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90 雨
雨。
細かい粒が、アスファルトを均一に濡らしていく。
空は重く、街の色を少しだけくすませていた。
軒先で少しだけ足を止める。
でも、すぐに諦めて、近くのコンビニに入る。
ドアが開く音。
濡れた空気が、一瞬だけ店内に入り込む。
傘立ての横。
透明なビニール傘が、無造作に並んでいる。
一本、手に取る。
軽い。
それだけの重さ。
レジに持っていく。
「お願いします」
短いやり取り。
すぐに会計が終わる。
外に出る。
袋から出して、傘を開く。
ぱっと広がる透明な円。
雨音が、少しだけ遠くなる。
歩き出す。
ぽつぽつと、傘に当たる音。
足元に跳ねる水。
昔は――
(……)
一瞬だけ、何かが浮かぶ。
もう一本の傘。
少し狭くて、
肩が触れて、
笑いながら歩いた記憶。
でも――
そこで、止める。
それ以上、辿らない。
視線を前に戻す。
ただの雨の日。
ただの帰り道。
そのまま歩く。
水たまりを踏む。
靴が少し濡れる。
(……別にいいか)
小さく思う。
濡れてもいい。
傘はあるのに、
少しだけ外して、雨に触れる。
冷たい感触。
すぐに消える温度。
昔みたいに、
誰かが隣で文句を言うこともない。
それでも――
歩き続ける。
一人で。
雨の中を。
濡れてもいいと、
思えた。




