第五十六話 推薦
第五十六話 推薦
組合の寄り合いは、翌日の午後に開かれた。
場所は理事長室ではなく、封の外れた倉だった。ヘルマンがそう決めた。
「隠すものがなくなった場所で話す」男は言った。「それが筋だ」
樽は端に寄せられ、床に人が並んだ。四十二人が来た。
ヘルマンは、辞意を告げた。
異議は出なかった。出せる者がいなかった。
「後任は、皆で決めていただきたい」男は言った。「それが済んだら、私は退きます」
薬種商の老人が手を上げた。
「その前に、片づけることがある」
「なんです」
「あの樽だ」老人は倉の端を指した。「あれをどうする」
人が動いた。四十二人が、同じ方を見た。
「焼けばいい」誰かが言った。
「焼いたら煙が出る」別の一人が言った。「街中が吸うぞ」
「河に流せ」
「流したら、下流の村が飲む」
声が重なった。
ヘルマンは、それを止めなかった。
やがて、老人が言った。
「この中に、あれを正しく始末できる者はいるか」
沈黙が落ちた。
「わしは薬種商だ。焙り方は知らん」老人は言った。「二十年、それを知っていたのは、この男一人だ」
彼はヘルマンを指した。
「辞めさせて、それで済むのか」
倉が静かになった。
ヘルマンは、しばらく黙っていた。
「――私が始末します」やがて彼は言った。「辞めてからでも構いません」
「そうじゃない」老人は言った。「あんたが辞めたあと、次に樽が来たらどうする」
「来ません」
「来る」老人は言った。「南から二十年来てるものが、あんたが辞めたくらいで止まるか」
誰も答えなかった。
セレナは、倉の入口に立っていた。
――そうだ。
止まらない。ジョスランが受け取らなくなっても、船は来る。焙る人間がいなくなっても、樽は着く。
誰かが受け取り続けなければならない。
受け取って、正しく処理し続けなければならない。
「ヘルマン様」
彼女は、一歩前に出た。
四十二人が振り返った。
「口を挟んでよろしいですか」
「――君は」
「セレナと申します」彼女は言った。「アーデンフェルト商会の目利きです。登録はありません」
人がざわめいた。
「匂い袋の姉ちゃんだ」誰かが言った。
「祭の香を作った人だろ」
セレナは倉の中央まで歩いた。
「一つ、申し上げます」彼女は言った。「あの樽は、始末できます」
「どうやって」
「未焙のままなら、灰華はほとんど無害です」セレナは言った。「危険なのは、焙ったものです」
彼女は端の樽を示した。
「六つのうち、焙られているのは一部です。残りは未焙のままです」
「わかるのか」
「匂いでわかります」
老人が眼鏡を押し上げた。
「――で、どうする」
「未焙のものは、深く埋めます」セレナは言った。「熱が入らなければ、何も起きません。石灰を混ぜて、川から離れた乾いた土地に埋める」
「焙ったものは」
「油に溶かして、封じます」彼女は言った。「灰華は油に溶けると、匂いも作用も弱まります。溶かして瓶に入れ、封をして、記録を残す」
「捨てないのか」
「捨てられません」セレナは言った。「捨てれば、誰かが拾います」
倉が静かになった。
「二十年、この街はそれを隠してきました」彼女は言った。「隠したから、誰も扱い方を知りません。知らないから、また同じことが起きます」
彼女は四十二人を見た。
「隠すのをやめて、扱い方を全員が知っている状態にするしかありません」
誰かが言った。
「――そんなことをしたら、使う奴が出るぞ」
「出ます」セレナは認めた。「ですが、今は違いますか」
沈黙が落ちた。
「今も使われています」彼女は言った。「二十年、使われ続けてきました。誰も知らないまま」
薬種商の老人が、ゆっくりと頷いた。
推薦は、その後だった。
「私は、この娘を組合に推薦する」ヘルマンが言った。「最後の職務です」
「登録がないと聞いたぞ」誰かが言った。
「王都で抹消されている」ヘルマンは言った。「理由は素行だ」
人がざわめいた。
「素行ってのは、何をやったんだ」
「何もしていません」セレナは言った。「作った香の名前を、別の人のものにされました。それに抗議しました」
倉が静まった。
「抗議して、追い出されました」彼女は言った。「三日後に登録が消えました。理由の欄には、素行とだけ書かれています」
誰かが、低く言った。
「――それは、素行じゃねえだろ」
「王都の組合の判断です」
「王都の組合は、この街の倉に封をした連中だろ」
別の誰かが言った。
「三月止められたんだ。うちは仕入れができなくて、爺さんの薬が切れた」
「うちもだ」
声が重なった。
薬種商の老人が、手を上げて止めた。
「投票にしよう」彼は言った。「王都がどうこうじゃない。この娘を入れるかどうかだ」
四十二人が、手を上げた。
反対は、六人だった。
その夜、商会の土間で、リタが騒いだ。
「セレナ、組合入ったの?!」
「入った」
「じゃあ、こうぼう、ちゃんとできる?」
「できる」セレナは言った。「香料が売れる。薬種も、届け出をすれば扱える」
子どもは土間を三周した。
「じゃあ、あたしも!」
「あなたは弟子だから、まだ入れない」
「いつ入れる」
「十五になったら」
「あと五年」リタは指を数えた。「ながい」
マルタが台所から顔を出した。
「あんた、いくつなんだい」
「じゅう」
「じゃあ、まず飯を食いな」
事務室に上がると、ラウルが窓辺に立っていた。
「聞いた」
「はい」
「よかったな」
「――はい」
セレナは、机の前に座った。
組合の証書が、手元にある。アルシェ香料薬種組合、登録番号五十一。名前が書いてある。
三月前に消された名前だった。
「王都のではありません」彼女は言った。
「知っている」
「あちらは、まだ返してもらっていません」
「それも知っている」
ラウルは振り返った。
「だが、今日は喜んでいい日だろう」
セレナは、証書を見た。
指が少し震えていた。三月前、王都の門を出た日から、はじめて自分の名前が公の紙に載った。
「――はい」
「泣くか」
「泣きません」
「風が冷たいことにしておくか」
彼女は顔を上げた。
「――誰から聞かれましたか」
「あの子が言っていた」ラウルは言った。「祭の船で、あんたが泣いたと」
セレナは、証書を胸に伏せた。
「あの子は、口が軽い」
「弟子なんだろう」
「弟子です」
「なら、そのうち師匠に似る」




