隆一朗
リスカ表現あります。
瑞基はニキータからほど遠くない、小さな衣料品店の二階にある喫茶店で隆一朗を待っていた。
ヨーロッパ風の絵画が飾られた店内のあちこちにアンティークドールが置かれ、異国の雰囲気が漂う店内にやがて客は瑞基だけになってしまった。
月桂樹の葉をデザインした時計は、もうすぐ十一時を指そうとしている。
三つしかないテーブルは総て窓際に置かれ、瑞基は出入口の傍の席に座っていた。
夜の黒い硝子に映る、自分の姿をみるとも無く眺め、気の短い瑞基はテーブルに軽く人差し指を叩きつけていた。
喫茶店に来て、かれこれ二時間になろうとしていた。
瑞基にしては、よく我慢している方だ。
それもこれも隆一朗に寄せる期待感の為だった。
何か新しい事が始まる。
瑞基はそれの正体が何なのか考える事に気付けないまま信じて疑わなかった。
ふと、瑞基の脳裏を慎一の言葉が掠めた。
『慎一先輩が言ってたあの噂は本当なのかな?
あの隆一朗と云う男がセックスマニアで、男女関係無くベッドに誘うって言うの………………』
瑞基はかぶりを振った。
『それが何だって言うんだ?
嫌なら断ればいい事だし、噂なんて本当かどうかなんて本人に訊かなきゃ解んないじゃん』
出した答えは、自分で確かめると云うものだった。
そうする事によって、隆一朗の事を知りたいと云う欲求と、もっと見ていたいと云う欲求の二つが満たされる。
それより隆一朗は本当に来るのかが心配になって来た。
実は、凄く気紛れな男で、約束をすっぽかすのが通常運転な奴だったら、今夜は秋のこの寒空の中、野宿になる。
そして、隆一朗とは二度と逢う事は無い。
瑞基の人差し指の速度が速くなる。
果たして隆一朗は現れた。
「ごめん、遅くなった」
瑞基はその少し鼻にかかった穏やかな声に振り返ると発作的に立ち上がった。
少し経って、瑞基が発した言葉は
「だれ………? 」
隆一朗は笑い出した。
「こんなにストレートなリアクションした人はキミが初めてだよ」
そう言われて、やっと化粧を落とした隆一朗なのだと理解した。
瑞基が、笑う隆一朗を眺めながら怒りとも喜びともつかない感情で言葉に詰まっていると、隆一朗が突然瑞基に倒れかかった。
瑞基は咄嗟に隆一朗の身体を支えた。
ふわりと外の匂いと、苦いコロンの香りがした。
「もう、だめ
家に連れて帰ってくれないかな
もう、一歩も動けない」
「そんな事言われてもどうすれば…………」
「そうだよね
じゃあ、おんぶしてくれる? 」
「え…………? 」
瑞基は目を丸くした。
「冗談」
隆一朗は力無く笑って、それからコートのポケットをまさぐると黒くて地味な財布を瑞基に渡した。
「コーヒー代くらいならあるから」
瑞基は面食らいながらも、それでもヨレヨレの隆一朗を支えながら代金を払い、店を出た。
秋のひんやりした空気が、瑞基には心地良かった。
疲れ切った隆一朗は頻りにぶつぶつ何か呟いているが、自分より二十センチ近くも身長差がある隆一朗の身体を支えながら歩くのに必死で、気にはなっていたが聞き取る余裕が無かった。
いつの間にか瑞基の額には汗が吹き出していた。
「ギター弾いてる時はあんなに元気なのに、歩くのやっとじゃないですか」
「うん………………
体力が無いのはいつも痛感してる」
「いつも、こうなんですか? 」
「今日は特別
キミが居たから、ちょっとやり過ぎた」
「オレが居たら、何か変わるんですか? 」
「何故かな?
キミが居たら、いつもより頑張れる気がしたんだ」
瑞基はいぶかし気に言った。
「殺し文句ですか? 」
隆一朗は笑い出した。
「そう、殺し文句」
暫く歩いていると隆一朗がおもむろに指を差した。
指の先に視線をやると静かな住宅街にひっそりと古びたアパートが建っていた。
「家、ここなんですか? 」
「二階の右端」
瑞基は隆一朗の足元に気を配りながら、慎重に階段を登った。
『まるで、じじいだな』
そう思うと妙に笑いが込み上げて来た。
「なに………………? 」
「だって、さっきはあんなに女の子に囲まれてカッコ良かったのに、今は死にかけたじじいみたいだから」
隆一朗も笑った。
「本当に
老人だな、ボクは……………」
街頭も無かったので、よくは見えなかったが一瞬、隆一朗の顔が哀しげに歪んだ様に瑞基には見えた。
「どうぞ、入って」
隆一朗がドアを開けた。
室内は外より幾分暖かかった。
一歩部屋に入って灯りが点くと、最初に瑞基の目に飛び込んで来たのは、壁に貼られた一枚の絵画のポスターだった。
白装束の人物が小舟に乗り、向こう側にある小さな島へと向かっている。
瑞基の視線の先を見た隆一朗が言った。
「ベックリンの『死の島』と云う絵だよ」
「お世辞にも縁起のいい絵とは言えないですね」
「うん、タイトルからして暗いからね」
「…………で、なんでその暗い絵の下に並んでるの? 」
ポスターの下を指差した。
そこには、大量のぬいぐるみが几帳面に整列している。
その光景は一種不気味でもあった。
「ファンの娘達から貰って……………………
お陰で殺風景な部屋が賑やかでいいけどね」
確かに殺風景な部屋だった。
十八畳くらいの大きなひとまの中に、本棚とセミダブルのベッドと細長い洋箪笥、キッチンには小さな冷蔵庫と食器棚とテーブルと二脚の椅子があった。
部屋の入り口にはアンプが無造作に置かれている。
家具はあるが何処か生活感に欠けた雰囲気が在った。
瑞基は奥にあるベッドに隆一朗を下ろした。
隆一朗はベッドに倒れ込んだ。
瑞基は隆一朗の隣に腰を下ろし、部屋を見回した。
他人の部屋に入って、当の持ち主がヨレヨレでは何をすればいいのか迷う。
隆一朗を見ると眠ってしまったのか目を閉じたまま動かない。
『すっぴんの方が綺麗だ』
素直に瑞基はそう思った。
気持ち悪いほど整った少し無機質な感じのする隆一朗の顔を、まるで宝物でも見るように瑞基は見詰めていた。
細くしなやかな手脚と華奢な肩が、ひどく繊細な生き物の様に息づいている。
無闇に触れると崩れてしまいそうな、傷つけてしまいそうな、そんな気がした。
隆一朗の顔を見ていると瑞基は胸が締め付けられる感じがして、眠る隆一朗の派手なペンダントに飾られた胸もとに顔を埋めたくなった。
瑞基はそっと隆一朗の顔に触れようとした。
「……………て…………………………」
隆一朗の眉間が険しくなった。
瑞基は思わず手を引っ込めた。
空を隆一朗の細い指が何かを求める様に彷徨う。
瑞基は思わず彷徨う手を掴んだ。
隆一朗は強い力で瑞基の手を握り返す。
「…………開けて…………………」
「なに? 」
瑞基は耳を澄ました。
瑞基の手を隆一朗は両手で包むように握ると叫んだ。
「目を開けて! 」
「え…………? 」
隆一朗は叫び続ける、何度も何度も。
「目を開けて!
目を開けて!
目を……………………! 」
瑞基は一瞬パニックを起こし掛けたが、ただ事では無い隆一朗の有り様に、必死に冷静になろうと頑張った。
『どう見ても隆一朗は眠ってる
きっと何かの夢をみてるんだ
きっと酷い悪夢
……………と云う事は、起こせば治る! 』
「起きろ、隆一朗!
それは夢だよ! 」
握られた手は隆一朗ががっちり両手で包み込んで動かす事が儘ならない。
空いた手で隆一朗を揺すった。
隆一朗の閉じた目から涙が流れる。
「いやだ!
いやだ!
いやだーーーっ!! 」
隆一朗は叫ぶ。
『いったい、どんな夢を見たらこんなんなるんだ? 』
握った瑞基の手を大切そうに胸に当て、祈る様に隆一朗は叫び続けた。
困り果てた瑞基は必死に隆一朗の手を引き離そうともがいた。
「隆一朗、頼むから目を覚ましてくれよ! 」
やっとの思いで引き離した隆一朗の手をベッドに押し付けると重厚な作りの派手なブレスレットが外れ、手首が剥き出しになった。
瑞基は息を呑んだ。
そこには、隆一朗の報われない過去の哀しみが刻印されていた。
それは何度も繰り返されたであろう傷痕が、美しい隆一朗の白い肌に不協和音の様に切り刻まれていた。
「何があったの
どうして………………? 」
瑞基の弱々しく零れた声が隆一朗を黙らせた。
放心状態の隆一朗はガクガク震えていた。
読んで下さり有り難うございます。
隆一朗は一応ヴィジュアル系ロックをやっていると云う設定です。
ヴィジュアル系ロック、好きです。
ちゃんとしたバンドを選んで聴けば、ハズレ曲が無いくらいクオリティの高い楽曲造ってくれます。
見た目の美を追及すると共に楽曲の美を追及するのは彼らにとって当たり前のようです。
中にはただの色物バンドも居ますが。笑
ヴィジュアル系バンドは上手に選びましょう。
彼らもただ、派手な格好してるだけじゃないんですよ。
太りやすい体質の子は体型維持に努力を惜しまないし、脇毛、脛毛の無駄毛処理も怠りません。
醜いものは一切タブーなので、日焼けもNG。
少し昔のバンドには脇毛生やしてるバンドいますけど、ムックとかリンチとか。
でも、基本ヴィジュアル系バンドの方々は中性的か女性的で、華奢で無駄毛なんてあり得ないみたいです。
特に若い子たちは。
以上、ヴィジュアル系入門でした。