9日目-8
「階段降りれるッスか、聖女サン。ゆっくりでいいッスからね」
「ありがとう。君が名前で呼んでくれたら眩暈も消えるかも」
「本当ッスか⁉ それならいくらでも……って駄目ッス! 殿下に刺されるッス。……冗談が言えるくらい元気なら大丈夫ッスね」
「もう。守りが固いなぁ」
アイラックに肩を貸してもらい、慎重に階段を下りながらユイは苦笑した。
眩暈はもう殆どない。尋常でない身体の怠さも、しばらく休めば動ける程度には回復するだろう。
それにしてもなぜそこでレヴィンが出てくるのか。甚だ疑問だ。
「そういえば所長代理サン、いつの間にかいなくなってたッスね」
「殿下に殺されるとかなんとか言ってたけど……あれどういう意味だったんだろう」
「殿下ってレヴィン殿下のことッスかね……。あ、気をつけてくださいッス。そろそろ……はい、次が最後の一段ッス」
ユイは礼を言い、三階に降り立った。
短い廊下を抜け、二階の仮眠室へ直行しようと螺旋階段に足を踏み出した――その時だった。
「…………今、何か物音がしなかった?」
「したッスね。この部屋からッスよね」
魔法鍵で厳重に施錠された部屋から軽い物が落ちたような小さな音がしたのは、気のせいではなかったようだ。
ユイはアイラックと顔を見合わせた。声を潜める。
「……気になるね」
「ッスね。さすがに魔獣じゃないと思うッスけど。こんな状況ッス、なにか異常事態が起きててもおかしくないッスね」
小声で頷いたアイラックの肩から腕を下ろす。その意図に気付いたアイラックがユイの腰に回していた腕を解き、両手が使えるように距離を空けた。目で支えなくて大丈夫かと尋ねてくる彼に頷き返す。
「オレが開けるッス」
「いや……うん、分かった」
ふらふらなユイでは咄嗟の事態に対応できない。アイラックに先陣を切らせるのは抵抗があったが、ここは彼にお願いすることにした。
アイラックが取っ手に手をかけ、扉に耳を押し当てた。
物音がしないのを確認し、取っ手を軽く引くと――カチャリと扉が開いた。物理鍵も魔力鍵もかかっていない。微かに目を見開いたアイラックは動揺を後回しにして扉を大きく押し開いた。
「あ……!」
アイラックの目が驚愕に見開かれる。扉からそっと顔を覗かせたユイも同様の反応をした。
「所長代理⁉」
「そこで何してるの!」
明かりのない暗い部屋の中央に、失踪していた男の姿があった。ユイの鋭い詰問に屈んでいた背中がびくりと跳ねる。
「お、お前らなんで……⁉ そうか鍵をかけ忘れて……!」
所長代理の顔が後悔に歪んだ。直後はっと我に返り、何かを隠すように横にずれた。
顔中に冷や汗と焦りをびっしり張り付けた彼の背中に隠れる寸前、ユイはそれを確かに見た。
天に向けて矢を番えた弓矢のような形の装置だった。その横幅は所長代理の体格以上あり、そもそも全容は隠せていない。
装置の仕組みは分からない。だが一つだけはっきりしていることがあった。
これは魔法具だ。それも攻撃用。
「なんで魔法兵器がここにあるの!」
「魔法兵器⁉ この大橋は平和の象徴ッス。そんなのあるわけない! 殿下が作らせたはずがないッス!」
魔獣対策用だとしても、レヴィンの側近であるアイラックが知らないのはおかしい。
となると答えは一つしかない。
誰かが血腥い悪意をもって秘密裏に持ち込んだのだ。それもおそらくは、相当な立場のある者の指示によって。
嫌な沈黙が空気を焦がした。
その時、二階へ続く螺旋階段からかつんと靴音がした。
「仮眠室にいないと思ったら……まだそんなところにいたんだね」
ユイとアイラックは弾かれたように振り返った。落ち着いた足取りで上ってきたのはレヴィンだった。
「アイラック、なに寄り道しているんだい。こっちは残党の始末が終わった……」
異様な空気を察し、レヴィンが残りの言葉を呑み込んだ。最後の一段を上り切り、ユイ越しに開かれた扉の中に目を遣る。
「ひっ、で、殿下……!」
所長代理が悲鳴を引き攣らせた。
彼と、彼が背後に隠したものを認めたレヴィンの顔から表情が立ち消えた。
「…………」
――殿下に殺される……!
黒虎に押さえつけられた所長代理の叫びがユイの脳裏に木霊した。
私生活が忙しくなるため更新が止まりますすみません!!
でも必ず続きは書くので……!再開したらまた覗きに来てくれると嬉しいです。




