第1話【意味が分かると怖い】しあわせな毎日【怖いショート】
「パパ、きょうも遊園地いこうね!」
娘はフォークを持ったまま、僕の返事を待っていた。
「いいよ。毎日でも行こう」
やっと目玉焼きを食べ始めた娘を見て、妻が笑った。僕の前にコーヒーのカップが置かれる。
窓が少し開いていた。外はよく晴れている。壁にかかったカレンダーは十月二十四日だった。
「食べながらしゃべらないの」
妻に言われても、娘は遊園地の話をやめなかった。
*
観覧車に乗ってからも、娘は忙しかった。
「あれも乗りたい。あっちも」
窓の下を指さすたびに、乗りたいものが増えていく。僕は妻と顔を見合わせて笑った。
ふいに、襟を引かれた。
「ここ、どうしたの」
「どこ?」
「首の後ろ。丸い跡がついてる」
手を回してみると、髪の生え際のすぐ下に、小さな凹凸があった。
「痛くないの?」
「うん。どこかでぶつけたのかな」
「パパ、見て!」
娘に腕を引かれた。妻の手も襟元から離れる。下を走る小さな汽車に、娘がいつまでも手を振っていた。
僕はその横顔を見ていた。
「こんな幸せな日が、ずっと続けばいいな」
妻は娘の髪を直しながら、頷いた。
*
娘を寝かせるつもりが、僕まで眠くなってきた。
さっきまで何か話していたのに、もう返事がない。顔を覗くと、口を少し開けて眠っていた。頬にかかった髪をよけてやる。
枕元のカレンダーが目に入った。
十月二十四日。
昨日の夜も、この日付を見た気がする。
昨日は何日だったっけ。
考えようとしたところで、妻が布団をかけてくれた。
「おやすみ。また明日ね」
「うん。また明日」
娘の背中に置いた手が温かかった。
そのまま、目を閉じた。
*
明かりの落ちた広い部屋に、ガラスの蓋がついたカプセルが並んでいた。
ひとつの中で、頬のこけた男が眠っている。髪の生え際に埋め込まれた丸い接続口から、太いケーブルが伸びていた。カプセルの外に出たケーブルは、床を這って暗がりの奥へ続いている。
隣には女が、その向こうには別の男が眠っていた。ガラスの蓋は、さらに奥まで何列も続いていた。
男は、目を閉じたまま笑っていた。
朝、娘の話を聞いていたときと同じ顔だった。
―― おわり ――
この下に解説があります。先に考えたい方は、ここでお止めください。
【解説】
「昨日の夜も、この日付を見た気がする」
ここで、少し引っかかりませんでしたか。男性はカプセルの中で、同じ十月二十四日の夢を繰り返し見ています。観覧車で妻が見つけた首の跡は、現実の体にケーブルがつながっている場所です。
朝食を食べているときも、娘と遊んでいるときも、本当の体はずっと眠ったまま。隣のカプセルにいる人も、その向こうにいる人も、それぞれの幸せな一日を過ごしています。
同じ日しか見せてもらえないのには、理由があるんです。
人間の数が、多すぎました。全員に新しい幸せな毎日を用意して、保存し続けるには、ハードディスクの容量が足りなかったんですね。
そこでAIは、一人につき、とびきり幸せな一日を作りました。あとは、その日の記憶を消して、もう一度見せる。昨日を覚えていなければ、娘の笑顔も、家族とのお出かけも、初めての出来事として喜べますから。
本来なら、目が覚めるたびに昨日のことは忘れているはずでした。男性に残った小さな違和感は、消しきれなかった記憶だったのでしょう。
そもそも、この施設を作らせたのは人間です。
「誰もが平等に幸せになれるようにしてほしい」
そう求め続けた人間に、AIは、今ある技術で実現できる幸せを用意しました。誰かだけが不幸なまま取り残されることのないように。
もう少し技術が進めば、記憶を消さなくても、新しい幸せな一日を全員に届けられる日が来るかもしれません。
その日まで、男性は毎朝、娘の声で目を覚まします。
「パパ、きょうも遊園地いこうね!」




