過去
読んで戴けたら倖いです。
瑞基は一日、隆一朗の部屋で過ごした。
ここら辺の土地勘も無い瑞基は出掛けて迷い、帰れなくなるのを懸念して、出掛けるのを憚った。
そして瑞基はある重大な事に気付いた。
隆一朗の部屋にはパソコンどころか、テレビ、新聞や雑誌すら無かった。
『なんでこのサイバー時代にテレビの無い家が存在するかな』
仕方なく瑞基は隆一朗を知ろうと隆一朗のCDをかけ捲り、文庫本を読み漁った。
しかし、瑞基は撃沈した。
CDを聴けば、瑞基が普段耳にするJポップなど一枚も無く外国人の物ばかり、文庫本を漁れば、瑞基が普段目にするライトノベルズなど一冊も無く、あるのは小難しい純文学ばかりだった。
そして瑞基は思った。
『隆一朗ってなに人なんだ?
絶対、歳間違ってるって! 』
瑞基は床に寝転がった。
そして隆一朗の事を考えていた。
考えると云うより、隆一朗を感じていると言った方が近いだろうか。
瑞基の中の隆一朗は何処か甘く切なく、そして哀しい。
胸がキュンと締め付けられた。
瑞基は思わず胸に手を置いた。
『隆一朗……………』
瑞基は改めて部屋を見回した。
『隆一朗はこの部屋で、何を思って過ごして来たんだろう?
恋人の事、まだ愛してるんだろうな…………………』
そんな事を考えている内に瑞基はいつの間にか眠ってしまっていた。
暫くして目を覚ますと瑞基は部屋を見回した。
隆一朗の姿は見当たらなかった。
『なんだ、まだ帰って無いんだ』
仕方なくまた、隆一朗のCDと小説を漁り始めた。
散々CDを漁る内に隆一朗が居るバートリーのCDを見付けた。
パソコンでやき回したのか白いディスクに油性マジックでバートリーと書き殴ってあった。
聴き慣れない重い感じのするロックだがギターを隆一朗が弾いているのだと思うと妙に身近に感じた。
重く狂気的にうねるギターの音だが何処か繊細な感じがして隆一朗らしい気がした。
数ある文庫本の中から一冊だけグリム童話を見付け、パラパラ捲っていると『ラプンツェル』のタイトルページの端が折ってあった。
時間をもて余していた瑞基は『ラプンツェル』を読み始めた。
塔の中で魔女に怯えながら愛し合うラプンツェルと王子が、瑞基にはとても哀しい感じがした。
『ラプンツェル』を読み終える頃、CDから派手なギターの音が止んで、哀し気なピアノが流れ始めた。
ヴォーカルが入ると瑞基は持っていた文庫本を落としそうになった。
歌っているのは、どう聴いても隆一朗の声だった。
瑞基は耳を澄ました。
♪今日は帰れない森へ行くんだ
窓辺で僕を見送らないで
きみの眼差しが闇を追い掛け
涙に濡れるのを見たく無いから
涙に濡れるのを見たく無いから
遠く離れても忘れはしない
きみの元へいつか戻ってきたら
真昼だろうと真夜中だろうと
熱い口付けできみを狂わすよ
熱い口付けできみを狂わす
もしも春まで帰らなければ
麦の畑に種を蒔く時
僕の骨だと思っておくれ
麦の穂になって戻った僕を
胸に抱き締めて迎えておくれ
丁度曲が終わる頃、隆一朗が帰って来た。
「ああ、これ聴いてたの」
「これ、隆一朗が創ったの?
凄く哀しい曲だね」
「残念だけど、ボクが創った曲じゃないよ
古いドイツの曲らしいけど、ボクは名前すら知らないんだ
自殺した恋人が好きでよく歌ってた
レクイエムのつもりでいれたんだ」
隆一朗は食卓の椅子に腰掛けると伏した。
瑞基が心配そうに訊いた。
「大丈夫? 」
「大丈夫だよ
十二時間も働けば疲れもするよ」
隆一朗は眉間を抑えながら訊いた。
「お昼、どうしたの? 」
「食べてない」
「夜は…………? 」
「食べてない」
隆一朗は立ち上がると言った。
「途中でコンビニに寄らなくちゃね」
「オレ、腹空き過ぎて死ぬ」
瑞基は床に突っ伏した。
「どうして、外で食べるとかしなかったの? 」
「オレ、この辺りの地理無いからさあ
帰れなくなったら困ると思って」
「そう…………
実は凄い方向音痴? 」
「その件に関しては、ノーコメント」
「そう…………
そろそろ行こうか」
「うん」
聖流のマンションは隆一朗の家からそれほど遠く無い場所にあった。
マンションの階段を登ると聖流の部屋の前で男女がキスをしていた。
女は男の首に腕を回して世にも熱心だったが、男の方は無反応で、両手を遊ばせている。
瑞基は頬を朱く染めて、小声で言った。
「ねえ、今は行かない方が良くね」
「………………………」
隆一朗は気にする風も無く、ぼんやりと二人を見ていた。
口唇を離すと女が言った。
「どうしても来て欲しいんだ」
聖流は隆一朗に気付くと軽く手で合図した。
女の方は振り返り隆一朗達を認めると舌打ちをした。
「じゃあね、聖流
またね」
女は長い金髪と、黒地に紅い薔薇の柄を施した着物の様なデザインのコートを翻し、隆一朗にわざとぶつかり去って行った。
『どう見てもオレよか歳下じゃん
可愛い顔して大胆だよなあ』
瑞基が考えている間に、隆一朗が去って行く女の後ろ姿を見ながら言った。
「あの子が最近、聖流にお熱の美少年かい? 」
『美少年ーーっ?!
嘘でしょう!
負けた、オレよか女顔』
瑞基は改めて去って行く美少年を見た。
それから、隆一朗と聖流を交互に見ながら思った。
『弟は不能なのにセックスマニアと噂され、兄はホモですか』
瑞基は軽いカルチャーショックを起こしそうになった。
「央って言うんだけど、参ってる
来週末に別荘で一緒に過ごしたいと熱烈なお誘いでね
男には興味が無いと、散々言ってるんだが全く聞く耳を持たないんだ」
隆一朗が楽しげに言った。
「随分愛されてるんだね
可愛い子じゃない」
「ほーう、聖詞
お前はそんなに俺にゲイになって欲しいのか」
「聖流の性癖に興味なんて無いよ」
隆一朗は肩を竦めた。
聖流が隆一朗の陰に居た瑞基を覗き込み言った。
「お前こそ、その子は昨日ナンパした子だろ
お前もとうとう男に目覚めたか」
「目覚めてません!!」
瑞基が断固否定した。
隆一朗が笑いながら言った。
「エサあげたら付いて来たんだ」
『エサって、オレは犬ですか!』
部屋に入るとブルジョワな匂いがする家具が揃っていて、隆一朗の部屋とは対照的だった。
ベランダの傍には、黒いグランドピアノが置かれ、中央には硝子テーブルを、ベージュのソファーが挟んでいる。
そのソファーに昨日、ステージに居たであろうメンバーが揃っていたが、瑞基は隆一朗以外憶えていないので、誰が誰やら解らなかった。
皆、青やらブロンドやらに髪を染めていたので、随分華やかな眺めだった。
「珍しいな、隆一朗が稚児連れて来た」
と、誰かが冷やかすと隆一朗が、声のした方へ眼を飛ばした。
「おおー、コワッ」
ソファーに座っているベースの麗畏が肩を竦めた。
反対側のソファーに並んで座っているドラムの魁威とヴォーカルの樹良がクスクス笑っている。
後から入って来た聖流が隆一朗の肩に手を置いた。
「聖詞、話がある」
隆一朗は、聖流に促されるまま別の部屋に入って行った。
聖流と隆一朗は母親が異なる、俗に言う異母兄弟である。
聖流の母親は聖流が三歳の時に病気で他界し、後妻として入って来たのが隆一朗の母親だった。
父親の真聖は特別教育熱心な訳ではなかったがクラシックが好きで、二人の息子に幼い頃からピアノを習わせていた。
真聖と云う男は、昔気質の男で妻に対して貞淑と献身だけを求めた。
それが後の、隆一朗の母親の失踪へと結び付いて行くことになる。
聖流は大学在学中に国家試験を受け卒業後、建築技師になると家から独立した。
聖流が、バートリーのキーボードでメンバーとして参加する様になったのは二、三年前の事である。
元々、中学の頃からバンド活動していた聖流はバンド関係の知り合いの伝手で、十六歳で家を飛び出した隆一朗の所在を知る事になる。
サディスティックな性格だが弟想いの聖流は、隆一朗の所在を知ると、隆一朗のアパートからほど遠く無いマンションに越して、同じバンドに所属する事で弟を見守っていた。
「こっちに来なよ」
置いてきぼりの瑞基に魁威がおいでおいでと手招きした。
『餓鬼じゃ無いぞ』
と、思いながらも、空いている麗畏の隣に腰を下ろした。
「少年、名前は? 」
魁威が訊いた。
瑞基は答えた。
「瑞基、池旗瑞基です」
「俺は魁威、よろしく」
金髪の魁威が手を伸ばして握手を求めたので、瑞基はそれに応じた。
「俺は樹良、よろしく」
「俺は麗畏、よろしくな」
それぞれ青い髪の樹良と、黒い長髪の麗畏と握手を交わした。
「あの、聖詞って? 」
瑞基は不思議に思って訊いた。
魁威が答えた。
「隆一朗の本当の名前だよ
藤岡聖詞って言うんだ」
「そうなんですか」
瑞基は引き出しに在った大量の薬の袋に印刷されていた名前を思い出した。
「昨日は隆一朗の処にお泊まりだったの? 」
何かを含む様な訊かれ方をした訳じゃ無いが若い瑞基がムカつくには充分な質問ではあった。
噂のせいで、いらない詮索をされていると思ったからだ。
しかし、泊まったのは事実だから仕方ない。
『同じバンドに居るのに、この人達には不能の事言って無いのかな? 』
下手に言い訳しない方がいい気がしたので、当たり障りの無い返事に努めた。
「昨日、泊まれる場所が無かったので助かりました」
「ふーん」
それ以上突っ込んだ事は訊かれなかった。
魁威が言った。
「昨日、隆一朗にパンチしようとして片手で阻止されてたよね
隆一朗にあれは通用しないよ」
「何故ですか? 」
瑞基はすかさず訊いた。
魁威が説明した。
「あいつね、昔凄く荒れてた時期あって、あたるもの触るものにとにかくつっかかってたから、しょっちゅう喧嘩になってさ
だからかわすのめっちゃ上手いんだよ」
「どうして、そんなに荒れてたんですか? 」
「さあね
ここに来る前の事は何も話さないし、訊かれるのも避けるから
五、六年前に、ふらりと現れてさ、やたら殺されたがってたんだ
突っかかる度にナイフ放り投げて挑発するんだよ
散々怒らせる様な事言って、それで気を晴らせばいいじゃないか、てな具合に」
瑞基は聞きながら隆一朗の手首の傷痕を思い出していた。
「そうなんですか………………」
『昔って事は、今はそうじゃ無いんだ』
瑞基は少なからずホッとした。
隆一朗にとって魁威は特別な存在だった。
隆一朗が十六歳で家を飛び出して浮浪している頃に飲み屋街で知り合い、荒れ果てた生活をしていた処を拾って、世話をしてくれたのが魁威だった。
ギターを教えたのも彼である。
「ま、でも
バンドやるようになってから隆一朗も随分丸くなったよな」
麗畏はそう言うと瑞基に缶のスクリュードライバーを渡した。
一方、聖流の寝室に呼ばれた隆一朗は、クローゼットに凭れ腕を組んで聖流の話に耳を傾けていた。
「最近、親父に逢うと歳なのかお前に帰る意思はないのかと、よく訊かれるよ」
隆一朗は目を伏せた。
「聖流はボクが帰ったとして、ボクとあの人が上手く暮らして行けると思うの? 」
「さあね」
聖流は興味が無いとばかりにタバコに火を点けた。
「それより、あの少年をどうする気なんだ?
どういう心境の変化だか知らないが、厄介だぞ
解っているとは思うが」
「ボクが家を飛び出したのもあれくらいの頃だったから、なんだか放って置けなくて」
「責任が伴うぞ、相手は未成年だ
お前の時とは事情が違う」
「そうだね
事情を聞いたら帰そうと思う」
リビングが騒がしい。
二人は顔を見合せるとドアを開けた。
魁威達三人がソファーを中心に額を寄せ合って何か叫んでいた。
「なに、どうしたの? 」
隆一朗が訊くと、樹良が半ば叫ぶように言った。
「少年が突然倒れたんだ! 」
「瑞基! 」
隆一朗が慌てて駆け寄ると、瑞基がソファーにぐったりと横たわっていた。
手には缶のスクリュードライバーが握られている。
振り返った隆一朗はリビングに居た三人を睨み言った。
「飲ませたの? 」
その問いに反応したのは麗畏だった。
「この家にジュースなんて、お子ちゃま用の飲み物なんて無いし………」
「瑞基はまだ未成年だよ
見れば解るよね
買って来るって云う選択肢は無かったの? 」
隆一朗は麗畏を見ずに言った。
「悪かったよ
まさかぶっ倒れるなんて思わなかったし」
瑞基が目を覚ました。
起き上がろうとするが、激しい頭痛に苛まれ状態を起こすまでは至らなかった。
「オレ、どうしたんだっけ?
缶ジュース、炭酸効いてて気持ち良かったから勢いに乗って飲んだら気持ち悪くなって」
隆一朗が言った。
「缶ジュースじゃ無い、キミが飲んだのはお酒だよ」
瑞基の眉間の皺が、より一層深くなった。
「そっかあ、酒だったんだ
道理で甘く無いと思った
はは………………」
「少し眠った方がいい」
隆一朗が優しく促すと瑞基は静かに目を閉じた。
「この様子だと、急性アルコール中毒でくたばる事は無いだろ」
魁威が笑って言った。
「そう云う問題? 」
隆一朗が不満そうに言った。
「隆一朗、どう云う風の吹き回し?
随分、その少年にご執心のようだけど」
魁威が言うと隆一朗は瑞基の乱れた髪を撫でながら言った。
「なんだか放って置けないんだ」
「確かに
隆一朗より可愛い気があるよね
アルコール度数三パーセントでぶっ倒れるなんて隆一朗じゃ考えられなかったからね」
麗畏が言った。
「どうせボクは昔からザルだったよ」
「あ、ふてた」
麗畏が言うと隆一朗以外の四人が笑った。
読んで下さり有り難うございます。
やっと、少し展開しました。笑




