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ニコル

 読んで戴けると嬉しいです。

 上京して二年の歳月が流れた。


 その頃にはバートリーの知名度も定着し、大きなホールをソールドアウトし、インディーズチャートを賑わすようになっていた。


 それはバーで久し振りに麗畏(れい)と飲んでいる時だった。


 一組の男女が店に入って来た。


 二人は暫くカウンターで雑談を交わしながら飲んでいたが、男の方が時計を見て二言、三言交わすと店を出て行った。


 麗畏が隆一朗に近付いて声を潜めて言った。


「ねえ、あの人ってニコルじゃないかなあ」


「ニコル? 」


「隆一朗、知らないの?

 インディーズ界のカリスマ」


「ふーん」


 会話が聞こえたのか女は振り返り、隆一朗たちを見た。


 長いブロンドとスラリとした肢体、妖艶なラピスラズリの様な深い藍の瞳をしていた。


 濃いワインレッドのカットソーに黒いパンツと云うラフな格好の彼女は隆一朗に目を止め、飲んでいたグラスを手に隆一朗たちに近付いて来た。


「ご一緒して、構わない? 」


 低いハスキーな声が魅力的な女性だった。


「どうぞ」


 隆一朗は空いた席に手を差して言った。


 ニコルは隆一朗の前に座った。


 それは麗畏の隣だったので、麗畏は至極緊張した様子だった。


「バンド関係の方? 」


「ええ」


「私もそうなの」


 ニコルは、フランス人と日本人のハーフで独特な音楽スタイルで、かつてベルベットアンダーグラウンドに、アンディー・ウォホールの紹介で一時期参加していたニコの再来と言われる女性ヴォーカリストだった。


『確かに独特の雰囲気を持った女性だな』


 隆一朗はそう思いながらタバコに火を点けようとしてニコルに訊いた。


「構いませんか? 」


「どうぞ」


 ニコルは微笑んだ。


 三人は暫く、聴いている音楽などの話をして過ごした。


 ニコルが突然言った。


「隆一朗のお部屋が見てみたい」


 隆一朗は突然の申し出に軽く驚いたが、吸っていたタバコを揉み消しながら言った。


「構いませんが、なんの変哲も無い狭いアパートですよ」


「いいの」


 ニコルは微笑んだ。


 麗畏とはバーの前で別れ、隆一朗とニコルはタクシーに乗り込んだ。


「随分、色んなジャンルを聴くのね」


「ある女性の影響です」


「家は近くなの? 」


「ええ」


 部屋のドアを開けると、いつもの様に瑞基が飛んで来た。


「お帰り、隆一朗」


「バイトは終わったの? 」


「うん」


 隆一朗の陰のニコルに気付くと瑞基は少し戸惑って会釈した。


「どうぞ」


 隆一朗はニコルに入るように促した。


 ニコルは部屋に入ると興味深そうに室内を見回した。


 自分の部屋から財布を持って出て来た瑞基が言った。


「オレ、ちょっと出掛けて来る」


「瑞基、夕食は? 」


 隆一朗が声を掛けた。


「食べた」


「あまり遅くならないようにね」


「解ったあ」


 瑞基が出て行くとニコルは隆一朗を振り返って言った。


「本当に飾り気のない人」


「ボクに何を期待してたんですか? 」


「勿論、セックスよ」


「それは、あなたも気付いていたでしょう」


「そう、まるで私に興味を示してなかった

 だから、興味を持った

 貴方の様な人好きよ

 私を愛してみない? 」


「残念ですが、ボクにはとても愛し合ってる恋人がいるから」


「さっきの彼? 」


「ええ」


「随分、はっきりしてる

 隠そうともしない」


 ニコルは食卓の椅子に腰掛けた。


「彼はボクの総てだから」


「同性愛の友達は沢山いるけど、貴方たちは彼らとは雰囲気が違う」


 ニコルは暫く隆一朗を見詰めると言った。


「いいわ

 貴方とはいい友達になれそう

 今度、機会があったら一緒に仕事がしてみたい」


「それは歓迎します」


「残念、私はかなり本気で落とすつもりでいたけど

 こんなフラレ方したの初めて」


「ごめんなさい」


 ニコルは笑った。


「おかしな人」


 後にニコルと隆一朗の友情は再会するごとに深まり、ニコルは自分のアルバムに隆一朗を起用し、隆一朗の作曲とギターの才能を広く知らしめることになる。


 ニコルがタクシーを拾って帰って行くのを見送った後、隆一朗は瑞基を迎えに行った。


 思ったとおり、瑞基は近くにある公園のブランコに座りタバコを吸っていた。


「瑞基、隠れて喫煙してたんだ」


「げっ、見つかった」


 瑞基は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「身体に悪いよ」


「そう言う自分だって十六の頃から吸ってたって魁威(かい)さんから聞いたよ」


「魁威は、ボクの悪行を瑞基に話し過ぎるね」


 隆一朗は笑った。


「さっきの女性は? 」


「帰ったよ」


 隆一朗は瑞基の隣のブランコに腰掛けた。


「こんな気を使うことないのに」


「だって、あんなにキレイな人だったから

 それに初めてじゃない?

 隆一朗が女性を家に連れて来るなんて」


「確かに魅力的な人だけど

 もしかして何か誤解してた? 」


「うん」


「キミが居るのに、わざわざ浮気相手を連れて来るような酷い男なんだ、ボクは」


「そんな風に思った訳じゃ無いよ」


「だいたいボク、不能だよ

 それはキミが一番よく知ってることだろ」


「あ」


「女性が絡むと随分弱気になるんだね」


「だって、女の人には敵(かな)わない気がして」


「関係無いよ

 さあ、帰ろ」


 隆一朗は立ち上がった。


 瑞基もそれに従った。


「どうして、ここだって解ったの? 」


「この公園、似てるよね」


 隆一朗は胸の指輪をつまみ上げ微笑んだ。


「憶えててくれたんだ」


「瑞基との思い出は何一つ忘れたりしないよ」


 瑞基は嬉しそうに笑った。


「帰ったら、隠れて喫煙してたお仕置きだね」


「ええーーっ! 」





 読んで戴き有り難うございます。

 ベルベットアンダーグラウンドに参加していたニコはドイツ人とアメリカ人のハーフだったと思います。

 音楽の世界観が凄く独特で、大好きなアーティストでした。

 もう亡くなってしまいましたが。

 フランシス・フォード・コッポラの「地獄の黙示録」に使われた、ドアーズの「ジ エンド」と云う曲をアルバムでカバーしていて、そりゃもう暗闇から這い出すような暗いアレンジしてまして。

 あの暗さが凄く心地良くて大好きです。

 ファムファターレ(宿命の女)は、多分彼女の事なんでしょうね。

 アンディー・ウォホールがジャケット手掛けたベルベットアンダーグラウンドアンドニコと云うアルバムに「ファムファターレ」、確か収録されていたと思います。

 そいえば、昔クリムトが絵を描いてましたね。

「ファムファターレ」。

 男性の首を恍惚とした表情で持っている女性の絵。

 確か、題材が同じ絵を二枚、全く違う構図で描いてました。

 歴史上の人物だったと思いますが、頭悪いので忘れてしまった。笑

 いつも、忘れっぽくてすみません。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 女の人が出てきましたけれど、この人、お話しに絡んでくるのでしょうか? と、思ったとき、そう言えば森さんは、どこの大学に進学されて今何をなさっているのでしょう? ドアーズの「ジ エンド」拝聴…
[一言] 今回はちょっと迷っています。 何かの伏線なのかなー?
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