GET OVER The Past
力人が雪音を背負ったまま帰宅している頃、ゲーマー協会では緊急会議が開かれていた。
高層ビルの一室。会議室のテーブルには、タブレットやパソコンが並び、スタッフたちがスパイダーバルバロイに関する情報を共有していた。目撃情報、その特徴、被害状況――画面に次々と表示される情報に、緊張感が高まっていく。
その時、会議室のドアが大きな音を立てて開かれた。
静寂が一瞬で破られ、全員の視線がドアに向けられる。
そこに入ってきたのは、一人の青年だった。
──尾道刃。
サイドを残したオールバックの黒髪。整った顔立ちに、爽やかな笑顔を浮かべている。一見すると、好青年そのものだった。しかし、その瞳の奥には、何か冷たいものが潜んでいた。
「今回のスパイダーバルバロイの討伐について、ビーストから直々に依頼が来た」
尾道の言葉に、ほとんどのスタッフが無言のまま頷くか、沈黙を守っていた。
しかし、その中で一人だけ、真面目そうな風貌のスタッフ、樹村だけが異議を唱えた。
「少し待ってくださいよ! いきなり何を言っているんですか! まだ情報も錯綜している状態で……」
樹村の声に、会議室に緊張が走った。
尾道は、樹村に向かっていった。ゆっくりと、だが確実に。そして、樹村の目の前で立ち止まった。
「俺に口答えするっていうのは……どうなるかわかってるのか?」
その声は、低く、冷たかった。樹村の顔から血の気が引く。身体が硬直し、言葉が出ない。尾道の瞳が、樹村を見下ろしていた。その視線には、明確な敵意が込められていた。
「あーごめんごめん、怖がらしすぎちゃったね」
突然、尾道の表情が一変した。さっきまでの冷酷な雰囲気は消え、おどけた様子で笑い始めた。
「ま、よろしくね」
尾道は、軽く手を振りながら会議室を退室した。
その背中を見送りながら、樹村は拳を握りしめていた。
――あの男は……危険だ。
尾道が去った後、樹村はスタッフの一人に彼について質問した。
「あの尾道刃……でしたっけ……あの人、何者なんですか」
スタッフの一人が、小声で説明を始めた。
「尾道刃は、一年ぐらい前にゲーマー協会に入会したゲーマーで、わずか三ヶ月足らずで五龍帝にまで上り詰めた期待の新星とされています……ただ……」
「ただ……?」
スタッフが言葉を濁すと、樹村は興味津々で先を促した。
「彼はなぜか、バルバロイと同じくらい……いや、それ以上に何と言いますか、俗に言う陰キャやチー牛を嫌っているんです」
スタッフの声は、さらに小さくなった。
「この前も、新宿で陰キャと判断した人々をバルバロイともども殺戮したという話がありますし……」
樹村の表情が、強張った。
「狂っていますね……それならなんでみんな止めないんですか」
「それは……尾道さんはゲーマーとしては優秀で実績もあり、ビーストの危機を救ったとかでお気に入りなので、スタッフも強く言えないんですよ……」
スタッフは、肩を落とした。
「だから誰も何も言えないんです……今の私達ができるのは、スパイダーバルバロイの件に集中することしかないんですよ……」
話を聞き終えた樹村は、尾道刃、そしてゲーマー協会への不信感を募らせた。
――この組織は……腐っている。
樹村は、拳を握りしめながら、スパイダーバルバロイ討伐について会議を進めることにした。
────
一方、その頃、力人は自宅へ帰宅し、雪音の部屋の前に立っていた。
「許可なく入るわけにもいかないな……しかし、このまま放っておくわけにもいかないし……」
躊躇いを隠せないまま、力人は意を決して扉を開け、雪音をベッドに寝かせた。
「雪音……」
「んっ……りき、と……」
雪音は眠たげに瞼を開き、ぼんやりとした表情で力人を見つめた。
「き、緊急事態だったから、許可なく入ったけどごめん……」
「……大丈夫だよ。こっちこそ迷惑かけちゃったね……」
力人の謝罪に、雪音はゆっくりと身体を起こしながら答えた。
「体調はもういいのか」
「うん。少し休んだら良くなってきたよ」
力人の問いに、雪音は微笑みながら返した。
「そっか、なら良かったよ」
力人が安堵した様子で呟くと、玄関からインターホンが鳴り響いた。
「そろそろだな」
スマホのメッセージを確認した力人が玄関を開けると、創亮が待っていた。
「入らせてもらうぞ」
「ああ」
力人は創亮を招き入れると、リビングのソファーに腰掛けた。
「話があると聞いたが、何の話だ」
創亮は力人に尋ねた。
いつもと違う力人の様子に何かを察した創亮は問った。
「もしかして、あのスパイダーバルバロイが雪音さんと何らかの関わりがあるんだな」
「……はい」
「やっぱりか……」
力人の返答に、創亮は神妙な面持ちで腕を組んだ。
「あのスパイダーバルバロイ達の正体は、中学時代の俺のクラスメイトで、雪音を虐めていた生嶋秀美とその取り巻き達だ」
力人の言葉に、創亮は言葉を失い、驚きを露にした。
「マジかよ……! もしかして話というのは……」
その問いに、力人は真剣な眼差しで答えた。
「ああ、話すのは雪音の過去についてだ……」
力人は、雪音が受けた壮絶な過去について語り始めた。
────
「雪音は中学時代、生嶋秀美と取り巻きによる虐めが原因で不登校になっていたんだ」
力人の声は、静かだが重かった。
「奴らの動機は特になく、ただ気に食わなかっただけ。そんな理由で始まり、エスカレートしていった」
創亮は、黙って聞いていた。
「根も歯もない噂を流したり、机に落書きをするのは日常茶飯事。時には蝉の抜け殻や泥を雪音の口に押し込もうとするなど、悪質極まりないものもあった」
「酷ぇな……」
創亮の声には、怒りが滲んでいた。
「雪音は優しすぎるから、心配かけさせたくないと家族にも相談できなかった。だから、一人で抱え込んでいたんだ」
力人は、拳を握りしめた。
「そのせいで、雪音の心は病んでいった」
「……!」
「それで、雪音は自殺しかけたんだ。その時は俺が止めたんだけどさ」
力人の言葉に、創亮はマグマのように湧き立つ怒りを抑えながらも、力人に質問した。
「それで、どうなったんだ……」
「あの後、俺が奴らを返り討ちにしたんだよ。雪音にボイスレコーダー持ち込ませて、証拠を集めて、SNSで拡散したって感じでな」
力人の声には、誇りが込められていた。
「生嶋たちの虐めの証拠は、一気に広まった。学校は大騒ぎになり、炎上した生嶋たちは転校せざるを得なくなった。を受けた。そんで、雪音をrainbow roadに誘ったんだ」
「そういうニュースがあったな……」
創亮は、深く息を吐いた。
「でも、結局雪音が受けた傷は簡単には癒えなかった」
力人の声が、わずかに震えた。
「雪音は、人が怖くなった。笑顔を作るのも、人と話すのも、怖くなった」
力人は、雪音の苦しみを思い出していた。
「でも……それでも雪音は、立ち直ろうとずっと前を向いて生きているんだ」
力人の瞳には、雪音への尊敬と、守りたいという決意が灯っていた。
「rainbow roadで、雪音は少しずつ変わっていった。似たような境遇の子供たちと接しているうちに、少しずつ心を開いていった」
力人は、雪音の成長を見守ってきた。
「そして、ツルギさんが雪音にゲームを教えてくれた。雪音は、ゲームを通して自分を表現できるようになった」
力人は、ツルギへの感謝を込めて語った。
「ツルギさんは、雪音に言ったんだ。『君は優しくて強い。傷ついた分だけ輝けるはずだ』って」
力人の声が、温かくなった。
「雪音は、その言葉を信じて、立ち直っていった。今では、こうして俺と一緒に戦えるまでになった」
力人は、雪音の強さを誇らしく思いながら、創亮に告げた。
力人の話を聞いた創亮は、自分と似たような境遇であると実感した。
「俺と同じだな……」
創亮の呟きに、力人は驚きの表情を浮かべた。
「そうなのか」
「ああ、俺も小学生の頃に虐めを受けていたんだ」
創亮は、遠い目をした。
「それがきっかけで、人を信じられなくなって荒れてね……多くの人の大切なものを傷つけて、壊してまわったんだ……」
創亮の声には、後悔が滲んでいた。
「でも、ある日……ある人に救われた」
創亮の瞳に、光が宿った。
創亮は、その人の顔を思い出していた。
「そのおかげで、変わったんだ。もう俺みたいな人は出させないってね」
創亮が紡ぐ自身の過去を聞きながら、力人は創亮の心の強さと雪音の心の強さを重ねた。
――ツルギさんが、創亮を救ったんだ。
力人は、そう確信した。
その刹那、創亮のスマホから通信音が鳴った。
「スパイダーバルバロイが現れた。それもこの近く……!」
「えっ……」
それを耳にした力人は驚きの表情を浮かべるが、すぐにその表情は真剣なものへと変わった。
「行くぞ、リッキー」
「ああ!」
二人は力強く頷くと、スパイダーバルバロイ討伐へ駆け出した。
────
力人と創亮がスパイダーバルバロイの元へ駆け出す中、雪音は一人、自室に閉じこもっていた。
胸には、過去の傷が深く突き刺さり、荒い呼吸が部屋に響く。
「はぁ……はぁ……」
手を胸に当てながら、雪音は苦しさに耐えていた。
――また……あの時の記憶が……。
生嶋たちの顔が、脳裏に蘇る。嘲笑う声。罵倒する言葉。蝉の抜け殻を口に押し込まれた感覚。
――もう、嫌だ……。
だが、その時、力人の顔が浮かんだ。
力人の優しさ。力人の強さ。力人の支え。
――力人が、守ってくれた。
心の中に温かいものが流れ込んできた。
――もう、逃げない
雪音は、机に置かれたコントローラーへと目を向けた。
その眼には、これまでの過去と向き合い、乗り越えようという決意と力が宿っていた。
「今度は……私が……!」
そして、勇気を手に、雪音は部屋を飛び出していった。
────
力人と創亮は住宅街を駆け抜け、襲来したスパイダーバルバロイと対峙した。
彼らは瞬時に変身し、戦いに臨んだ。
彼らの存在に気づいたスパイダーバルバロイ達は、挑発するかのように連携して攻撃を繰り出してくる。
スカイリッキーは、襲いくるスパイダーバルバロイの攻撃を巧みにかわし、地面や壁などを蹴りつけながら間合いに入り込んで拳を振るった。
その隙を突いて、マッハも強く地面を蹴り、高く飛び上がると連続でスパイダーバルバロイに蹴りを打ち込み、地面に叩きつけた。
二人の連携は見事に敵を打ち破っていく。
スカイリッキーは拳を構えてスパイダーバルバロイに向かって走り出した瞬間――リーダー格のスパイダーバルバロイが、逃げ遅れた男性に襲いかかった。
「くそっ!」
男性を助けようとしたスカイリッキーが男性に駆け寄った刹那、スパイダーバルバロイが男性に向かって毒液を放った。
「間に合えぇ!」
スカイリッキーの剣が、毒液を一刀両断した。しかし、飛び散った毒液がスカイリッキーの身体にかかった。
痺れにより、全身の力が抜け、近くの壁にもたれかかった。
「この野郎……!」
スカイリッキーはスパイダーバルバロイを睨みつけながら、心の中で叫んだ。
その様子に、スパイダーバルバロイは満足したかのように、衰弱していく力人へと蜘蛛の脚を模した鎌〈スパイダーサイズ〉を手に迫ってくる。
「リッキー君!」
混濁していく意識の中、創亮の声が耳に響いた。
その刹那――。
「フローズン・バインド!」
聞き馴染みのある声が聞こえ、その言葉と共に氷の球体がスパイダーバルバロイを包み込んだ。
視線を向けると、そこにはスノーハウンドに変身した雪音の姿があった。
――雪音……!
呆気にとられるスカイリッキーを尻目に、スノーハウンドはスパイダーバルバロイを拘束しながら、コントローラーのコマンドを操作し、別のスパイダーバルバロイへと氷の礫を放った。
スノーハウンドの氷の球体がスパイダーバルバロイの脚を凍結させ、彼らの動きを鈍らせると、スノーハウンドはスカイリッキーに近づき、手を差し伸べた。
「ありがとな、雪音。それにしても大丈夫なのか」
「私……もう大丈夫だよ!」
その言葉と共に振り返った雪音の瞳には光が灯り、いつもと同じような明るさを取り戻していた。
「そうか……いくぞ雪音!」
スノーハウンドの表情を見たスカイリッキーは、毒で蝕まれた身体を無理に起こし、復活したスパイダーバルバロイへとおぼつかない足で駆け出した。
糸による攻撃を紙一重で躱しながら、スカイリッキーはスパイダーバルバロイに肉薄すると、拳を思い切り叩き込み地面に叩きつけ、一気に畳み掛けるように強力な連続攻撃を叩き込んだ。
「雪音、今だ!」
スカイリッキーの声と共に、スノーハウンドが手に氷のナイフ〈スノーファング〉を持ってスパイダーバルバロイに襲いかかり、トドメとばかりに首筋に剣を突き刺すと、そのまま横に薙ぎ払い、切り裂いた。
痛みに身悶えるスパイダーバルバロイを横目に、スカイリッキーは他のスパイダーバルバロイに向かって駆け出した。
毒に蝕まれ、身体は痛みで悲鳴をあげているが、そんなことは気にならなかった。
拳を再び握り締めると、一気に駆け出す。
そして、糸を使って拘束してきたスパイダーバルバロイを振り払うと、拳を振り下ろし叩きつけた。
不意の強烈な攻撃に、スパイダーバルバロイは地に伏した。
「雪音……一気に……決めるぞ」
「うん! 任せてよ、リッキー!」
スノーハウンドは手に持った氷のナイフ〈スノーファング〉に力を込めて、毒液や糸を放つスパイダーバルバロイ目掛けて飛びかかりながら攻撃した。
スカイリッキーは脚を踏み込み、空高く飛び上がるとコントローラーのボタンを二回押し、必殺技を放つ構えを取った。
「ダウンバースト!!」
飛び上がったスカイリッキーの足から放たれた強烈な竜巻が、二体のスパイダーバルバロイを貫き、粉々に粉砕した。
それと同時に、マッハも二体のスパイダーバルバロイに高熱を纏った拳を突き出して打ち抜いていった。
スパイダーバルバロイ達は全身を炎に焼かれて奇声を発しながら、焼け落ちていった。
残るスパイダーバルバロイは、生嶋が変身した一体のみ。早急に倒さなければ、振り出しへ戻ってしまう。
わずかな時間の中、思考を張り巡らせ、最善の方法を思案する中、スパイダーバルバロイの腕の動きへ目が止まった。それと同時に、焼け落ちていた手下のスパイダーバルバロイの残骸が徐々に集まり、再生し始めていた。
「雪音! アイスボールを打て」
「え。あっ……うん!」
スカイリッキーに言われ、スノーハウンドは戸惑いながらもコントローラーを操作し、掌へと氷の力を集めては、その手から氷の弾を放った。
氷の弾丸〈アイスボール〉は見事スパイダーバルバロイの足を貫き、動きを鈍らせた。
「今だ!」
刹那、高く跳躍したスカイリッキーの必殺技である大竜巻斬が、スパイダーバルバロイを襲った。
大竜巻に巻き込まれたスパイダーバルバロイ達は、バラバラと分解していき、塵となって消えていった。
「後はお前だけだ、生嶋」
力人がそう言い終えた次の瞬間、突如リーダー格のスパイダーバルバロイは力を失い、生嶋秀美の姿へと戻った。
彼女は地面に倒れ込み、苦しそうに息をしていたが、その目は鋭く光っていた。
「リッキー……終わったの……?」
雪音の問いに、力人は軽く首を横に振りながら答えた。
「まだ、終わっていない……」
その言葉とともに、周囲に散らばるスパイダーバルバロイだったものが、まるで生き物のように生嶋に纏わりつく。
力人と雪音は、その異様な光景に目を見張り、警戒を強めた。
「気をつけろ、何かが起こるぞ!」
力人が叫ぶと、秀美の身体が急速に変化し始めた。塵を取り込むたびに、彼女の姿はより恐ろしいものへと変貌し、ついには毒々しい紫色をした五つの顔が張り付き、下半身が蜘蛛になった蜘蛛のバルバロイ――アラクネアバルバロイへと化した。
「コれガワたしノ……ホんとウの……チかラ……」
その声は五つの口から同時に発せられ、恐怖を一層煽るものだった。
アラクネアバルバロイはスカイリッキーとスノーハウンドに襲いかかり、五つの顔がそれぞれ別々の方向に毒液を吐き出し、蜘蛛の足で素早く動き回るその姿は、まるで悪夢に出てくる怪物そのものだった。
「雪音、行くぞ!」
力人が叫び、雪音と息を合わせた。二人の目には、決意と力が宿っていた。
「雪音、俺にアイスボールを撃て」
「えっでも……」
「いいから早く!」
促されるまま、スノーハウンドはアイスボールをスカイリッキーへ向けて発射した。
「ダウン・ブリザード!!」
スノーハウンドの氷の力を纏ったスカイリッキーが、アラクネアバルバロイに向かって突進した。
彼の身体はヘラクレスホーンの力で敵を上空へと巻き上げ、そのまま高く飛び上がった。空中で、雪音の吹雪の力と自分の強風の力を纏った脚で一気に蹴りを放った。
「はぁぁぁぁ!」
力人の蹴りがアラクネアバルバロイに直撃し、その内部を凍てつかせながら風圧で破壊した。
その瞬間、周りの温度が一気に冷え込み、霧が立ち込めた。
アラクネアバルバロイは「ダウン・ブリザード」を受け、生嶋秀美の姿へと戻ると、糸の切れたマリオネットのように倒れ、動かなくなった。
その姿はまるでマネキンのように静かだった。
変身を解除した力人と雪音、そして創亮は、その光景に驚愕した。
「これは……」
力人は、少し前に戦った蝙蝠のバルバロイの最期を思い出し、疑問を持った。
「なぜ、こんなことに……」
彼らは互いに顔を見合わせ、戦いの中で見つけた新たな謎に直面していた。
力人は動かなくなった秀美の死体を創亮へ引き渡し、担任である梅田に今回のバルバロイの調査と、雪音は良くなったと報告をするよう依頼した。
「お……おう、分かった。俺に任せとけ」
力人の言葉に、創亮は一瞬戸惑ったが、すぐに困惑しながらも頷いた。ぎこちなく秀美の体を受け取った彼は、力人と雪音に別れを告げた。
力人と雪音が自宅への道を歩き出した時、突然、何者かが雪音に向かって襲いかかってきた。
────
「雪音、ゴメン!」
「リッキー、えっなに」
その影は素早く、力人は咄嗟に雪音を突き飛ばして攻撃を避けた。
「失敗したか」
その言葉と共に現れた襲撃者の正体は、フルフェイスの赤い竜騎士だった。
「バルバロイか……?」
力人はそう推測したが、襲撃者の腰に装備されたコントローラーが目に入ったことで、その正体が同業者だと認識した。
「お前……ゲーマーか⁉」
力人は声を張り上げたが、相手は何の反応も示さず、無言のまま雪音へと歩みを進めた。
自分達に近づく竜騎士に警戒しながら、力人と雪音がトランスチェンジするべくコントローラーを取り出した刹那――。
「普通にやったら、陰キャの血で汚れるからな」
マスク越しにくぐもった声で呟くと同時、竜騎士はコントローラーのコマンドを操作すると、雪音の腹部目掛けて拳を振りかぶった。
「雪音!」
拳が雪音に迫る中、力人は自らの身体ごと雪音を庇った。
「ぐぅっ……」
「リッキー!」
顔面を殴られ、苦悶の声を上げながらも、力人は竜騎士へのカウンターを狙って脚を蹴り上げた。
しかし、竜騎士は華麗なステップで力人の蹴りを躱すと、回し蹴りを繰り出し、力人を地面に叩き伏せた。
そんな倒れた力人を守ろうと、雪音は竜騎士の前に立ち塞がろうとした。
「自分から来てくれるのは本当に助かったぜ」
そう呟きながら、雪音の鳩尾に拳を叩き込み、雪音は腹部を抑えながら悶えた。
苦痛に顔を歪める雪音を庇うように、力人が立ち上がるが、腹部へのダメージと変身していない状態での戦闘力の差により、劣勢を強いられていた。
「おい、お前! なんで雪音を狙った!」
力人の腹からの叫びに、竜騎士は煩そうに口を開いた。
「何故って、いじめられっ子だから。いじめられっ子っていうのは被害者意識だけが無駄に高い社会に出ても足手まといになりそうな負け組でしかない。負け組ってのはいつもそうだ。自分の欠点を他人のせいだと言い放ち、無関係な人間を攻撃する。そんなゴミ未満は誰にも迷惑かけずにひっそりと首でも……」
「雪音がそんなやつに見えるのか」
狂気に満ちた発言を遮るように、力人は怒りを孕んだ声で叫んだ。
その言葉に対し、思うところがあるのか、竜騎士は力人の首を掴みながら語り出した。
「お前に何がわかるんだよ……」
首を掴む力が強まり、力人が苦痛に歪み、呻き声が漏れた。
刹那、突如現れた何者かが竜騎士に近づき、強力な蹴り技で吹き飛ばした。
その衝撃により、竜騎士の力が弱まり、力人は咽せながらも地面に倒れ伏した。
そして、姿を現したのは、マッハファイターに変身した創亮であった。
「ま……まっ……はさん……」
「力人! ヤツから……尾道から離れろ!」
いつもとは違う眼の鋭さと語気の強さ、そして力人を本名で呼んだことが、彼の焦りを如実に物語っていた。
「尾道……?」
初めて聞く力人は一瞬戸惑うが、すぐに雪音を連れてその場を離れることを頭の中で一位にした。
一方、尾道と呼ばれた竜騎士は、マッハファイターの乱入を受けて一瞬攻撃を止めたが、すぐに赤い剣をコントローラーから取り出し、マッハファイターに向かって突進してきた。
二人は住宅街の静寂を切り裂くような激しい戦闘を繰り広げ、尾道の剣とマッハファイターの拳が火花を散らした。
だが――。
尾道の攻撃は、圧倒的だった。
マッハの拳を、軽々と躱す。カウンターの蹴りを、紙一重で避ける。そして、隙を突いて剣を振るう。
その戦闘センスは、まさに天才のそれだった。
最終的に、マッハファイターは地面に倒れ込んだ。
尾道は、冷酷な視線を雪音に向け、彼女に歩み寄ろうとした。
しかし、その瞬間、力人が最後の力を振り絞って尾道に拳を向けた。
尾道は、その拳を軽々と受け止め、力人を見つめた。
「お前……もしかしてこいつのことが好きなのか」
まるで恋バナでも話すかのように、雪音を指差しながら問いかける尾道に、力人は戸惑いながらも、雪音を守る決意を込めて答えた。
「これ以上雪音に危害加えようとすんなら、俺は容赦しないからな」
力人の啖呵に、尾道はしばらくの間、じっと見つめていたが、やがて攻撃を止め、立ち去ろうとした。
その瞬間、隙をつくかのように、マッハファイターが背後から蹴りを放った。
「さすがは四神のマッハだ……だがこれ以上やると、近所迷惑になる」
創亮の攻撃を軽くあしらった尾道は、淡々とした声で言い残し、力人に向けて軽く手を振った。
「そいつを大事にしろよ」
その言葉を最後に、尾道は変身を解除しながら来た道を戻っていった。
力人と雪音はしばらくの間、尾道の立ち去った方向を見つめていたが、やがて力人はその場にへたり込んだ。
そんな力人に、雪音は駆け寄り、彼の怪我を心配そうに見つめた。
────
夜の静けさが街を包み込み、さっきまでの戦いが遠い過去のように感じられる頃、雪音は優しく微笑みながら力人の腕に最後の包帯を巻き終えた。
リビングの柔らかな照明が二人を照らし、戦闘で負った傷も少しずつ癒えていくように思えた。
「これで大丈夫よ、リッキー。それにしても身体大丈夫なの」
雪音は心配そうに力人の顔を見上げた。彼女の澄んだ瞳には、感謝と安堵の色が浮かんでいた。
力人は照れ臭そうに頭をかきながら、少し頬を赤らめて笑った。
「ありがとう、雪音。助かったよ。明日には元気になれそうだ」
その時、テーブルの上に置かれたスマートフォンが振動し、画面に梅田の名前が表示された。
雪音は電話を手に取り、通話ボタンを押した。
「もしもし、戌上です」
『ああ、戌上か。体調はどうだ。もう大丈夫なのか』
梅田の心配そうな声が電話越しに聞こえてくる。雪音は微笑みながら答えた。
「はい、おかげさまで明日から登校できそうです。ご心配をおかけしました」
『それは良かった。無理はするなよ。それと何かあればすぐに連絡してくれ』
「ありがとうございます、梅田先生。おやすみなさい」
通話を終えると、雪音は深く息を吐き、再び力人に向き直った。
その瞬間、小さな足音がリビングに響き、ハティが尻尾を振りながら駆け寄ってきた。
「ハティ、おいで」
雪音が手を広げると、ハティは嬉しそうに彼女の腕の中に飛び込んだ。
その愛らしい仕草に、力人も思わず笑みを浮かべた。
「本当に可愛いな、ハティは」
「そうね。ハティも嬉しそう」
雪音はハティの頭を優しく撫でながら、力人に感謝の眼差しを向けた。
「今日も本当にありがとう。私を守ってくれて」
その言葉に、力人は一瞬言葉を失った。心臓が少し早く鼓動するのを感じ、視線を逸らしながら照れ隠しに笑った。
「お、俺はただ、最強のゲーマーとして当然のことをしただけだ。特に雪音は俺の大事な大事な幼馴染だからな」
「幼馴染、ね……」
雪音は少し寂しげな表情を浮かべたが、すぐに笑顔を取り戻した。
それを横目に、ハティが二人の間を行ったり来たりしながら、楽しそうに尻尾を振っている。
「それじゃあ、今日はゆっくり休んでね。おやすみ、リッキー」
「おやすみ、雪音。ハティもいい子にするんだぞ」
力人はハティの頭を軽く撫で、立ち上がって自室へと向かった。
廊下を歩きながら、彼は今日一日の出来事を思い返していた。
部屋に入ると、傷だらけの身体を癒すべくベッドに横たわり、深く息を吐きながら、彼は尾道との遭遇を脳裏に蘇らせた。
『お前……もしかしてこいつのことが好きなのか』
尾道の挑発的な問いかけが、まるで脳裏に焼き付いたかのように何度も反芻される。
その時はただ雪音を守りたい一心で思いつく限りの返しをしたが、今になってその言葉の真意を考え始めた。
「俺は……雪音のことが……」
自分の中に芽生えた特別な感情に気づき、力人は顔が熱くなるのを感じた。
彼女の笑顔、優しさ、自分を信じてくれる瞳。すべてが自分にとって大切で、失いたくないものだと改めて実感する。
「今夜は寝れそうにねーな……」
苦笑しながら、力人はゲームコントローラーを手に取った。
画面が明るく点灯し、ゲームの世界に没頭しようとする。しかし、心の片隅には常に雪音の存在があり、ゲームに集中できない自分に気づいていた。
────
一方、その頃。梅田は自宅への帰途に就いていた。
通りは静かで、彼の足音だけが響いていた。ふと、周囲の気配が異様に感じられ、彼は立ち止まった。
「誰だ」
梅田は辺りを見回したが、返事はなかった。
しかし、その静寂は突然の気配で破られた。
背後から冷たい視線を感じ、梅田は足を止めて振り返った。
姿を現したのは、ガスマスクにバイザーを装着した謎の人物だった。
その姿は異様で、不気味な雰囲気を漂わせている。腰には歪な形状の装置が膠着され、機械的な音を微かに響かせていた。
「バルバロイか!」
梅田は警戒心を強めながら問いかけたが、相手は無言のままゆっくりと近づいてくる。
次の瞬間、謎の人物が素早く動き、梅田に向かって襲いかかった。
「くっ!」
梅田はとっさに身を翻し、攻撃を避けようとしたが、相手の動きは予想以上に速く、彼の体は強い衝撃を受けて地面に倒れ込んだ。
視界が揺れ、意識が遠のきそうになる中、彼は必死に立ち上がろうとした。
「一体……何が目的だ……」
しかし、謎の人物は答えることなく、冷酷な動きで再び梅田に迫り、どこからともなく取り出した体験を振りかぶった。
彼の脳裏には、自宅で待つ家族の姿が浮かべながら、その視界は暗闇に包まれていった……。
皆さん、お久しぶりです。シンワです。
約一年ぶりの更新です。さまざまな事情で書けない間も変わらず応援してくださった読者の皆さんに、心からの感謝を申し上げます。皆さんの支えがあってこそ、再び物語を綴ることができました。
さて、今回の更新で登場した新キャラクター、尾道刃。彼は物語における新たなキーキャラクターであり、その存在が今後の展開に大きな影響を与えていきます。彼が抱える過去や目的も、物語の中で徐々に明らかになっていくのでお楽しみに。
次回からは、新展開が次々と訪れ、物語が大きく動き出します。予想外の展開が待ち受けていますので、ぜひ楽しみにしていてください。
それと次回より、登場人物の一人月浪稔の名前が實に変更されます。またそれに伴い色々とブラッシュアップしていくのでよろしくお願いします。それでは、次回の更新をお楽しみに。




