129.蘇るお茶の記憶
「夜までに手に入って良かったな」
「満月の夜って言ってたもんね」
夜になり人が寝静まってから天藍石の像の元にやってきた。
恭平が懐から今にも崩れそうな石を取り出すと、天藍石が姿を表した。
『いよいよね』
「あぁ。夢で見ただけだから、ちゃんと出来るか分からねぇけどな」
『大丈夫よ。聖杯なら』
優しく笑う天藍石に、恭平は自分によし!と手を握り気合いを入れる。
新しく手に入れた青い石を取り出し、天藍石の石と一緒に自分の心臓部分に押し付けた。
「月の灯、青の水、闇夜の空、切り裂く風。取り巻くは命の光。この地を愛し、護る。守護者としてここに咲き誇れ」
「ーーーー産まれかわれ天藍石」
恭平が静かに、だけど力強くそう呟くと青白く光る2つの石。
そして亀裂の入った天藍石の石は新しい石に吸収されていった。消える間際に『ありがとう』と声が聞こえた。
こちらこそありがとう。貴女に会えて良かったわともう届かない返事を密かに返した。
「これでこの石が新しい守護者?」
「多分な。おい、起きろ」
石に向かって声を掛けると、ポウと光り、小さな女の子が現れた。小さいながらも人からかけ離れた美貌は紛れもなく守護者だと告げていた。
『誰?私の眠りを妨げるのは』
「俺だ。お前は新しい守護者として今日からこの地を護るんだ」
『そう…そうだったわね。前の天藍石から聞いたわ。私が新しい天藍石よ』
その言葉に私は嬉しくなった。名前も引き継いでくれるんだと。
前の天藍石は消えたんじゃなくて、新しく産まれ変わったんだね。
だって姿もそっくりだもの。変わらず愛しいこの場所を守ってねと額にキスをした。
『ふふ、くすぐったい』
「宜しくね天藍石」
その後、少しばかり会話をしてから天藍石と別れて宿に戻ると、ご飯にしようとレムに言われて、そこで漸くお腹が空いてる事に気付いた。
「片付いたんすか?」
些か遅い帰りにカイトが苦笑しながら近づいて聞いてきた。すみませんね、人が寝静まる時間じゃなければ出来ない事だったものと内心謝る。
「うん。お陰様で」
「そりゃ良かったっすね」
「おかげでお腹ペコペコ!」
笑顔でそう言えば、カイトもつられたように笑った。
だけども生憎とこの時間に空いてる店もなく、逆にレムもよく起きてたわねと内心ごちる。
だけど流石というか、カイト達は宿に言って簡易な食べ物を用意して貰っていた。
「ありがとう助かるわ」
「どうせそんなとこだろうと思ってたんで」
と、とても良い笑顔で言われたらもう何も返せないよね!こちらも負けじと良い笑顔で返しといた。
横でレムがうっとりとした表情で此方を見ているのは、この際気付かない振りをした。
レム…せめてその顔はイケメンにしなさいと思ったのは内緒よ。
宿に戻りベッドに潜り込んだ。今日はいい仕事したなぁ。明日も素敵な出会いがありますように、と願いを込めて目を閉じた。
疲れていたからか、すぐに暗闇の世界へと落ちていった。
「ふわぁ」
翌日になり良い天気の中目覚める。
ここ最近バタバタしてたから、何だか穏やかな気分だ。思えばずっと働き詰めーーーといっていいのか分からないけどーーーだったから、たまには何も考えずにゆっくりするのも必要なのかもね。
「今日は休むわ。皆好きにしてね」
『そう言われてもねぇ。僕らは守護者だし』
蒼玉がそう言うと、紅玉が頷いた。うん、君達には関係なさそうだね!
私の中に住んでるのもあるし、ある意味護衛でもあるのだから。
とは言っても優雅にお茶ぐらい飲んで…と思ったけど、度々付き合わせてるから日常茶飯事だったわね。
「わたしはずっとお留守番だったから、休んでたみたいなものだし…」
少しだけ恨めしそうにレムがこちらを見ながらモジモジとしている。
お願いだからそんな目で見ないでーーー!だって危険なんだもん。何があるか分からないのよーー!可愛いレムに傷なんてつけられないんだから!
「俺も特に何もしてないすよ」
「てかカイト戻ればいいのに…。俺らは大丈夫だよ」
「別にいいけど、戻る時は一緒になるけど?」
ニンマリと言い放つカイトに、恭平はひくりと口の端を引き攣らせて「まぁ、ゆっくりしてけよ」と返していたのがちょっと笑えた。
「ふふ、ならお茶でもしよっか」
ローズレイアにいた時の様に、花見ながら優雅に…とはいかないけれど。優雅にお茶と言えば嗚呼、リチェ元気かしら。陽の光を浴びた輝かんばかりの美しい金の色を揺らして、眩しい笑顔を振りまく可愛いリチェとまたいつかゆっくり話したいな。
「…と思ったけど、流石に紅茶出してる店はここにはなさそうね」
「てか、そもそも貴族ぐらいまでしか飲めねぇよ。庶民には高くて手が出せないからな」
「そうなんだ…」
前から何となくそんな感じはしてたんだけど、やっぱりお城にいたから麻痺ってるなぁ。はっ!これが贅沢病ってやつかしら!?
まぁ、元の世界でも手軽に飲めたから仕方のないことかも知れないけど。とは言っても簡単楽ちんなティーバックだけども。
「残念。飲みたかったなぁー。マリーの淹れ………。なんでもないわ」
言いかけて口を噤む。馬鹿ね。マリーの淹れてくれるお茶が飲みたいだなんて…。だけど他の誰かが淹れたお茶よりも何倍も好きだった。私の好みを把握してくれてるのもあるけどね。
「(美味しかったなぁ…)」
本当に美味しくて…もういっそのことマリーを攫ってこようかしら?なんてね。
マリーの淹れたお茶を楽しみながら、私が焼いたお菓子をおやつにリチェとよくお茶したっけ。テラスで庭園を眺めながら。あの溢れんばかりの薔薇が恋しいわね。
「(あっ)」
テラスと言えば、まだ私がリハルト様を好きになる前にお見合いしてたのを見つけたっけ?ふふ、懐かしい。あの頃は微塵も思わなかったなぁ。リハルト様と付き合うなんて。
だって王子様なんだもん。まるで御伽噺に出てくる王子様そのものだった。だから私と釣り合うはずがなかったんだ。
リチェと同じ金の髪に、空と海のいい所だけ切り取ったような透き通る青い瞳。サファイアを見る度に思い出すその青はいつしか見慣れた色になっていた。
「……リハルト様」
小さく、ほんの小さく、蚊の鳴くような声で私の口から飛び出した。キュッと心臓が閉まる音がした。実際にではなくて比喩だけども。
リハルト様への想いは時折こうやって飛び出してきて、私の胸を締め付けていくものだから。だから私は考えないように、考える時間を作らないように忙しくしていた。
でも心の平穏は中々訪れてはくれなくて。
どうしよう…苦しい。暗い…。目を閉じれば深海に飲み込まれそうな程に心が重く苦しい。パクパクと口を動かさなきゃ呼吸までも止まってしまいそうだった。
本当ならこのままベッドに倒れてしまいたいぐらいだったけど、グッと堪えて色々飲み込んで蓋をした。
皆いるし、笑顔でいなくちゃ。しっかりしろ紗良!と自分に自分で言い聞かせて笑顔を作り上げる。誰にも気付かれたくはない。誰にも踏み込んで欲しくないの。だから私は自分を誤魔化すんだ。
「姉ちゃ…」
「ま、ないものは仕方ないわね。飲めたらなんでもいいわ!行きましょ!」
「行きましょって何処にだよ…」
無理矢理笑う私に付き合うように恭平は呆れたように返した。愚弟ながら気の利く男になったじゃないと内心ほくそ笑む。…なんて、昔から優しい子だったもんね。
「あら、決まってるじゃない。次なる場所へよ!」
「はぁ!?休むんじゃなかったのかよ」
「だってお茶は出来ないし、この場所への用事は済んだから移動しかなくない?」
「誰かさんの姉君は落ち着きがなくて困るっすね」
その言葉に「俺に言うな」とそれはそれは深い溜息を恭平が吐いていたのは納得が行かなかったが、そこはぐっ飲み込んだ。
だって嫌なの。時間があると考えてしまうから。だから考える時間も必要ないぐらいに動いていたい。
生憎と私には色々とやる事が積み重なっているから手が開くことはそうない。
まぁ、それもこれも全部自分で増やしているだけに過ぎないけど。
でもそろそろ本題の場所に辿りつかなければ。
「そうだ姉ちゃん」
「ん?」
「後で話がある。大事な話だから時間が出来た時に二人で話したい」
今まで見た中で1番と言っていいほどに真剣な眼差しに頷くしかなかった。いったいなんだろうか?気になって眠れないと返すと、「後でって言ってんだろーが」と怒られてしまった。
「ふむ。まぁいっか。ではしゅっぱーつ!」
そうして皆でダリアの背に乗って出発したのだった。