35話 核
四相樹王の根が、波みたいに床を走る。
俺は霊体のまま、その軌道を読む。
太いのが三本。細いのが二本。
海の足元を狙っている。
俺はすぐに別の気配を拾った。
四相樹王の根元、さっき砕けた樹兵とは別に、もう一体。
切り離された苗木みたいな分体が、もぞりと動いている。
俺は迷わず飛びついた。
ぬるり、と意識が沈む。
【スキル『憑りつくLv3』】
【対象:樹兵】
【干渉率:中】
俺は樹兵の体で横へ走り、海の前へ割り込んだ。
そのまま腕を振り上げ、四相樹王の枝へぶつける。
当然、効かない。
だが視線は引けた。
太い枝が、こっちへ叩きつけられる。
俺はぎりぎりまで引きつけてから飛び退いた。
枝が床を砕く。
砕けた石が散る。
その隙に、海が裂け目の正面へ回る。
「あと一瞬、足を止めて!」
分かってる。
俺は樹兵の体を捻り、四相樹王の影へ意識を向けた。
【影縫いを発動しました】
巨大な影が、ほんの一瞬だけ石床へ縫い止められる。
止まった。
完全じゃない。
でも、一瞬で十分だ。
海がその瞬間を逃さなかった。
左手で小瓶の栓を抜き、そのまま裂け目へ向かって投げる。
粘度の高い緑灰色の液体――樹液凝固剤。
裂け目の縁にぶちまけられたそれが、幹の内側へ絡みつく。
じゅ、と妙な音がして、内側を巡る樹液ごと固まり、青い核へ集まる水の流れまで鈍った。
「効いてる!」
海が叫ぶ。
だが、それだけじゃ足りない。
四相樹王がすぐに緑の光を強く脈打たせる。
凝固した部分の周囲から新しい樹液が滲み出し、無理やり押し流そうとしてくる。
再生が早い。
海が青白い板を睨んだまま、低く言う。
「外側の再生は速い。でも、核そのものの修復は遅い……!」
「今の戦闘中に、青が完全に戻ることはないはず!」
そこまで言った直後、青い光が明滅した。
水弾が来る。
俺は樹兵の体を横へ倒し込む。
だが、避けきれない。
水弾が樹兵の肩口を吹き飛ばし、木片が散った。
半身が砕ける。
その瞬間、俺自身の芯まで削られたみたいな痛みが走った。
【HP:20/20 → 18/20】
「っ……!」
憑りつきを解除する間もなかった。
樹兵が受けたダメージの一部が、そのままこっちに返ってくる。
海が歯を食いしばる。
「一回じゃ駄目。もっと深く通さないと!」
爆弾と火炎筒がまだ残っている。
しかし、火炎筒は青い核を破壊した後の切り札だ。そうなると、残りは必然的に爆弾しかない。
でも、あの裂け目の奥に直接入れないと、青い核までは届かない。
どうする。
四相樹王が、今度は赤い光を脈打たせる。
燃える枝が持ち上がる。
黄色の光も続いて脈動し、床が盛り上がる。
海の逃げ道が潰される。
まずい。
俺は砕けかけの樹兵で無理やり突っ込んだ。
燃える枝の真正面へ。
当然、叩き潰される。
だが、それでいい。
枝がこちらへ意識を向けた分だけ、海の方が空いた。
――そう思った次の瞬間、樹兵の体がまとめて砕け散った。
木の腕が折れ、胴が割れ、根ごと引き裂かれる。
そしてまた、嫌な痛みが霊体の奥を抉った。
【HP:18/20 → 15/20】
「ぐっ……!」
二度目だ。
さっきより重い。
一部分じゃない。
樹兵の体そのものが潰された分だけ、返ってくる痛みも深い。
海がその隙に裂け目へさらに踏み込む。
四相樹王の幹が軋む。
青い光が強く脈打つ。
また水を使うつもりだ。
その瞬間、さっきからの動きを見ていて分かった。
水弾を撃つ直前だけ、裂け目の奥が大きく開く。
青い核が一番見えるのは、その瞬間だ。
「……撃たせるのね!」
海もそのことに気付いたようだ。
四相樹王が、今度は海を正面から狙う。
青い光が集まる。
裂け目の奥で、水の核がはっきり見えた。
海は逃げない。
左手に爆弾を握ったまま、ぎりぎりまで引きつける。
その瞬間、床を這った細い根が海の左足首に絡みついた。
「っ!」
体勢がぶれる。
転びかける。
それでも海は無理やり踏み止まった。
「今!」
俺はその声と同時に、四相樹王の影へもう一度意識を突き立てた。
【影縫いを発動しました】
巨体が、わずかに止まる。
ほんの一瞬。
でも、水弾を放つ直前の溜めがずれた。
海が滑り込むように半歩前へ出る。
そして、裂け目の奥、青い光へ向かって爆弾をねじ込むみたいに投げつけた。
命中。
爆弾が爆ぜる。
裂け目の中で、鈍い爆発音。
続いて、青い光が大きく明滅した。
次の瞬間、根の絡まりは緩まり、海は全力で横へ飛ぶ。
四相樹王の巨体が揺れる。
だが、まだだ。
青は消えない。
核にひびが入っただけだ。
「浅い……!」
海が悔しそうに吐く。
脇腹を押さえながら、それでも立ち上がる。
四相樹王が怒ったように全身を震わせる。
根が荒れ狂い、枝が無差別に振るわれる。
再生も加速している。
時間がない。
俺は周囲を見回す。
もう樹兵はいない。
使える体がない。
なら――海だ。
一瞬だけ迷った。
今の四相樹王は、さっきまでよりさらに暴れている。
まともに入って動いても、重すぎる相手には変わりない。
でも、やるしかない。
俺は海へ飛び込んだ。
ぬるり、と意識が沈む。
【スキル『憑りつくLv3』】
【対象:岩神 海】
【干渉率:高】
海のケースの中身を掴む。
残っているのは、月下草の粉、鉱石の欠片、魔石の欠片。
即席で作れるものは限られている。
それでも十分だ。
【錬金を発動しました】
掌の中で、細く鋭い鉄杭が一瞬で形になる。
即席の炸裂杭。
四相樹王が、再び青い光を脈打たせる。
さっき壊れかけた核を庇うように、裂け目が狭まる。
俺は治す時間を奪うために、海の体で一気に踏み込んだ。
根が足首を狙う。
枝が横から薙ぐ。
全部、紙一重で躱す。
憑りつきの効果でステータスが上がっているだけあって、海の体じゃないみたいに軽い。
裂け目の正面へ滑り込み、俺は左手の炸裂杭を青い核へ突き立てた。
硬い。
でも、さっきのひびが残っている。
そこへ、さらに叩き込む。
ひびが広がる。
次の瞬間。
刺し込んだ杭が内側で膨らみ、炸裂した。
青い核が、内側から砕け散る。
鈍い破裂音。
冷たい水の奔流。
砕けた青い光が、裂け目の奥から雨みたいに零れた。
四相樹王が、今までで一番大きく軋んだ。
海の体で後ろへ飛び退きながら、俺は確信した。
青い核は、壊した。




