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13 あの偶然の出会いに感謝を。<完結>

 楽しい時間はあっという間に過ぎて。

 彩華さんに抱かれている娘の遥ちゃんはお腹が空いたのかぐずり始めたので時計を確認してみると結構な時間が過ぎていた。店の中は空席がない程に埋まりつつあった。

「ごめんなさい。食べ終わったのに長居しちゃってました」

 他のお客さんを待たせてしまう前に空けてあげなくてはと内心気が焦った。膝の上にいたくろちゃんには申し訳ないが降りてもらって、私は椅子から立ち上がった。隣の榛さんも同様に立ち上がっていた。

「こちらこそ御免なさい。つい楽しかったから。良かったら今度また来てくださいね」

「はい、近いうちに必ず」

 お互いに笑顔で約束をした。そうして、本格的に泣き出す前に彩華さんは店の奥へと戻っていき、私は食事をする前に悩んでいたがま口をもう一度見に行った。

 けれど直ぐにはやっぱり決められなくて、最終的に両手に持った二つのサイズ違いのがま口財布は榛さんが両方とも買ってくれたのだった。


***

 店を出てもう一度手を繋いで私達は歩き出した。

 外に出ると店の中との温度差が違いすぎて肩を竦めてしまった。もうすぐ昼近いと言うのに息はうっすらと白い。繋いだ掌が一段と暖かく感じて体中が暖かくなった気がした。傍に好きな人がいてくれるってこんな感じなんだと改めて気づかされた。

「榛さん、ご馳走様でした。それと、これも有難うございます」

「どういたしまして」

 二人分の食事代と、榛さんの自宅用のコーヒー、そして私が欲しくて悩んでいた小物も全部榛さんが支払ってくれた。半分出そうとしたのだけれど、今日は初デートだからと言われたので、それならば・・・と遠慮しつつお願いしたのだった。


「一葉、帰り道近くに大きな公園があるんだけど、そこに寄り道していかない?」

「行きたいです」

 私が間髪入れずに嬉しいのがありありと分かる返事を聞いて、榛さんはふわっと笑い返してくれた。思わず見惚れて歩みが遅くなった私に「疲れた?」と言ってくれたけど、顔を赤くして必死にぶんぶん否定するのがどうも気に入ったらしくて。

「・・・一葉は可愛いね」

 蕩けるような笑みを見た私はさらに見惚れてしまい完全に足は止まってしまった。


 アパートからコーヒーショップへ向かう時にも見えていた大きな公園へと足を踏み入れると天気はいまいちだけれど、あちこちに散歩を楽しんでいる人たちの姿があった。

 残念ながら曇り空と葉が落ちてしまった枝ばかりで見える景色はとても鮮やかとは呼べないものだった。遊歩道に落ちている枯れ葉も色褪せてくすんだ色をしている。一歩ずつ歩くたびにカサカサ音が鳴るのもなんだか楽しい。これはこれで風情があって好きな景色だなと思う。


 私のゆっくりとした歩みに合わせてくれている榛さんをちらりと視界に入れつつ、昨日から考えていたことをもう一度考えてみた。


 これからの仕事や体の事。

 そして、榛さんとどう付き合っていきたいのか。


 まずは仕事の事。

 そろそろ次の仕事をするのなら休業期間が残り少なくなってきているから早めに行動に移さなくてはならないのは分かっている。今まで働いて居たところと同じような就職先は幾つか求人募集されている企業はネットでも見つけた。

 けれど、本格的な行動へと繋がらない。

 特に資格も持っていない私が以前と同じ職種へと就いたところで長続きできるかという不安が強い。体調的にも精神的にも。

 だからと言って漠然と書籍化の話を受けたいなという思いは強くはなっているものの、大丈夫だろうかという思いの方が強い。

 そんなことをするより早く新しい仕事を探すことの方が重要なのではないかと心が迷う。


 でも、今行ったばかりのお店で出会った人たちを見て、自分の好きなことに挑戦するのもいいんじゃないかと思い始めてしまった。

 私とは違って明るくて、社交的で、小物を作ることが大好きなんだと体中で気持ちを表してるような人だった。私より年下だけど、お子さんも居て。私もああいう風に人と向き合いたい。

 がまぐちが入った紙袋を掴んでいる手にぎゅっと力が入った。

 何故だか急に、何かをやらなきゃと焦りが生まれた。


「一葉?」

 怪訝そうに榛さんが私を窺っていた。どうやら紙袋だけではなく、繋いでいた手にも同じように力を込めていたらしい。

「手は温かいけど、もしかして具合悪い?」

 繋いだ手を持ち上げられ榛さんの両手で私の右手を包み込むと心配そうにされた。

「御免なさい。全然大丈夫。ちょっと考え事してただけ」

「そう、でも少し休憩しようか」

 かなり樹齢がありそうな大きな樹の近くに設置してあるベンチへと導かれて並んで座った。座るとベンチも冷えていてお尻や太ももが少しひんやりとして感じた。頬に感じる風は弱いけれど、もう季節は冬になっているのだから寒くて当然と言ったところか。


「で、何を考えてた?」

 肩がくっついた状態で寄り添って座らなくてもと思いつつ、温かいのでそのままの状態で座れば当然お互いの顔も近いのは当たり前で。

 真顔でじいっと見つめられ質問されるとごまかしや拒否なんて出来なくて、結局考えていたことは全部喋ってしまった。

 私って・・・。

 とことん榛さんには弱い。普段から沢山心配させているのは自覚してます、はい。


***


「会ったばかりだけれど、彩華さん達夫婦みたいなお互いの信頼や空気感みたいな?あんな風になりたいなぁって。仕事に対する姿勢とかも含めて、なんだけど。―――だから、私昨日貰った小説の話受けてみようかなって」

 ずーっとぐるぐる渦巻いていた頭の中のもやもやを聞いてもらった。

「こんな私が書いた話でも誰かが少しでも楽しかったとか、こんな恋愛をしてみたいだとか、そういう前向きな気持ちを持ってもらえるような仕事として出来たらいいなって」

 こうして誰かに話してみると気持ちがすっきりとして感じられた。

 地面を見たまま喋っていた私の独白に近い話を最後まで聞いてくれた榛さんはどう思っただろうかと様子を見たくて顔を上げ少しだけ横へと首を回せば、何故か片手で顔を覆っていた。そしてうっすらと赤くなって照れているように見えた。

 なんで?

「あの、榛さん?」

 また私は何かおかしなことを言ったんだろうか。

 こういう場合、次どうしたらいいのかなと悩んでいたら、手を外した榛さんは私の両手をそっと下から救い上げはにかむ様にしてお互い正面を向かい合わせた。

「一葉。その話の中にいるのは一葉と俺、だよね?」

「え、あ、うん」

「良かった」

 榛さんは冬なのに春を思わせるような温かい微笑みを浮かべると、

「その願いを一緒に叶えよう」

「はい?」

 願いって?仕事の話してましたよね?

「クレマチスのあの夫婦みたいになりたいんだよね?その為には相手も必要でしょ?そういうことなら俺は喜んで協力するよ?」

 なんだかとてつもなく違う方向に話が進んでいってませんか?


「一葉、俺と結婚してください」


***


 結婚が決まり、苗字が変わると同時にペット可の新居へと引っ越した。その新たな新居には彩華さんの所にいた猫と丁度配色が正反対な猫も一緒に。体は白くて耳と前足としっぽが黒い小さな子猫も家族として暮らすことになった。まだ幼い雌猫に私も榛さんも何気なく覗いたペットショップで一目惚れしてしまったのだ。

 その後、彩華さん夫婦と随分仲良くしてもらい、さらに彩華さんの妹夫婦や、友達を紹介してもらい随分友達と呼べる人が出来たことはすごく嬉しいことになった。

 その中で驚いたのは、私が小説を書くことを決めて担当となった秋葉七海さんというのだが、実は昔彩華さんの妹の旦那様の担当をしていたと聞かされた時。

 本当にあの時は驚いた。

 旦那さんは橘巧たちばなたくみさんと言ってその余りの美貌にも勿論驚いたけど、クレマチスのオーナーをしているとか、とても有名な私でも知っている小説を書いているとか!

しかも、私の担当をしてくれている秋葉さんの旦那様がその巧さんの小説のイラストレーターをしてるとか!

 本当に吃驚がいっぱいだったけど、楽しい吃驚だったことは間違いない。


「榛さんとあの時偶然出会えてなかったら、この幸せは無かったのかな?」

「うーん。そう考えるよりこうも思えない?あの出会いこそがまさに俺たちの『幸せ』の始まりってね」


最後まで有難うございました!

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