51.インベントリ作成
51.インベントリ作成
◆
翌朝、君はいつものように襤褸ホテルで目を覚ました。
窓の外は相変わらずスモッグに覆われている。
『おはようございます、ケージ』
ミラが充電ユニットから離れ、ふわりと浮遊する。
「ああ、おはよう」
君は欠伸をしながら起き上がった。
昨日の掃除仕事の戦利品は、既に闇市のルートで売却済みだ。
思いのほか良い値がついて、懐は少し温かい。
『ケージ、次はこんな仕事はどうですか? 汚船掃除をこなしたあなたに相応しい仕事です』
「なんか引っかかる言い方するなあ」
君は苦笑しながら端末を受け取る。
画面には新しい依頼が表示されていた。
『依頼:放棄された貨物コンテナ群のインベントリ作成』
「インベントリ作成?」
『はい。旧時代の商業宇宙航路に放棄されている貨物コンテナ群を調査し、中身のリストを作成する任務です』
ミラが詳細を説明し始める。
『コンテナの多くは電子ロックが劣化しており、開錠は容易とのことです』
「へえ、つまり合法的な宝探しってわけか」
『ただし、一部コンテナ内の保存状態が不明なため、軽微な化学物質の漏洩や、内部で繁殖した宇宙カビ等に注意が必要だそうです』
「宇宙カビねえ……まあ昨日の放射線よりはマシだろ」
君は肩をすくめる。
◆
ミラが端末にさらなる情報を表示させた。
『依頼主は惑星T25の貿易会社、カイゼル・ロジスティクスです』
「聞いたことないな」
『中規模の運送会社ですね。旧時代の航路権を買い取って、放棄された貨物の回収事業を始めたようです』
なるほど、と君は納得する。
宇宙には無数の放棄貨物が漂っている。
戦争や事故、倒産などで回収されなかった荷物たちだ。
『報酬は基本給プラス、発見した貨物の価値に応じたボーナスが出ます』
「おお、それはいいな」
君の目が輝く。
『期限は一週間以内。現地までの移動時間を考慮すると、実質5日程度の作業時間になります』
「十分だろ。で、場所は?」
『セクターG-77。かつてのゴールドラッシュ航路です』
君は口笛を吹いた。
ゴールドラッシュ航路──約200年前、希少鉱物の発見で賑わった宙域だ。
しかし鉱脈が枯渇すると、企業は撤退し、多くの貨物が放棄された。
「お宝がゴロゴロしてそうだな」
『可能性はありますが、200年も放置されていたものですから……』
「夢がないなあ、ミラは」
君は煙草に火をつける。
紫煙が立ち上り、すぐに体内で分解される。
◆
『それと、今回は単独作業ではありません』
「ん?」
『同じ依頼を受けた団員と2人1組で作業することになっています』
君は顔をしかめた。
「面倒くさいな。誰だよ、相棒は」
『まだ決まっていません。現地でのマッチングになるそうです』
「ガチャかよ」
君は頭を掻く。
変な奴に当たらなければいいが。
『でも昨日のモチダさんのように、意外と相性が良いかもしれませんよ』
「あいつは金の話したら急に仲良くなっただけだ」
そう言いながらも、君は依頼を受けることにした。
報酬も悪くないし、何より放棄貨物の中身が気になる。
◆
出発は明日の朝。
君はシルヴァー号の整備を済ませ、必要な装備を確認する。
宇宙服、開錠ツール、スキャナー、そして──
「念のためマスクも持っていくか。宇宙カビとか勘弁だからな」
『賢明な判断です』
ミラが相槌を打つ。
準備を終えると、君は久しぶりにセコハン・ローズへ向かった。
情報収集も兼ねて、あの爺さんと話でもしようと思ったのだ。
◆
店に入ると、いつもの油と錆の匂いが鼻を突く。
「爺さん、いるか?」
奥から咳き込む声が聞こえてきた。
「おお、小僧か。生きとったか」
カウンターに座った老店主は、相変わらずボロボロの雑誌を読んでいる。
「ゴールドラッシュ航路の放棄貨物について、何か知ってるか?」
君の問いに、老店主はニヤリと笑った。
「ほう、あそこに行くのか」
「仕事でな」
老店主は雑誌を置き、顎髭を撫でる。
「あの航路にゃあ、色んなもんが漂っとる。金になるもんもあれば、触っちゃいけねえもんもある」
「触っちゃいけないもの?」
「軍の実験貨物とか、生物兵器の試作品とか……まあ、噂じゃがな」
君は眉をひそめる。
そんな物騒なものがあるのか。
「あとは宇宙海賊が隠した財宝なんて話もある。もっとも、そんなもんがあったら、とっくに持ち去られとるじゃろうが」
老店主は低く笑った。
◆
翌日、君はセクターG-77へ向かった。
ワープを抜けると、眼前に無数の貨物コンテナが漂っている。
大小様々なサイズの金属箱が、ゆっくりと回転しながら宇宙空間を漂流していた。
『すごい数ですね』
ミラが感嘆の声を上げる。
「これ全部調べるのか……気が遠くなるな」
そこへ通信が入った。
『こちらカイゼル・ロジスティクス。ケージさんですね?』
「ああ、そうだ」
『パートナーの方も到着しています。ドッキングベイでお待ちください』
指定された座標へ向かうと、小型の作業船が係留されていた。
そして──
「げっ」
君は思わず声を漏らす。
ドッキングベイに立っていたのは、見覚えのある外惑星人だった。
鱗のような皮膚に尖った角。
エルカ・スフィア号で肩をぶつけようとしてきた、あの三人組の一人だ。
「てめえは……」
相手も君を認識し、顔をしかめた。
『おや、お知り合いですか?』
ミラが無邪気に尋ねる。
「知り合いっつーか……」
気まずい沈黙が流れる。
と、外惑星人の男が口を開いた。
「……仕事は仕事だ。個人的な感情は持ち込まねえ」
意外にプロ意識があるらしい。
君も頷く。
「そうだな。金のためだ」
二人は握手を交わした。
◆
男の名はゲルズ。
惑星Ⅴ2522“ヴェガ”出身の傭兵上がりだという。
惑星ヴェガは鉱山惑星として有名な場所だ。
住民の9割が何らかの形で採掘業に関わっていて、残りの1割は酒場か娼館を経営している。
空気は薄く、重力は地球の数倍。
だから住民は皆ゲルズみたいに筋骨隆々になるか、さもなければ骨折して故郷に帰ることになる。
「前は悪かったな。仲間がイキってたもんで」
ゲルズは作業を始めながら言った。
「まあ、こっちも大人げなかった」
君は最初のコンテナに取り付きながら答える。
電子ロックは確かに劣化していた。
ミラのサポートで簡単に解錠できる。
扉を開けると──
「うわっ」
中から紫色のガスが噴き出してきた。
『無害です。ただの着色料の劣化ガスですね』
ミラの分析に安堵する。
コンテナの中には、色あせた衣類が山積みになっていた。
「200年前のファッションか。レトロマニアには売れるかもな」
ゲルズが品定めをする。
「でも虫食いだらけだぞ」
「宇宙蛾の仕業だな。厄介な奴らだ」
宇宙蛾は文字通り宇宙空間でも生きられる蛾だ。
体長は5センチほどだが、繁殖力が異常に高く、有機物なら何でも食い荒らす。
特に繊維質を好むため、倉庫業者にとっては天敵のような存在だ。
二人は次のコンテナへ移動する。
こちらは機械部品が詰まっていた。
「おお、これは……旧式の量子プロセッサか?」
君が手に取ると、ゲルズも興味深そうに覗き込む。
「骨董品としては価値があるかもしれねえな」
作業は順調に進んでいった。
◆
3つ目のコンテナを開けた時、異変が起きた。
中から触手のようなものが飛び出してきたのだ。
「なんだこりゃ!」
ゲルズが飛び退く。
よく見ると、それは植物だった。
コンテナ内で異常繁殖した宇宙植物が、開放と同時に外へ広がろうとしている。
『キメラ・ヴァインですね。放置しても大気中の水分を吸収して勝手に育つので、観賞用植物として人気でしたが、管理を誤ると手がつけられなくなります』
「観賞用? これが?」
君は伸びてくる触手を避けながら言う。
「待て、これ売れるんじゃないか?」
ゲルズが目を輝かせた。
「マニアが高値で買うかもしれねえ」
結局、二人は協力して植物を丁寧に採取することにした。
すっかり意気投合した二人は、鼻歌を歌いながら作業を続ける。
◆
4日目の朝、君たちは巨大なコンテナの前にいた。
他の10倍はある大きさだ。
「こいつは期待できるな」
ゲルズが興奮気味に言う。
しかし、ロックが複雑で開錠に手間取った。
『軍用の暗号化システムのようです。解析には時間が──』
その時、君の袖から例の黒い粒子が流れ出た。
「お、また出てきた」
ナノマシンはするすると鍵穴に入り込み、カチャリと音を立てる。
「便利な体だな、おめえ」
ゲルズが感心する。
重い扉を開けると──
『これは……』
ミラが驚きの声を上げた。
中には、整然と並べられた培養槽があった。
その中で、青白い光を放つ何かが浮いている。
「生体サンプル?」
君が近づくと、突然警報が鳴り響いた。
『警告:バイオハザード・レベル4検出。即座に退避してください』
「やべえ!」
二人は慌てて扉を閉め、コンテナから離れる。
『軍の生物兵器実験の遺物のようです。これは触らない方が賢明ですね』
「だな。報告書には"危険物"とだけ書いておこう」
君たちは次のコンテナへ向かった。
◆
最終日、調査はほぼ完了していた。
リストには様々な品目が並ぶ。
衣類、機械部品、宇宙植物、骨董品、そして危険物少々。
「なかなかの収穫だったな」
ゲルズが満足そうに言う。
「ああ。ボーナスも期待できそうだ」
最後のコンテナを開けると、中は空だった。
いや、よく見ると床に小さな箱が一つ。
「なんだこれ?」
君が拾い上げる。
手のひらサイズの金属箱で、表面には見慣れない文字が刻まれている。
『解析不能な言語です。おそらく未知の文明のものかと』
「へえ、お宝かもな」
ゲルズが覗き込む。
箱を振ると、中で何かが動く音がした。
「開けてみるか?」
「やめとけ。パンドラの箱かもしれねえ」
結局、箱はそのまま回収品リストに加えることにした。
◆
作業を終えて、二人は別れの挨拶を交わす。
「まさかお前と組むことになるとはな」
ゲルズが苦笑する。
「俺もだよ。でも悪くなかった」
「ああ。また組む機会があったらよろしく頼む」
握手を交わし、それぞれの船へ戻る。
帰路につきながら、君は小さな箱を眺めていた。
『気になりますか?』
ミラが尋ねる。
「まあな。でも開けない方がいい気もする。俺のギャンブラーとしての勘がそう言ってるぜ」
『ポンコツギャンブラーにしては賢明ですね。ところで、今回もなかなかの収入になりそうですよ』
「だな。この調子で稼いでいけば……」
君は遠い宇宙の彼方を見つめる。
生身の体に戻るまでまだまだ先は長い。
しかし一歩ずつ前進している。
それだけで今は十分だった。
『次はどんな仕事にしますか?』
「そうだな……できれば危険なやつは勘弁して欲しいけど」
『でも退屈な仕事は嫌なんでしょう?』
「バレてたか」
ミラの指摘に君は笑いながらワープ・ドライブを開始した。




