21:アヤカ、女装で神殿に潜入する
隣町の小さな神殿は、女の園だった。
磨き上げられた白亜の建物の中は、アヤカが思っていたよりも広い。
白い神官服に身を包んだ真面目そうな女性が、しずしずと歩きながらアヤカとブリギッタを案内する。彼女は、この神殿をまとめ上げている女性神官長だ。
アヤカは、貞淑なこの場所の空気が合わず、体がむずむずした。
ユスティン達は、神殿の手前までアヤカを送迎してくれたものの、中に入ることを禁じられて一度引き返している。
だが、今後何かあったときのために、神殿の近くで待機しているはずだ。
「アヤカ。あんた、さっきからキョロキョロして。少しは落ち着いて歩きなさいよ」
せっかく、可愛い格好をさせたのに……と、ブリギッタが隣でぼやく。
アヤカは、気を引き締めて神殿の奥へと向かった。
道すがら、神官長がアヤカ達に問題の幽獣事件について話してくれる。
「今週も、一人犠牲者が出ました。まだ若い、見習いの神官です……」
痛ましい出来事に、ブリギッタは可愛らしい顔をしかめている。
「犠牲になった神官達に、何か共通点はありませんか? 外に出ていたとか、同じ場所で襲われたとか」
「いいえ。彼女達が被害に遭った場所は、バラバラなのです。こちらも、手の打ちようがなくて……でも、いずれも被害者が一人きりになった時に事件が起こっています」
それを聞いたブリギッタは、再び険しい表情になった。
「もしかすると、知恵のある幽獣かもしれません。厄介だな……」
彼女の声音が、若干低くなる。
神官長が、不安げにブリギッタを見た。
「知恵を持つ幽獣だなんて、そんなものがいるのですか? 」
「はい。稀に、幽獣が知恵を持つことがあります。狡猾な幽獣は、どこかで獲物が一人きりになるのを待っているのでしょう。神官達に、一人で出歩かないよう注意喚起をお願いします」
「わ、わかりました……」
話を続けていると、渡り廊下に差し掛かった。手入れされた小さな中庭には、人工の滝と小川があり、その周辺を白い花々が覆っている。
アヤカ達の部屋は、中庭の近くに用意されていた。神官長が扉を開けると、白と紺を基調としたシックな三人部屋が現れる。
「何かあれば、お近くの神官に声をかけてくださいませ。では、私はこれで……」
通りかかった二人の若い神官とともに、神官長は建物の奥へと去っていく。
猫をかぶって無言を貫いていたアヤカは、近くにあったベッドに身を投げた。
「だーっ! 疲れたー!」
「ちょっと、アヤカ! 神官長の目が離れた途端、これなの!? 服が皺だらけになるから、寝転ぶのは、やめなさいよ!」
「ねえ、ブリギッタ……いつもの服に着替えてもいい?」
「あんた、私が男だってことを忘れているの!? そこで服を脱ごうとしないで!」
ブリギッタに着替えを禁止されたアヤカは、しぶしぶ身を起こしてベッドの上に座る。
彼女――彼は、部屋に持ち込んだ大量の荷物の中から鳥かごを取り出し、中にいた白い鳥を手の上に乗せた。
「ブリギッタ、それはなに?」
「団長へ手紙を飛ばすのに使う鳥よ。いつも、これで情報を渡しているの」
鳥の足に器用に手紙をくくりつけたブリギッタは、部屋の窓を開けて白い鳥を空へ飛ばす。
「さあ、アヤカ。ちゃっちゃと、幽獣をおびき出すわよ!」
「わかった! でも、どうやって!?」
「私が囮になるわ! だから、アヤカは団長と一緒に幽獣退治に加勢してちょうだい」
「でも、ユスティンは男だから。この神殿へは入れないんじゃ……」
アヤカがそう答えた瞬間、部屋の扉が開いて背の高い女性が一人入ってきた。
亜麻色のウエーブの掛かったロングヘアに、神官風の衣装を着たスタイルの良い美人だ。
女性を見たブリギッタが、いたずらっぽい笑みを浮かべて女性に近づく。
「私の言ったとおりでしょう? 団長は元々顔立ちがきれいだから、女に見えるって……」
彼の言葉に仰天したアヤカが、女性の正面に回り込んでその顔を覗くと……
「……ユスティン?」
そこには、アヤカと同様にウイッグをかぶり、きれいに化粧をした第二騎士団の団長がいた。
ただし、彼の顔は少し不満そうである。