AS
「あいつの名は『空乃叶無多』私と同じ『AS』さ」
崇己はそう言うと、灰色の瞳を伏せた。幸太朗が「『AS』って、何ですか?」と問いかけると、小さく頷いて続きを話し出した。
「『AI』は知っているだろう? Artificial Intelligence。人工知能という意味だね。『AS』はArtificial Soul。つまりは人工魂ということさ。さほど遠くない未来、人類は『AS』を創り出す事に成功するんだ」
「……それじゃあ、崇己さん達は未来から来たっていうんですか?」
「ああ。俄かには信じられないかもしれないけれどね」
『革命の指輪』という不可思議な物があること自体信じられないというのに、人工魂やら未来やらという突飛な話をされ、幸太朗は混乱する気持ちを落ち着けようと唇を噛みしめた。
「私がキミや、不幸を貯め込んでいる人物の居場所を把握しているのも、それが理由さ。常に未来を観る事ができるわけだからね」
崇己はひょっとして、『革命の指輪』を使って人類を滅ぼそうとでもしているのだろうか。
幸太朗はぎゅっと拳を握り締め、恐る恐る崇己へと視線を向けた。
「崇己さんは『平等』にする為に来たと言いましたよね? 不幸なまま死んでいく不平等な人を、平等にするんだって」
『その指輪には平等からはみ出た“幸福”が蓄積されている。その指輪の力を使って“革命”を起こした途端、キミは“不幸”から“幸福”になれるってワケさ』
崇己と初めて出会った時、彼が言った不可思議な言葉を幸太朗は一字一句洩らす事無く覚えていた。
「不幸な人間の人生を『平等』にして、一体どうするつもりなんですか? 本当の目的は何なんですか? まさか、SF映画なんかでよくある、ロボットが人間を消滅させようとか支配しようとかいう……」
「それこそ私には何のメリットも無い事だよ」
幸太朗の言葉を遮る様に崇己は言った。
「人類は地球上に存在するありとあらゆる資源を使い尽くし、その責任を負わないまま死滅しようとしている。私の様な人工物に全責任を押し付けてね。知っているかい? 二〇二六年の現在、このまま使い続ければ後約五十年程で石油や天然ガスを使い切ってしまうってことを」
「……え? そんなに短いんですか?」
幸太朗はポカンとしながら聞き、崇己は苦笑いを浮かべた。
「ほらね、キミ達人間ときたら、責任感が皆無なんだから困るよ! 原子力発電に使うウランだって、いくらでも使い続けられるとでも思っていやしないかい? 約130年もすれば無くなるんだけど?」
「ええっ!!」
コホンと咳払いをすると、崇己は話を続けた。
「因みに五百年後、日本人の人口はどの程度になっているか、考えたことあるかい?」
幸太朗が答えようとする前に、崇己は「十三万人程さ」と答えた。最早幸太朗の回答など期待していないという事なのだろう。
「因みに現在の日本の人口は一億二千万人以上。十三万人という数値は、縄文時代と同じ人口と言われているね。けれど、それはあくまでも『このまま未来を迎えたのなら』という前提の元に割り出された数字でしかない」
崇己はふっと寂しげに笑った。
「例えば、世界規模の戦争が起きたなら? 資源はあっという間に枯渇するし、死者の数も想像を絶する数に上るだろう。少なくとも私が知る未来では、人類は絶滅寸前といえる程の人数しか存在していなかった」
幸太朗は渋い顔をした。
「僕、数字苦手なんです……」
「ああ、知ってるさ」
崇己は呆れた様にため息を吐くと、話を続けた。
「このままだと人類が絶滅してしまう。私達ASにとっては神と言えるべき人間がね。そこで、人口を増やす一計を案じたのさ。過去に戻り、人間が減る様な事象を食い止める事によってね」
「ちょっと待ってください。変な言い方ですけど、地球の資源を食いつぶした人間なんか、もっと早くに絶滅しちゃった方がいいんじゃないですか?」
幸太朗の突っ込みに、崇己は不愉快そうに眉間に皺を寄せた。
「話を最期まで聴きなよね!?」
「はい……」
「人間が減るような事象と一言で言っても、世界規模な戦争の芽を摘むには一筋縄ではいかない。そこで目を付けたのが、本来早死にしてしまう『不幸』な人間さ。『良い人ほど早く死ぬ』って、聞いた事があるだろう? つまりは、戦争をしようだなんて考えもしないような人間程、『不幸』だってことさ」
「僕……長生きしたとしても、世界に貢献できるとは思えないんですけど……」
崇己は声を上げて笑い、福二朗に殴られた腹部が痛むのか、「う……」と呻いて俯いた。
「……そうでもないさ。無論、キミの人生に悪影響を及ぼす訳にはいかないから、キミの未来について言及することはしないけれどね」
福二朗に殴りつけられた腹部を擦りながら崇己は溜息を吐くと、話を続けた。
「人間を増やそうとするのには理由があるんだ。私達ASは新たな物を創成する能力が皆無だからね。勿論、既に存在しているものを活用するのなら、人間に負けはしない。けれど人間は、たった百年にも満たない期間で悍ましい程に科学を進歩させた。その力があれば、新たな資源を創成する事すら可能だろうさ。だからこそ、人類を滅亡させるわけにはいかないのさ」
——崇己さんの言うことが本当なら、あの叶無多という人が何故あんな行動を取ったのか理解できない。
幸太朗は疑問を口にすると、また『話を最期まで聴く!』と叱られるだろうと思い、黙って崇己が話し出すのを待った。その行動に満足気に笑みを浮かべ、崇己はゆっくりと口を開いた。
「何にでも必ず『不良品』が存在する。それはプログラムだって例外じゃない。人間を構成するプログラムにだって不良品が生じるだろう? 癌細胞が良い例だろうね。私達ASの中にもそんな『不良品』が生じてしまった。それが『空乃叶無多』。福二朗を利用し、キミを陥れたあいつさ」
——じゃあ、福二朗はもしや人類を滅ぼそうとでも考えているのか……?
そう考えて青ざめた幸太朗に、崇己は察した様に口を開いた。
「『不良品』とはいえ、目的は同じ『人間を増やす事』である事は間違いないよ。ただやり方が拙い。効率を重視するあまり個人に頼らずに幸福を奪い、集めたものを一挙に使うという無茶な行為さ」
崇己の言葉を聞きながら、幸太朗は俯いた。
「その方が力を正しく使えるんじゃないですか? 僕の様に、『間違い』を犯さずに済むじゃないですか」
若菜の死が、幸太朗の中で傷痕として深く残っているのだ。
「私はそうは思わないよ。デリケートな問題に一度に負荷をかければ亀裂が生じやすい。下手をすれば人類の崩壊を早めてしまう可能性すらあるんだからね」
崇己はそう言うと、内ポケットからジップ付きのビニール袋を取り出した。中には金色の光を放つ指輪が格納されている。
「これは『富豪の指輪』。見境なく周囲の幸福を根こそぎ奪い尽くし、使用者の『幸福』として変換するアイテムさ。使用者以外全ての者が『不幸』となるわけだから、人間が絶滅する時間をあっという間に短縮してしまい兼ねない。叶無多は福二朗を利用して、この指輪を使わせているのさ」
「福二朗は、どうしてそんなことを……? 叶無多さんの目的を知っていて加担していんですか?」
「……さあね。もしかしたら、不良品は叶無多ではなく、福二朗なのかもしれない」
崇己はそう言うと、ふぅと息をついた。
——私が、一ユーザに過ぎない幸太朗に関わり過ぎているという事自体もおかしな事だからね。
幸太朗が口を開こうとした時、それを遮る様に崇己は言った。
「沢山話したから喉が渇いちゃったよ」
腹部を庇う様に立ち上がると、いそいそとお茶の用意をしだして、幸太朗はそんな崇己に負けじと疑問を投げつけた。
「あの、とりあえず難しい話は抜きにして。拓斗さんや凜々花さんを救う為にはどうすればいいんですか?」
余りにも広すぎる視野にはついていけない為、幸太朗にとっては目先の事についてが最も知りたいところだ。
崇己は痛いところを突かれたという様に渋い顔をし、気まずそうに幸太朗から視線を逸らした。




