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つきのひとみ  作者: 高橋 耶那
零のカイ 曰くつきの地学教室
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(ひいらぎ)は、部活はどうするの?」


 春セミナーや学力調査など、たいていの大事な行事が終わって、少し落ち着いてきた時期。


 体育館で部活動紹介を見て、皆で列をなしてぞろぞろと教室に帰って来たあと、10分休憩の時間に(りょう)がそう柊に訊ねた。


 んー……と少しの間唸る。


「まだ決めてないけど……、文化部にしようかな、とは」

「あー、やっぱり? 運動系のはやっぱ厳しいしね~」

「ああ。休みが部活で埋め尽くされるのは、中学で充分」

「だよねー」


 中学では、柊と諒は陸上部に所属していた。部員が皆面白い人ばかりで楽しかったから途中で辞めるようなことはなかったけれども、練習はやはりきつかったし、週末は土日のどちらも部活で潰れてしまっていたため、高校でまで続けようとはふたりとも考えていなかった。


 そもそも柊が陸上部に入ったのは、薑子(きょうこ)に「中学のうちは運動部に入って体力つけときなさい。大人になって後悔したくなかったらね」と言われたからというのが大きかった。本当は図書部あたりの静かな部に入りたかったのだが、その後に続いた「ただでさえひぃは細っこくて折れそうなんだから、筋肉くらいはつけなさい」という言葉に反抗心を抱いた結果、柊は陸上部を選んでしまった。


 体力もついたし、人との接し方を学んだり諒と仲良くなるきっかけを作った良い経験だったとは思う。が、真冬の早朝4時に起きて大会の会場に向かい、タンクトップ型のランニングシャツに、丈のごく短いランニングパンツというまったくひどいユニフォームを身につけて、上にウィンドブレーカーを重ねているとはいえ風の冷たさに身を切られ、ぶるぶる震えながらアップをするような思いはもうしたくない。ただでさえ低血圧で朝に弱い柊にとっては、あれは苦痛でしかなかった。


「文化部だったら、どれ? 今のところで良いから」

「うーん……」


 何かを作るような、例えば美術部だとか文芸部だとかの部活は遠慮したい。


 柊は器用ではあるが、自分が作り出すよりも見たり読んだりする方が好きだった。


 それに、何かを新しく産み出すというのは、多大なエネルギーがいるものだ。以前美術部のクラスメイトが話していたが、大きな作品を作るときは、何をしていても「あ、これ画材に使えるかも」だとか「これ資料用に撮っとこ」だとか「この番組の内容、構想を練るのに役立つわ」だとか考えるようになるらしい。常にそんな思考につきまとわれるのは、少なくとも柊はごめんだった。


 筝曲部や茶道部、華道部などは、屋敷でさんざんやったがために柊は得意だったが、外に出てまでやりたいものでもない。


 写真部には興味があるが、いかんせん機材が高い。薑子には「高校生活に必要なものがあれば、お金出してあげるから言いなさい」と言われているものの、流石に10万ほどもかかるものをねだろうとは思えなかった。


 なにせ自分は居候している身だ。家事を任されてはいるが、それだけで恩を返せるとは考えていない。


 そも、柊の事情は本来、薑子にはあまり関係がないのだ。巻き込んでしまった迷惑料すら充分に払えていないのに、必要のない出費を薑子にさせられるほど、柊は図太くなかった。


 この高校は国際交流に力を入れているらしく、英語のスキルを高めるための部活動もふたつほどあった。ひたすら外国人教師と会話をするE(イングリッシュ)C(コミュニケーション)部と、外国の様々な文化を学ぶために、英語の映画や歌に触れる国際文化研究部。入部したら、それはもう英語の成績が上がりそうである。けれども、英語を苦手としている柊にとっては、例え頼まれたとしても入りたくない部であった。


 協力と練習が必要な吹奏楽や合唱といった音楽系の部活も、人に無関心かつ何かと忙しい柊には、入部は難しい。高校では余裕のある生活を送ると決めているのである。


「……文献研究部……?」


 結局、不都合がなく、自分が興味がある部活といえば、それくらいしか思い当たらなかった。いっそのこと帰宅部という最強の部活動──しかも入部届けがいらないというお手軽手続き──に入っても良いのだが、それはおそらく薑子に阻止されるだろう。それに、入部届けはいらないものの、どこにも入部しない理由を書かなくてはならないため、それはそれで面倒だった。


「けんけんぱ?」

「文献研究部」

「なにそれ。聞いたことないんだけど」


 柊が頷いて同意を示す。


 本当に、今までの人生で一度も聞いたことがない。研究機関だとかでならばあるかもしれないが、学校の部活動でこんなものを発見したのは初めてだ。


「ていうかそんなの、部活動紹介のときにあったっけ?」

「なかった」


 柊が即答すると、諒のその半目の開き具合がちょっと大きくなった。


「え?」

「全部終わったあと、先生が少しだけ言っていたろ。今日説明する予定だった人が休みだったんだと」


 先程の部活動紹介の様子を思い起こしながら柊が言う。諒が不服そうに唇を尖らせた。


「そんなの覚えてないし。ていうかそれなら、代わりの人が喋ればよくない?」

「部員数が少ないらしい。それこそひとりとかふたりとか」


 競技かるた同好会と囲碁・将棋部も同様らしく、競技かるたの方は部員のふたりが自分たちで紹介していたが、囲碁・将棋の方は、これもまた教師の説明のみだった。


「今にも廃部になりそう……」

「そうだな」


 実際、囲碁・将棋部は実績があるから廃部にはならないだろうが、競技かるた同好会と文献研究部は存続が危ぶまれているらしい。特に、競技かるたは自分たちで言っていたからその情報は確かだと思う。


「そもそも、文献研究部ってなにする部? 文芸部とは違うの?」


 柊はぺらぺらと、配られた部活動の説明が載っている冊子を捲る。


 「文献研究部」の(ページ)を見つけると、柊の机に開いた状態で置き、諒とふたりで覗き込んだ。


文献研究部(ぶんけんけんきゅうぶ):

 省略して文研。

 この場合の「文献」とは、広義で言う「研究の参考資料」のことではなく、「古い時代に遺された書物」のこととする。なお、類語として「古典文学書」が挙げられる。

 主に日本の古典──古文を扱う。

 注釈:奇人、変人が集まりやすい。

 活動場所:北館3階地学教室

 活動日時:活動場所に誰か居るとき


 ほぼ同時に顔を冊子から離し、ふたりで顔を見合わせる。柊は無表情を、諒は何とも言えない奇妙な顔をしていた。


「……なにこれ」

「部活動内容説明」

「これじゃあ活動内容が何もわからないんだけど」

「そうだな」


 よくこれで載せる許可がおりたな。諒が呆れたように呟いた。


 他の部が何かのイラストをつけているのに対して、文献研究部は文字だけ──しかもそっけない教科書体の──だったから、それもまた異質なように思える。


 高校になると、やはりだいぶそのあたりがゆるくなるんだろうか、と柊が高校への間違った解釈を口にする前に、諒が口を挟んだ。


「いや、もっとツッコもうよ。なにこの『注釈:奇人、変人が集まりやすい』って。これ自分で申告してんの? 私変人ですよって? おかしいだろうよ」

「自覚のある変人さんなんだろ」

「そもそもこれじゃあ『文献研究部』の説明じゃなくて『文献』っていう言葉の説明じゃん。誰も求めてないっての。内容を記せよ内容を」

「まずは1番大事なところを教えとこうってことじゃないの」

「大事なところはもっと他にあるだろ!」


 諒が掴んで机に叩きつけた冊子が、パァン! と破裂音をさせた。


 それ、冊子も机も俺のなんだが……。


 微妙な気持ちになりつつも、柊はしばらく諒のご乱心の様子を見守る。


 うがーっと一通りツッコんで気がすんだのか、諒がちょっと冊子を撫でてから、そっと机に置き直した。一応申し訳ないとは思っているらしい。


「……まあでも、ミステリアスで面白そうだろう」

「……そうだねー…………ま、高校にはミステリーとファンタジーがあるべきだよね」


 でた。


 柊は内心ほくそ笑む。


 「人生には不思議と幻想的出来事があるべきだ」。これは諒のちょっとした口癖だった。


「今日──は部員が居ないかもしれないから、明日の放課後、体験に行ってみるか」

「……しょうがない。気になるから一緒に行ってあげようじゃないか」


 往々にしてその口癖は、諒の機嫌がいいときに出てくる。


 つまり、見た目には鷹揚に腰に手を当てて半目をし、仕方がなさそうに見せているが、胸中では風変わりな「文献研究部」の存在を面白がっているのだ。


 じゃあ、明日掃除が終わったら行こう、と柊が締めくくって、次限開始の時間が迫っていたので、ふたりとも席に座った。


 果たして文献研究部はどんな奇人変人が集まる、どんな愉快な場所なのか。


 日直の号令で挨拶をしながら柊と諒は、そればかりを考えていた。




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