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3. ローゼ・シュターデン視点

「マルガレーテ・オルブリヒ侯爵令嬢、君との婚約を破棄する」

侯爵令嬢のふるまいを受けて、王子は学園の卒業パーティで宣言した。穏当に終わらせようとした関係者の努力が台無しだ。




 私はローゼ・シュターデン。殿下は秘書といったが、実は王家の密偵だ。王家の密偵は家業であり、親が密偵であれば子も小さいうちから密偵として仕込まれる。


一定以上の王族には常に身辺に暗部組織のものが侍る。王子であれば学園に密偵の子弟が生徒としてつくことになる。


私の前任の密偵は男子生徒であったが王子が2年になるときに卒業してしまった。密偵なので数が多くない。だから王子とちょうど同じ年の人間をそろえることは難しいのだ。


実は教師の密偵もいるのだが、生徒の目から交友関係を把握する必要もあって生徒役もいる。


王子や王女の生活が乱れ、貴族間に余計な軋轢を生まないよう、王家による監視役をするのも密偵の任務だ。もちろん密偵の存在など、他の者に知られてはならない。




 王子の婚約者であるマルガレーテ・オルブリヒ侯爵令嬢は私が殿下と親しくしていると非難していたが、もちろんそんなことはありえない。


耳打ちしたりメモを回したりなどがそう見えたらしいが、実は前任の男子生徒もしていたのだ。異性間であるから気になるのだろう。


もっともこの国の貴族では同性間でもそういうことはありうるのだが、令嬢の意識には全く上がらなかったらしい。




 さてマルガレーテ侯爵令嬢はずいぶん奔放なようだ。そもそも学園でも何人も容姿のいい男性に言い寄っている。


さすがに貴族社会の縮図である学園で王子の婚約者に手を出す者はいないが、これでは学園の外で何をしでかすかわからない。


私も生徒として同級生に話を聞いて回り、侯爵令嬢の不行跡について組織や王子に都度都度報告をしていた。また国王が直接言いにくい指示を王子に伝える役もになっていた。




 そこに来て王宮に投書があった。M嬢が不貞をしているという。はじめは一笑に付されていたが、何度も繰り返され、また内容が具体的であることから組織でも問題となった。


もし不貞があれば王家の一大事であるし、なかったとしてもたびたび不貞を主張する手紙を届くこと自体が不穏である。そこで組織でも調査することになった。


その担当は私ではなかったが、あっという間に変装した侯爵令嬢と旅役者の密会が見つかってしまった。




 王子妃の不貞となれば王統を乱す大問題である。当然ながらそのような侯爵令嬢を王子妃などにはさせられない。王宮は侯爵を呼びつける。


ただ国内でも有力な侯爵の令嬢の不貞を明らかにすることも、第一王子が婚約者を寝取られたなどと発表することも、はばかられたため、病気を理由に婚約の解消を行い、令嬢は修道院に下がることで手打ちとなった。




 王太子に擬せられている王子の婚約者の不行跡をまさか騎士団のような表の組織が扱うわけにもいかず、すべて暗部が担っていた。


しかし限られた者しか存在を知らない暗部の長が侯爵に因果を含めるわけにもいかず、また表の組織の大臣や宰相が対応するわけにもいかず、王宮に来た侯爵は国王と直接相まみえることになった。


侯爵はとつぜんの呼び出しはもちろん、いきなり国王が現れたことに明らかに当惑していた。





 それで事件はおわりと思っていたのだが、侯爵が詰めを誤ったらしい。侯爵令嬢が満座の前でやらかしてしまったのである。


どうやら不貞は侯爵にだけばれて王家にはばれていないと思い込んでいたらしい。状況が悪いとふつうに考えればおかしなことでも都合よく信じ込んでしまうたちのようだ。


そこで王子との結婚を卒業パーティで既成事実にしてしまえばいいと、浅はかにも考えたそうだ。


王子は国王の意を受けて穏便に済ませるつもりだったのだが、これでは全く話が違う。


そもそも幼馴染を取られた恨みもあり、寝取られの多少の不名誉を受けたとしてもここできっちりと片をつけてしまおうとしたようだ。


令嬢本人は賢明な賭けと思っていたようだが、実際は万馬券に全額かけるような博打で、当然のことながら最悪の形で負けてしまった。





 ここまででも十分不穏な話だが、さらにここから不穏がエスカレートする。


婚約破棄が宣言された日に侯爵家から令嬢おつきの侍女が一人消えた。名をハンナという。


組織で調べたところ彼女はかつて王子の幼馴染の伯爵令嬢の領土に暮らし、伯爵領の災害の時に伯爵家から生活が立ち直るまで援助を受けた者だった。


ハンナの母親はかつて伯爵家に仕え、伯爵令嬢ともずいぶん心安くしていたという。


そして商家の息子との婚約が決まったときの彼女の悲しそうな顔をそこにいるかのように語ったという。





 侯爵家の使用人たちは婚約破棄でこの後どうなるのかと右往左往していたが、密偵がいくらか小遣いをやって聞くと次々に家の秘密を口にしたそうだ。


マルガレーテはまるで子どものようにわがまま放題で、彼女の侍女は人気のない仕事だったという。


マルガレーテのわがままは家の評判を下げかねないもので、言うこと聞いて侯爵にばれれば叱られ、言うことを聞かなければマルガレーテに難詰されるのだった。


それだけならまだいいが、マルガレーテは気に入らないと侍女のミスともいえないような些細なふるまいをとがめだてて侯爵に告げ口し、侯爵はよく調べもせず侍女をしかりつけるので、まさに八方塞がりだった。


それに嫌気がさしてすでに何人もやめており、侯爵としても持てあまし、口入屋からやや身元が怪しいものでも雇い入れる状況だったらしい。


そこで問題のハンナはいとも簡単に侯爵家に入り込み、マルガレーテの侍女になった。





 ハンナはこっそり侯爵にばれないようにマルガレーテのわがままを通してやるとともに、媚態の使い方を教えたり下世話なロマンス小説など持ち込んだりしていたそうだ。


家庭教育から抜け出す手引きをしたり、街中の流行りの店などにも連れてやってもいたという。


マルガレーテはハンナをすっかり気に入り、小遣いをやったり侯爵にボーナスを出すようにせがんだりしていた。


もちろん侯爵家のためを思えばハンナのような行動はするべきでないが、むしろ混乱や崩壊をあおるのが目的だったのだろう。




 侍女のハンナは暇を見つけてあちこちの劇を観劇していた。


その代金は侍女の手当てで出せるものではなく、どこかにバックがあったと思われる。観劇はマルガレーテ好みの役者を見つけるためだろう。


マルガレーテのイケメン好きはもはや病的だ。もちろん正統派イケメンがメインディッシュだが、それは第一王子で間に合っているらしい。


そこでサイドディッシュとして少し野性味のあるイケメンが登場する。学園での取り巻きあたりだ。さらにデザートとしてかわいらしい子を好む。


さいきん学園でかわいらしい子がマルガレーテのグループから離れたことは私も聞いていた。それに合わせたとすれば、ハンナは学園にも協力者がいるのかもしれない。




 そしてハンナはシャルルを見つけるとその一座の王都での公演を手引きする。そこまで彼女一人でできるはずもなく間違いなく複数の協力者がいたようだ。


公演が決まればそのチケットをマルガレーテの手に入るように手配した。

マルガレーテの要求で連日チケットを用意したのも、そしてとうとうマルガレーテがシャルルに会いたいと言ったときに待合を手配したのも彼女であった。


マルガレーテの不行跡は王宮だけでなく侯爵の政敵にも知らされたようであるが、それも彼女か協力者のしわざだろう。


協力者は伯爵を慕うものか、あるいは侯爵を嫌う政敵かわからないが、少なくとも数名はいるようだ。これも侯爵の強引なやり口が招いた結果といえる。





 ところでマルガレーテは本当に最後までするつもりだったのか。学園のイケメンたちとことが進まなかったのは相手が引いていたこともあるが、本人もどこか腰が引けていたようにも思うのだ。


つまりあなたたちとデートくらいするのはいいけれど、体の関係までは許しませんよと。それが態度に現れて、結局先に進まなかったのではないか。


令嬢は媚態を使っていてもどこか幼くて様になっていなかった。しょせん、侯爵と侍女ハンナに教え込まれた付け焼刃でしかなかったように思う。





 今回は最後まで行ってしまったのは、実は罠にかかってしまったのかもしれない。令嬢は待合とはどういうところか知らなかった。


そして旅芸人のシャルルは金で頼まれて金持ちの女の相手をすることに慣れており、待合に呼ばれている。言われなくても、何が期待されているのか理解する。


実はそれは侍女ハンナの期待であり、侯爵令嬢の期待ではなかった。シャルルは相手を商家あたりの令嬢だと思っている。その結果として最後まで行ってしまった。


令嬢としての正解は、断固拒否することだった。令嬢ではなく場を設定したハンナが実は最後の一線を踏み越えさせたのではないか。つまり下り坂に連れて行って背中を押したのではないか。


その真実はだれにもわからない。もちろん令嬢に詳しい話を聞き、ハンナを聴取すればもう少し事情は分かるかもしれない。


しかしすでに令嬢は修道院に送られた。関係者はもうふたをして終わりにしてしまいたいらしく、数年は接触できないだろう。





 ことが終わった後に、あれを止められなかったのかと、組織の長から注意を受けた。上としては当初の目論見通りの穏当な解決を望んでいた。


また確かに侯爵令嬢が王子に危害を加える可能性は否定しきれなかった。しかし私はあくまで密偵であり、護衛ではないのだ。


それは護衛に求めるべきことだし、私に要求するにしても事前の分析と警告があってしかるべきだろう。


さらに言えば、斜め上の宣言で結婚を既成事実化したい令嬢と、幼き日の仕返しをもくろむ王子と、2人の非常識にはさまれて、私は何をすればよかったというのだ。





 さて侍女ハンナの母親が言うには、娘から手紙が来て、数年来貯めこんだ貯金をもとに、しばらく働きながら外国を放浪するとのことだった。


このことは暗部の長に報告した。おそらく王にも上申されたであろうが、長からはハンナについて何もする必要はないから捨ておけとの指示であった。


王としても留飲を下げているのかもしれない。





 私は王子の指示で元の幼馴染の伯爵令嬢の現在を調べに行き、報告した。大金持ちではないが庶民以上ではある生活で、結婚相手は良くも悪くもごく普通の男だった。


さすがに侯爵も伯爵令嬢が邪魔だとはいえ、後で仕返しされたり貴族間で悪評が立ちかねない、嫌がらせのような結婚はさせなかったらしい。


夫婦仲も特に悪くないようで、まあまあ幸せな生活である。彼女はおなかが大きく今度子どもが生まれるという。


報告を聞いて王子は、わかったと言葉少なであった。





 事件が終わって私は思うのだ。一般に修道院送りは悲劇と思われているが、あの侯爵の操り人形だった令嬢が自分を見つめなおすことはむしろ良いことではないか。


あの侯爵が外戚に入らなかったことも国にとって決して悪いことではない。一方で婚約者の選び直しは大変面倒なことになる。


候補を見つけるのがそもそも難しいし、見つかったとしてもすんなり決まるとは思えない。そして妃教育にまた数年かかるとなれば王家も頭が痛いだろう。


関係者がみなそれぞれいくらかの苦い結果を得ることになった。それは王子と令嬢より、分を超えた野心を持った侯爵とそれを拒まなかった国王に責任があるようにも思う。





 そうそうシャルルの劇団は第一王子の婚約者を寝取った役者を据えるものとして評判になっているらしい。


さすがに官憲や侯爵家に睨まれるため表立って宣伝には使えないが、誰でも知っていることだ。


それはあの数百名もいる卒業パーティで明らかにされれば、人の口に戸は立てられない。


侯爵が因果を含めておけば、あるいは侯爵令嬢が己の行いを恥じて引き下がっていれば、さらには王子があの場で黙ってもみ消せば、こんなことにはならなかった。


ただシャルル自身はもはや主役を張っても場が白けてしまうそうで、恋敵役やらすけこまし役やら何か癖のある役ばかりとのことだ。


金で裕福な女性の閨に入ったばちだろう。


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