32:アヤカ、三人の夫候補をお断りする
「だから、夫はいらないんだって!」
普段は静かな神殿に、アヤカの怒鳴り声が鳴り響く。
アヤカは、うんざりしていた。シュウジの無事を告げにウモウジールの元へ戻ったら、いきなり神殿側が用意した三人の夫候補を紹介されたのである。そのうちの一人は、ハインだ。
複数の配偶者を持つのは、弟だけで充分。アヤカにそんな甲斐性はない。
「一妻多夫制の大変さを考慮して、配偶者は三人に絞ってあります」
ドヤ顔でそうのたまうウモウジールだが、全然考慮されていないとアヤカは思った。
三人も夫がいれば色々と大変だということは、なんとなくわかる。
それに――
「そんなのは余計なお世話。私は騎士団で働いているし、止めた後は元の世界に戻るんだから」
「貴重な血を残すのも、聖人の大切な役目なのです。特に、最近は神官たちの血も薄れてきていますし」
「……自分たちの特権がなくなるのが困るっていうだけじゃないの?」
ウモウジールに食ってかかるアヤカを押しとどめたのは、ハインだった。
「アヤカ様、どうか気をお鎮めください」
「ハインも、なんとか言ってよ。だいたい、神官とかって一生独身なんじゃないの!?」
「確かに、神官は妻を娶るためには厳しい制約がありますが、妻帯が不可能ということはありません。それに、聖人様は人ではない。よって、普通の婚姻には該当しません」
「なんなの、その屁理屈! 私は普通に人間だし!」
「聖人様と婚姻を結ぶことは、神官達にとって非常に名誉なことなのです」
「……私にとっては、非常に非常識なことだよ」
ハインの後ろには、別の夫候補達が控えている。
青みがかった黒髪の神官と、赤みがかった茶髪でパンを騎士団に届けた神官だ。
「とにかく、私は騎士団へ帰るから。ハイン達も、結婚がしたいなら普通の女性と一対一で結婚すればいい」
それだけ言い捨てて踵を返すアヤカの前に、ウモウジールが立ちはだかった。
(こいつ、つくづく私の邪魔をしてくるな……)
「アヤカ様をお返しすることはできません。あなたには、神殿に残っていただきます」
「うるさいよ、一ヶ月前は無理やり追い出したくせに。私には、しなきゃいけないことがたくさんあるの」
騎士の訓練に、買い出しに、ミルのフォロー。それから、食事の準備。
グリモの乗り方も、ユスティンに習い始めたところだ。こんなところで、三人の夫と結婚している暇はない。
「私がいなきゃ、ユスティンやブリギッタや……皆が困るんだよ」
自分がいないと仕事が回らない――
アヤカは、ブラック職場思考に染まりつつあった。
(どのみち、私が力ずくで脱出すれば神官達には止められないし。強行突破させてもらおう)
包帯が巻かれたウモウジールの左腕を掴んで押し乗けると、彼は痛みに顔を歪めた。その隙に、そそくさと神殿の外に出ようとしたが、三人の夫候補が纏わりついてきて離れない。
怪我をさせないように、彼らを振りほどこうと苦心していると、アヤカ達のいる部屋の扉が大きな音をたてて開いた。
「アヤカ!!」
扉から現れたのは、息を切らしたユスティンだった。
「ユスティン!!」
驚いた三人の夫候補の隙をついて、アヤカはユスティンに走り寄った。
「大丈夫でしたか? 神官達に何もされていませんか?」
「平気。連絡した通り、弟が暴れていたのを止めに来ただけだよ」
ユスティンは、アヤカの手を取ると、ウモウジール達に言った。
「何度も言っているように、アヤカは我々が保護しています。彼女自身も神殿に残る気はないですし、連れて帰りますね」
「国営の騎士団風情が、神殿側の意向を無視するのですか!?」
居丈高に怒鳴る大神官は、引く気がない様子だ。
(以前ユスティンに聞いた身分制度だと、神殿は騎士団よりも上なんだよね……)
今後、憤慨した神殿から、アインハルド騎士団が変な圧力をかけられても困る。
「ユスティンは、私の要望を聞いてくれているだけだよ。私が、神殿に残りたくないの……あんた達神官は、聖人様の要望を無視すんの?」
様付けされていることから、聖人はカーストのてっぺんなのだろう。アヤカは、権力を振りかざしてみた。
「心配しなくても、「赤い夜」にはちゃんと働く。シュウジの分もね……弟は神殿を出る気がないみたいだから、しばらく面倒見てやってよ。追い出すというのなら、こっちで引き取るけど」
絶対に譲らないというアヤカの強い意志を感じたのだろう、真剣な面持ちのウモウジールが一歩前へ進み出た。
「……わかりました。シュウジ様には、聖人の血を残すことに専念してもらいましょう。引き続き、神殿で彼の保護を行います。アヤカ様に関しては、「赤い夜」まではアインハルド騎士団に預けましょう」
神殿側の譲歩に、アヤカは素直に喜んだ、しかし、ウモウジールの言葉は続く。
「ただし、こちらから騎士団へ人員を派遣させていただきます。我々が目を離している隙に、聖人様に何かあっては困りますから」
「えっ……!?」
「ハイン。アインハルド騎士団へ行き、アヤカ様をお守りするように」
ウモウジールに命じられたハインは、神妙な顔をして頷いている。
「ユスティン……」
「仕方ありません。これ以上の譲歩を引き出すことは、難しいでしょうから」
結局、ハインがアインハルド騎士団へ来ることになった。
「タダで働いてくれる職員が一人増えると前向きに考えましょうね」
「……うわぁ」
なんだかハインが気の毒に思えてきたアヤカだった。




