↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奈落のデバッガー  作者: ろいぷぅ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/65

奈落の住人

 灰はまだ、微かに温かかった。


 ということは、離れてそう時間は経っていない。俺は動作解析ログに意識を向け、地面に残るわずかな痕跡――踏み固められた土、折れた下草の向き――を辿ることにした。


[ 追跡モード:足跡パターンを検出 ]

[ 移動方向:北西 / 移動速度:緩慢 ]


(急いでない、ってことは……逃げているわけではないのか)


 油断はできない。この奈落の最下層で、俺のような新参者を除いて「生きている者」がいるとしたら、それは並大抵の存在じゃないはずだ。もしかしたら、モンスターよりよほど厄介かもしれない。


 クロックダウンはまだ使えるはずだが、さっきの反動を思うと連発は避けたい。俺は普段の速度のまま、慎重に足跡を追った。


 巨木の間を五分ほど進んだところで、何者かは唐突に現れた。


「――新人さんかい。また、送られてきたか」


 声のした方を振り向くと、朽ちかけた巨木の根元に、小さな焚き火と、それに寄りかかるように座る人影があった。


 老人だった。


 白髪交じりの髪を無造作に後ろで結い、着ているものは布というより、なめした魔物の皮を継ぎ接ぎしたような代物。杖代わりなのか、先端に何かの牙を括り付けた木の枝を傍らに置いている。歳のわりに背筋は伸びていて、こちらを見る目には、老いた人間特有の濁りがまるでなかった。


 俺は反射的に身構えたが、老人の方はまるで気にする様子もなく、焚き火に小枝をくべている。


「……あんた、何者だ」


「何者、ねえ。名乗るほどのもんじゃないが……まあ、ライラスとでも呼んどくれ。それより坊主、そっちこそ質問より先にやることがあるだろう」


「は?」


「その顔だよ。つい今しがた叩き落とされました、って顔をしている。ここ最下層で、その顔してる新入りを見るのは、ワシにとっちゃ久しぶりでも何でもない。何十回目かってくらいには、見飽きた顔だ」


 言葉の意味を飲み込むのに、少し時間がかかった。


 ――何十回目。つまりこの老人は、俺のような「不要品」が投げ捨てられてくるところを、これまで幾度となく目撃してきたということだ。


「あんたも……教国に、捨てられたのか」


 ライラスは焚き火の炎を見つめたまま、ふっと口の端を上げた。


「二十と何年前だったか、忘れちまったが。ワシは鑑定士だった。教国お抱えのな。ある日、上の連中が欲しがってた『答え』を出さなかった。それだけの理由で、ここへ送られた」


「答えを出さなかった、って……」


「詳しいことは、また今度話してやるよ。今日会ったばかりの兄ちゃんに聞かせるには、ちいと重すぎる話でね」


 軽い口調でそう言われると、それ以上踏み込むのも野暮な気がした。俺は黙って頷く。


「それで、坊主。ステータスは見せてもらえるかい。ああ、心配すんな、盗ったり奪ったりはしない。ただの職業病だ」


 悪意はなさそうだった。むしろ、ここまで人懐っこい態度を見せられると、警戒する方が馬鹿らしくなってくる。俺は素直に、頭上のステータスパネルを意識で呼び出した。


[ LV:47 / HP:39,900 / STR:4,120 / AGI:5,860 / VIT:3,990 / INT:2,010 / MP:―(測定不能) / 適性:なし / 固有スキル:デバッガー(開放) ]


 それを見たライラスの目が、初めて大きく見開かれた。


「……はァ? 落ちてきて、まだ半日と経ってないんだろう。それでLV47ってのは、一体何をどうやったら――」


「詳しいことは、また今度話すよ。今日会ったばかりの爺さんに聞かせるには、ちいと重すぎる話でね」


 わざと同じ台詞を返してやると、ライラスは一瞬呆気にとられ、それから声を上げて笑った。しわがれた、けれど楽しそうな笑い声だった。


「言うようになったな、坊主。気に入った」


 その後、ライラスは意外なほどあっさりと、この奈落での知恵を分けてくれた。魔物のスポーンが止まる「キャッシュ領域」のこと、階層によって危険度が変わること、水源と食料の見分け方――俺が今日一日、手探りで学んだことのほとんどを、彼はもっと体系立てて知っていた。


「なあ、爺さん。あんた、地上のことは……知ってるのか」


 聞くつもりのなかった質問が、ふと口をついて出た。ライラスは焚き火を見つめたまま、少し間を置く。


「知ってる、というほどでもないがちょくちょく噂は入ってくる。何日か前にも落ちてきたやつがいたんでね」


「噂……」


「今回の召喚で呼ばれた『規格外』様たちのうち、いくつかの組が、調子に乗って挑んだダンジョンで派手にやらかしたらしいぞ。それと――」


 ライラスは、そこで一度言葉を切った。試すような目で、俺を見る。


「教国のお偉いさんの一部が、あの『鑑定の儀』そのものの精度に、疑いを持ち始めてるって話もある。まあ、酒場の与太話の域は出ないがね」


 心臓が、一瞬だけ跳ねた。


 だが俺は、それを顔に出さないように努めた。今、そこに突っ込んでいく理由はない。まだ、その時じゃない。


「……ふうん。それがどうした」


「別に。ただの世間話さ」


 ライラスはそう言って、また小枝を一本、焚き火にくべた。


 パチリ、と爆ぜる音が、静かな森に響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。