第十九話 おじちゃん、刺客に会う
あれからしばらくして、やっと逃亡するナルカミに追いつき、元の場所に帰る方法を聞き出そうとしたのだが、思いの外めんどうな事になっているそうだ。
何でも、ナルカミの力ならばすぐに返せるようなのだが、今川岸に返してしまうと、立ち去るときに言っていた “侵入者” という奴に遭遇する可能性が大いに高いとのことだ。
ナルカミ自身も、その侵入者が敵か味方か判断が出来ず、しかも迷いの無い足取りでこちらにまっすぐ向かってきているそうなのだ。
何もしなくても、あと数分もすればこちらとかち合う事になるとのことだ。
「・・・・・・・それで、お前は一体これから何をするつもりだったんだ?」
【な、ナルはとにかく、本人に直接あって立ち去るように交渉するナル。
それが難しいなら、強制的に退去させるナル。
それでもダメなら、全力で逃げるナル。】
ナルカミはそういうと、おどおどした様子で先ほど操っていた謎の影をうごめかせた。
そして、自分の身体にまとわせるように動かすと、そのまま影に身を任せるように両手を広げた。
すると、影はナルカミの身体を沿うように動き、やがて全身を覆う鎧のような形状になった。
【これなら、よほどの事が無い限り怖くないナル。
本当は二人は安全な所に避難して欲しいナルが、ナルより強い人たちにそれは失礼ナル。
手出しだけはしないでもらえれば良いナル・・・・・・・・・そろそろ来るナル】
そういって、ナルカミは視線の先にある横穴をにらみつけ、両手を構えた。
そのまま数秒が経ち、横穴の置くから誰かがかけてくるような足音が聞こえてきた。
次第に音は近くなっていき、やがて、横穴から何かが飛び出してきた。
その瞬間―――――――――
【どりゃああああああああああ!!!!!!!】
「な、なにあるか・・・・・ア~~~~ル~~~~~~わぁぁぁぁああああ!?」
ナルカミの勇ましいかけ声とともに、足下の影がまるで荒波のように飛び出してきた人物に押し寄せた。
人影は、聞き覚えのある声をとどろかせながら、影の波に飲み込まれ、一瞬で影に飲み込まれてしまった。
しばらくすると、ナルカミは小さく息を吐くと、そのまま両手を大きく挙げ、素早く後方に引き寄せる動作をした。
その動きに合わせて、影は一度ふわりと中空に浮かび上がり、そのままナルカミの近くまで飛んできた。
そして、そのまま影は中空にとどまることなく地面にバシャリッと音を立てて落ち、とらえた人物のみを地面に残して飛び散っていった。
【確保成功ナル・・・・・・・あんまり強そうではないナルな??】
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「あ、あるぅ~・・・・・?」
影から出てきたのは、グルグルと眼を回したままうわごとを言っているネネであった。
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それからしばらく、俺はナルカミにネネの事を説明し、彼女が起きるまで介抱してもらえるよう頼んだ。
すると、以外とすんなり引き受けてくれたので、ものの数分で目を覚ました。
ネネは、起きた途端にせわしなく周囲を確認し、俺たちの姿を見つけた途端に嬉しそうに表情を明るくさせたのだが、そのすぐ隣に居た影を纏っているナルカミを見て、一瞬で顔面蒼白になった。
そんな百面相をしている中、二人がかりで状況を説明すると、何とかなっとくしてくれた。
「なるほどアルな~・・・・・・だとすると、もしかしてそこに居るおっかない子は、この川の守り神様であらせられるアルか??」
ネネがそういうと、ナルカミはコクンと頷いて見せた。
その様子を見て、ネネは態度を一変させ、その場で綺麗にひざまずいて謝り始めた。
っというのも、商人というのはこういった “信仰” や “噂” のようなものに対して、とても真摯に向き合う生き物だからである。
験担ぎや安全祈願、商売繁盛を祈ったりもするし、行く先々の土着の神様や信仰にも、しっかり乗っ取って商売を行う。
それは、ひとえに無用な争いごとを避けることと、地元の人々に素早くなじむためだとでも言われているが、ふつうの商人ならマナーとして最低限そういったことを自然とするそうだ。
そして、なぜネネが謝っているのかというと、おそらく “冒険者” の件について少しでも情報を集めるために何かしら働きかけるためだろう。
俺のその考えは、あながち間違いではなかったらしく、ネネはひとしきり謝罪すると、ナルカミに冒険者の事についていろいろ聞き始めた。
だが、ナルカミが答えたことは俺たちに教えてきた事とかわらず、彼女はひどく落ち込んだ様子で頭を下げた。
「そんな・・・・・それじゃあ、あの冒険者さんはどこに??」
【むぅ・・・・力になれなくてごめんなさいナル。
・・・・でも、おかしいナルな~。
その話が本当なら、ナルのセンサーに引っかからずにその冒険者さんは逃げおおせた事になるナルな??
それに、貴女が言った日に二人組の人間は来てないはずナルよ??】
「・・・・は?、おいおいそんな訳ねーだろ?
だって、こいつの話じゃ、その冒険者とこいつの二人でこの川に来てんだぞ??」
【な、ナルは間違ってないナル!!!
本当ナルよ!!!!だって、その日に来た二人って言ったら、人間ともう一人はただの魔物だったはずナルッ!!!!】
「ああ!?なんだって!?!?」
思わずでかい声を上げてしまった俺に、ナルカミは涙目になりながらその場にしゃがみ込み、頭を抱えてしまった。
【う、嘘じゃないナル!!!!
その日は、まばらにしか人が来なかったから、オートで人を遠ざけてたナル!!!
すると、珍しい事に人間と魔物の反応があったナル!!!
魔物の方の反応は、すぐに消えてしまったナルが、人間の方は遠ざける前にどこかに逃げてしまったナル!!!!
・・・・・・そういえば、あのとき送ったのって、貴女だったような気がするナル
気配しか感じ取れないナルから、違うかもしれないナルが・・・・・・・・・】
不穏な事を言い始めたナルカミは、そう言ってネネに近づこうとした。
そのとき、突然ネネが顔を引きつらせて固まった。
「どういう・・・・・冒険者さんが・・・・・魔物???」
【ナルっ!?、間違いないナル!!!
魔物と一緒に居た女ナル!!!どうして魔物と一緒に居たナル!!】
「簡単な事だよ・・・・・仕事だからだよ?」
誰かの声が聞こえたかと思った次の瞬間―――――――
ナルカミの腹から、一本の剣が真っ赤な鮮血を纏いながらつきだしていた。
【うっ、ガフッ!?、あ”あ”う”っ・・・・・・】ドサッ
「お、おい!!!!」
剣が突き刺さったまま、ナルカミは大量の血を吐き出しながら、バタリと倒れてしまった。
慌てて駆けつけようとしたが、それよりも早く俺の目の前にメリアスが割って入り、俺を手で制してきた。
文句を言おうと口を開きかけた途端、何かが耳元をかすめていく音が聞こえ、俺は反射的にその場にバッとしゃがみ込んだ。
すると、さっきまで俺の頭があった位置を何かが素早く通り過ぎていった。
俺は、背中に感じるヒヤリとした感覚を無視し、周囲に視線を飛ばす。
特に何かが居るようには見えないが、一定の速度で視線を動かしているメリアスを見る限り、何かが居て、それが高速で移動でもしているのだろう。
「め、メリアス!!!」
「安心しておじちゃん!!、全部見えてるし、怪我なんてさせない。
それに、あの子も助けてあげないと・・・・ねっ!!!!」
話の途中で、右の拳を大きく振り抜いたメリアスは、そのまま流れるように身体を返し、左手で何かを掴もうと伸ばした。
そして、それは見事に対象を捉え、そのまま勢いを殺すことなく対象を地面めがけて叩き付けることに成功していた。
そこで、やっと俺にも相手を視認することに成功した。
「ぐぅ!!!なかなかやるな、女ぁっっ!!!」
地面にひざまずくような体勢で、メリアスをにらむそいつは、古ぼけた茶のマントを羽織り、それなりに立派な剣を右手に携えていた。
左手は、メリアスにしっかりとらえられており、その手には小さなナイフのような刃物が握られていた。
なかなか筋肉質な見た目で、無精ひげを生やしている男だった。
「おいおい、まさか・・・・このおっさんがネネが言ってた冒険者か??」
「だ、誰アルかあなたは!!!」
「・・・・・はぁ?なんだよ、知らねぇやつかよ!!!」
俺は、ネネの反応を見て、当てが外れて思わず突っ込んでしまったが、すでに自分が出来るであろう事は把握しており、行動を起こしていた。
メリアスがおっさんを押さえている間に、倒れているナルカミの元へ駆けつけ、傷の状態を確認した。
ナルカミは、短い呼吸を繰り返しており、突き刺さった剣は既に自分で抜いているようだ。
腹にあいてしまった穴は、自らの影を使ってふさいでいるのか、真っ黒な何かが穴を埋めるようにうごめいていた。
俺が駆けつけたことに気がついたのか、薄く眼を開けたナルカミは、何度か咳をして血を吐き出した。
【な、何者・・・・ナルか??
あの女の・・・・仲間、ナル?・・・・だましてた、ナルか・・・・??】
「ちげぇよ。全然知らねぇやつだ・・・・・・まあ、メリアスに任せとけ
お前は傷治すのに集中しろ、なんかあったら俺が守ってやる。」
【し、信じられる・・・訳が・・・・・がふっ!!】
「あー、しゃべんな!!!
いいから黙ってろ!!!俺だってお前担いで逃げ回るくらい出来るんだよ!!」
俺がそういうと、俺をにらんでいたナルカミは、しばらくすると眼をつぶって再び黙り込んでしまった。
どうやら、少しは信用してくれているようだ。
ナルカミから視線をメリアス達に戻すと、二人は未だに硬直状態で、メリアスが左手を捕まえたまま、なにやら話している様子だった。
すると、とつぜんおっさんが大きく両足を振り上げ、跳ね起きの要領で勢いよく上半身を起こした。
同時に、左手を跳ね起きる方向に向けて振りきっており、メリアスは勢いのままに投げ飛ばされてしまった。
それを追撃するように、おっさんは持っていたナイフを飛んでいったメリアスめがけて投げた。
メリアスは、ナイフが当たるギリギリで身をよじって避け、そのまま通り過ぎるナイフを見事にキャッチした。
だご、腕を少し切ってしまったようで、二の腕辺りに切れ長の切り傷がついていた。
大事はないようだが、メリアスの顔は明確な不快感を示すように歪め、おっさんを睨み付けていた。
「あのおじさん、僕のシルク肌を傷物にした・・・!!
初めて触れられるのは、おじちゃんだって決めてたのに!!」
「そんなことは知らねーし貰う気も更々ねーが、大丈夫かメリアス!!」
「おじちゃんに気遣いされただけで完治だよ!!」
「そのままそのおっさんやっちまえ!!!
俺はとりあえず、ネネとナルカミを奥へ逃がす!!!」
俺がそこまで言うと、メリアスが返事を返すよりもはやく、おっさんがメリアス目掛けて剣を降りおろそうと迫っていた。
メリアスは、返事をすることなくそのままおっさんの攻撃を避け、ナイフで応戦し始めた。
恐らくだが、異論はないのだろう
俺は、勝手に了承したと判断し、未だに尻餅をついたまま呆然と二人の攻防を眺めているネネを肩に抱えあげ、そのまま視線だけは戦闘からはずさないように、先程掛けてきた道を一目散に戻っていった。
しばらく走ってから、息もずいぶん上がってきたと思ったところで、頭のなかで声が聞こえてきた。
『グモぉーーーーーーーーーーーニングッ!
オオジ君、何か楽しいことしてませんか?
お姉さんにも教えてほしいなぁー
混ぜてほしいなぁー
起き抜け運動したいなぁーーーーー!!!』
「だぁー!!!、今お前の相手してる場合じゃないんだよ引っ込んでろ!!」
タイミング悪く、ちあきが覚醒したようで、俺に駄々をこねるように外に出せといい始めた。
だが、今そんなことに構ってる暇は本当にない。
とにかく二人をあのおっさんから話す必要がある―――――――
「――――――――・・・ぁぁぁあああっ!!!!!」
「うおっ?!」
ちあきの方に意識を割いていると、とつぜん後ろからとんでもない早さで声が近付いてきたとおもったら、何かが横を通り過ぎていき、これから向かう方向へ飛んでいった。
何事かと後ろを見ると、小走りするようにメリアスが先程いた広場から駆けてきた。
「あ、おじちゃんごめん
こっちにおじさん飛ばしたんだけど、見てない?」
「・・・さっき通りすぎたぞ?」
「オッケー、逃げられる前に追い付こう!!」
そういって、メリアスは駆け出したのだが、明らかにさっきよりも速度だけが上がっており、小走りなのに全力疾走の俺より遥かに早かった。
「・・・・・・・何でもありだなあいつ」
『それ今更言います?・・・・・というか、端から見たら私の方が何でもありに見えますよ?』
「だぁー!!ややこしくなるから黙ってろっ!!!!」
【さ、さっきから・・・・なんナル・・・何も・・・喋って・・・無いナルよ?】
ちあきとの会話を勘違いして、途切れ途切れに抗議してきたナルカミは、俺を不満そう見あげてきていた。
少々ばつが悪い気もしたが、説明している暇も無いので、無視してメリアスの後を追い掛けた。
すると、少し開けた空間に出たと思うと、その中心でメリアスとおっさんが戦闘を続けていた。
おっさんは、先ほど手にしていたナイフを縦横無尽に振り回し、メリアスにきりかかっているのだが、メリアスはそれをすべて紙一重で避け、まるで踊っているような足運びで懐に潜り込んでは腹や顔面などの急所に拳をたたき込んでいた。それが、まるで加速しているかのようにメリアスの攻撃頻度が上がっていた。
最初は、数度切りつけられてから一撃
その後、二度の切りつけで一撃
一度切りつけられ、避けて一撃
こんどは、予備動作のウチに牽制しながら一撃
動く前に一撃
攻撃の意思を感じ取って一撃
二撃、三撃・・・・・・・
既に、おっさんはナイフを振る暇も無くただただ殴られ続けていた。
だが、決してナイフを離すことなく、視線もメリアスからそらしていなかった。
敵ながら、なかなかいい戦士であると素人目ではあるが感じた。
『・・・・あの方、誰なんです?さっきから、わざと攻撃受けて、正直気色悪いですね。Mなんですかね?』
「はぁ?俺が知るかよ・・・・大体、何でわざと攻撃受けるような事・・・・・あぁっ??」
ちあきのつぶやきに、適当に返答している途中で、俺は首をかしげてしまった。
流しそうになったが、確かに妙だ。
わざと受けているのかどうかは知らないが、ちあきがそう言うって事はそうなのだろう。
そして、それと同時に、なぜおっさんは攻撃をわざわざ受けて不利になるような事をしているのだろうか?
考えられることとしては、相手の様子を見ているか、攻撃を受ける必要があるからか・・・・・
あるいは、攻撃を受ければ有利になる何かがあるのか?
俺がそこまで考えて、突然戦況が変わり始めた。
先ほどまで、攻撃を受ける一方だったおっさんが、次第にナイフで反撃するようになってきたのだ。
何度か拳を喰らってから一度
回数を減らして一度
二度に一度
一撃に一度
次第に、一撃をくらいそうになったら素早く二度
それが三度、四度と徐々に増えていき、仕舞いにはメリアスが攻撃をする暇が無くなってしまった。
な、なんだ??
何が起きた??
ナイフを避けながらメリアスがこちらを見た。
「おじちゃんどうしよう!!、攻撃見切られて、避けるので手一杯!!!」
「ああ!?、さっきまでバカスコ殴ってただろ!!!何とかしろ!!!」
「ていわれても、さっきから攻撃しようとしたら切りつけられて危ないし、なんかさっきまで殴ってた事、そのままナイフでやり返されてるみたいで、すごい悔しいけど何も出来ないんだって!!!」
わめきながらも、一切攻撃を食らうことなく、スイスイ避けている。
だが、確かに先程まで繰り出していた拳は完全に引っ込め、避けるのに集中しているようだ。
おっさんの方も、これ幸いと言わんばかりに攻撃を激しくさせ、ジリジリとメリアスを壁の方へ誘導し始めた。
『あら、危ないんじゃないあれ?まあ、私なら対処できるんですけど、どうせ嫌だって言うんですよねぇー、オオジ君は?
まったく、緊急事態なのになんで嫌なんですか?
ちょっと私に主導権を渡すだけでまったく問題ないのに、どうしてこんな簡単なことがわからないんですか?』
「・・・・・・おい、ちあき。お前なら、どうにかできるんだな??」
俺は、しっかり時間を空けて、ちあきに再度確認した。
すると、ちあきはあっけらかんとした態度で鼻を鳴らした。
『私を誰だと思ってるんですか?黒幕を突き止めるところまで、朝飯前ですよ??』
「・・・・・・わかった。今回はお前の口車に乗ってやる。その代わり、必ずあのおっさんは追い払え。
・・・・・・いいな?」
『ふふふ、いいでしょう・・・・・・私の名に懸けて、やらせていただきます。』
その言葉を最後に、俺は意識を集中させ、俺の内側にいるもう一人の人格へ、静かに手を伸ばすように徐々に徐々に意識を沈ませていき、やがて、大きな何かにたどり着き、そのまま飲み込まれるように俺は真っ暗な世界へと沈んでいく―――――――――――――――
そして、代わりに浮かんできたそれに、主導権を奪い取られるように明け渡した。
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こ、怖いナル
さっきから、この男は何をペラペラと一人でしゃべってるナルか?
しかも、突然黙り込んで何もしゃべらなくなったナル。
不覚にも傷を負ってしまったナルをこうやって運んできたことは褒めてやってもいいナルが、さっきから独り言なのかこっちに質問してきてるのかわからないようなことばかり言ってるナル
一緒にいる女も、さっきから何もしゃべらないナル。
もう一人も、侵入者と戦っていてこちらの様子に気が付いている様子はないナル
・・・・・・いや、さっきからチラチラとこっちを見てるから、気にはしてるみたいナル。
いい加減、背負われているのも嫌ナル
力を回復へ全力で送ってるから、そろそろ回復し終わるはずナル。
ナルが力を取り戻していれば、あんな奴一瞬でコテンパンに!!!・・・・・・・んん??
・・・・・何ナル?
なんだか、妙に柔らかいのがナルの顔の近くに??
それに、なんだかこの男の腕が細くなったような???
・・・・・良いにおいもするような気がするナル???
「はぁ~~、やっっっっっっっっっっっと、おいしい空気を吸えますぅ。
おはようございますぅ、ナルカミさん??」
【・・・・・・・・・・・・・・ナルぅッッッ!?!?】
だ、だだだ、誰ナルかこの女はッッ!?
さ、さっきの男は!?
いや、そもそも、いつの間にナルは、この女に支えられているナルかぁ!?
ナルが動揺して居るのを悟られてしまったのか、女は恍惚とした表情でこちらを見下ろしてくると、あいている方の手で自らの頬を撫でた。
「あらあら、とってもすばらしい “驚き” と “不安” ですぅ~。
私、起きて早々こんなに美味しそうな感情を受け取れるなんて・・・・・・」
そう言いながら、蠱惑的に舌をチロリとのぞかせ、表情をより一層トロリと崩していた。
その様子に、ナルは心の底からブルリッと嫌な震えを覚え、自然と自らの顔の前に手をかざして女からの視線を遮った。
その様子に、小さな笑い声を漏らしつつも、女はナルの身体を放し、地面に解放してくれた。
反射的に女から距離をとって、先ほどから闘っている男達の方も警戒しつつ、女をにらみつけた。
【な、なんナルかお前は? さっきまでの男をどこにやったナル??】
「ふふふっ・・・・・・あらあら、随分押されている様子ですぅ
手助けした方がよさそうですかぁ?、まあ、私がやれることと言えば、このくらいなんですがぁ」
女は、ナルの言葉を無視し、独り言のようにそう言うと、片方の手をナルへ、もう片方を戦闘している女の方へ向けた。
何をするのかとより警戒を強めていると、突然、身体の中から何かが抜け出していくような感覚に陥った。
それは、先ほどまで女に対して感じて居た何かが、まるで吸い出されるように、徐々に、徐々に、ナルの中から消えていったのだ。
驚いて自分の身体を確認してみるが、どこか傷ついていたり、ましてや魔力をとられたような感覚は無い。
だが、確かにナルは感じた。
ナルの中から、何かが抜けているような感覚。
それが一体何なのか、理解できないまま女を見ると、女の様子に変かが生じていた。
女の目が異様に見開かれ、ナルに向けている手がドクドクと脈打っているのだ。
口は半開きになり、そこから煙のようなものをはき出している。
しばらくそれを見守っていると、女はナルの方へ向けている手を下ろし、その手を今度は戦闘している女の方へ向けている手へかざした。
「コォォォォォアアァァァァァァァ・・・・・・・・・・」
奇妙なうめき声のような音を出しながら、女はしばらくその姿勢を維持し続け、やがて両目と口をスーッと閉じて、腕をゆっくりと下ろした。
女に動きがあったので、ナルは何か変化がないかと周囲を確認してみたが、特に変化があったようには見えない。
ナルは、訳が分からず女に何をしたのか聞こうとしたそのとき、変化が現れた。
「ごがばあぁ!?」(パァンッッ!!!)
「・・・・・・ええぇっ!?」
突然、戦闘をしていた男の頭が、短い叫び声とともに肥大化し、シャボン玉のように一瞬ではじけ飛んだのだ。
応戦していた女も、突然の出来事に一瞬の間を開けて、驚きの声を上げていた。
かくいうナルも、何が起こったのか理解できないが、それを起こしたであろう人物に心当たりがあり、その人物の方へ顔を向けると、それは困ったような表情で男を見ており、右手を口元に添えてもう片方を右腕の肘を覆うような形でくんでポツリとつぶやいた。
「あらあら、勢い余って・・・・・終わらせてしまいましたぁ。」
一連の事をやってのけた女は、添えていた手を下ろし、今度は舌をチロリとのぞかせて片方の手で拳を作った。
何をするのかと思えば、おもむろに拳を自らの頭上にあげ、それを手首のスナップだけで動かし、コツンッと軽く頭を叩いた。
そして――――――――
「テヘペロッ☆」
この場に居る全員を凍てつかせるような、おぞましいリアクションをしたのだった。