオーガの体勢を切り崩そうと考えた。だが、ブラッドオーガはそれを許さない。


 ブラッドオーガはその腕を振るい、僕を弾き飛ばした。思っていたよりも遥かに速い動きだった。僕は剣で受け流し威力を抑えたものの、その攻撃によるダメージは甚大だった。


 全身が痺れてロクに動けない。まさかここまでだとは思わなかった。


 ブラッドオーガが近づいてくる。僕はここで死ぬのか……?


 嫌な記憶が蘇る。何故こんな時に思い出す? これはなんだ?


 両親が殺された時、僕は何も出来なかった。ただ隠れている事しか出来なかった。あんな事はもう二度と……!


 もっと力を! 僕にもっと力を!!


 その時、突如全身に力が湧いてくるのがわかった。痺れが引いてゆく。焦りで激しくなっていた鼓動が、ゆったりと落ち着いてゆくのがわかる。そして頭の中に、ある言葉が浮かんできた。


「癒せ『ヒール』」


 その言葉を口にすると、全身の痛みが引いていった。


 今は全て視える。ブラッドオーガの動きも、何もかもゆっくりに見える。


 落ち着き始めていた心拍は完全に落ち着きを取り戻していた。


 何故か心に余裕が出来る。改めて剣を構えた。


「僕はお前を今から斬る。でも、苦しむ事は無いだろう」


 自分でも何処からこの自信が来たのかわからない。でも今は、それだけの余裕があった。


「飛躍せよ『ストレングス』」


 頭に浮かんだ言葉を再度口にすると、更に力が(みなぎ)るのがわかった。


 僕は目を見開いて、跳ぶ。人間離れした跳躍力により、ブラッドオーガの頭の高さよりも高く跳んだ。落ち始める。そしてブラッドオーガ目掛けて、構えていた剣を叩きつけた。



 たった一刀。その一刀は、ブラッドオーガを縦に斬り裂いた。真っ二つになったブラッドオーガは、二度と動かぬ肉塊となって倒れた。



「なんだ! 今のはっ!?」


 後ろの方で声がした。


 異変に気づいた兵士達がやって来たようだ。


「見ての通り、ブラッドオーガです。既に僕が倒しましたが」

「それもだが、それよりさっきのお前の動きは!」


 驚く兵士達の中で声が挙がった。


「この力、聞いたことがあるぞ! 確か伝承にこうある。『力渇望せし者に勇者の力を与えん。勇者の力を得し者、王の命により、魔を滅せよ』と」

「そんなものが……じゃあ今のがその勇者の力だとでも言うのか!?」

「そうでなければ今俺達が見たものをどう説明するというのだ!」


 そんなものがあったのか……。なら僕はその『勇者』とやらに選ばれたようだ。勇者の力を得てから、何故かずっと心が落ち着いている。驚愕さえもロクに起こらない。


「そうですか。僕も今この力を得たばかりなので驚いていますが、その話によると、僕はこれから、王に会いに行かなければならなさそうですね」


 自分でもどうしてこうも淡々とした口調になるのかはわからないが、王に会いに行くという使命感が先走っていた。


「あの時の子供がこんな事になるとは思ってもみなかったが、頑張れよ」


 僕の両親が殺されているのを知っている兵士も混ざっていたようで、声を掛けてくれた。


「はい、こんな力が手に入ったんです。使わない訳にはいきませんよ」


 まるでこれが、定められていた事であるかの様に受け入れる事が出来た。


 魔を滅する力。僕はそれを受け入れ、使いこなさなければならない。それが、力を持った者の義務。僕は『魔王』を倒す!


 ただ生きるために生きてきた、今までの生活では考えられないような飛躍した突拍子もない話だが、魔大陸の境界に在る魔王城に居ると言われる『魔王』を倒せば、恐らく人々を怯えさせる魔の存在は消え去るのかもしれない。


 魔を滅ぼす事は、この村の人達だけでなく世界中の人々を救う事になるのだと信じよう。

 とにかく今は、王の元へ。


 その日、『あの事件』が起こった家の荷物をまとめ、家を出た。いつ戻るかもわからぬ『我が家』から。



 故郷を離れてから一週間。王都へと向かう途中、知らぬ村の近くを通った。そこには魔窟が無い筈なのに、魔物が居て、それらと戦う人影があった。


 魔物自体は弱いものだったから、対応出来るだろうと見逃して先へ進もうと思ったが、その人影は兵士などでは無く、見た事の無い服装をした一般人だった。剣は持っているが、ロクに扱えていない。アレではすぐにやられるのが目に見えていた。背格好を見る限り、男だろうか。何故彼は戦っている? この村の兵士はどうした? 様々な疑問は湧いたものの、今はとりあえずあの魔物達を倒す事にした。


 魔法を使うまでも無い。この程度、勇者の力を使わなくとも余裕で勝てる。彼から離れた所にいた四匹を自分に近い者から順に斬っていった。その時、遠くで戦っていた彼が追い詰められていた。負傷し、倒れている。そこに一匹の魔物が近づいていた。


 この距離は流石に人の足では間に合わないか。仕方ない。力を使おう。


「飛躍せよ『ストレングス』」


 身体が軽くなる。この足なら十分間に合う。僕は、彼と魔物の間へ向けて駆け抜けた。


 魔物よ、それでは遅いぞ。この世では力の強い者が生き残る。お前はこの彼に勝てても、僕には勝てない。そんな突進は止めて、諦めて逃げろ。そう思ったところで既に遅い。この魔物は突進を止めない。


 じゃあ、斬られてくれ。


 突進して来た魔物は軽く縦に振り上げた剣に当たると同時に二つに分かれて肉塊に変わる。これも二度目の光景か……。勇者の力というものは、殺すという感覚を鈍らせる。そのあまりに強い力がために。


 魔物は全て死んだ。それでは彼に、ワケを訊こうか。興味がある。何故力も無いのに戦っていたのか。


「ふぅ……君、大丈夫? には……見えないね。癒せ『ヒール』」


 初めて浮かんだ癒しの魔法を使う。この魔法という言葉も、つい最近聞いて知った事だ。効果は上々。彼の傷は癒えたようだ。


「とりあえずはこれで大丈夫だと思うよ」

「ありがとう。助かったよ」


 彼が礼を言ってきた。声や顔つきからして『彼』で合っていたようだ。それじゃあ、どうやって訊き出そうか。


「それにしても無茶な事するな〜、下手したら死んでたよ? 君」


 少しキツめになってしまった。彼が苦い顔をしてこちらを見ていた。ここはひとつ、明るめに名乗るとするか。


「あっそういえばまだ名乗ってなかったね。僕の名前はリオン。近くの村から王都に向かう途中だったんだ」


 僕が名乗ると、ようやく彼は話し始めた。


「俺はトライ レントだ。そこの村に居たんだけどさっきの魔物が出て来て、誰も応戦出来る状態じゃなかったから仕方なく……あっ、そういえば他の四体は?」


 トライ レントと名乗った彼の、戦っていた理由がわかった。それは、何処か少し前の僕を彷彿とさせる理由だった。


 誰も動けなかったから、戦えなくても動ける自分が動いた。彼は、もし自分が死ぬかもしれない事を考えていたのだろうか……。理由そのままを聞くなら、僕が来なければ彼はここで死んでいる事になる。無謀だ。でもそれもまた、少し前の、力の無かった僕を思い出させる要因だった。


 彼は、力も無いのに命を懸けて村を守ろうとした。僕がかつて、ブラッドオーガと対峙した時の様に。あの時の僕は、力を欲し、力を手に入れて難を逃れた。


 おっと、彼が質問をしてきていたのを忘れていた。


「えっ? ああ、僕が倒しておいたよ。そうか……君も災難だね」


 もしかしたら彼は、僕に少し似ているのかもしれない。人の為に進んで命を懸ける事の出来る人間を久しぶりに見たような気がした。


「それじゃあ、僕はそろそろ行くよ。今度からは気をつけてね」


 次は無いという忠告も兼ねる。


「ああ、すまない。これからは気をつけるよ」


 彼とはそこで別れた。僕は再び、王都への道を歩み始める。



 それからの王都への道のりは特にこれといった事も無く、二週間たらずで王都に到着した。


 王都に到着すると、門番が王都に入る門を守っていた。どうやって通ろうかと悩んだが、魔法の力を見せる事で、自分は勇者であると証明して通過する事が出来た。やはりここにはあの伝承はちゃんと伝わっているらしい。


 王城の門の前にも門番が居たが、それもまた勇者の力の証である魔法を見せた。すると、今度は少し待つよう言われたのち、王の元へと案内される事になった。


 案内された謁見の間にて、王を待つ。豪華絢爛(ごうかけんらん)でありながら、いやらしさのない装飾に彩られ厳かな雰囲気を持つ広い部屋だ。少し経つと、これまた絢爛な服飾の王がそこに現れ玉座に座る。


「ほう……。其方(そなた)が勇者か。(わし)はオズワルド・ハルバード。其方、名は?」


 流石は王といったところか。風格ある重鈍な雰囲気が漂う。僕は跪き、名を名乗った。


「はい。私はリオンと申します。伝承に従い、王様に会いに来ました」

「なるほど。では早々であるものの命じよう――勇者として、民を脅かす魔の存在を滅して参れ」

「はっ!」


 これで伝承に関する用件は済んだ。後はまた旅立つだけか。だが、そこで王は口を開く。


「と、此処までの堅苦しい形式は置いておくとして、ところで其方、御家族は?」


 重苦しい雰囲気を纏っていた王は、その厳格さを失ってしまいかねない程の軽い口調で話し掛けて来た。

 ああ、楽にせいと続けた王へ、立ち上がり礼をしたのち返答する。


「兄弟はおらず、親は……僕が幼い頃に殺されました」

「そうか……それはまた可哀想に……」


 そう言って顔を伏せた王は逡巡(しゅんじゅん)したのち、ゆっくりと顔を上げ口を開く。


「其方が良ければ、儂の息子にならんか?」


 唐突な話だった。何をもってそんな事を。現に周りで控えている兵士達が驚愕の声をあげる。側近とみられる者も動揺を隠せずにいる。


「王よ、不遜ながら申し上げます。流石にそれは早計ではないでしょうか!」

「よいのじゃエルミド。別に戯れでは言っておるのではない。こちらにも勇者を子にもつ利点があるじゃろう。それに――」


 兵を鎮めた王はこちらへ向き直り言葉を続ける。


「儂の息子になればこの後の旅が多少なりとも楽になると思うのじゃ……。儂の名前が有れば各地に点在する有力者や王国兵士達に顔が効く。様々な事で優遇してもらえる事であろう。正直儂は、勇者というものは其方よりもう少し年上の青年かと思っておった。実際過去の勇者はそうじゃった。だから其方の様な若い少年に辛い旅をさせるのは儂の心が痛むのじゃ。儂自らを許す為のモノかもしれんが、良ければ儂の息子になってはくれまいか」


 王は長々と語った。僕は様々な人間を見て来たが、この『人』の言葉からは、一切の悪意や企みを感じなかった。この人は、心からの良心でそれを言っている。王の言葉は、僕への憐れみと民を想う気持ちで溢れていた。この人は、紛れもなく人の上に立つべき人なのだと確信する。


 僕はこの人の息子になろう。この人の名を語れる事は誇らしい。そう思った。


「わかりました。では、貴方の子にしてください。貴方の名を、僕にください」


 王は破顔しながら続けた。


「おおっ! ()いのか! では、今から其方は儂の息子じゃ。存分に儂の名を使うといい」

「ありがとうございます。それではまた、全てが終わったあとで……」


 王は頷き、居住まいを正した。


「さらばじゃ、我が息子よ。生きて帰れ」


 その王の言葉を最後に、僕は王都を旅立った。


 王都。その地の国王の名は、オズワルド・ハルバード。その息子の名は、リオン・ハルバード。僕はこれから、民を守るために戦う。

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