106 完成
夜。
完全に日が落ちて、街は静かな光に包まれていた。
白い街灯が等間隔に並び、足元を淡く照らしている。
遠くで車が走る音。
どこかの家から漏れるテレビの音。
それ以外は、ほとんど何もない。
帰り道。
二人は、ゆっくりと歩いている。
急ぐ理由も、引き止める理由もないまま。
ただ、同じ速度で。
「ねえユウタ」
凛が、少しだけ前を見たまま言う。
その声は、今までで一番静かで、
でも一番はっきりしていた。
「なに」
ユウタも、同じように前を向いたまま返す。
隣にいるのに、どこか遠い距離。
でも――
もう、遠くない。
「これでさ」
凛が、ほんの少しだけ足を緩める。
靴音が、一瞬だけずれる。
その間に、夜の空気が入り込む。
少し笑う。
あの頃と同じ、やわらかい笑い方。
でもそこには、
迷いも、痛みも、もうほとんど残っていない。
「完成だね」
その言葉が、静かに落ちる。
風もなく、音もなく、ただそのまま。
夜の中に溶けるように。
ユウタは、少しだけ目を細める。
(……ああ)
分かる。
足りなかったもの。
欠けていた意味。
名前のなかった感情。
全部が、今ここで繋がった。
始まりから終わりまで。
バラバラだった時間が、
一本の線になる。
恋だった時間。
苦しかった時間。
離れた時間。
そして、今。
その全部を含めて――
ひとつになる。
「……そうだな」
小さく答える。
それで十分だった。
二人の間に、もう説明はいらない。
風が、遅れて吹く。
夜の空気が、やさしく通り抜ける。
そのとき。
ほんの一瞬だけ、
二人の影が、重なった。
でもすぐに、離れる。
重ならないままでいい。
それでも、完成しているから。
足音が、また揃う。
同じ速さで、同じ方向へ。
でも――
どこかで分かっている。
この道が、もうすぐ終わることを。
夜は静かに続いていく。
その中で、
二人の物語だけが、
きれいに、閉じようとしていた。




