過去からの刺客
梅雨の雨が、港区の古びた中学校を無情に叩いていた。灰色の空の下、力人と雪音は、とある中学校に現れたバルバロイを倒すため、訪れていた。
校門をくぐるなり、湿った空気に混じる鉄の臭いが鼻をつく。力人は眉をひそめ、雪音は無意識に袖を握りしめた。
校舎の廊下に一歩踏み込むなり、二人は息をのむ。目の前に広がる光景は、想像を遥かに超えた惨劇だった。床には割れたガラスの破片が散乱し、ひしゃげた椅子や机の残骸が無秩序に転がっている。窓は一枚残らず砕け、雨が吹き込む中、血の滴る赤黒い染みが廊下を這うように広がっていた。そして、その先に――血まみれで倒れた生徒たちの姿があった。腕が不自然に曲がり、顔が半ば潰れた少女。腹部を裂かれ、内臓が零れ落ちた少年。血の海に沈む彼らの目は、空虚に天井を見つめていた。
「まさか、これ全部……バルバロイの仕業か?」
力人の声は震え、言葉が喉に詰まる。雪音は唇を噛み、青ざめた顔で立ち尽くす。彼女の瞳には、恐怖と混乱が渦巻いていた。
「リッキー……こんなの、ひどすぎるよ……」
雪音の声はか細く、雨音にかき消されそうだった。力人は拳を握りしめ、気持ちを奮い立たせる。
二人は慎重に廊下を進む。足元でガラスが砕ける音が響き、血の臭いが鼻腔を刺す。力人はコントローラーを握り、周囲を警戒する。雪音も戦闘の準備を整え、バッグからコントローラーを取り出し、生存者がいないか見回す。
少し歩いた所で、廊下の奥からよろめく人影が二人の視界に現れる。
「リッキー、もしかして……」
それは中年の教師だった。額から血を流し、ぼろ布のようになった制服が身体にまとわりついている。朦朧とした目で二人を見つめ、力の抜けた声で呟く。
「はや……く……にげ……て……」
教師の言葉は途切れ、身体がピクリと動かなくなった。雪音が慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「……死んでるよ」
しかし、教師の瞳はすでに光を失っていた。力人は冷ややかに呟くも、拳を強く握る。
刹那、轟音とともに壁が爆発した。コンクリートが砕け散り、埃と雨が舞い上がる。そこから現れたのは、巨大な怪物──バルバロイだった。筋肉質な体躯に、猪のような牙と赤黒い毛が覆う姿はRPGのオークを思わせるものであった。その存在感は、ただそこにいるだけで空気を圧迫した。
「こいつが今回のバルバロイか……!」
力人の叫びに、バルバロイが雄叫びを上げ、床を震わせて突進してきた。二人は左右に散開し、即座に戦闘態勢へ入る。
「「トランス・チェンジ!」」
力人はコントローラーを操作し、翡翠色の光が全身を包み、コントローラーから放たれるマナが空気を切り裂く。雪音もまた、白銀色の光をまとい、スノーハウンドへと変身する。氷のマナが周囲の湿った空気を凍てつかせる。
それを見たバルバロイは足を止めた。
次の瞬間、バルバロイは天井を突き破って空高く飛翔した。そして空中で静止したまま、巨大な腕を振り下ろす。
落下と同時に振り下ろされた拳により床が陥没した。凄まじい衝撃によって廊下の壁が崩れ落ちる。
「なんなんだよ……あれ……」
あまりの出来事に唖然とするスカイリッキー。バルバロイの攻撃を回避しつつ、隙を見て攻撃を試みるも全く歯が立たない。
「リッキー、このタイプって……」
「おそらく転生者だ!」
転生者──死者がバルバロイと化した存在。つまりこの怪物は、かつて人間だったのだ。その事実が、二人の胸に重くのしかかる。
怪物は暴走を続ける。逃げ遅れた生徒たちを次々と襲い、爪が肉を裂き、牙が骨を砕く。一人の少女が悲鳴を上げ、腕を食いちぎられる。血が噴き出し、床を真紅に染める。別の少年は背中を裂かれ、断末魔の叫びが雨音に混じる。力人は歯を食いしばり、スノーハウンドの肩を掴む。
その時、後方から罵声が響いた。
「早くその豚を殺せよ!」
振り返ると、ガラの悪い男子生徒三人組が立っていた。リーダー格の少年は、刺青のような傷跡が顔に走る荒々しい顔つきだ。嘲るように続ける。
「そのクソ喰い豚も倒せねえのに、調子に乗ってんじゃねえぞ!」
その言葉が終わるや否や、バルバロイが動いた。巨腕がリーダー格の少年を掴み、床に叩きつける。鈍い音とともに、少年の頭部がトマトのように潰れ、脳漿と血液が床に飛び散る。鉄の臭いが空気を満たし、赤黒い液体が力人のスニーカーにまで飛沫を上げる。残る二人は恐怖のあまり失禁し、腰を抜かしたまま後ずさるのみであった。
「ひっ……や、やめろ……!」
そんな彼らを見下ろしながらバルバロイは再び雄叫びを上げ、飛びかかる。
「雪音、見るな!」
スカイリッキーはスノーハウンドの目を伏せながら、バルバロイから離れる。
次の瞬間、バルバロイは容赦なく飛びかかり、爪が二人の身体を切り裂く。肉が裂ける音、骨が砕ける音が連続し、血と内臓が床に広がる。三人の遺体は、頭部が半分以上失われ、血の海に沈んだ。
血の海の中に横たわる三つの死体。
これ以上雪音に、目の前の惨劇を見せるわけにはいかない。
「雪音、攻略ルートは見えた。だから安心して俺に任せろ!!」
スカイリッキーの声は力強く、しかしどこか震えていた。鉄とアンモニアの臭いが鼻腔を刺す中、彼はスノーハウンドを校庭に避難させ、単身でバルバロイに立ち向かう。バルバロイとの距離を詰め、間合いに入ると、雨に濡れた廊下で足を滑らせながらも、勢いよく跳び上がり、天井を蹴って加速する。そのまま一気に接近すると、コントローラーからヘラクレスホーンを取り出し、バルバロイに車輪のように回転しながら突撃する。バルバロイは両腕で受け止めるが、力の強さに押し負け、壁に叩きつけられる。コンクリートがひび割れ、埃が舞う。
「これで……ゲームセットだ」
スカイリッキーはコントローラーを高速操作し、ヘラクレスホーンにマナを注ぎこむ。
「大竜巻斬………」
翡翠色に鋭く輝く剣を振るうと同時、竜巻がバルバロイを包み込み、その身を切り刻む。切り口から灰を撒き散らしながら、バルバロイは咆哮を上げ、校舎の下へと落下。地面に叩きつけられ、砂埃砂埃と灰が舞い上がる。
「お゛で……ぢ……ん……な……ど……う じ……て……」
断末魔の言葉を言い終える前に徐々に身体が灰となってバルバロイの身体は灰となって崩れ落ちる。スカイリッキーとスノーハウンドは変身を解除し、力人と雪音に戻る。雨に濡れた二人の顔には、複雑な悲しみが浮かんでいた。
────
B学園高校での事後報告を終え、力人と雪音は家路につく。雨は止み、湿った空気が二人の間を重くする。
雪音の表情はいつもの天真爛漫さから遠く、沈んだままだった。力人は心配そうに声をかける。
「雪音、大丈夫か? さっきから黙りっぱなしだぞ。」
雪音は力人を見上げ、弱々しい声で呟く。
「ねぇ、リッキー……これで良かったのかな?」
力人は一瞬言葉に詰まり、彼女の瞳を見つめる。
「ああ、あれでいい。あいつらはもう助けられなかった。放っておけば、もっと人が死んでたかもしれない。俺たちの役目は、せめて楽に逝かせてやることだ」
雪音は小さく頷き、呟く。
「そうだよね……ごめん、リッキー、変なこと聞いて」
「気にすんなって」
力人は笑顔を浮かべるが、その瞳には陰りが宿っていた。
後日、今回の事件は世間を騒がせた。テレビでは力人と雪音の活躍が称賛される一方、バルバロイの境遇が議論を呼ぶ。転生者は生前、いじめの被害者だった。「豚」と蔑まれ、暴力に耐え続けた少年が、飛び降り自殺後にバルバロイと化し、復讐のために生徒を襲った──そんな推測が飛び交う。
テレビ画面では、コメンテーターたちが無意味でところどころ論点がずれた議論を繰り広げる。
「いじめがなければ、この惨劇は防げたのでは? 学校の責任は重いですよ」
「いや、しかし、バルバロイ化した時点で人間ではない。ゲーマーの迅速な対応がなければ、被害は拡大していた!」
「そもそもいじめは人間の本質。脳から改革していかないと……」
力人と雪音は、テレビの騒々しい声を聞きながら、複雑な思いで画面を見つめる。雪音の手は、力人の袖をそっと握っていた。
────
一方、御中王我はとある民家の玄関に立っていた。雨の残る街路に、チャイムの音が虚しく響く。ドアを開けたのは、高校生ほどの年齢の虚ろな目をした少女であった。
王我は静かに微笑む。
「今日は君を救いにきたんだ」
その言葉とともに、王我は注射器を取り出し、少女の首に突き刺す。赤い液体が流れ込み、少女は鈍い痛みと鋭い痛みに悶える。彼女の目が涙で潤む中、王我は囁く。
「戌上雪音、この名前知ってるね?」
少女の瞳に、ドス黒い殺意が宿る。王我は満足げに笑い、続ける。
「明日が楽しみだ」
踵を返し、王我は闇に消える。少女は床に崩れ落ち、震える手で首を押さえた。
────
翌日、梅雨時にしては珍しい青々とした快晴が広がる空の下で、力人と雪音はいつも通り登校していた。
すると二人は道端に人集りが出来ていることに気がつく。
「なんだ?こんな朝っぱらから……」
「どうしたんだろ?」
二人が疑問に思っていると、突然人混みの前方から叫び声が聞こえてきた。
「助けてぇ!!」
「大丈夫ですか!?」
声のする方へ駆け寄る二人だったが、目の前に現れた光景に絶句した。
そこには五体の蜘蛛のような姿をしたバルバロイがバスの乗客や逃げ惑う人々を無差別に襲っていたのだ。
「何だよこれ……」
力人が唖然としていると、雪音が力人の背後に隠れながら震えた声で呟く。
「蜘蛛……虫嫌い……怖いよリッキー……!!」
雪音の弱点である節足動物がモチーフになっているバルバロイを見て恐怖に怯えている様子だった。
「無理もないよな……あんなもん見たら誰だって嫌になるわな」
力人はそう呟くと、カセットをコントローラーを差し込み、スカイリッキーへとトランス・チェンジした。
「雪音は、安全なところに隠れててくれ!」
そう言い残すと、スカイリッキーはバルバロイの方へと駆け出す。
迫り来るスカイリッキーに気づいたバルバロイ達は標的を変え、一斉に飛びかかる。
しかし、スカイリッキーは車輪のように回転しながら両手で襲いかかるバルバロイ達に突撃していく。
「大車輪」
「「キシャアアァッ!!!」」
叫び声をあげながらスカイリッキーを潰そうとするバルバロイ達だが、大車輪の勢いに押し返され、逆に切り刻まれていく。
「あと2体……一気に決めるぜ」
とどめを刺そうとするスカイリッキーだったが、バルバロイの姿が一瞬にして消え去ったことに気づく。
「なっ……どこにいった……?」
辺りを見渡すが、何処にもいない。
何処へ行ったのかと思考を巡らせると突如、雪音の悲鳴が聞こえる。
慌てて振り返るとそこには倒し損ねた2体のバルバロイが雪音に飛びかかろうとしていた。
「雪音!危ない!!」
叫ぶスカイリッキーだが、雪音はいつものように立ち向かう様子は見せず、何かに怯えるように地面に座り込んでしまったままだった。
「あ……ああぁ……」
恐怖で動けなくなった雪音を嘲笑うかのごとく、バルバロイはゆっくりと近づいていく。
「クソ!!間に合ってくれ!!」
『cassette change:shooting trigger』
スカイリッキーはシューティング・トリガーのカセットを挿入し、シューティングトリガーへと姿を変えた。
「まだ練習途中だが、ぶっつけ本番でやるしかないか……」
高速でボタンを操作し、SRをコントローラーから取り出すとバルバロイに向けて引き金を引く。
「いけぇええええ!!!」
銃口から放たれた光の弾丸は一直線にバルバロイに向かって飛んで行き、バルバロイを一瞬で動かなくさせる。
その隙をついてスカイリッキーは、雪音の元へと向かい雪音を庇うように抱きしめる。
「もう大丈夫だ雪音」
しかし雪音の様子はどこかおかしい。まるで怯えた小動物かのようにガタガタと震えていたのだ。
それどころか身体も縮こまり、さらには呼吸も乱れて過呼吸を起こしていた。
「はあっはあっ……はあっ……」
「どうしたんだよ雪音!?」
尋常じゃない雪音の怯えように困惑する力人。
そんな力人の胸元で雪音は震えながら呟く。
「はぁっはぁっ……り、リッキー、う、後ろ……」
「は?何言ってんだ?」
そう言いながら振り返った瞬間、力人は驚愕した。
なぜなら先程倒したはずのバルバロイ達が復活していた。
(蘇生効果か……?こういうタイプの場合、大抵同時に倒さないといけないはずなんだがな……)
冷静に分析しつつも、スカイリッキーはすぐに行動を開始する。
「もう一度倒すしか無いみたいだな……!」
再び、コントローラーを操作してスカイリッキーはバルバロイに立ち向かった。
刹那、何者かがバルバロイ達を次々と倒していく。
現れたのは、ライダースーツを纏ったゲーマー。それは雨都創亮だった。
「マッハさん、どうしてここに?」
「遅れてすまない。今から援護に入る」
そう言うと彼はコントローラーを操作し、滑走しながらバルバロイ達に次々と攻撃を加えていく。
そして数分後、バルバロイ達は全滅した。
すると、雪音が安堵したのか力人に抱きつく。
スカイリッキーはそれを優しく受け止め、頭を撫でた。
「これで、今回のバルバロイは全部倒したか?」
「いや、確か5体だったはず……ということはまさか……!」
力人は最悪の事態を想像して青ざめる。
しかし、予想に反してバルバロイが復活する様子は見られなかった。
雪音もそれに気づいたのか、不思議そうな表情を浮かべた。
その直後、スカイリッキーは何かに気づいたような素振りを見せる。
「どうしたのリッキー?」
「いや、なんか変な感じがしてな……」
不安そうに尋ねる雪音に、スカイリッキーは答える。
「まあ、気のせいだと思うけど」
そう言いながら、雪音を安心させようと頭を撫でるスカイリッキーだったが、突如として凄まじい轟音が鳴り響く。
慌てて、音の鳴る方を見るとそこにはスカイリッキーとマッハが倒し損ねたバルバロイが立っていた。
そのバルバロイが手をかざすと、倒れていたスパイダーバルバロイが立ち上がり、バルバロイの元に集まる。
「こいつがスパイダーバルバロイのボスっていうわけか」
マッハの言葉にをスカイリッキーは肯定する。
「そういうことだろうな。だったら……」
そう言ってスカイリッキーは取り出したヘラクレスホーンでスパイダーバルバロイに攻撃を仕掛ける。
素早い身のこなしで攻撃を繰り出すスカイリッキーだったが、突如、身体の動きが鈍くなる。
ふと足元を見ればそこには白い糸のようなものが無数に絡み付いている。
スカイリッキーは即座に自分の身体に絡まっているものを切り裂き、体勢を立て直す。
その隙にスパイダーバルバロイ達は、雪音を取り囲んでいた。
「しまった……!雪音!!」
「大丈夫だ、力人くん。彼女ならきっと勝てるよ」
「そんなこと言ってる場合か!!」
落ち着いた言葉を返すマッハに対して、スカイリッキーに焦りながらも苛立ちを含んだ口調で言い返す。
そして、次の瞬間。
雪音を取り囲んでいたスパイダーバルバロイたちは次々と人間の姿へと戻っていく。
それを見たスカイリッキーは驚愕した。
なぜならば、目の前で起きているのは紛れもなくスパイダーバルバロイではなく人間の少女達で、しかもその中心にいたのは見知った顔だったからだ。
「お前は……!生嶋」
スカイリッキーの声に反応して、リーダー格の少女、生嶋秀美はゆっくりと振り返る。
その目はまるで深淵のように暗く底なしの沼のようにドス黒く濁っていた。
「これ以上雪音に近づけさせるものか……!」
ヘラクレスホーンを手にスカイリッキーは秀美に向かって駆け出す。
しかし、スパイダーバルバロイのリーダー格である生嶋秀美……もとい、バルバロイ化した秀美は雪音の前で口を開いた。
「アンタのせいで私は全てを失った……!全部、全部……全部……アンタが悪いのよ……!」
秀美の怨嗟の言葉に、雪音は怯えた表情を見せる。
そんな雪音を庇うようにスカイリッキーは立ち塞がった。
「それ以上、雪音に近づくんじゃねえ!!」
力強く握った拳で秀美を殴りつけ、怯んだところに蹴りを入れる。
「覚えてなさい!この怨みは必ず返してやるんだから!」
捨て台詞を残して、バルバロイ達はその場を後にした。
「逃がすか……!」
追いかけようとするスカイリッキーだったが、背後から聞こえる荒く激しい息遣いに気付き足を止める。
後ろを振り返ると、そこには雪音が座り込んでいた。
「大丈夫か!?」
心配そうな表情を浮かべながら、スカイリッキーへの変身を解除し力人は雪音の肩に手を置いた。
「はあっはあっ……リッキー……」
手が震え、呼吸が乱れながらも雪音は何かを言おうとする。
「雪音!!少し落ち着こう!」
力人は雪音を宥めるため、一旦、安全な場所まで連れて行くことにした。
近くの公園のベンチに座らせ、雪音が落ち着きを取り戻すまでの間、力人は彼女の手を握る。
「マッハさん、今日は学校を休むって連絡しておいてくれませんか?」
力人は創亮に頼み事をした後、雪音の方へ向き直る。
先ほどまでと比べると過呼吸は少し治まったようだが、まだ顔色は悪く、辛そうな様子だった。
「大丈夫か?」
力人は雪音の隣に腰掛けながら尋ねる。
「うん……」
力人に気遣われ、雪音は申し訳なさそうに俯いた。
「無理すんなよ、ほら水」
力人からペットボトルの水を受け取り、雪音は少しずつ口に含む。
しかしその次の瞬間、雪音の中で何かが込み上げてきた。
慌てて手で口元を抑えるが、嗚咽と共に嘔吐してしまう。
「お゛え゛っ……!!」
地面に零れ落ちる水が混ざった胃液が今の彼女が置かれた状況の深刻さを物語っていた。
「雪音さん!?」
驚いて思わず声を上げる創亮だったが、すぐに我に返り雪音の元へ駆け寄る。
その間も力人は雪音の背中を優しくさすり続けていた。
「はあ……はあ……リッキー、ありがと。もう大丈夫だから」
そう言いながらも雪音の様子は明らかに無理をしているようだった。
今にでも倒れてしまいそうな雪音をこのままというわけにはいかない。
そう考えた力人は決心を固めたように雪音を雪音を背負い、立ち上がる。
「俺は雪音をおぶって先に帰るから、マッハさん後はお願いする。それと、後で雪音の家に来てくれ、話したいことがあるからさ」
創亮に後を任せると、力人は雪音をおぶって自宅へと歩き出した。
「雪音、ゆっくり休んでいいからな」
「……うん」
その言葉を聞いて安心したのか、雪音は力人の首の後ろに回した腕の力を強め、ゆっくりと心を微睡みに委ねていった。
[次回予告]
雪音と因縁のある少女、生嶋によって雪音はフラッシュバックを起こし倒れてしまう。
そして語られる雪音の過去……
窮地に立たされる力人達の前に現れたたのは希望の使者か、絶望の死者か……
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