54:アヤカ、思い悩む
(私は帰らなければならない……この世界のために)
女王との謁見の後で、アヤカは城の客室へと案内された。
あちらの世界へ帰る手はずが整えられる間、身の安全のために一時的に城に保護されるという形を取っている。あまり駄々をこねてこの国の人々を困らせるわけにもいかないので、アヤカは仕方なく従った。
城での待遇は手厚いもので、神殿のように監禁されることはなく、城の中であれば自由に動くことができる。
ユスティンやブリギッタも今は城に滞在しており、アヤカの話し相手になっていた。二人ともアヤカを心配し、気にかけてくれている。
彼らと穏やかに過ごす、こういう時間も素敵だと思えた。けれど……
(やっぱり、私はこの世界にいない方がいい。私がいると、争いの火種になってしまうから)
大切な人たちに迷惑をかけないため、よくよく考えて出した結論。
しかし、アヤカは今まで誤魔化していた自分の心に気がついてしまっていた。
(私、本当は帰りたくないんだ……あっちの世界に)
今では、日本にいた日々がくすんだ思い出として感じられる。
自分がいなくなっても、シュウジさえいればきっとあの家族は困らないと思うのだ。
(ユスティンとは、恋人としてやり直そうと約束したところだったのにな)
できることなら、このまま彼と一緒に居たかった。
中途半端に約束をして、彼を残して去るということはしたくない。
(けれど、そんなわがままは許されないよね。聖人の私がいるせいで、ユスティンが危ない目に遭うかもしれない……彼には、迷惑をかけたくないもの)
幽獣が去った後……聖人という存在は、きっとこの世界の害になる。
あまり考えるのが得意ではないアヤカでも、そのことはわかった。
「帰らなきゃ」
たとえ、自分がそう望まなくても、大事な人達のことを思えば、自分はここにいてはいけない。
ユスティンは、アヤカの帰郷に対して何も言わなかった。
もともと、関係をやり直す前から、いつかは「帰る」ということを伝えている。
だからこそ、彼はそのことについて追求してこないのだろう。
自分で自分の身の振り方を決めたのに身勝手な話だが、それが少し寂しくもあった。
※
城での日々は穏やかに過ぎ、やがて日本へ帰る日がやってきた。
アヤカとシュウジは、神殿の敷地内にある泉の中央に立っている。この世界へ来て最初に落ちた、あの泉だ。
赤い夜が来たせいで荒れていた神殿だが、最低限の手入れはされており、泉の周辺だけは元通りになっていた。
ユスティンやブリギッタは来ない。
『泉の近くに僕がいれば、「想いの力」で、あなたを引き戻してしまうかもしれません……』
『私もよ……落ち着いたら向かうわね』
彼らはアヤカを引き止めなかった。
(どうせ帰るのに、引き止めて欲しがるなんて……私、何を甘えているんだろう。馬鹿みたいだ……)
女王と彼女の部下達が取り仕切る中、二人の聖人は日本に通じる道ができるであろう空を眺めていた。
シュウジとアヤカの手には、防水機能のある獣の皮で作った袋が置いてあり、その中には幽獣退治の功績や異世界に呼び出した謝罪も含めての高価な品の数々が入っている。現金だと日本では価値がないため、宝石類が多い。
しばらくすると、急にアヤカの体が軽くなった。
足元が徐々に水面から離れて、体が空へと吸い上げられていく。
隣を見れば、シュウジが同様に浮かんでいた。
下を向くと、女王達が並んで一斉に頭を下げているのが見える。
(ああ、私……帰るんだな)
何ヶ月かぶりに家へ帰れるというのに、アヤカの心は暗く沈んだままだった。




