34.生贄っぽいの?
「エリアナっ、無事でよかった⋯⋯」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるセシルはいつもの余裕なんてなくて、本当に心配してくれて、懸命に捜してくれていたように息があがっていて。
あんな事をした彼とは思えなくて。マオくんの言う通り、何か誤解があるのかもしれないと思った。
「セシ――――」
「エリアナ、怪我はない? ⋯⋯その服はどうしたの?」
体を離したセシルが怪訝そうな顔をする。
そういえば、私が元々着ていた服は汗やら土やらで汚れていたから、バスタブ(ベッドらしいが)に入っていた服を着たんだった。薄手のアイボリーのワンピースだ。安物っぽいけれど。
「お風呂に入ったから⋯⋯」
「清められたの?! 生贄にさせられそうだったの?!」
「いや、違うわよ?」
どんな勘違いだと思ったが、セシルにはここがちゃんと魔王殿に見えているのかもしれない。さすがだ。
⋯⋯私? 私はほら、魔王殿って初めて見たからね。初見だから。大衆浴場だと思っちゃってもしょうがないわよね。
「とにかく、私はここに辿り着いてお風呂に入ってただけだから、大丈夫よ」
今の私よりもセシルの方が酷い格好をしている。綺麗な顔も汗と土で汚れているし、所々擦り傷も見える。そんなワイルドなセシルもかっこいいのだが、傷はよくないわよね。
「セシル、腕出して。傷治してあげる」
光魔法は癒しの力。体力回復や、傷を治すことができる魔法。私も斜面を転がり落ちた時にできた傷は魔法で治したのだ。
しかし、セシルは首を横に振ると、またぎゅっと抱きしめてきた。今度は弱々しい力で、優しく。
「エリアナ、ごめん。君の気持ちを考えずに酷いことをした」
セシルなんて大嫌い、もう二度と会いたくない。
⋯⋯そう思っていたのに、いざ目の前にくると胸がぎゅうっとして、抱きしめられるとドキドキとする。私はやっぱりセシルが好きなんだと、嫌でも実感させられる。
「エリアナが僕の知らない所でヘンリックと仲良さそうにしていたのが嫌だったんだ。⋯⋯嫉妬したんだ、ごめん」
「しっと⋯⋯?」
嫉妬? 嫉妬というのは、想い人や恋人が別の異性と仲良くしているとしてしまうもの、よね? セシルが私に⋯⋯? なんで⋯⋯?
わけがわからなくて、ちゃんと目を見て話したいと思った。セシルの胸を押して体を離すと、見上げたセシルは酷く傷ついた顔をしていた。
「⋯⋯好きだよ、エリアナ。君が他の男といると嫉妬してしまうくらい。誰にも渡したくない、僕だけが独り占めしたいくらい好き」
セシルが、私のことを好き? 独り占めしたいくらい?
セシルが私の頬に手を添える。彼は今にも泣き出しそうに辛そうな表情をしている。
「君が僕と同じ気持ちを返してくれなくてもいいんだ。君が僕を嫌いでもいい。ただ、僕は君を好きすぎて、手放すことはできない。⋯⋯ごめんね」
辛そうな、寂しそうな表情の彼は滅多に見ない。でも私はいつもみたいに彼の顔にときめけなくて、むしろズキンと胸が痛んだ。
「だから、僕と一緒に帰ろう? もうあんな事しないから、お願い」
頬に添えられた手は少し震えていて、私はセシルをたくさん傷つけてしまったのだと気づいた。嫌いでもいいって言葉では言うけれど、私に拒絶されるのが怖いのだろう。
⋯⋯違うの。私は、セシルを嫌いじゃないの。むしろ、好きで好きで大好きで、たぶん、セシルと同じ気持ちの『好き』で。
「セシル、私は――――」
私も貴方が好きなのだと、伝えようとした時――――ガヤガヤと大勢の人の声と足音が聞こえてきた。
「――――セシルっ! エリアナの嬢ちゃん! 見つかったか!!」
「ヨルムさん⋯⋯?」
ヨルムさんの他にも傭兵さんや、町の人たちまでわらわらとやって来た。
⋯⋯どうしたんだろう?
「ど、どうした嬢ちゃん! 生贄にでもされかけたかっ?!」
「え? いや、違います」
なんでみんないの一番に生贄にされたか心配するのかな? 私のこの服が生贄っぽいの?
ヨルムさんが私に「無事でよかった」と言ってくれ、町の人たちも口々に「もう家出するなよ」と言ってくれて、みんな私を捜しに来てくれたのだと気づいた。
「つーか、ここはヤバい。なんかわかんねぇがすげぇヤバい感じがする。とっととここから出るぞ!」
「ヤバい⋯⋯?」
ヨルムさんが強面の顔を青ざめさせている。町の人達も顔色が悪い人が多いみたいだ。セシルもその意見に同感のようで、「わかりました」と頷くと、私を横抱きにした。所謂お姫様抱っこである。
「ひゃわっ」
「ごめんね、家に帰ったら怒ってくれていいから、今はとりあえずここを出よう」
自分で歩くからと言おうとしたけれど、セシルもヨルムさんたちもすごく真剣な表情で、私は大人しくセシルに抱えられながら町まで戻ったのだった。
◇◇◇
家に帰ると、ダリアが泣きながら抱きついてきた。どうやら私を捜して町中を駆け回って、町の人に協力を仰いでくれて、私が帰って来るのをずっと待ってくれていたらしい。
「ダリア、心配かけてごめんね」
「本当だよっ! 今度セシルさんと喧嘩したら森なんて行かずにあたしの所に来てよねっ! 匿ってあげるから!」
「ありがとう」
⋯⋯そっか。短い付き合いで、嘘をついている事もあって、隠している事もあって、そんな私たちの友情だけど、確かに育まれているものもあるんだ。
ダリアも、町の人たちも、こんなにも私を心配してくれる人がここにはいたんだ。⋯⋯私、どうして何にも気づかずに捨てようとしてたんだろう。
「ダリア⋯⋯ごめんね、ありがとう⋯⋯」
ポロポロと涙が零れた。これは、温かい気持ちの涙。
ここに戻ってきてよかった、あのまま姿を眩ませなくてよかった、セシルが迎えに来てくれてよかった。
私とダリアはそのまましばらく二人で泣いた。町の人たちからも軽いお叱りを受けて、「ごめんなさい」と「ありがとうございます」をたくさん伝えた。




