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エピローグ 輪廻⸺small Gentleman

月日は巡って2年半。

東京の空にもチラホラと雪が舞う12月。

バー King's Crossは今日も常連客で賑わっていた。

「潤さん、あちらのお客様にマティーニを。お連れの方はチャイナブルーです。」

桂はオーダーの入ったアクアパッツァを運びながら島谷を呼ぶ。

「了解。」島谷は短くそう答えると手際よくチャイナブルーから作ってゆく。

常連客の一人が桂に話しかける。

「いやぁ…桂くんもすっかり夜の顔になったねぇ…。ここに来たときは勤まるかと思ったけど…。」


そう言われて桂は少し顔を赤らめて答える。

「そう…ですかね…。」

その髪は以前のように艶のある黒髪だが⸺左のサイドに赤いメッシュ。瞳には青いカラーコンタクト。

そして何より⸺まくったシャツの袖から見える、逞しい腕。西村があつらえたベストがよく映える。

その時、二人の酔客が入ってきた。

「へえ、こんなとこにバーなんかあったんだ…空いてる?」そのうちの一人が桂に話しかける。

「奥でよろしければ」と桂が案内する。

「とりまビールでいいや…瓶ね。あとおニーサン…なんつって…!ひゃひゃ!」

明らかに泥酔の一見に店の雰囲気が壊されそうになった刹那⸺瓶のIPAを運んできた桂が酔客の目の前でシュ、と右手を動かす。

IPAの瓶は頭部分が吹き飛び⸺桂はにこやかにそれをグラスに注ぐ。

「イギリスの伝統のエールです。それより、お水は如何です?」


酔客は青ざめ、カウンターに千円札を置くとそれを飲み干すこともなく「ごちそうさまでした!」と店から転げ出ていった。

それを可笑しそうに笑う島谷と常連客。

そうして夜も老けて、深夜2時。

桂は西村にサイズ直しをしてもらったスーツを身に纏うと、大切そうに⸺椿のバーバリーのマフラーを着ける。

そして島谷に短く一言。「行ってきます」

島谷は右手をひらひらと振ると洗い場へ戻って行った。


12月ともなると、流石にこの時間は人がまばらだ。

ネオンもどこか寒々しく輝いている。桂が人通りの少ない道を歩いていくと路地裏から声が上がる。

「やだ…ッ!あたし、そんなつもりじゃ…離してください!!」若い女の声。

桂がそちらを見やると⸺高校生くらいだろうか。幼さの残る少女が男性に絡まれていた。

「この時間の歌舞伎町でフラフラしてたんならたちんぼだろ?ね、三枚…いや五枚出す?どう??」

男の目は血走って⸺今にも少女を攫いそうな雰囲気を出している。

「違うんです!あたし…お母さんのお店を手伝ってただけで…!!」そう言って抵抗する少女をお構いなしに近くのホテルへと引きずり込もうとする男。

桂はツカツカと近寄ると、一言。

「離してください。嫌がってる。」

その声に男が振り向く。

「あぁ?外野はすっこんでろよ!!」

その言葉とともに男の拳が繰り出されるが⸺桂はそれをいとも簡単にいなし、その腕を取ると豪快に背負投げを食らわせた。

「ぐえっ…!!」まるで蟇のような声を出して男が無様に転倒する。桂は少女の方をむき出し、口に指を当てると、

「シー…。これは悪い夢。他言無用だよ。気を付けて帰りなさい」と一言。

少女が跳ねたように走り去り男が噎せながら立ち上がろうとしたときだった。首元に冷たい感触。

そこには特殊警棒を首に当て、冷酷に男を見下ろす桂がいた。

「笹木重史。同意無き未成年への猥褻行為が7件。うち3件は…小学生…。間違いないか。」

淡々と言葉を放つ桂に男⸺笹木は青ざめながらパクパクと口を動かして一言。「なん…で…それを…。」


桂はふう、とため息をつくと極めて冷酷に「認めるんだな。被害者の親御さんから依頼だ。」と言い放つと同時に男の股ぐらを思い切り踏みつけた。

「が…!!ぐああ…ッ!!」

男はたまらずのたうち回るが⸺桂はお構いなしに、2度、3度と股ぐらを踏みつける。男が泡を吹いて動かなくなったのを確認すると、桂は踵を返し、静かにKing's Crossへと戻って行った。


「成功です。俺、先に寝ますね。」

待っていた島谷に簡単にそう言うと桂はかつての椿の部屋へ。ベロアのソファも、簡易ベッドも、壁の写真も⸺そしてエリック・クラプトンのポスターもそのままだ。

桂はスーツを脱ぐと丁寧にハンガーにかけ、そしてシャツを脱いでいく。鍛えあげられたら肉体が顕になる。

右の肩には球体人間の。左の肩には真っ赤な椿の花が一輪。

ほんのり上気した素肌を彩っていた。


桂はそのまま壁の椿の写真へと歩み寄る。そして一言。

「やったよ、今夜も。おやすみ、椿。」

そう言うとベッドに潜り込み穏やかな寝息を立て始めた。


朝。

女子高校生たちが新宿の街を行く。

おしゃべりが大好きな年頃の娘達。

その中の一人が口を開く。

「ねえねえ、小さな英国紳士、って都市伝説知ってる…?身長はウチらくらいで…黒髪に一筋の赤いメッシュ。紺色のウールのスーツにバーバリーのマフラーを着けてて…夜の街でそいつに出くわすとね…何でも願いが一つ叶うんだって…」




fin




ここまでお読み下さり誠にありがとうございました。処女作「夢の監獄」よりは伸びませんでしたが⸺。それでも読者様のまぶたの裏に新宿のネオンや椿の赤い髪、アンドロギュノスのタトゥーが少しでも焼き付いていれば、作者冥利に尽きます。

ヒロインの死、という悲しい結末にはなりましたが、それで動き出す運命もまた、あるというひとつの輪廻を私なりに描いたつもりです。


それではまた、どこかで。


2026/05/14 杜 妃湖

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