31話 出会い
1階層の終わりが見えた時には、最初の頃ほど息も乱れなくなっていた。
解析で表示される魔物の情報。
錬金で作れるもの。
魔石の質。
どれもこれも面白い。
怖さが消えたわけじゃない。
でも、知りたい気持ちが勝っていた。
2階層の途中で、初めてコボルトを見た。
ゴブリンともワイルドウルフとも違う。
小柄なのに、目が明らかに理性的だ。
しかも、火球を使った。
その瞬間、私は興奮で震えた。
魔法。
本当に、魔法だ。
見惚れた代償に、危うく焼かれそうにもなった。
その時ばかりは、流石に自分の馬鹿さ加減に笑えなかった。
でも、同時に思った。
ここには、まだ見たことのないものがいくらでもある。
だったら、止まれるわけがない。
3階層へ降りた時、私は少しだけ浮かれていたのかもしれない。
ここまで来られた。
ちゃんと潜れている。
しかも、まだ生きている。
その自信が、ほんの少しだけ判断を鈍らせた。
最初に見つけた痕跡は、深い足跡だった。
オークかもしれないと思った。
でも、形が少し違った。
次に見つけたのは、壁についた浅い斬り痕。
そして、水に濡れたような石床。
その時点で、引くべきだったのだ。
けれど私は進んだ。
見たことのないものの匂いがしたからだ。
開けた場所へ出た瞬間、それはいた。
人型。
深緑の鱗。
長い尾。
片手に剣。
そして、もう片方の手に浮かぶ水の塊。
一目で分かった。
今までの魔物とは違う。
息を呑む。
でも、もうすでに相手のテリトリーの中に入ってしまっていた。
リザードマンの目が、こちらを向いた。
速い。
気づいた時には、水弾が飛んでいた。
避けた。
でも、次に来た剣は避けきれなかった。
右腕が熱く裂けた。
遅れて、痛みが来る。
声が出たのかも分からない。
ただ、反射で白煙玉を投げていた。
相手の視界が煙で切れる。。
その隙に、私は逃げた。
情けないくらい必死に。
観察も採取も、全部放り出して。
ただ死にたくなくて、通路を曲がり、壁にぶつかり、血を垂らしながら走った。
何度も追いつかれると思った。
実際、途中で水弾が岩を抉る音も聞いた。
でも、運よく距離が開いたのか、あるいは向こうも深追いしなかったのか、いつの間にか気配は消えていた。
そこでようやく、私は壁にもたれた。
右腕が使えない。
血が止まらない。
まずい。
ここでやっと、ようやく、本気で死ぬかもしれないと思った。
私は震える手のまま、青白い板へ意識を向けた。
【合成レシピを発動しました】
表示が切り替わる。
作成可能:
携帯食料
簡易止血剤
発火補助剤
そこに、本命はなかった。
私は小さく眉を寄せる。
「……回復薬は?」
そう呟きながら、今度は頭の中で作りたいものを強く思い浮かべる。
傷そのものをまともに治せる薬だ。
すると、青白い板が揺れ、別の表示へ切り替わった。
【必要素材が不足しています】
【回復薬の作成には以下の素材が必要です】
見たことのない名前が並ぶ。
私は息を呑んだ。
「材料まで出るの……?」
月下草。
魔石。
月下草、見たことも聞いたこともない。
でも、名前があるなら調べられる。
私はすぐにその中の一つへ意識を向けた。
【解析を発動しました】
青白い板が、静かに情報を返してくる。
【対象:月下草】
魔力がある場所にしか群生しない草。
【群生域:5階層以降】
一瞬、呼吸が止まった。
「五階層……」
必要な材料は、今いる階層にはない。
私はしばらく青白い板を見つめ、それから小さく息を吐いた。
だったらなるべく戦闘を避けて――行くしかない。
その判断が正しかったかどうかは、今でも分からない。
傷を押さえながら進んだ先で、今度はオークに見つかった。
さらに悪いことに、ワイルドウルフまでいた。
絶対絶命だ。
右腕は使えない。
逃げる足も鈍っている。
それでも、私はすぐには諦めなかった。
必死に逃げようと、走り回る。
でも、じりじり追い詰められていく。
だめだ。
流石に、これは。
ここまでかもしれない。
その時だった。
横から、ワイルドウルフに白い何かが飛び込んだ。
その瞬間、ワイルドウルフの動きが、おかしくなる。
明らかに私を庇うように、オークへ食らいついた。
一瞬、意味が分からなかった。
オークがよろめく。
私は反射で残っていた爆発物を投げつける。
そして、魔物が魔物を助けるみたいな、理解不能な光景が始まった。
私は痛む右腕を押さえながら、その異様なワイルドウルフを見つめる。
「……なに、あれ」
恐怖より先に、好奇心が勝った。
間違いない。
あれは、普通の魔物じゃない。
それは、私の研究者人生の中でも、一番面白くて、一番おかしな出会いだった。
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