2-3-1①『すなわち、神(親)殺しであるか』
「ファロゥマディン、いるか?」
見知らぬ異国の街をコピーして生成されたクエスト空間を一人歩きながら、心牙は独り言のように呟いた。昼前の太陽の照り返しが眩しい、誰も居ない石畳の道路をやや足早に歩いて行く。心牙の正面には、元は闘技場だったという巨大な円形の歴史的建造物、コロッセオが見える。
『我はここに。我が勇者よ』
心牙の独り言に応えるよう、ファロゥマディンがチャットを送ってくる。
心牙が今回受注したクエストは、「探索クエスト」だ。
通常のクエストは運営によって時間の流れが現実世界の30倍の速さとなっており、現実世界における1分はクエスト空間では30分となる。これによって現実では僅かな時間でも、クエスト進行中の勇者には十分な時間的猶予が与えられるのだ。
ただし「探索クエスト」だけは時間の流れは等倍である。そして制限時間はなく、任意の地点にフリーイン・フリーアウト、レベル制限が無いのが原則の特殊クエストだ。その名の通り探索を行うのが主な目的のクエストだが、探索対象については特に決まってはいない。周辺地域の誰かの遺失物や失われた記憶が抽象化された宝物が現れたり、周辺地域の悪意や事件が抽象化された怪物が出現したり、突発イベント的に発生する「何かを発見」するとその周辺地域の誰かが天啓を授かったりする。
その気になれば好きな観光地に気軽に行けるが、クエスト空間であるために民間人は誰一人としておらず故に交通機関や機械などは利用できず場合によってはレベル不相応の怪物に襲われたり、祷り手殺し狙いの他の勇者に遭遇して何の報酬もないこともあるという博打要素の強いクエストだった。
今回、心牙はある人物と会う約束をした為、普段はあまり受けないこの「探索クエスト」を受けていた。目的地まではまだ距離があったため、歩きながらファロゥマディンと会話を試みたのである。
「お前には少し……俺のことを知っておいて欲しいと思ってな」
「ガブリエル」に「魔王と仲良くしておいたほうがいい」と言われたから、ではない筈だと心牙は自らに言い聞かせる。ファロゥマディンからの返事はないが、心牙はそのまま独り言を続けることにする。
周囲を軽く見渡す。幸い他の勇者も、怪物もいないようだ。
「俺は……俺の両親を殺している」
可能な限り明るく、誤魔化すようにはにかむように努めて何気に気さくに、そう、心牙は告げた。
「切っ掛けは……些細だった。妹が二人いるんだけど、その妹がめちゃスゲー奴らでさ。何でも俺より上手く出来て周りは皆妹二人は天才だ神童だって持て囃して。その内、親も妹ばっかり凄い凄い言い始めてさ」
心牙の口は止まらない。その口元は自嘲か、苦笑か、照れ隠しか薄く笑みが浮かぶ。
「逆に俺はお兄ちゃんなんだから、長男だろって我慢させられて、3年前のクリスマスに我慢出来なくなって、家を飛び出したんだ」
心牙の歩みは止まらない。その足取りは確かで一歩一歩着実に石畳の道路を踏みしめる。
「家を飛び出した後……あんまり覚えてないんだけど、何故かレイガルダインを持って家に帰ったんだ。強い怒りを連れて」
心牙の語りは止まらない。その視線は真っ直ぐだが時折ふらつく。心牙がチャットログを確認すると、ファロゥマディンからの発信は無かった。それを心牙は聞き入っているくれていると判断する。
「それで、燃えるレイガルダインで……両親を燃やした」
心牙の動悸は止まらない。息遣いはストレスでやや荒く、瞳孔は見開いている。そしてそれらはアバターアーマーと前髪に隠れ傍目には分からない。
『すなわち、|親≪神≫殺しであるか』
「何だって?」
聞き慣れぬ単語に思わず心牙は聞き返した。
『我ら神は不死であるが殺すことで死ぬ。ヒトにも殺せる』
以前と違いチャットの入力に慣れたのか、ファロゥマディンがやや饒舌にチャットを入力する。
『故にヒトの心に枷をかける。我ら神は親であり、親を殺してはならぬと。故にヒトは神を殺せぬ』
心牙は元恋人の言葉を思い出す。「子どもにとっての親は神様のようなものだよ〜、良くも悪くも」。確か、ゲームだか映画だかの受け売りだった筈だ、と。
『我が勇者は、神を殺せるが故に他の神は恐怖するか』
「それで、か。」
高次情報思念体である神は、情報と思念の塊であるがため、人の思念の影響を強く受ける。人間たちが信仰をすればする程にその神秘と影響力は増し、逆に信仰心が薄れればその権能は弱まる。故に人間たちの叛乱防止のため、人間たちの本能である「親殺しへの忌避感」を利用して『神は親』だと誤認させて反逆すなわち神殺しを封じている。
だが、心牙のように実際に親を殺した子どもであればその枷は意味がない。故に人間が殺人鬼を嫌悪するように、神は「親を殺した子ども」を嫌悪する。不死の自分たちを殺し得るが故に。無神論者であれば尚の事だ。
「お前たちにとって、俺は放火魔かぁ……。知れて良かったよ」
心牙は心が軽くなったような気がした。
『我も』
ファロゥマディンはチャットのみでその表情や声色は心牙からは分からない。そもそも彼女の表情や声色はほとんど変わらない。それでも、心牙にはファロゥマディンがどこか微笑んでいるような気がした。通じ合えた気がした。
「おーーい!ここだ、勇者ああああ!」
遠くの人影が心牙を見付けたのか、手を大きく振り声を上げる。心牙もその人影が会う約束をした人物だと分かり、速度を上げ駆け寄る。その足取りは先ほどまでより遥かに軽い。
「よぉ、ピッキオーネン」
時刻は日本時間午後5時。伊国においては午前9時。約束した時間通りだ。
「時間ピッタリ、やはり日本人だな!」
勇者ああああを呼んだのは、スラリと美しい肢体を惜しげもなく晒したビキニアーマー姿の中性的な顔立ちの美女、勇者ピッキオーネンだ。
「どうだ、私の故郷ローマの美しい街並みは!人はいないが、素晴らしいだろう!向こうには私の家もあるぞ!」
「言っていいのか、それ」
自身の故郷のみならず家をよく知りもしない相手に惜しげもなく自慢げに披露する軽々しさに心牙は軽く目眩がするようだった。
「で、話って何だ?」
「む、いきなりか。……少し、歩きながらでもいいか?」
そうして勇者ああああは勇者ピッキオーネンと並んで歩き出した。




