エピローグ
聖武局本部襲撃事件から二日過ぎた。朝日が照らす中、僕は中央区画にあるとある場所に来ている。そこは丁度一軒屋位の広さを持つ建物だ。内部にはカウンターがあり、その奥には中年男性が座っていた。 今ここにいるのは僕とサキエさん。そしてファルと中年男性だけだ。
「ここは一体、何の場所なのだ?」
一緒に来たファルが、僕に質問する。
「ファル、ここは料金所だよ。斃した〈デーモン〉の賞金が出る所だ」
「そうか……。ではリオ、私の報奨金も出るのか?」
「うん。ちょっと、待っていて。サキエさん」
「シャドー・ストーカー! 出て来て料金所の男性に、〈幽界の森〉でわたくし達が斃した〈デーモン〉と、今回の襲撃事件によって斃した〈デーモン〉を言いなさい」
サキエさんの呼び出しに、シャドー・ストーカーは応じ、彼女の影から現れる。
「命令を受諾。〈スポーン〉を四十匹。〈ディストラクション〉を三頭。〈ダーク・アイ〉を十体。そして男爵級〈デーモン〉を三体に、公爵級〈デーモン〉を一体です」
シャドー・ストーカーの申告に料金所の中年男性は、
「ちょっと、待ってってね?」
ソロバンを出して、料金を割り出す。
だが、ファルは料金所の男性に待ったを掛ける。
「ちょっと待て。貴公はシャドー・ストーカーの言葉を鵜呑みにするのか?」
ファルの疑問に答えたのはサキエさんだった。
「ファルシス。〈ネフィリム〉は、斃した〈デーモン〉の数を正確に憶えている者だし、嘘を吐けない様に出来ているのよ」
「どういう事だ? サキエ」
「嘘の申告があっては堪らないでしょ? だから申告については、嘘を吐けない様に出来ているの」
「しかし、公爵級の〈デーモン〉を斃した場所に、シャドー・ストーカーはいなかったぞ? これはどういう事だ?」
「それについては、ファル姐さん。オレっちが説明スるっスよ」
行き成りバーリーさんが出て来た。
相変わらず、神出鬼没な御仁だ。後ろに控えているユキラさんもだが……。
「シャドー・ストーカーは、影さえあれば何処にいても把握出来るっス。だからファル姐さんとリオっち、サキエちゃんの活躍も把握していたと思われるっス」
「ふむ。それは便利だな……」
ファルが感心していると料金所の男性の算出が終了する。
「全部で五五二〇万六〇〇〇フラムですね」
そう言って料金所の中年男性は、五五二〇枚の金貨と六枚の銀貨が入っているだろう料金袋をファルに手渡してくる。
「さて、これをどう別けるかだが……料金所の御主人。これは一体どうやって換算したものなのだ?」
「ええと……公爵級〈デーモン〉が五〇〇〇万フラム。男爵級〈デーモン〉が三体で三〇〇万フラム。残りを合わせて二二〇万六〇〇〇フラムです」
「そうか。ありがとう、御主人。さて私は五〇〇万フラムでよい」
ファルがそう宣言すると、今度はサキエさんが、
「わたくしも、五〇〇万フラムでいいわ」
「ちょっと、サキエさん、ファルも何を言っているの? それじゃあ少なすぎるよ!」
「リオ。何を言っているのはお前の方だ。お前自身はお金を貯めなければならぬ身。我々の事を気にする必要性は無い筈だぞ!」
「そうよ。ファルシスの言う通りよ? リオ君……有り難く残りを貰いなさいな?」
「二人共……ありがとう」
僕は涙ながらファルとサキエさんの好意に甘える事にした。
つまり、四五二〇万六〇〇〇フラムを頂き――銀貨六枚は差っ引くとして――残り四五二〇万。金貨にして四五二〇枚。で、残り九五四八〇枚の金貨が必要となる。だが、これで目標金額の道が見えてきた。妹の手術代金まで思ったより時間は掛かりそうにない。
「そういえば、あの者達の処遇はどうなったのだ?」
「ファル。あの者達って、ポリー特尉とジャクソン特将の事?」
「うむ。そうだ。リオ、教えてくれぬか?」
「ポリー特尉は懲戒解雇。ジャクソン特将は聖武局本部を危うく壊滅させた罪により、投獄させられたよ。彼が今回の騒動を起こした理由は、ブルーミル師聖かアシュタール師聖を貶める為にやったそうだ。 そのどちらかが師聖の座を失えば、席は空くからね。どうやらジャクソン特将は、師聖の座を狙っていたみたいだ。後で分かった事だけど、どうやらジャクソン特将は他の師聖に自分が師聖に推挙して貰えるようにゴマを擦っていたみたいなんだ。それと彼の実家は元々魔導士の家系だったみたい。因みに軍需工業区画は一部が壊滅的な被害を受けて、復旧のめどは立っていないよ」
ジャクソン特将のあの歯軋りは、自分が残りの師聖の座に座ろうとして、僕が居座ったために、座れなかったのを悔しがっていたようだ。これも後で彼が白状して分かった事だが、ポリーを――あのスーパー・マーケットで姿を変えて警備員に成りすまし――けしかけたのも、ジャクソン特将との事。だが、その企みは失敗した。ファルによって。
だから狙いを他の師聖にしたらしい。
それはともかく、
「因みにオレっちの〈要塞〉は、全然被害を受けなかったけどね~」
僕の言葉を引き継いだバーリーさんは、事もなげに言う。
勿論、バーリーさんの〈要塞〉にも〈デーモン〉が一〇体程向かったのだが、ガーディアンがこれを撃退したのだ。
半端ないな~。〈要塞〉のガーディアンは。〈デーモン〉の中には、〈ダーク・アイ〉も混ざっていたというのに。
「おや? そこにいるのはリオ君ではありませんか?」
「え?」
振り向くとメイケル大使と副司令官のミスティルさん。そして護衛役であろうアローキーとシルクさんがいた。
「メイケル大使。何故ここに?」
「以前言っていませんでしたか? 我々は連携を取ると。今回の事で連携が最良の選択だと判断したので、その確認に来たのですよ。まあ、折衝まで時間があるので見学させて頂いていますがね」
「そうですか……。そういえば、師団長から軍団長になったそうですね? おめでとうございます!」
今回の事を受けてメイケル大使は、三級将官から二級将官へと昇進したのだ。
「ありがとう、リオ君。君のお蔭でまた一歩、夢へ近づけた。では、折衝があるのでボクは失礼するよ」
「はい」
僕達はメイケル大使と別れて、料金所を後にする。
「さてと、サキエさん済みませんでした。シャドー・ストーカーを引き取って貰って。ありがとうございます」
「いいのよ。リオ君の為だもの……」
それはともかく、
「ねえ、ファル。何で僕が〈ネフィリム〉と組む事に反対なの?」
「済まん。それは、今は言えぬ。時が来たら言うので今は勘弁してほしい」
「そう。分かった」
ファルの辛そうな表情を読み取った僕は、そう答えるしか出来ない。
話が湿っぽくなった時、サキエさんが言う。
「それよりファルシス! 貴女、リオ君にくっつき過ぎよ! もう少し離れなさい!」
「それはこちらのセリフだ! サキエ、お前はリオに密着し過ぎだ!」
ファルとサキエさんの口喧嘩が始まった。
それは周囲に丸聴こえだった様だ。
「くそ! あの女たらしめ!」
「呪ってやる! 呪ってやるぞ!」
「何と羨ましい! いや、怪しからん!」
「ああ……お姉さま。そんな奴放っておいて、禁断の恋に堕ちましょう……」
周囲の妬みが凄まじい事になってきた。
ゔゔ。視線が痛い。痛すぎる。
だから僕は二人に提案する。
「皆ここから離れて、買い物に行きましょう!」
こうして僕は居住区に向かおうとする。しかしファルがそれを拒否する。
「済まぬ。リオ、先に行ってくれぬか? サキエと話がある故……」
「大事な話なの? ファル」
「うむ」
「分かった」
「済まんな。リオ」
こうして僕は先に行く事にした。
***
リオが料金所周辺からいなくなって、ファルシスとサキエは居住区のスーパーマーケットに向かっていた。今現在歩いているのは歓楽街で、いろんな店が立ち並んでいる。
朝日が照りつく中、石畳みを歩くファルシスはサキエに言う。
「お主、リオの事が好きなのか?」
「ええ、そうよ。わたくしはリオ君の事が大好きよ。悪い? ファルシス」
「では、何故告白しない? サキエよ」
「それは……貴女はどうなの?」
サキエは話を逸らして、ファルシスに訊く。
「私か? 私はリオの事が好ましいと考えている。だが、これが恋愛感情かどうか私自身にも判らぬ。私が好きだった男は故人となってしまった」
ファルシスが好きだった男とは、勿論シャリス=ラバリの事である。
「もしかしたら、私はリオをシャリスと重ねているやも知れぬ。恥ずかしい話だがな……」
「別にそうは思わないわ。ファルシス。貴女は別に恥ずかしがらなくて良いとわたくしは思う。だってあのリオ君だもの……。貴女はリオ君の顔だけを好ましいと思っている訳では無いのでしょ?」
サキエの問いにファルシスは頷く。
「ああ。私はリオのひたむきさと純粋さに惹かれたのだ」
「なら、胸を張りなさい。ファルシス。貴女は人を見る目があるわ。顔じゃなくリオ君の良い処を発見して好きになったのだから」
サキエは一度目を閉じる。
「ファルシス。わたくしはね……最初、リオ君の事が嫌いだったの……」
「何? サキエ、お主がか?」
「ええ。リオ君の妹さんの話は憶えている?」
「うむ。憶えているぞ」
サキエは息を吐いてから、
「わたくしは、リオ君がわたくしの道場に入門した事が不満だった。わたくしの――ホムラ同情は、一流の腕を持つ者か家の者しか入門が許可されないから。でも、リオ君はその当時、一流の腕は持ち合わせていなかった。当然よね? リオ君は貴族で剣を持った事はあっても、幼い子供だったもの。遊び盛りの子供が碌に剣をそれ程触れる筈が無い」
サキエの説明にファルシスは頷く。
「そうだな。で、サキエよ。お主は弱いリオが不満だったのか?」
「半分正解。半分不正解よ。ファルシス」
「と、いうと? どういう事なのだ? サキエ」
「リオ君は虐められていたの。ずっと相手の暴力に耐えていたわ。その姿を見てわたくしはリオ君を毛嫌いしたの。その現場を見据えたわたくしは師範である父に進言した。事を説明して『やはり、彼はこの道場に相応しくない』と」
「で、お主の御父上は何と言ったのだ?」
ファルシスの促しにサキエが答える。
「父は満足気に頷き、こう言ったわ。『やはりわたしの眼に狂いはなかった。あの者は強い。そしてこれからももっと強くなると』と」
これを聞いたファルシスはサキエに問う。
「御父上は、リオの内面を見抜いていた。そしてサキエよ。お主はリオの表面しか目に入っていなかったという事か?」
「ええ。その通りよ」
サキエは思い出したのか、涙をほろりと流す。
「わたくしは愚かだった。エリート意識を持ち、目を曇らせていたのね。でもある日、そんあわたくしを変える出来事があった。リオ君はまた虐められていて、わたくしは見兼ねてリオ君を助けた。そして訊いたの。『何故貴方は反撃しないのか』って」
「サキエ。リオは何と?」
「リオ君はこう言ったわ。『僕はあいつらにやり返す為に剣を習っているんじゃない。妹を助ける為に習っているのだ』って。わたくしはそれで思ったの。乳は心の強さで道場の入門者を決めているのではないのかってね? 一流の者が集うのはその結果でしかないのではと思ったの」
力が強い者ほどその力を使いたがる者は多い。心が脆弱な者ほど余計にだ。故に強者ほど弱者を虐げる――その構図が出来上がるのだ。
サキエは一度空気を吸う。
「わたくしはその時からリオ君の事が好きになったわ。強く――弱かったリオ君を。だからリオ君の手助けがしたい。ファルシス。貴女はどうなの?」
「うむ。ますます好ましい人物だと思っているぞ。礼を言おう。サキエ」
「そう。でもファルシス。貴女には渡さない。絶対に、よ」
「それはこちらのセリフだ。サキエ」
二人はくすりと笑い合う――その先にはリオがいた。
ファルシスとサキエの二人の視線がリオに向くと、二人はリオの下に走り出す。
追いついたのを見てリオは、ファルシスに言う。
「ねえ。ファル……」
「何だ? リオ」
リオは一瞬躊躇していたが、意を決する。
「僕、カレン様の事をここにある図書館で調べてみたのだけど……」
「…………」
ファルシスは無言。胸中は複雑であった。
何せファルシスが目覚めていたら他界していたので、カレンの事を知るべくもない。
カレンが――『解放』されたのかを。
そこにリオが調べた事をファルシスに報告する。
「カレン様はブレスト戦役後、ずっと善政を施しておられたみたい。それ以前は、軍事費を調達する為に重税を掛けていたのに……。人が変わったみたいに方針転換をしたんだ。だから、ここからは僕の見解になるのだけど……」
「構わない。言ってみろ。リオ」
ファルシスの下知を取ったリオは言う。
「シャリス=ラバリ猊下は、命を賭してカレン様の呪縛を解いたのじゃあないのかな?」
「そう……だな」
ファルシスの瞳から涙が溢れる。彼女の心境はそうであって欲しいから。しかし、既に二人は故人となっており、分からない。
しかしリオは己の見解を言う。
「僕はきっとそう思う。いや、断言しよう。カレン様は呪縛から『解放』されたと」
「何故そう思う? いや、何故そう断言できる?」
「ファル。カレン様は二人の子――養子だったそうだけど、その二人の子に看取られながら逝ってしまわれたそうだよ? 幸せそうに、ね? だからさ。操られていたらそんな死は――あり得ない。だろ?」
ファルシスは急にリオに抱き付き――わんわんと泣いた。
そして一頻り泣き、
「ありがとう。リオ。お蔭で胸のつっかえが取れた」
そしてファルシスは人目を憚る事無く、リオに口づけしたのだった。
どうでしたでしょうか? 面白かったでしょうか? それともつまらなかったでしょうか? ご感想や評価をお待ちしております。また、誤字脱字やご指摘等――至らない点がございましたらご一報をお願いします。




