39.エルカ・スフィア①
◆
薄汚れたコイン。
それは片面に王冠が、反対面に髑髏が描かれた代物で、随分と昔にジャンク屋で手に入れたものだ。
使い道もなく、ただ指先で弾いては表か裏かを確かめるだけのアイテムだった。
ミラが丸いボディでふわりと浮遊しながら、君の肩越しにコインを見つめる。
『それではどうぞ』
硬質な少女の声が響く。
君は肩をすくめ、コインを軽く弾いた。
王冠と髑髏がくるくると舞い、そして。
ぱしんと手の甲に落ちた。
もう片方の手でコインをおさえたまま君は言う。
「俺は危なっかしい仕事でも平気なんだがな。面倒な殺し合いに巻き込まれるのはごめんだ。ここ最近、宇宙海賊の動きが活発化してるって話だろ。なるべくなら交戦は避けたいんだよ」
ぎらつく戦場には慣れすぎた。
だからこそ、もう少し穏便な稼ぎ方があればと考えてしまう。
誰かを殺して自分が生き残ることに、疲れているのだ。
『比較的安全とされている航路なので、海賊との遭遇の可能性は低いでしょう』
ミラの言葉に君は頷いた。
危険な惑星探索よりも荒っぽい撃ち合いのほうが君には煩わしい。
「さて、何がでるか」
君はおさえていた手を離す。
すると──
王冠。
つまり表。
「よし、表が出た。じゃあ無難な船の護衛を選ぶか」
『それでは、商船の依頼を見繕いましょう──そうですね、こんな依頼はどうですか? 船内護衛です。万が一の為の海賊対策ですね。昨今は海賊も宇宙船で打ちあうといった事はせず、獲物の船に乗り込んで直接……というパターンが多いそうです。MYUTUBE調べですが』
「随分とMYUTUBEをおしてくるなあ。まあいいや、そうだな、それでいいよ。 "シルヴァー" はまだちょっと具合が悪いしな 」
君は端末を操作し、商船護衛の依頼を確定する。
企業のロゴが眩しいホログラムが浮かび上がり、契約完了の合図を示した。
『エルカ・スフィア号、ですね。地球圏から惑星S13を往復するスケジュール。輸送中に警戒態勢を維持して欲しいとのことです』
「報酬も悪くない。海賊とドンパチやるのと比べれば、はるかに楽だ。……まあ、今さらドンパチを怖がるわけじゃないが、正直、殺すだの殺されるだのは勘弁してほしいよ」
君は疲れた声を漏らしながら、ベッドの端にどかりと腰を下ろす。
危険な星へ行くのは嫌いじゃない。
だが人間同士の殺し合いは、もう十分だ。
ミラが静かに浮かびながら、そんな君の様子をモノ・アイで観察している。
『ケージ、過去を思い出しているのですか?』
「まあな。俺も色々と経験したわけだ。慰めてくれてもいいんだぜ、ミラ」
『頑張りましたね、ケージ』
「よし」
ともかくコインが表を示してくれたのだから、今回は護衛任務に決まりだろう。
「よし、荷物をまとめよう。船の出航までにステーションへ行かないとな」
『了解しました。準備の時間は地球時間で48時間ほどあります』
「んじゃ、買い出しでも行くか……」
◆
そして2日後。
君は宇宙港へ向かっていた。
ミラは横を漂いながら端末の情報を読み上げる。
『エルカ・スフィア号。企業の専属商船です。航路は正規ルートを使うため、海賊の襲撃率は低いとのこと。クルーはおよそ三十名で、貨物区画には企業機密が積まれているようです』
「企業機密、ね。だからこそ万が一に備えて護衛が必要なんだろうな」
『そうなります』
「管理航路なら海賊も出てこないだろうからなぁ」
シャトルは程なくしてステーションに到着する。
宇宙港には似たような風体の男女が数名、ちらほらと見受けられた。
皆同じ仕事を受けたか、あるいは関連する依頼で集められた者たちなのだろう。
態度は色々──そわそわしている者、初仕事で緊張している者、逆に血気盛んな者……それぞれだ。
『ケージ、向こうのスーツの男が声をかけようとしています』
ミラの示す先を見ると、小柄な男が端末を握りしめたまま歩み寄ってきた。
細面の顔で、どこか不安げな表情を隠しきれていない。
「ああ、あなたがケージさんですね。お世話になります。今回の護衛依頼について外部担当をしておりますカササギと申します」
男はさっさと端末を広げて、君に確認を求める。
「じゃあそちらにサインを……はい、ありがとうございます。あ、念のため言いますが、船内の貨物区画には決して入らないでください。そちらの警備は当社の者が行いますので、護衛要員は余計な詮索をしないようお願いします」
どこか焦燥した口ぶりに、君は少し鼻白む。
貨物区画に足を踏み入れるな、という説明は事前に聞かされている。
だがやけに念押しが多い。
ミラがモノ・アイをうっすら赤く光らせているのを横目に、君はなるほどと頷いた。
「依頼内容は理解してる。俺は厄介事を勝手に探しに行く趣味はない。心配すんな」
男は「そうですよね」と気まずそうに笑う。
叩けば出る埃もあるんだろうなと思いつつ、深入りはしない。
「では、エルカ・スフィア号へご案内致します」
男はそう言い、早足でプ誘導していく。
他の護衛要員も複数集まっているらしく、ざわざわとした空気が漂う。
「商船の護衛ってのも人は集まるんだな。ま、海賊が完全に出ないとは限らないし、企業も万全を期したいんだろう」
『そうでしょうね』
「人数もいるなら万が一の時も安心だな」
『そうでしょうか』
「そうだよ」
君はミラと軽口を叩きながらエルカ・スフィア号の外観を見やる。
球根のように膨らんだ貨物部が妙に歪な船だ。
「じゃあ、お邪魔するぜ」
君はそう言ってタラップを踏み込んだ。




