第二章「お父さんが帰ってきた!」
『イジメられっ子の僕がオタサーの姫になっちゃった?4』第2章です!
文化祭に向けて、クラスの演劇も文研の作品制作も本格的にスタート!
そんな忙しい毎日を送る直人のもとへ、久しぶりにお父さんが帰ってくることになりました。
ところが、よく考えてみると、お父さんは女の子になった直人をまだ一度も見たことがありません。
果たして、どんな再会になるのでしょうか?
それでは第2章、お楽しみください!
文化祭まで、あと二週間ほど。
僕のクラスでは演劇の準備が始まり、文研でも作品の制作が本格的に進み始めていた。
クラスでは悪役の女王様を演じ、放課後は文研で短編小説を書く。
……なんだか、急に忙しくなっちゃったなぁ。
そんなことを考えながら朝食を食べていると、姉の美和が、突然思い出したように口を開いた。
「そういえば、直人。お父さん帰ってくるんだって」
「……えっ?」
僕は思わず箸を止めた。
「お父さんが?」
「うん」
「いつ?」
「今日」
「……今日!?」
思わず大きな声を出してしまった。
「な、なんでそんな大事なこと、今になって言うの!?」
「なによ、そんなに驚かなくてもいいじゃない」
「いや、普通もっと早く教えてくれない?」
「私だって昨日聞いたんだもん」
すると、お母さんが苦笑しながら説明してくれた。
「お父さんね、今月から神奈川の現場を担当することになったんですって。だから、しばらくは家から通えるみたいよ」
「へえ……そうなんだ」
お父さんは何年か前から、仕事の都合で単身赴任をしていた。
そのため、家に帰ってくるのはお正月くらいで、普段は電話で話すことがほとんどだった。
僕が最後に会ったのも、確か今年のお正月だったと思う。
「じゃあ、これからはずっと家にいるの?」
「ずっとかどうかはわからないけど、当分はこっちにいるみたいね」
「そうなんだ……」
久しぶりにお父さんと一緒に暮らせるのは、素直に嬉しい。
お父さんは仕事で忙しいことが多かったけれど、別に仲が悪いわけではなかった。
昔は休みの日に出かけたり、ゲームを買ってもらったりしたこともある。
……あれ?
そこまで考えたところで、僕はふと気づいた。
「……そういえばさ」
「ん?」
「お父さんって、女の子になった僕をまだ見たことないんだよね?」
お姉ちゃんが僕の顔を見た。
「そういえば、そうだね」
「……だよね?」
「でも、写真は送ってあるんでしょ?」
「ええ。最初に知らせたときに送ったわよ」
お母さんが答えた。
「お父さん、ずいぶん驚いてたけどね」
「……そりゃそうだよね」
ある日突然、自分の息子が娘になってしまった。
そんなことを電話で聞かされたら、誰だって驚くと思う。
実際、僕だって朝起きたとき、女の子になっていて、いったい何が起きたのかわからなかったんだから。
「……何か言われるのかなぁ」
僕が呟くと、お姉ちゃんが不思議そうに首をかしげた。
「何かって?」
「いや、ほら。なんで女の子になっちゃったのとか……」
「別にいいんじゃない? 直人、普通に学校にも行ってるんだし」
「……まあ、そうだけど」
「それに、かわいくなったんだから喜ぶかもよ?」
「いや、お姉ちゃん……」
そういう問題なのかなぁ?
お母さんも笑いながら言った。
「まあ、実際に会ったら、また驚くでしょうね」
「……だよねぇ」
僕は小さくため息をついた。
久しぶりにお父さんに会えるのは嬉しい。
でも、今の僕を見て、どんな反応をするんだろう?
……ちょっとだけ、心配になってきた。
◇
「さあ、騎士たちよ! 直ちに出陣なさい!」
教室に僕の声が響き渡った。
「はっ! 女王陛下!」
騎士役の男子が、わざとらしく胸に手を当てて頭を下げた。
……そして。
「ぷっ!」
「ちょっと、笑うなって!」
「いや、お前のその動き、なんなんだよ!」
周りのみんなが、どっと笑い始めた。
……もう!
せっかく真面目に演じたのに!
「ちょっと! みんなちゃんとやろうよ!」
「いやいや、中村さんだって、なんかすごい偉そうだったし!」
「女王様なんだから、偉そうでいいんじゃないの!?」
僕がそう言うと、彩香まで笑い始めた。
「あはは! いいじゃない、直人! だんだん女王様らしくなってきたわよ!」
「そ、そうかな?」
「うん! でも、もうちょっと怖い感じでもいいかもね」
「ええっ!? これでも頑張ってるんだけど!」
今日は文化祭の演劇の最初の読み合わせをしていた。
まだ衣装も大道具も完成していないので、教室の机を少し移動して、台本を読みながら演技を確認している。
今回の演劇は、王国を舞台にしたオリジナルの物語だ。
王国を守るため、騎士たちは危険な任務へ送り出される。
しかし、女王様は彼らの事情など考えず、次々と無理難題を押しつけてしまう。
そして、そんな女王様を止めようとするのが、彩香の演じるお姫様というわけだ。
……ちなみに、僕はその悪い女王様。
どうしてこうなっちゃったんだろう?
「じゃあ、中村さん。次のところ、お願いします」
台本を持った小林くんが声をかけてきた。
「あ、うん!」
僕は慌てて台本に目を落とす。
「えっと……」
少し息を吸ってから、女王様らしく胸を張った。
「あなたたちは、それでも王国を守る騎士なのですか!」
「女王陛下! ですが、我々はもう三日も眠っておりません!」
騎士役の男子が、今度は大げさによろめいてみせた。
「……お、おい、大丈夫か?」
隣の騎士が肩を支える。
「もう……限界だ……」
「しっかりしろ! お前には故郷で待っている家族がいるんだろう!」
「……ああ、そうだった……!」
……いや。
なんだか、妙に盛り上がってるんだけど。
「中村さん! ほら、次の台詞!」
「あっ、うん!」
慌てて台本を見直した。
「……男のくせに、そのような弱音を吐いて恥ずかしくないのですか?」
僕は続けた。
「人前でつらい顔を見せるなど、もってのほかです!」
「そ、そんな……!」
男子がその場に崩れ落ちた。
「男なら、国のために命を捨てる覚悟を持ちなさい!」
「ぐわあああっ!」
「いや、まだ死ぬ場面じゃないから!」
小林くんが慌てて突っ込むと、また教室に笑い声が広がった。
……あはは。
なんだか、こんな調子で本番までに間に合うのかなぁ?
「でも、結構いい感じじゃない?」
彩香が楽しそうに言った。
「えっ? そう?」
「うん。あとは衣装ができたら、もっと雰囲気が出ると思うわよ」
「……衣装かぁ」
そういえば、女王様ってどんな服を着るんだろう?
大きなドレスとか、冠とか……。
……あれ?
もしかして、すごく目立つんじゃない?
「ねえ、彩香……」
「なに?」
「女王様の衣装って、やっぱりすごく派手なのかな?」
「そりゃそうでしょ。女王様なんだから!」
「……だよねぇ」
僕が少し不安になっていると、彩香はにっこり笑った。
「大丈夫よ! 直人なら絶対似合うって!」
「……そ、そうかな?」
「うん! 楽しみにしてるから!」
……うう。
彩香がすごく楽しそうだ。
まあ、いいか。
どうせやるなら、ちゃんとやった方が楽しいもんね。
そんなことを考えながら、僕は再び台本を開いた。
◇
そして放課後。
僕と慎太郎は、いつものように文研の部室へ向かった。
……のだけれど。
「中村さん! 今日は小説の続きをお願いします!」
「あ、うん!」
「佐藤くんも、昨日の原稿を見せていただけますか?」
「えっ? あ、ああ……」
「長谷川さんは、感想文の構成は決まりました?」
「……えっと」
「……長谷川さん?」
「い、今考えてるところ!」
……あはは。
雫ちゃん、今日も張り切ってるなぁ。
以前の文研といえば、みんなでゲームの話をしたり、アニメを見たり、のんびり過ごす場所だった。
ところが、文化祭で作品を展示することになってから、すっかり様子が変わってしまった。
雫ちゃんが中心となって、みんなで創作活動に取り組んでいる。
もちろん、それ自体はいいことなんだけど……。
「……なんだか、本当に文化系の部活になっちゃったね」
僕が小声で言うと、隣の慎太郎が苦笑した。
「まあ、もともと文学研究会なんだから、これが普通なんじゃないか?」
「……それもそうか」
「聞こえてますよ、中村さん!」
「ひゃっ!?」
雫ちゃんがこちらを振り向いた。
「小説の方は、イラストの準備もありますから、なるべく早くお願いしますね!」
「あ、はーい!」
……うう。
すっかり雫ちゃんに頭が上がらなくなっちゃった。
でも、雫ちゃんがこんなに一生懸命になってくれるのは、ちょっと嬉しかったりもする。
初めて会ったときは人前で話すのも苦手そうだったのに、今では部員たちに次々と指示を出しているんだから。
……人って、結構変わるものなんだなぁ。
「ははは、みんな頑張ってるね」
西園寺先輩が、自分のパソコンの前で楽しそうに笑っている。
「先輩は余裕そうですね……」
長谷川くんが少し恨めしそうに言った。
「いやいや、僕も展示用のゲームを調整してるところだよ」
「でも、先輩はもう動くものができてるじゃないですか!」
「まあ、前から少しずつ作ってたからね」
「……いいなぁ」
長谷川くんが机に突っ伏した。
「……俺、何を書けばいいのか、まだよくわかんないんだけど」
「長谷川さん!」
「は、はい!」
「昨日もお話ししましたよね? 自分の好きな作品について、どうして好きなのかを書けばいいんです!」
「いや、だから、それが難しいんだって……」
「難しく考えなくてもいいんですよ!」
雫ちゃんはそう言うと、自分のノートを開いた。
「私だって、最初は絵を描くのが好きっていうだけでした。でも、先輩の作品を見て、自分でも何か作ってみたいと思ったんです!」
「……うん」
「だから、長谷川さんも好きな作品の魅力を、みんなに伝えてみてください!」
「……なるほど」
長谷川くんは少し考え込んだ。
「……じゃあ、俺が好きなラノベのヒロインについて、延々と語るとかでもいいの?」
「……えっと」
雫ちゃんが少し困った顔をした。
「……ちゃんと、作品の魅力が伝わる内容なら……」
「よし!」
長谷川くんが勢いよくパソコンに向き直った。
……あはは。
なんだか、急にやる気になったみたい。
その後、部室ではみんなが黙々と作業を始めた。
僕もノートパソコンを開いて、小説の続きを書き始める。
今回書くのは、文化祭で展示するための短編小説だ。
雫ちゃんが表紙や挿絵を描いてくれることになっているので、僕も頑張って完成させないといけない。
……よし。
頑張ろう!
そう思って、キーボードに手を置いた。
……ところが。
カタカタ……。
……。
カタ……。
……。
うーん。
どうしようかなぁ。
次は主人公が、ここで何かを言うはずなんだけど……。
……あれ?
そういえば、お父さんって何時頃帰ってくるんだろう?
夕飯には間に合うって言ってたっけ?
……いやいや。
今は小説を書かないと。
僕は慌てて画面に目を戻した。
……でも。
お父さん、本当にびっくりするだろうなぁ。
お正月に会ったときは、まだ普通の男の子だったんだもんね。
それが次に会ったら、こんな姿になってるんだから……。
「……直人?」
「……えっ?」
突然声をかけられて、僕は顔を上げた。
隣には慎太郎がいた。
「どうした? さっきから全然進んでないみたいだけど」
「あ、あはは……」
僕は思わず苦笑した。
「ちょっと考え事してて……」
「考え事?」
「うん……」
時計を見ると、もうずいぶん時間が経っていた。
部室にいた何人かは、すでに帰り支度を始めている。
外も、少しずつ暗くなってきていた。
僕は少し迷ってから、慎太郎に話すことにした。
「実はね、今日、お父さんが帰ってくるんだって」
「へえ、お父さん帰ってくるのか」
「うん。仕事の現場が神奈川に変わったんだって」
「そうなんだ。よかったじゃん」
「……うん」
慎太郎はそう言って笑ったけれど、僕の様子を見て少し首をかしげた。
「……何か心配なのか?」
「えっ?」
「いや、久しぶりに帰ってくるんだろ?」
「……ああ、うん」
僕は少し考えてから答えた。
「ほら、お父さんって何年か前から単身赴任してるでしょ?」
「ああ、そういえばそうだったな」
「お正月くらいしか帰ってこなかったからさ」
「うん」
「だから……」
僕は自分の髪を少し触った。
「……女の子になってから、まだ一度も会ってないんだよね」
「ああ……そっか」
慎太郎も、ようやく気づいたらしい。
「そういえば、そうだったな」
「うん。お母さんや美和から話は聞いてるみたいだけど……」
「……うん」
「……何か言われるのかなぁって」
僕は小さくため息をついた。
「別に、お父さんが怒るとは思わないんだけどね」
「まあ、そりゃびっくりはするだろうな」
「……だよねぇ」
慎太郎は少し考え込んだ。
「でも、おじさんってどんな人なんだ?」
「えっ?」
「いや、俺、ほとんど会ったことないだろ?」
「ああ、そうだったね」
慎太郎とは、高校一年生のときに文研で知り合った。
女の子になる前は何度も僕の家に遊びに来ているけれど、お父さんはほとんど家にいなかった。
今年のお正月に一度、挨拶したかどうか……というくらいだと思う。
「うーん……普通のお父さん、かな?」
「……普通って」
「あはは。いや、なんて言えばいいんだろう?」
僕は少し考えてみた。
「仕事で忙しいことが多いけど、別に怖い人じゃないし。昔は一緒にゲームしたこともあったし……」
「へえ」
「ただ、今の僕を見たら、どう思うのかなぁって」
「……なるほどな」
慎太郎は少しだけ笑った。
「まあ、俺だって最初は驚いたしな」
「あはは、そうだったね」
そういえば、慎太郎に初めて女の子になった姿を見せたときも、結構びっくりしてたっけ。
……あの頃は、本当にいろいろあったなぁ。
「でもさ」
「ん?」
「直人は直人だろ?」
「……えっ?」
慎太郎は当たり前のように言った。
「姿が変わったからって、急に別人になったわけじゃないんだし」
「……うん」
「お父さんも、実際に話してみればわかるんじゃないか?」
「……そうかな?」
「まあ、俺もおじさんのことはよく知らないから、何とも言えないけどな」
「あはは、そうだね」
僕も思わず笑ってしまった。
……でも。
ちょっとだけ、安心した気がする。
慎太郎は、男の子だった頃の僕も、女の子になった今の僕も知っている。
だから、そんなふうに言ってくれるのかもしれない。
……うん。
そうだよね。
僕は僕なんだし。
お父さんだって、会ってみたら案外いつもどおりかもしれない。
「……ありがとう、慎太郎」
「ん? ああ」
慎太郎はいつものように笑った。
僕も笑い返して、もう一度パソコンに向き直った。
……よし!
今度こそ、小説の続きを書こう!
ところが。
「……中村さん?」
「……ひゃっ!?」
突然、後ろから声がした。
振り向くと、雫ちゃんが僕たちを見つめていた。
「……原稿は進んでますか?」
「え、えっと……」
僕は慌ててパソコンの画面を確認した。
……。
……あれ?
さっきから、ほとんど進んでないんだけど。
「……あはは」
「……中村さん?」
「い、今から頑張ります!」
雫ちゃんが、じーっと僕を見つめている。
……うう。
やっぱり、今日も帰るのが遅くなりそうだ。
◇
それからしばらくして。
僕はようやく小説に一区切りをつけ、文研の部室を後にした。
外はもう、すっかり暗くなっていた。
雫ちゃんには、続きは家で書いてくると約束してある。
……あはは。
文化祭まで、あと二週間。
本当に間に合うのかなぁ?
そんなことを考えながら家に帰ると、玄関には見慣れない靴が置いてあった。
……あっ。
そうだった。
お父さん、もう帰ってきてるのかな?
「ただいまー!」
僕は靴を脱いで、リビングへ向かった。
すると。
「おお、直人。おかえり!」
ソファに座っていたお父さんが、こちらを振り向いた。
「あっ、お父さん!」
久しぶりに見るお父さんの顔だ。
「おかえり!」
「ああ、ただいま!」
お父さんは笑顔で答えた。
……のだけれど。
「…………」
突然、その表情が固まった。
……あれ?
「……お父さん?」
「…………」
お父さんは、僕の顔をじっと見つめている。
それから視線を下げ、制服を見て、もう一度僕の顔に戻した。
「……直人?」
「えっ? うん」
「……本当に、直人なのか?」
「……そうだけど?」
お父さんは目を丸くした。
「……いや、話には聞いていたんだが……」
「あ、あはは……」
「……本当に女の子になってるじゃないか!」
「そ、そうだよ!」
……やっぱり!
思ったとおり、すごくびっくりしてる!
「いや、写真も見たし、母さんからも何度も説明は聞いていたんだが……」
「う、うん」
「実際に見ると、全然違うな……」
お父さんはまだ信じられないという様子で、僕を見つめている。
「……最初は、女装にでも目覚めたのかと思ったんだが……」
「違うよ! そんなわけないじゃない!」
「いや、そうは言ってもなぁ……」
「僕だって、朝起きたらこんな姿になってたんだから!」
「……本当にそうなのか?」
「そうだってば!」
……もう!
お母さんから聞いてたんじゃないの!?
すると、台所からお母さんが顔を出した。
「あら、直人。おかえり」
「ただいま、お母さん」
「お父さん、びっくりしてるでしょ?」
「……うん。すごく」
お母さんは苦笑した。
「だから言ったじゃない。実際に会えばわかるって」
「いや、母さん……」
お父さんが困ったように言った。
「これは、そんな簡単な話じゃないだろう?」
「まあ、最初は私もそう思ったけどね」
「……最初は?」
「もう何か月も経つもの。すっかり慣れちゃったわ」
「……慣れた?」
お父さんはますます困惑したようだった。
……あはは。
そういえば、僕たちはもうすっかり普通に暮らしているけれど、お父さんにとっては今日が初めてなんだよね。
そのとき。
「あ、お父さん! 直人、帰ってきた?」
階段から、お姉ちゃんが降りてきた。
「おお、美和」
「どう? びっくりした?」
「……ああ。ものすごくな」
「でしょ?」
お姉ちゃんは楽しそうに笑った。
「でも、かわいくなったでしょ?」
「……いや、かわいいとか、そういう問題じゃないだろう!?」
「あはは! お父さん、真面目すぎ!」
「いや、普通は驚くだろう!」
……うん。
それは、僕もそう思う。
というか、お姉ちゃんが楽しそうすぎるんだけど。
僕が女の子になっちゃった朝もこんな調子だったような。
でも、こうして家族みんなで話していると、なんだか昔に戻ったみたいで嬉しかった。
……姿は、ずいぶん変わっちゃったけどね。
ところが、お父さんはまだ納得できない様子だった。
「それで、直人」
「ん?」
「身体の方は、本当に大丈夫なのか?」
「……えっ?」
「どこか痛いとか、調子が悪いとか、そういうことはないのか?」
「あ、うん。特にないよ」
「……そうか」
お父さんは少し安心したようだったけれど、すぐにまた考え込んでしまった。
「でも、どうしてそんなことになったんだ?」
「……えっと」
「本当に、朝起きたら突然変わっていたのか?」
「うん」
「その前に、何か変わったことはなかったのか?」
「……うーん」
僕は少し考えてみた。
……何かあったっけ?
あの日は確か、学校から帰ってきて、ご飯を食べて……。
それから、いつものように寝ただけだったと思う。
「……特に、何もなかったと思うけど」
「そうか……」
お父さんは腕を組んだ。
「……病院には行ったのか?」
「えっ?」
「いや、身体がそんなに変わってしまったんだぞ? 一度きちんと調べてもらった方がいいんじゃないか?」
……ああ。
そういえば、お母さんも最初はそんなことを言ってたっけ。
「私も最初は病院に連れていこうと思ったんだけどね」
お母さんが言った。
「でも、直人も特に具合が悪いわけじゃなかったし、美和がいろいろ面倒を見てくれて……」
「いや、そういうことじゃなくて……」
お父さんは困ったように頭をかいた。
「原因がわからないままっていうのは、やっぱり心配だろう?」
「……うん」
僕も思わず頷いた。
確かに、言われてみればそうかもしれない。
でも……。
女の子になってから、もう何か月も経っている。
学校にも普通に通っているし、友達と遊んだり、文研で活動したりもしている。
毎日いろいろなことが起きて、気づけばその生活が当たり前になっていた。
……だから。
どうして女の子になったのかなんて、最近はほとんど考えていなかった。
「……まあ、今すぐどうこうという話ではないけどな」
お父さんが、少し声を和らげた。
「とにかく、元気そうでよかったよ」
「……うん!」
僕は笑顔で頷いた。
「僕は大丈夫だよ!」
「……そうか」
お父さんも、ようやく少し笑った。
……よかった。
やっぱり、心配してくれてたんだね。
◇
その日の夕食には、久しぶりに家族四人が揃った。
お母さんが少し張り切って、いつもより料理をたくさん作っていた。
お姉ちゃんも、お父さんの仕事の話を聞いたりしている。
……なんだか、賑やかだなぁ。
僕はそんなことを思いながら、ご飯を食べていた。
「そういえば、直人」
「ん?」
お父さんが僕に声をかけた。
「学校の方はどうなんだ?」
「あ、うん! 今、文化祭の準備で忙しくてさ!」
「文化祭?」
「そう! クラスで演劇をやるんだよ!」
「へえ、そうなのか」
お父さんは少し驚いたようだった。
「直人も出るのか?」
「うん!」
「何の役なんだ?」
「女王様!」
「……女王様?」
「あはは! そう! 悪役なんだけどね!」
お父さんが不思議そうな顔をした。
「……お前が?」
「うん。なんか、みんなに勧められちゃって」
「へえ……」
すると、お姉ちゃんが横から口を挟んだ。
「いいじゃない! 直人、絶対似合うと思うよ!」
「お姉ちゃんまで……」
「衣装は? ドレスとか着るの?」
「たぶん……」
「えー! 見たい!」
「……もう!」
お姉ちゃんは楽しそうに笑っている。
お父さんも、そんな僕たちを見て少し笑った。
「でも、演劇なんて珍しいな。直人、そういうのは苦手じゃなかったか?」
「……えっ?」
……ああ。
そういえば、そうだったかも。
以前の僕だったら、人前で何かを演じるなんて、絶対にやりたくなかったと思う。
でも、今回はみんなで相談しているうちに、なんとなく役が決まってしまった。
それに……。
彩香もいるし、小林くんたちもいる。
なんだかんだで、結構楽しくやっているんだよね。
「……うん。でも、今は結構楽しいよ!」
「……そうか」
「まだ練習を始めたばっかりだけどね!」
僕は今日の練習のことを話した。
騎士役の男子たちが大げさに倒れて、みんなで笑ってしまったこと。
彩香がすっかりお姫様役を楽しんでいること。
小林くんが練習の予定をまとめてくれていること。
そんな話をしているうちに、僕もつい楽しくなってきた。
「それでね、僕が『男なら、国のために命を捨てる覚悟を持ちなさい!』って言ったら、騎士役の子がいきなり倒れちゃって!」
「あはは! なにそれ!」
お姉ちゃんが笑い始めた。
「いや、まだ倒れる場面じゃないのにさ!」
「面白そうじゃない!」
「もう、みんな笑っちゃって、全然練習にならなかったんだよ!」
お母さんも笑っている。
……あはは。
こうして話してみると、本当に楽しかったなぁ。
「それに、文研でも文化祭に作品を出すことになってさ!」
「文研?」
「うん。僕が入ってる部活!」
「ああ、そうだったな」
「今回は僕が短編小説を書いて、部員の子がイラストを描いてくれるんだよ!」
「へえ、すごいじゃないか」
「うん! でも、まだ全然完成してなくて……」
僕は思わず苦笑した。
「今日も雫ちゃんに、早く書いてくださいって言われちゃった」
「……雫ちゃん?」
「あ、文研の友達! 絵がすごく上手な子なんだよ!」
「そうなのか」
「うん! 最近はその子がみんなを引っ張ってくれててさ!」
僕は文研のことも話し始めた。
西園寺先輩がゲームを作っていること。
長谷川くんが感想文を書くのに苦労していること。
慎太郎もゲームのシナリオについての文章を書いていること。
そして、雫ちゃんが一生懸命みんなの原稿を確認していること。
……あれ?
そういえば、僕もまだ原稿を書かないといけないんだった。
「……あっ!」
「どうしたの?」
お母さんが不思議そうに尋ねた。
「いや、今日中に小説の続きを書かないと……」
「あら、そうなの?」
「うん。雫ちゃんに約束しちゃったから……」
「ふふっ。忙しそうね」
「……あはは」
僕は思わず頭をかいた。
文化祭って、こんなに大変なものだったんだなぁ。
……でも。
大変だけど、結構楽しいんだよね。
そんなことを考えていると、お父さんが静かに口を開いた。
「……直人」
「ん?」
「学校、楽しいのか?」
「……えっ?」
僕は少し驚いた。
「うん! 楽しいよ!」
「……そうか」
「どうしたの?」
「いや……」
お父さんは少し考えてから言った。
「ずいぶん、変わったなと思ってな」
「……えっ?」
「昔は、そんなに学校の話をしなかっただろ?」
……ああ。
そういえば、そうだったかもしれない。
お父さんが帰ってきたときも、学校のことを聞かれると、適当に答えていた気がする。
でも……。
「……そうだったっけ?」
「ああ。学校はどうだって聞いても、いつも『普通』とか『別に』とか、そんな返事ばかりだったからな」
「……あはは」
僕は少し笑った。
「まあ、いろいろあったからね!」
「……いろいろ?」
「うん! 友達も増えたし、文研でもいろんなことやるようになったし!」
そう答えると、お父さんは少しだけ驚いたような顔をした。
でも、すぐに笑った。
「……そうか。それならよかった」
「うん!」
僕も笑顔で頷いた。
お父さんも、少し安心してくれたみたい。
……よかった。
女の子になったことで、何か言われるんじゃないかって心配してたけど。
結局、お父さんは僕のことを心配してくれていただけだったんだね。
◇
夕食が終わると、僕は食器を片づけて、自分の部屋へ戻ることにした。
……さて。
そろそろ小説の続きを書かないと。
明日また雫ちゃんに怒られちゃう。
そんなことを考えながら階段へ向かおうとすると、後ろから声がした。
「……直人」
「ん?」
振り向くと、お父さんがこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「いや……文化祭って、いつなんだ?」
「あ、再来週だよ!」
「そうか……」
お父さんは少し考えた。
「……父さんも、見に行っていいのか?」
「えっ?」
僕は思わず驚いた。
「……来てくれるの?」
「ああ。仕事の都合がつけばだけどな」
「本当!?」
僕は思わず笑顔になった。
「うん! もちろんいいよ!」
「そうか」
「僕、女王様やるんだから、楽しみにしててね!」
「ああ。楽しみにしてるよ」
お父さんも笑った。
……あはは。
なんだか、ちょっと恥ずかしいけど。
でも、お父さんが文化祭を見に来てくれるなんて、嬉しいなぁ。
「じゃあ、おやすみ! 僕、まだ小説を書かないといけないから!」
「ああ。あまり夜更かしするなよ」
「はーい!」
僕はそう答えて、階段を上がった。
……うん。
今日はちょっと心配だったけど、思ったより普通だったなぁ。
慎太郎の言ったとおりだったのかもしれない。
姿が変わっても、僕は僕なんだし。
お父さんだって、ちゃんとわかってくれたみたい。
……ただ。
階段を上がる前に、もう一度だけ振り返ったとき。
お父さんは、何かを考え込むような顔で、僕の後ろ姿を見つめていた。
……あれ?
何か、気になることでもあるのかな?
でも、お父さんも久しぶりに家に帰ってきたばかりだし、いろいろ考えることがあるのかもしれない。
……まあ、いいか。
僕は自分の部屋へ戻り、机の上にノートパソコンを置いた。
……さて!
今度こそ、原稿の続きを書かないと!
画面を開き、途中まで書いていた小説を読み直す。
……うーん。
ここの主人公、次はどうするんだっけ?
……あれ?
さっきまで、ちゃんと考えてたはずなのに。
……。
……うう。
やっぱり、文化祭って大変だよぉ!
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
今回は、久しぶりに直人のお父さんが帰ってきました!
女の子になった直人を初めて見たお父さんですが、やっぱりびっくりしてしまいましたね。
一方、お母さんと美和はもうすっかり慣れてしまっていて、家族の中でお父さんだけが取り残されているような状況になってしまいました。
ただ、お父さんが気になったのは、直人の外見だけではなかったようです。
以前はあまり学校の話をしなかった直人が、今では楽しそうに友達や部活の話をしている。
女の子になったことで、直人の生活はずいぶん変わったんですね。
そして、演劇の練習では女王様らしい厳しい台詞も登場しました。
今はまだ、みんなで笑いながら練習しているだけですが……。
次回は、そんな直人の昔の学校生活にも少しずつ触れていく予定です。
引き続きよろしくお願いします!




