表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
43/43

43話 絶望(茜視点)

迫り来る無数の木の槍を睨み据えながら、私たちは、死線の中で最後の足掻きを始めた。


最初の一撃は、紙一重で避けた。

だが、避けただけだ。

丸太みたいな枝腕が地面を叩いた衝撃で、私と剣の体はまとめて吹き飛ばされた。湿った土の上を転がり、落ち葉と泥が服の中まで入り込む。


「っ、あ……!」

息が詰まる。肺の中の空気が一気に押し出され、喉の奥でひゅっと嫌な音が鳴った。


「茜!」

剣の声で、なんとか意識を繋ぐ。視界の端では、別のトレントが根を放ちながらこちらへ回り込もうとしていた。

囲まれる。そうなったらもうゲームオーバーだ。それだけは避けなきゃいけない。


私は無理やり起き上がり、両手を前に突き出した。

「止まれ……!」

足元へ水を叩きつける。びしゃりと水が広がり、土がぬかるむ。最前列の一体が足を取られ、巨体がわずかに傾いた。遅い。けれど、その一瞬が欲しかった。

「走るわよ!」

「どっちに!」

「知らない! でも止まるよりまし!」


半ば叫ぶように言って、私は剣を引っ張った。後ろから重い地響きが追いかけてくる。

私は走りながら、片手で後ろへ水を撒いた。地面をぬかるませる。動きを遅くするだけだ。それでもいい。一秒でも、一瞬でも長く時間を稼ぐ。


――どれだけの時間が経っただろう。

5分か、10分か、あるいはそれ以上か。

じっとりとした暗闇の森の中では、時間の感覚さえ狂いそうになる。


「はっ、あ、くそ……っ!」

剣の荒い呼吸が耳に刺さる。

途中で横の木立から不意打ち気味に放たれた枝を、剣は避けきれなかった。枝先が脚を掠め、膝の外側を強く打った彼は、それからずっと片脚を引きずっている。


私も無傷ではいられなかった。

背後を泥濘にするために何度も魔法を放ち、とうにMPは尽きていた。頭が割れるように痛い。おまけに、爆ぜた土塊の破片が頬を切り裂き、生温かい血が顎へと伝っていた。それでも、何とか立っていたのは私たちの意地なのかもしれない。


肺が焼けるみたいに苦しい。

体感ではもう何時間も逃げ回っている気分だった。けれど、周囲を取り囲むトレントの群れは、一切の疲労を見せずにじわじわと私たちの逃げ道を塞いでいく。

完全に、袋小路に追い詰められていた。


「茜、前……!」

剣の掠れた声に顔を上げる。

少し開けた場所に出た。隠れる場所すら残されていない、最悪の広場。そこへ、私たちの退路を断つようにして、さらに巨大なトレントが三体、ぬうっと影を落とした。


前後左右、どこを向いても、うごめく木々の壁。

「ここまで、かよ……」

剣が折れた警棒の柄を握りしめたまま、がくりと膝をついた。肩が激しく上下している。もう、立つ気力さえすり潰されるような絶望だった。


走馬灯のように昔を思い出す。

小学校低学年のころ、上級生に遊び場を奪われそうになって喧嘩した時も、新が剣と一緒に遊ぶために買った爆竹を持ってきて、上級生をビビらせて助けてくれたりしたな。そのあと、先生に信じられないぐらい怒られてたけど。


新なら。

ダンジョンが現れる前みたいに、いつも通りふらっと現れて、助けに来てくれるかもしれない。

心のどこかで、そんな子供みたいな奇跡をずっと信じている自分がいた。


でも、ここは探索も届かない深層だ。地上に連絡が届くだけでも時間がかかる。そこから新がこの深部まで降りてくるなんて、どれだけ早くても間に合うはずがなかった。


会いに来なきゃはったおすって私が言ったのに。


「茜」

剣が血の混じった唾を吐き捨て、私の前に這い出ようとする。

「次が来たら、今度こそ俺が前に出る。お前は、少しでも……」

「嫌だって、言ってるでしょ……!」


声が震えていた。涙と血が混ざって、視界がにじむ。

置いていけるわけがない。ここで誰かが欠けたら、何のためにここまで足掻いたのか分からない。




私たちの限界を悟ったように、周囲の巨木たちが一斉に太い幹を振りかぶる。

上空を埋め尽くす質量。

一撃でも掠れば、私たちの生身の身体なんて簡単に消し飛ぶ、今までも、時間稼ぎなどまるで意味ないと告げているかのような、圧倒的な暴力。


迫りくる幹に死を悟り、心の中で新たに謝る。


約束守れなくて、ごめんね…


私は、絶望に目を瞑った。


――その時だった。


大気が、爆発したように震えた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

すこしでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をしていただけるととても励みになります。


感想なんでも大歓迎です。誤字脱字、矛盾などでも、どしどし送ってください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ