第一章:辺境の不穏と指名依頼
四方世界の辺境に位置する冒険者ギルド。
朝の清冽な光が窓から差し込む賑やかな館内で、猫人の魔術師カティアは、手元に差し出された一枚の指名依頼書を覗き込んでいた。羊皮紙に記された不穏な文字の連なりを目にした瞬間、彼女の端麗な猫耳が不快そうにぴくりと動く。
「なるほど、これまた奇妙で厄介そうな状況だねぇ」
カティアが細い指先で弄ぶ依頼の舞台――それは、街外れの原生林の奥深く、深い緑に没した古い礼拝堂の跡地であった。かつては慈悲深き地母神を祀る神聖な祈りの場として巡礼者が絶えなかった場所だが、数百年前の苛烈な戦乱で焼き払われて以来、人々に忘れ去られ、完全に放棄されていた廃墟である。
しかしここ最近、その周辺の空気が異様なまでに歪み始めていた。森の害のない野生動物たちが悲鳴を上げて逃げ出し、近隣の村の井戸水は黒く濁り、夜な夜な地下深くから「巨大な石と石を力任せに擦り合わせるような、不気味な地鳴り」が響くという。
「……地下構造の調査、および腐敗毒の発生源の確認。そして、蔓延る不死者の討伐、ですか」
一党の盾となる神官戦士アルシエルが、静かにその美しい瞳を伏せる。人間の血を引きながらも、世俗から少し離れた影と高潔さを併せ持つ彼女にとって、かつて聖なる祈りと祝福が捧げられていた信仰の地が泥と死臭に塗れ、死者たちが安眠を奪われて破滅の駒として徘徊しているという事実は、胸が締め付けられるほどに許しがたいことだった。
「ん。放っておけない。死者は、しかるべき場所に安らかに眠るべき」
昼歩く者のネージュ=ヴァイスブラッドが、影の中から静かに滑り出し、神秘的な双眸に確固たる意志を宿して短く応じる。その小柄な身体からは想像もつかない密やかな凄絶さが立ち上っていた。
その肩のすぐ後ろでは、使徒の小妖精リリエルが黄金の光粒を撒き散らしながら、小さな羽をパタパタと元気いっぱいに羽ばたかせている。
「そうだよ! リリエルたちがついていけば百人力なんだから! さっさと悪いやつらを片付けて、美味しいごはん食べに行こうよ!」
「ぬははは! 不死者どもがいくら群れようが、わしの鍛え抜いた二刀でまとめて叩き割ってくれるわ! サツキ、準備はいいか?」
豪快な笑い声を響かせたのは、鉱人の乙女マールだ!
見た目こそ可憐な少女の容姿をしているが、その内に秘めた血統は重厚なるドワーフ族そのもの。口を開けば「~じゃ」と渋い年配者のごとき風格を漂わせ、背中に背負った身の丈を悠に超える巨大な二振りの両手剣を、まるで竹巾のように軽々と握り直す。その華奢な腕には、地脈を揺らすほどの超絶的な筋力が脈動していた。
「いつでもいけるよ~! 精霊たちも、森の奥の不気味な気配を教えてくれてる! 先陣は任せてね!」
猫人のサツキが、しなやかな尻尾を快活に揺らしながら八重歯を覗かせた。彼女は単なる斥候や野伏にとどまらず、身体に宿す精霊の力とキレ溢れる武道を完璧に融合させた精霊武術家である。鋭い聴覚と視覚で、暗闇の違和感を誰よりも早く察知していた。
後方では、抱えきれないほどの羊皮紙と古文書を抱えた古代迷宮の学者ミリアムが、眼鏡のフチを指で慌ただしく押し上げながら、おどおどとしつつも瞳に学究の熱を宿して発言する。
「あ、あの……! 地母神の礼拝堂地下には、当時の戦乱期に築かれた頑丈な防衛用地下回廊が存在するという記録があります! 恐らく、今回の『石を擦り合わせる音』も、その構造体や古代の機械回路が外部からの何らかの干渉によって起動した音かと……! 非常に危険ですが、解析の価値はあります!」
カウンターの向こう側では、受付嬢のエルゼ・ヴァイスランツェが、一党の無事故と成功を心から祈るような、どこか張り詰めた真摯な眼差しで頭を下げた。
「皆様の過去の輝かしい実績、そして何より固い絆を鑑みての指名依頼となります。内部は強い腐敗毒と、未知の罠、そして強い執念を持った古代の脅威が潜んでいると推測されます。どうか……どうか、ご無事で」
「ぬは! エルゼちゃん、そう心配するな! わしらの絆と腕前を誰だと思っておる! 帰ってきたら、最高の酒と飯を用意しておいてくれい!」
マールが胸をドンと叩き、カティアが不敵に口角を上げる。アルシエルは胸元で地母神の聖印を強く握り締め、ネージュとリリエルは静かに深く頷いた。
「よし、行こうかみんな。不条理な腐敗の毒気なんぞ、あたしたちの足跡で綺麗さっぱり踏み潰してやるとしようねぇ!」
カティアの言葉を合図に、手練れの一党は互いへの絶対の信頼とそれぞれの武器を胸に抱き、深い木々に覆われた不穏なる森の奥――暗き歴史が眠る地下礼拝堂へと、迷いなき一歩を踏み出すのであった。




