1話 地球にダンジョンが出来た瞬間に死んだらゴーストになった
20話ほど書き溜めてありますので、18時にストックがなくなるまで毎日投稿します。
2025年7月、東京、新宿。
朝の新宿駅東口は、いつも通り人で溢れていた。信号待ちの列、広告モニターの騒がしい映像、観光客の笑い声、スマホを見ながら歩く会社員。誰もが、次の一時間も同じ日常が続くと信じている顔をしていた。
霊山新もその一人だった。
寝坊の常習犯である俺は、いつも通り学校が始まるちょっと前の時間に新宿にいる。
幼馴染にまた寝坊かとメッセージが送られてくるのもいつものことだ。
高校に向かう前にコンビニで買ったペットボトルを片手に、今日の昼飯を学食の100円で食べれるうどんにしようかな、なんてことを考えながら、人波の中を歩いていた。
異変は、前触れなく起きた。
低い地鳴りが、足元から響く。
最初は遠くで大型車でも通ったのかと思った。だが振動は一瞬で強くなり、新宿駅前の広場全体が不自然に軋み始める。
「え、なに……?」
誰かがそう漏らした直後だった。
広場の中央が、爆ぜた。
アスファルトが真下から突き破られ、コンクリート片が跳ね上がる。悲鳴と粉塵の向こうで、巨大な“門”がゆっくりと姿を現した。
黒い石でできた、異様な門だった。
表面には意味のわからない文字が脈打つように刻まれ、内側には景色がない。ただ底の見えない闇だけが渦を巻いていた。
一瞬、駅前が静まり返る。
その静寂を破ったのは、若い男の悲鳴だった。
「な、なんだよこれ!?」
次の瞬間、群衆が崩れた。
逃げようとする者、立ち尽くす者、スマホを向ける者、誰かにぶつかって怒鳴る者。ついさっきまで秩序あった人の流れが、一気に恐慌へ変わる。
霊山は門から目を離せなかった。
闇の奥で、赤い光が灯ったからだ。
それが目だと気づいたときには、もう遅かった。
黒い獣が飛び出してくる。
狼に似ている。だが、絶対に普通の狼じゃない。全身は煤けたような黒い毛に覆われ、異様に長い爪がアスファルトを引っ掻き、口元から剥き出しの牙が覗いている。何より、その目には生き物らしい温度がなかった。ただ冷たい殺意だけがあった。
3匹。
それだけで、人々を絶望に落とすには十分だった。
「逃げろぉっ!」
誰かの叫びを合図に、人々が一斉に走り出す。押され、転び、誰かが泣き叫ぶ。だが霊山の視界に入ったのは、その喧騒の中でたった一人、取り残された小さな影だった。
女の子だった。
5歳か6歳くらい。誰かにぶつかられたのか、尻もちをついたまま立てずにいる。母親らしき女性が少し離れた場所で振り返り、青ざめた顔で手を伸ばしていたが、間に人が殺到していて近づけない。
黒い獣が、その子のほうを向いた。
霊山は考えるより先に走っていた。
「危ない!」
叫びながら女の子へ飛び込み、その体を抱えて地面を転がる。直後、さっきまでいた場所を鋭い爪が抉った。砕けたアスファルトの破片が頬に当たり、鋭い痛みが走る。
近い。
獣の息がかかるほど近い。口から漂う臭いは、血と鉄と、何か腐ったものを混ぜたような嫌な臭いだった。
霊山は女の子を抱き起こそうとした。だが足を捻ったのか、その子はうまく立てない。泣きながら息を詰まらせ、声にならない声を上げている。
このままではまずい。
頭ではそうわかっていた。
それでも、自分だけ逃げるという発想は出てこなかった。
黒い獣が身を低くする。
飛びかかる構えだ。
霊山は女の子を背中に庇った。
目の前いっぱいに、黒い影が広がる。
次の瞬間、胸に熱い杭を打ち込まれたみたいな衝撃が走った。
何が起きたのかわからなかった。
一拍遅れて、それが獣の爪だと理解する。
服ごと肉を裂かれ、骨の奥まで食い込むような激痛。肺の空気が一瞬で抜け、喉から掠れた音だけが漏れた。
痛い。
熱い。
苦しい。
獣が爪を引き抜く。
同時に、自分の体から何かが大量に失われていく感覚があった。膝が折れ、視界が傾く。女の子の泣き声が遠くなる。
それでも、最後に見えたのは、母親が女の子を抱き上げる姿だった。
助かったのか。
なら、まあ――。
そこで霊山の意識は途切れた。
◇
気がつくと、霊山は立っていた。
いや、立っているというより、そこに“浮いていた”と言ったほうが近い。
足の裏の感覚がない。呼吸もない。心臓の鼓動も聞こえない。なのに意識だけは妙にはっきりしていた。むしろ生きていたときより、周囲の音が輪郭を持って聞こえる気さえする。
遠くでサイレンが鳴っていた。
泣き声と怒号と、逃げ惑う足音。世界が壊れる音が、新宿駅前に満ちている。
霊山は胸を押さえようとして、手を止めた。
自分の手が、透けていた。
向こう側の道路が見える。指先の輪郭は曖昧で、煙のように揺れていた。
何だこれ、と叫んだつもりだった。
だが声は出ない。
喉に力を入れても、息すら漏れない。耳に届くのは周囲の喧騒だけで、自分の声だけがどこにも存在しなかった。
混乱したまま足元を見る。
そこに、自分が倒れていた。
胸を深く裂かれ、血だまりの中で動かない男。見間違えるはずがない。さっきまでこの体に入っていた、自分自身だった。
理解が追いつかなかった。
死んだ、という言葉が頭をよぎる。だがだったら、今ここで物を考えている自分は何なのか。
そのとき、視界の中央に青白い板が浮かんだ。
【ステータス】
名前:霊山新Lv01/20
種族:ゴースト
HP:10/10
MP:12/12
攻撃力:1
防御力:1
俊敏:9
魔力:8
スキル:霊体/憑りつくLv1/闇魔法Lv1/物理攻撃無効/進化ガイド
称号:ファーストデッド
さらに文字が追加される。
【称号『ファーストデッド』を確認】
【効果:ダンジョンの魔物に世界で最初に殺された者へ与えられる】
【特殊効果:死亡時、ゴーストとして再起する獲得スキル進化ガイド】
霊山は、その文をしばらく理解できなかった。
世界で最初に殺された者。
死亡時、ゴーストとして再起。
文字を追うたびに、冷たい現実だけが胸の奥へ沈んでいく。
自分は死んだ。
あの獣に殺された。
そして、ゴーストとして生き返った。
冗談みたいな話なのに、目の前の自分の死体が、それを否定させてくれない。
そこで視界の端に、黒い獣が映った。
あの化け物は、まだ新しい獲物を探している。少し離れた場所で、逃げ遅れたスーツ姿の男が腰を抜かしていた。
止めなければ、と思う。
だがどうやって。
殴ろうとして手を伸ばす。
自分の腕は、倒れた自転車のハンドルをすり抜けた。
物に触れられない。
いや、ステータスに書いてある、スキルの霊体の影響だろうか。
いや、今は原因を探っている暇もない、自分はもう直接殴ることすらできないのは揺るがない事実だ。
喋れない。
触れられない。
人間ですらない。
最悪だ、と霊山は思った。
だが、終わりではないとも思った。
まだ考えられる。
まだ動ける。
まだ、何かはできる。
頭をフル回転させながらステータスを見る。
戦闘に使えそうなスキルは2つ。
憑りつく。
闇魔法。
この状況を打破するには、今の自分に与えられた手札うまく使いこなすしかないことだけはわかった。
ひとまず、闇魔法で攻撃をしようと試みた。
しかし、うんともすんとも言わない。
黒い獣が、腰を抜かした男へまた一歩近づく。
男は恐怖で固まったまま動けない。
霊山は迷わなかった。
自分を殺したあの化け物に向かって、地面を蹴ることもなく、風みたいに滑るように飛ぶ。
俺以外の犠牲者を出してたまるかと、自分を殺した魔物へと憑りついた。
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