第9話 交易広場
暑いの嫌い()
外の何も無い砂漠とは真逆な王国内。
ぎゅうぎゅうに詰められた人混みを掻き分けて、バレンは依頼主の元へ向かう。
この気候と人の熱で蒸し暑い。
金物やサボテンを売っている屋台、話し声を聞けば氷の取引もある。
路上の見世物では、赤熱した岩の上で芸を見せる者。
近くに居るだけでその熱気が暑い。
依頼主の家を探して、路地裏に出た。
どこの国でも同じ様に、家が無い人や捨て人(この世界では主を失った違法奴隷やホームレスとは違い家はあるが帰らない人等の事)が居るようだ。
まるで迷路の壁のような砂岩レンガの建物の間を縫い歩き、人の声も聞こえなくなってきた。
コゲドリはこの暑さでバテた様で、すっかり動かない。
バレンはハンカチを少し濡らし、コゲドリの背中や腹を拭き、帽子で扇いでやった。
「少し休むか、よく皆は暑い中休みなく交渉を怠らない。 コゲドリ、お前はこの依頼は待ってた方が良かったかもな…… お前にはこの土地は厳し過ぎる」
暫くして、コゲドリが入った帽子を抱え依頼主の家に向かった。
「確かこの辺り…… だよな?」
表通りと違い、閑静な住宅街。
建物の間、道の真上と様々な場所に洗濯物が吊り下げられ、建物の日陰も相まって小道は"比較的"暑くは無かった。
依頼主の家に着いた。
扉は安っぽい木の板のような見た目のもので、鍵も簡素な作りだ。
取っ手という取っ手は無く、少し内側に抉れたような小さな窪みがある程度。
ノックをして見ると、外見に依らず頑丈な物のようだ。
ノックから少しして、扉の奥から駆ける音。
それでも勢いよく開くのではなく、半開きで此方を覗いてきた。
ヒゲずらの青い目をした男。
「飾り屋のバルクレーヌ・バレンと申します。 数珠の依頼を受けて……頼まれましたよね?」
ヒゲずらの男はあまりにも顔を崩さず見てきたので、心配になってきた。
しかしバレンの言葉を聞いた途端、顔を明るくし意気揚々とした声で、
「ようこそ! お越しくださりありがとうございます! さぁ、入ってください」
熱烈な握手をして、扉の奥に引き込まれる。
男はガッチリした体格の良い感じで、砂流船の運送会社に勤めているらしい。
テーブルに男と向かい合い、今回の依頼について話した。
「改めまして、飾り屋のバルクレーヌ・バレンです。 今回のご依頼は黒輝石の真珠を使った数珠と」
「はい、妻と子が無事であるよう、安産祈願として欲しいのです」
「わかりました、奥さんは何方に?」
「奥の寝室です、お会いになります?」
バレンは夫に連れられ、寝室の扉を開ける。
そこにはお腹の大きく膨らんだ女性。
編み棒を両手に持ち、風呂敷程の大きさの布を編んでいた。
「あら、いらっしゃい」
「アラー、この人が飾り屋のバルクレーヌさんだ」
「こんな遠い国に…… ありがとうございます」
「いえ、依頼が来たからには、必ず赴きます」
バレンはにっこりと笑い、お辞儀をした。
「では、早速依頼を果たすとしましょう」
夫と共にまたテーブルに戻り、バレンは凍てつく砂漠について聞いてみた。
「あぁ、私も一時期探してました。 でも見つからない、しかし確実にある。 ある砂流船士が乱流に巻き込まれた時、気を失って気付いたら凍てつく寒さの砂漠が広がっていたとか……どうやって帰ってきたのかは分かりません。 この土地は岩盤が穴だらけで、ごく稀に一部崩れる時に砂も巻き込んで開いた地下に流れ込むんですよ、もしかしたら地下にあるのかもしれません」
「成程、どうやって行くのか分かりますか?」
「分かりません、乱流に巻き込まれて入るにしても、ごく稀ですし、生きてる保証はできないかと……」
「探してみます」
バレンは夫婦の家を後にして、交易広場で知っている人が居ないか探してみた。
「凍てつく砂漠について何か」
「知らないなぁ…… 聞いた事もない」
「凍てつく砂漠って」
「砂流船士の話ぐらいかな」
「凍てつく砂」
「あ?凍てつく? 砂漠が凍てつくほど寒くなるわけ」
「……」
まぁそうだよなと、例の砂流船士の話ぐらいでしか知ることが無いのだから。
もっと他に情報が欲しい。
そう思いながら井戸の縁に腰掛ける。
コゲドリは腰に吊る下げた帽子の中で眠っている。
前に目をやると、細身の男性が此方を見ていた。
「どうされたのですか?」
「あ…… えー…… ここら辺で見ない服装…… だなぁって」
「この土地の人では無いですからね」
「旅人?」
「まぁ、旅人かな」
「魔法使いで旅人かぁ……」
「旅人というか、行商人というか」
男は何か考える素振りをして、バレンにこう言った。
「凍てつく砂漠について何か探してるようだったけど」
「知ってるのか?」
「黒輝石の真珠……だろ? 交易広場で聞き回ってるのが」
何時から見てたんだ……と思いつつ、依頼の急ぎもあるだろうから詳しく聞いてみた。
「凍てつく砂漠は地下にある。 この町の何処かにそこへ繋がる井戸があるんだ。 そう、岩盤の穴だよ」
「随分と詳しい」
「砂流船士の話は知ってるかな…… ぼ、僕の知り合いなんだ」
「ほう」
「井戸の場所も教えてもらったんだ、付いてきてよ」
「お、おう」
バレンは男に付いて行く。
広場を突き抜け、路地裏の迷路を潜り、誰も居ない井戸にたどり着く。
バレンが周りを見渡しても人らしき人は居ない。
「誰も居ないな」
「……」
後ろから強い衝撃と共に視界が暗くなる。
「案内料は貰っていくぜ、せいぜいたの……」
………………。
……………………。
冷たい水が触れる感覚に襲われ、バレンは目を覚ます。
辺りは暗く、空気も冷たい。
バレンは未だ朦朧とする意識の中、立ち上がり、杖を取り出す。
杖から光を放ち、ポーチを漁る。
「ご丁寧に紙幣だけ持って行ったな、油断してた」
コゲドリが居ない。
焦って近くを流れる川を見渡し、岩の影を何度も覗き込む。
背後からホー、と鳴き声が。
後ろを振り返り、上を見上げると、巨大水晶柱の上にコゲドリの姿。
「コゲドリ!良かった……」
嘴には紙切れを咥えていて、バレンはそれを受け取った。
「あれ、これ…… 取り返したのか?」
コゲドリはホーと一鳴き、どこか誇らしげに聞こえた。
「ありがとう! 良い奴だなぁお前〜!」
めいいっぱい撫でてやり、バレンとコゲドリは洞窟の先へ進む。
「言ってた事は本当みたいだな……ん?」
洞窟の小川の川岸に、バラバラになった船の残骸。
砂流船だ。
「これが砂流船士の話の…… 近いな」
小川はどんどん幅が拡がっていき、河に出た。
周りは水晶柱が突き刺さるように大量に生えており、杖の光を反射して薄暗く、蒼く光っていた。
その右、河が流れを変えて注ぎ込まれている方向を見ると、下へ落ちる滝があった。
河に落ちないよう、滝の下を見る。
その先の光景に目を丸くせざる終えない。
洞窟なので、暗い。
杖の光でも遠くまでは照らせない。
しかしそこには、蒼薄暗く照らされた砂漠。
冷気が白く雲のようにかかり、洞窟の天井には輝く星。
輝石苔、本来この世界なら永久凍土にしか棲息しない。
そして何より、洞窟の奥が見えない程広大だ。
崩れないのが不思議である。
「サウジャランの下にこんな……」
そりゃあ行きたくもなる訳だ。
コゲドリが飛び出し、砂漠へと向かってしまった。
「あ! 待て!」
バレンは岩を伝って砂漠へ降りる。
―一切の熱を通さない一枚岩盤に覆われた巨大な洞窟。
灼熱砂漠の下に広がる対成す大地―
《凍てつく砂漠 セルタルシア》
辿り着いた先は、砂凍る大地。セルタルシア
薄暗く青い広大な地下大地で黒く輝く真珠はあるのか……。
次回 水晶貝