森詩織
読んで戴きましたら倖せです。
瑞基は突然の雨で、学校の玄関で立ち往生していた。
今日はバイトが休みで、隆一朗が居る病院へ行こうとしている処だった。
雨は止む処か勢いを増して行くので、瑞基は濡れるのを覚悟で走り出そうとした時だった。
「瑞基君! 」
玄関の奥から呼ぶ声がした。
瑞基が振り返ると、森詩織が慌てて上履きを外靴に履き変えている処だった。
「瑞基君待って、ワタシ傘持ってるの
一緒に帰ろ」
「森さん……………」
森詩織は瑞基に駆け寄ると傘を広げて瑞基の頭上に傾けた。
「有り難う、でもオレ帰る訳じゃ無いから
悪いけど今回は遠慮するよ」
「今日、バイトがある日なの? 」
「そうじゃ無いけど、行く処があるんだ」
「そうなの」
森詩織は残念そうに俯いた。
「でも………………」
森詩織は空を見上げた。
「こんな中、濡れたら風邪ひいちゃう
もし、迷惑じゃ無いのなら、ワタシ付いて行きたいな」
「え? 」
森詩織は慌てて手を振りながら言った。
「迷惑じゃ無いならなんだ
瑞基君が嫌ならワタシ………………」
瑞基は少し考えてから言った。
「迷惑じゃ無いけど、行くとこって病院なんだ
ここから結構距離あるし、森さんの家どっち方向? 」
「病院って、瑞基君何処か悪いの? 」
森詩織は大きな瞳を震わせて心配そうに瑞基を見た。
「いやいや、オレめっちゃ元気
違うんだ、知り合いが入院してて」
瑞基は急に吹き出し笑った。
森詩織は首を傾げて瑞基を見た。
「ごめん、今森さんみたいにどっか悪いのかって訊いたら、そいつ頭と顔と性格って答えたの思い出したから」
森詩織は笑った。
「おかしいね
その人に逢ってみたいかも」
「え……………? 」
「あ、ごめんなさい
図々しいよね」
森詩織ははにかんだ。
「そんな事無いよ
隆一朗ならきっと喜ぶよ」
瑞基は少し迷いながら言った。
「一緒に行く? 」
「うん」
森詩織は笑顔で大きく頷いた。
二人は雨の中、互いが濡れない様に、それでも触れ合わない距離を保って歩いた。
歩きながら瑞基は、隆一朗がバンドでギターを弾いている事、料理をすると破綻している事などを話した。
森詩織は終始笑顔で瑞基の話に耳を傾けた。
病室に入ると瑞基は片隅に置かれた椅子を隆一朗のベッドの傍に置いて森詩織に勧めた。
「隆一朗、オレだよ
瑞基だよ」
隆一朗は相変わらず生気の無い目で壁を見詰めたまま反応しなかった。
瑞基はいつもの様に隆一朗の視界に入る様に隆一朗のベッドに腰掛けた。
「今日はね、可愛いお客さんが来てくれたよ
ほら、チケット買ってくれて、いつもノート貸してくれるって話した森さん」
「初めまして、森詩織です」
森詩織はペコリと頭を下げた。
「隆一朗ね、去年お兄さんを急に亡くして、そのショックで心を閉じ籠めてしまったんだ
それ以来、ずっとこんな状態で」
森詩織は哀しげな表情を浮かべ言った。
「お気の毒に…………
………………綺麗な人、呼吸しているのが不思議なくらい」
「そう、この顔で毒々しいミートソース作ってオレに食わすから
しかも、中途半端に美味しくも無いけど不味くも無いっていう」
森詩織は遠慮がちに笑った。
「そう言えば森さん、門限何時? 」
森詩織は少し考えてから言った。
「九時…………半くらいかな」
「じゃあさ、前にチケット買ってくれた埋め合わせするよ」
「え、そんなのいいよ
そんなつもりで買った訳じゃ無いもの
ライヴ楽しかったし…………」
「だめだよ、あの時約束したんだから
守らないと、後で隆一朗に知れたら何言われるか解ったもんじゃない
ね、隆一朗」
瑞基は隆一朗に向かって言った。
それから、森詩織に向き直ると言った。
「ここの近くにエリザベータって喫茶店あるんだ
そこで何か奢るよ」
病院を出ると雨はいつの間にか止んでいた。
森詩織が道すがら何気無く言った。
「瑞基君、この一年で変わったね
時々、同じ歳なの忘れるくらい大人みたいに見える時がある」
「そお?
身長伸びたからじゃない? 」
「ううん、なんて云うか雰囲気がワタシ達と全然違う感じする」
「ふーん
オレ、前はちゃらんぽらんやってたからね
確かに隆一朗と逢って、考え方変わったからかも」
「瑞基君の中心にはいつも隆一朗さんが居るんだね」
「うん
隆一朗の為ならオレ、何でもできる気がする」
瑞基の後ろを歩く森詩織の笑顔が消えた。
『ちょっと、妬けるかも』
エリザベータに入ると、麗畏が居た。
「およっ、瑞基も隅に置けないなあ
彼女か? 」
瑞基は慌てて否定した。
「違うよ
そんな事言ったら森さんに失礼だよ、麗畏さん」
「そんな事無いよ、失礼なんて全然無い」
森詩織は両手を胸の前で振った。
「だってさ
瑞基、チャンス在りそうだぞ」
麗畏は親指を立てた。
「ああもう、混ぜっ返さないでよ
今日はお客として来たの、彼女はクラスメイトの森詩織さんだよ」
「今晩は、森詩織です」
森詩織は頭を下げた。
「瑞基には勿体無いな」
麗畏が森詩織をまじまじと見て言った。
瑞基はここで反応するとまた、面倒な事になりそうなので無視した。
「魁威さん、今日のお薦め何? 」
「苺入りミルク粥かな」
魁威は悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「魁威さん、それ洒落になって無いよ」
魁威は笑いながら奥へ引っ込んだ。
瑞基はカウンターに一番近い席の椅子を引いて森詩織を座らせながら言った。
「この人達の言う事、あんまりまともに受け取らないでね
いつもこんな調子なんだ」
森詩織はクスクス笑った。
「でも、とても楽しそう」
「隆一朗のバンドの人達でね
カウンターに座っているのがベースの麗畏さん」
麗畏は森詩織に軽く手を振った。
「今、奥に入って行ったのが、ドラムの魁威さん」
「よろしくねー」
と、奥から魁威の声がした。
森詩織は向かいに座る瑞基に身体を伸ばして言った。
「もしかして、あのライヴに出ていた人達? 」
「そうそう、一番最後に演奏したんだ」
「ああ、憶えてる
お客さん達が凄く興奮してて、びっくりしたもの
なんだかワタシも凄く感動しちゃった
人ってこんなに一体感共有できるんだなあって」
「そうだね、オレも凄く興奮した」
そう言いながら瑞基は、バックステージで藤岡真聖を見た隆一朗の蒼冷めた顔を思い出していた。
「時々瑞基君、その顔するね」
「え? 」
「心ここに在らずって言うのかな、なんだかワタシ達が知らない遠くを見てる様な、そんな顔する」
「そうかな?
意識した事無いけど」
「ワタシ、気付いちゃった」
森詩織はにっこり微笑んだ。
瑞基は目を丸くした。
「え、なにを? 」
森詩織は茶目っ気たっぷりの表情を浮かべて言った。
「瑞基君、他の人達はさん付けなのに、隆一朗さんは呼び捨てだよ」
「ああ、そう言えばそうだな
なんでかな?
でも、隆一朗は隆一朗なんだよな、魁威さんは魁威さんだし」
考え込む瑞基を見て森詩織は急にかしこまった。
「ごめんなさい
なんかワタシ調子に乗っちゃって、べらべらと」
「え?
そんなの気にしなくていいよ
そうそう、いつもノートサンキューね、すんごい助かってる
一応オレ、進学するからさ
勉強付いて行けないとアウトだから、いつもノート貸してくれる森さんには後光が差して見えるよ」
「そんな
ワタシがいつも頑張ってる瑞基君にできる事って、それくらいだから」
「お待たせー
魁威特製スペシャルディッシュだよーん」
魁威は、大きな皿をテーブルに置いた。
「可愛いーっ! 」
森詩織のテンションが上がった。
皿にはオムライスにソースがハート形に掛けられ、ウサギの茹で玉子とポテトサラダがレタスの上に添えられていた。
「やっぱ、女の子はリアクションがいいよね
野郎はこの手の小技披露しても気付きやしないから
これは、俺からの奢りね」
と言って、ホットチョコレートを二人の前に置いた。
「有り難う、魁威さん
いつもすみません」
森詩織も礼を言った。
「こんな可愛いの作って戴いたのに、有り難うございます」
魁威が瑞基を小突いた。
「いい娘だな、めっちゃ可愛いし
やるな、瑞基」
「だから、違うってば! 」
「あの、まだ違うんです」
と、森詩織も言った。
魁威がカウンターに戻ると麗畏が声を潜めて言った。
「今、まだって言ったよね」
魁威も麗畏に寄って頷いた。
「言った、言った」
「ありゃ、完全に瑞基ロックオンされてるよね」
「されてるよな
瑞基が全く気付いて無いのが問題だけど」
二人はエリザベータを出た。
「瑞基君、今日は有り難う
凄く楽しかった」
瑞基は当たり前の様に言った。
「でも、凄く遅くなっちゃった
家まで送るよ」
「だ、大丈夫だよ
ちゃんと一人で帰れるから
勝手に付いて来ちゃったのワタシだし」
森詩織は胸の前で両手を振った。
「ダメだよ
こんな遅い時間に女の子一人なんて、絶対危ないし」
瑞基は眉をしかめて言った。
森詩織は申し訳無さそうに言った。
「有り難う」
二人は、どちらとも無く歩き始めた。
「あの、瑞基君の家この近くなの? 」
「うん、結構近いよ」
「なんか、ごめんなさい
勝手に付いて来て、ご飯ご馳走になっちゃって、挙げ句に送らせちゃうなんて」
瑞基は森詩織の前を後ろ向きに歩いて言った。
「それ、違うから
傘に入れて貰って、病院に付き合って貰って、チケットのお礼させて貰った上に門限過ぎちゃってたんだよ
オレがどう見ても悪いよね」
「そんな事無いよ」
「そんな事あるの
家族の人、心配してない?
しまった!
電話掛ければって…………、オレが一緒だとヤバいか
ごめん、ご両親に怒られちゃうよね」
「うち、そんなに煩い家じゃ無いから、心配しなくても大丈夫だよ
よく、美祐ちゃんとこ寄って遅く帰る事あるから」
「そっか、それ聞いて少し安心」
瑞基は森詩織の横に並んだ。
「あのね
瑞基君の家、何処か知りたいって言ったら迷惑? 」
瑞基は少し考えてから答えた。
「今日はもう遅いし、これ以上遅くなったらきっと家族が心配するよ」
森詩織は思いきった様に言った。
「今日じゃなきゃ駄目なの!
もう、こんな機会無いかも知れないもの!
瑞基君、毎日忙しそうだし、ワタシなんかの為に時間割いたりしたら迷惑になる………………」
瑞基は必死な森詩織の姿に、隆一朗の傍に居たくて必死になっていた頃の自分を思い出していた。
瑞基は森詩織の肩を軽く叩いて言った。
「来週、必ず時間作るから今日は帰ろう」
森詩織は潤んだ大きな瞳で瑞基の顔を見上げた。
「ごめんなさい
こんなつもりじゃ無かったのに」
森詩織は俯いた。
「気にしなくて大丈夫だよ
でも参ったなあ
オレ掃除苦手でさあ
めちゃ散らかってるから」
瑞基は頭を掻いた。
「じゃ、ワタシが掃除頑張る」
森詩織は両手で拳を握った。
「ほんと?
それ、凄く助かるかも」
瑞基は森詩織を家まで送ると、家族に謝罪して帰った。
読んで戴き有り難うございます。
今回は、長い❗
余りの長さに死にました。笑
おやすみなさい




