41.エルカ・スフィア⓷
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君がエルカ・スフィア号の護衛を請け負って数日が経った。
船内の空気にはなじめないままだ。
仕事は「貨物を狙う海賊からの防衛」と説明されてはいるが、どうも納得がいかない。
昨今の海賊界隈では積み荷を無駄に傷つけないようにと白兵戦での略奪がトレンドだそうだが、それを差し引いてもどうにも警備の者たちが胡乱すぎる。
いかにも一癖ありそうな連中ばかりだ。
「なあミラ」
君は小声で相棒の球体──人工知能搭載のドローンに話しかける。
「護衛ってのは普通、外からの脅威に備えるもんだろう?」
ミラのモノ・アイが、淡い青い光を弾くように瞬く。
『そうとは限りません。基本的には外側の脅威に警戒するというのは間違っていませんが、内側からの脅威に備えるという意味で警備員を雇うということもあります』
「それってどんな時?」
『危険生物の運搬の際などです』
「なるほどねぇ……」
君は周囲を見回しつつ、警備カメラの配置や隔壁の分厚さを眺める。
どうにも船内で事件が起きる可能性を前提とした構造に見えるのだ。
「──少し探検してみるか」
護衛の仕事には待機時間が多い。
その合間に船を歩き回るのも気分転換と思えばいいだろう。
そう考えて通路を進むと、とある区画でピンとくるものがあった。
根拠はないが、下層居住区で育った本能が「ここは妙に臭う」と囁きかけている。
胡散臭いモノ、怪しいモノ、非合法なモノ──こういったモノに対しての嗅覚は、薄汚い野良犬であるところの下層居住区民はしっかりと探り当ててくる。
ミラに「近くに誰かいるか?」と尋ねると、ミラはモノ・アイを青から赤に変化させながら応じた。
『浸透サーモサーチにも音響探査にも動作物なし。動き無し、温感なし──おそらく無人です』
「よし、ならちょっと失礼するか」
廊下の突き当たりに分厚い扉がある。
取っ手を引いてもびくともしない。
電子ロックどころか機械仕掛けの金属錠ががっちりはまっていて、力任せで壊すには音が大きすぎる。
「どうにもならねえな……無理やりぶっ壊すか?」
やろうと思えばできなくはない。
君のサイバネボディは束ねた鉄板でもフカフカの食パンを引きちぎる様にぶっちぎってしまうほどのパワーがある。
が、やはりそれは君のコソ泥めいたアレコレが露見してしまうリスクもあり──そういった事情から悩んでいると、君の袖口から黒い何かがスルリと流れ出した。
「う、おい……」
黒い物質は蛇のように鍵穴へ入り込み、数秒も経たぬうちにカチリと錠が外れる音を立てた。
『ケージ、それは一体……ナノマシンの様ですが』
ミラが戸惑いを口にする。
君も正確には分からないが、以前それを間近で見たことはある。
──惑星惑星K42の……
「勝手に俺の体に住みついてるってことかよ、まあいいか。助かるし」
元々細かい事は余り気にしないタチの君だが、ここ最近はそんな気質に更に拍車がかかっている。
ともあれドアを押し開くと、中は薄暗い小部屋だった。
床に金属製のパイプや箱がいくつも積み重なっているが、灯りは落ちていて息苦しいほどの閉塞感を覚える。
暗視モードを起動したサイバーな両目で見渡すと、部屋の隅に何か大きな人影が見えた。
鈍い色のボディが曲線を描き、青い光点が二つ──まるで瞳のように浮かび上がっている。
両手両足、そして首にも錠がかけられ、身動きができないような状況だ。
『メタノイドの雌性体ですね。金属生命体の一種で、地球種とはまったく異なる生態を持ちます。動きはありません。メタノイドであるなら体温もないですから、サーチに反応しなかった理由もわかります』
だが、そんなミラの説明を君はまるで聴いちゃいなかった。
知っているのだ。
眼前の、この女を。
控えめな乳房のふくらみ、尻の曲線を。
そして情というのを全く感じさせない冷え切ったアイスブルーの瞳を。
君は呆然として呟いた。
「……ザッパー?」(『惑星C66、チンピラ』、『遊星X015①』、『鋼の恋』参照)




