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さあ、どうしますか。
言葉としては聞こえてこないが、その目がそう言っている。
この先どうなるかを今聞いたばっかりなのに、もう答えを出せというのか。
「ごめん意味わかんない。どれか選べってこと?異世界転生って何なの。あれファンタジーでしょ?地獄で働くってのも意味わかんないし。そもそも地獄って職場なの?」
「あなたの世界では異世界転生というものはファンタジーでありえないものとされていますが、こちらからすると当たり前のようなものなのです。無数の世界が同時に存在しています。世界は人間が認識しようとすると気が狂ってしまうほどに広いのです。」
現実味がなさ過ぎて気が遠くなってくる。
「地獄という場所は罪人として導かれない限りいいところですよ。職員の採用は年度が替わる三月にここに来た魂限定のご案内です。」
地獄がいいところというのはにわかに信じがたいが異世界転生や天国よりも、得体のしれないその世界に少し興味がある。
というか、何なんだその就活応援キャンペーンのような期間限定の案内は。
「職員って言ったってなにすんの」
その言葉を聞いた一つ目は、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに目を開いて地獄職員についての紙を前に出した。
「様々です。ただ、人間の魂の方は罪人の刑執行には関わらず、罪人の管理や職員の方たちのサポート業務がメインとなっています。暮らす場所はあちらが用意してくれているので心配はありませんし、あなたは人間の実体を持ちながら魂としての存在なので地獄の環境が体に合わないということは起こりません。元の世界でのあなた自身の感覚を変えることなく、働くことができます。」
一息でそういった一つ目は最後に、
「超ホワイト企業ですよ」
と付け足した。
人間の実体を持ちながら魂。その感覚が分からないが、おそらく今まさにその状態なのだろう。あんなに真っ白な世界を放浪したはずだけど疲れというものがやってきていない。
でも、仕事をするうえで疲れないということはどこか物足りない。
疲れているからお酒がおいしいのに。
しかも、地獄という場所なのに超ホワイト企業というのがまた怪しい。
それでもやっぱりこの興味は拭えない。
「魂ってことはどれだけ仕事をしても疲れないってこと?」
「いえ、疲れます。職員として働くことを選んでいただいた方には人間時代と同等の体力が返還されることになっていますので。」
原理は何一つわからないが、何かと都合のいいようにカスタムされるらしい。
「ほかに働いている私みたいな人間は?」
「同期と呼ばれるくくりの方は今のところいませんので、あなただけかと。しかし、過去にこう言ったことは何度かありますので、その方が退職されていない限りは似たような境遇の方はいます。」
「要は、わからないってことよね。」
「そうなります。あくまで私は案内係ですので、その先のことまでは干渉しませんし、できません。」
さて、どうしますか。と問うような表情で一つ目はこちらを見つめる。
天国はありきたりだし、あまり興味がない。悪くいってしまうと、暇を持て余しそう。
転生と言われても世界のために戦うとかそういうことには憧れない。怪我とか、痛いのはごめんだ。
今一番興味がわいているのは地獄で働くこと。何をするのかもわからない。でもそれがいい。
社畜というわけでもない私だが、仕事があることは生きがいであり、何よりも仕事をしている時間が楽しかった。それに、地獄という景色も見てみたい。地獄で働くことにすれば少なからずこんな具合で死んだことへの未練も晴れるだろう。
そう思い、ゆっくりと手を前に差し出して、広がっている三枚の紙のうち、一枚を指さした。
「これでお願いします。」
そうすると一つ目は少しだけ目を大きく開きながら
「かしこまりました。準備いたしますので、もう少々お待ちください。」
と、そういいながら広がっている紙をまとめ、ゆらりとゆれてそして消えた。
何事もなかったかのように静寂に包まれたこの空間は、さっきよりも色がある。
来たときはただ木の色一色だったくせに、天井を見上げると小さなランプがぶら下がっていて、淡いオレンジ色の光を放っている。
さっきまであったっけ。
仮になかったとしても今更驚かない。
振り返っても相変わらずそこには壁しかなく、入ってきた入り口などは一切見当たらない。
ここでおとなしく待つしかなさそう。
そうやって椅子に腰かけなおしすと、思っていたよりもすぐに一つ目が戻ってきた。
「お待たせしました。準備が整いましたのでこちらへ」
手招きされたのはカウンターの奥。その先は駅のホームみたいな空間で、また真っ白な世界が広がっている。
「今来ますのでお待ちください。それと、これを」
「ありがとうございます。来るって、何が、」
そう言って手渡されたのは切符のよう何かと、白い巾着。
よく見ると切符には「ハザマ→地獄丁」と書かれている。
どうやらここはハザマという場所らしい。この駅のような施設以外には特に何もない、真っ白の世界。ずっとここに居たら気が狂ってしまいそうだ。
「あちらでございます」
一つ目が差し出した手の方向、遠くから真っ黒な蒸気機関車が迫ってきた。
白い世界に、列車の黒がよく目立つ。
「あちらに乗って、終点、地獄丁までお進みください。そちらの切符がハザマから乗った証の乗車券になりますのでなくさぬように。巾着の中身は地獄での通貨ですので、初任給が出るまでの生活費にお使いください」
巾着がやけに重いと思ったらそういうことか。どれだけの価値かはわからないが、入っている通貨は一枚一枚がしっかりしていて重さがある。至れり尽くせりだ。
ありがとう、そう言おうとして一つ目を向き直ると、ぶわっと風が当たり、前髪がなびいた。
先ほどまで遠くに見えていた列車はあっという間に目の前まで来ていて、私の目の前で停車したのだ。
ガチャリ。
誰も手を触れていないはずなのに勝手に扉が開く。乗れと言うことなのだろう。
「それでは、わたくしはこれで。いい地獄ライフを」
深々とお辞儀をする一つ目。
「あ、なんかいろいろ、ありがとうございました」
それだけ言って列車に乗り込んだ。
すると扉はすぐに閉まって、甲高い汽笛を鳴らしながらゆっくりと動き出す。
小さな窓から外を覗くと一つ目は消えていて、あったはずの駅もゆらゆら揺れて薄くなって、そして消えた。
やっぱり夢じゃないかと思うこの思考は、先ほど手渡された品々と、まばらに乗っている乗客に否定される。珍しそうな顔で見られるものの、話しかけてはこなさそう。
とりあえず席について、真っ白な外の景色を眺めながらもらった切符を握りしめた。
行先は、地獄より先の地獄丁。




