52:アヤカ、女王に会う
女王のいる城は、騎士団宿舎から更に北へ進んだ先にあった。
徒歩だと距離があるが、グリモで空路を行くとすぐに敷地内へ辿り着ける。
城の周囲には、貴族の屋敷であるひときわ大きなドーム状の家がたくさん並んでいた。
アヤカは、ユスティンとブリギッタと共に女王の謁見室へ足を踏み入れる。
石造りの城の中は思っていたよりも古く、おとぎ話みたいに綺麗な空間ではなかった。長年にわたって、人が生活してきた痕跡がある。
女王は、四十代半ばの膨よかな女性だった。
目元は優しげで、ネズミの国のハートパンツの女王のように、すぐに人の首をはねそうにも見えない。
彼女は、見た目通りの穏やかな声で話し始めた。低めで落ち着いた心地の良い声だ。
「聖人アヤカ様、突然お呼びだてして申し訳ありません。本当は私から会いに行くべきでしたが、あいにく自由の利かない身でして……」
女王に「様」づけされた挙句、謝られたアヤカは、慌てて彼女に言葉を返す。
「あー、私は暇だったので大丈夫です。気にしないでください」
アヤカがそう告げると、女王は笑みを深くした。
(なんだか、賢そうな人だ……)
そんなことを考えながら、アヤカは彼女の次の言葉を待った。
「アヤカ様の活躍はお聞きしています。あなたのお力添えのおかげで、幽獣被害はひとまず収束しました。この国の代表として、あなたにお礼を申し上げます」
「いいえ。私だけの力ではなく、この国の騎士達のおかげです……神殿騎士団じゃなくて、アインハルド騎士団の方ですが」
「そうですね。期間限定雇用の騎士には、褒賞として多額の給金を渡しましたが、まだ残っている騎士達にも、何らかの形で報いようと思っています……ところで、アヤカ様、あなたにお願いしたい旨があるのですが」
穏やかな表情で話していた女王は、不意に真面目な顔つきになった。
「この国……いいえ、この城に留まっていただけないでしょうか」
「お断りします。ですが、どうしてですか?」
「幽獣という脅威はひとまず去りました。アヤカ様は、次の脅威はなんだと思います?」
首をかしげるアヤカを見て、女王は言葉を続けた。
「人間です。自分たちを脅かしていた共通の敵がいなくなったことで、各国の調和が乱れています……この国ほどではありませんが、他の国にも一定の幽獣被害はありました。ですが、それがなくなった今、人間同士の争いが始まろうとしています」
「……とても、困りますね」
「ええ、困ります。聖人様は、幽獣から世界を救ってくださる尊い存在であると共に、強力な兵器でもある。各国がこぞってあなた達姉弟を欲しがるでしょう。あなたが望まなくても、聖人は争いの火種になる……だからこそ、本来は各国間の争いに無縁な神殿が預かるのです」
「今の神殿じゃ、火に油をそそぐことになりかねないけどね」
アヤカは、神殿をまだ許してはいなかった。女王もそれを察して、話題を変えた。
「この城に留まっていただけない理由をお聞きしても?」
「窮屈なのは、嫌いです」
「あなたを守るためでもあります。世の中には、争いの元になる聖人を消してしまおうと動く輩もいるのです。幽獣から助けてもらっておきながら、平気で聖人様に刃を向ける輩が」
「それは嫌ですね。私が元の世界へ戻れば、全てが解決するのに……」
「聖人様は、故郷へ帰りたいと思っておられるのですか?」
女王の言葉を受けたアヤカは、黙り込んでしまった。
最初は元の世界に帰るつもりだったが、今ではこちらの世界の方が居心地が良い
向こうへ帰っても、母と弟に虐げられる日々が復活するだけだろう。
「……この世界のためには、帰った方がいいでしょうね。ですが、帰る方法はありませんし」
「現在、弟のシュウジ様がこの城に滞在されているのですが、彼は毎日帰りたいと嘆いておられます」
シュウジがそう思うのは、無理もないことだった。
この世界へ来た当初は、ノリノリだったようだが、幽獣に命を奪われそうになる危機に遭遇して完全に気力が萎えてしまったのだ。
繊細な弟にこの世界は向かない。
しかし、アヤカは前の世界でのように、彼にあれこれ手を尽くしてやる気はなかった。
前の世界の弟は、自分が動かず周囲に全てを任せるタイプの人間で、アヤカは母の命令で甲斐甲斐しく弟の世話をやいた。
だが、そういうことを続ければ続けるほどに、弟の態度は悪化していったのだ。
彼は、今回も待っていたのだろう。
自分に差し伸べられる優しい、都合の良い手を。
結局、そんなものは現れなかったが。
双子であっても、アヤカとシュウジは相容れない関係。
一緒にいればいるほど、お互いにとって良くないことしか起こらない。
とはいえ、このまま弟を城に放置しておくわけにもいかないから困っている。
「当初、シュウジ様には、私の三番目の伴侶になってもらおうと思っていました。もちろん序列は一番上ですし、安全で快適な生活をお約束しています」
「……本人は、なんと?」
「断られてしまいました。神官の女性を身篭らせたとのことでしたが、こちらで調査したところ、女性の自作自演が判明しました。どうやら、地位欲しさに暴走したようですね」
「えっと……それで、シュウジは?」
「それでも、結婚は断られました。聖人様に無理強いするわけにもいかないので、結婚の件は諦めます。彼の望み通り、元の世界へ帰してあげようと思うのですが……」
女王の言葉に、アヤカは目を瞬かせた。
「元の世界へ帰れる方法があるの!?」




