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28話 朝の残響

朝の光は、容赦がない。


薄く差し込んだ白が、夜の気配をすべて洗い流していく。



目を覚ました瞬間、


違和感が胸を掠めた。


隣にあるはずの重みが、ない。




「……ビアンカ?」


声はまだ眠気を帯びている。


返事はない。


部屋は静まり返っている。


起き上がり、視線を巡らせる。


そして気づく。


椅子に掛けておいたはずのストールが、ない。


昨夜、確かにそこへ置いた。


何気ない仕草で。


何も考えずに。


ゆっくりと、振り向く。


ベッドの端。


そこに、彼女はいた。


白い髪を乱し、


横向きに身を丸めるようにして、


私のストールを抱き込んでいる。


布は皺だらけだった。


強く掴まれ、


何度も握られた跡が残っている。


その腕の力が、すべてを語っていた。



「……」


言葉が出ない。


彼女はまだ気づいていない。


あるいは、気づけない。


呼吸は浅く、


頬はわずかに熱を帯びている。


指先は、布を手放さない。


まるで、それが最後の均衡であるかのように。


理解するのに、時間はかからなかった。


昨夜。


触れなかった距離。


越えなかった一線。


抑え込んだ熱。


その行き場を、彼女は別の形で探したのだ。


「……ビアンカ」


静かに名を呼ぶ。


瞼が震える。


ゆっくりと開かれた視線が、私を捉える。


そして。


一瞬で血の気が引いた。


「……お姉様……」


掠れた声。


逃げ場を失ったような瞳。


だが腕は、緩まない。


ストールを抱く指先が、わずかに震える。


羞恥。


恐怖。


そして、まだ消えない熱。


「返してもらえるかしら」


穏やかに言う。


責める声ではない。


ただ、事実として。


ビアンカは視線を逸らす。


唇を噛む。


だが布は離さない。


その矛盾が、胸を締めつける。


「……申し訳、ございません」


声は小さい。


だが、手は動かない。


朝の光が、彼女の白い髪を照らす。


夜が隠していたものを、すべて晒していく。


私は一歩近づく。


距離が縮まる。


彼女の呼吸が乱れる。


「触れないと、決めたのでしょう?」


問いは静かだ。


責めてはいない。


確認でもない。


ただ、事実の提示。


ビアンカは目を閉じる。


わずかに、喉が動く。



「……はい」


かすかな肯定。


「それでも」


私は視線を落とす。


皺だらけの布。


震える指先。


まだ残る熱の気配。


「それでも、足りなかったのね」


沈黙が、肯定する。


彼女はもう、誇り高い令嬢の顔をしていない。


ただ一人の少女。


抑えきれなかった夜を抱えたままの。


「……お姉様が、近すぎるのです」


ほとんど聞こえない声。


私は答えない。


ただ、しばらく彼女を見つめる。


怒りはない。


軽蔑もない。


あるのは、別の感情。


均衡は崩れている。


だが。


それは依存ではない。


もっと深い何か。


朝は静かだ。


けれど、私たちの関係は


確実に一歩、踏み込んでしまった。




ストールはまだ、彼女の腕の中にあった。


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