第1章 出逢い
読んで戴けたら嬉しいです。
「もういい!!
こんな家なんか出て行ってやる!!」
瑞基は目をひっつりあげ父親の池旗孝久に向かって叫ぶ。
母親の綾子はキッチンで溜め息をつきながら、またか、と言う風に首を振る。
孝久は静かに新聞から目を離さず言った。
「好きにしろ」
「上等だよ!
出て行ってやる!」
瑞基は手で空を切り素早く踵を返すと自分の部屋がある二階へバタバタと駆け上がって行った。
二階を見上げながら綾子は言った。
「どうせ二、三日したら、もそっと帰って来る癖に」
孝久は何事も無かった様に新聞のページを捲った。
瑞基は頭から湯気を出さんばかりに怒り、ベッド目掛けて着替えやら教科書やらを投げつける。
「見てろ!
後で吠え面かくなよ!
高卒だって大成してやる!」
中学の修学旅行の時に買って貰ったキャリーバッグに、荒々しくベッドの上の物を投げ入れると階段を駆け下り、メーカー品のスニーカーを履き、家を出た。
そして闇の中を、キャリーバッグを引き摺りながら一目散に駆けて行った。
やがて闇に響く足音は消え、住宅街は平和を取り戻した様に静まり返る。
この街に一軒しかないライヴハウス、ニキータではバートリーと言うアマチュアバンドが百人ばかり集まったファン達を沸かせていた。
爆音の中、想い想いの装いに身を包んだ女の子達が、まるで見えない何かを贈る様に両手を掲げている。
入り口に、軽いウェーブをかけた短い茶髪にモッズコートを着た瑞基がキャリーバッグをお供に立っていた。
瑞基はステージを一瞥するとバーになっているカウンターへ歩いて行った。
カウンターでは暇そうなバーテンダーがカウンターに肘をついて冴えない顔でステージを眺めていた。
「慎一先輩! 」
と言う声に反応したバーテンダーは危うくカウンターに強か顎を打ちつける処だった。
慎一は瑞基の姉の同級生で、よく瑞基の家に遊びに来ていた。
「瑞基!! 」
慎一は複雑な表情を浮かべて瑞基を見詰めた。
「お前、また家出して来たのかーあっ!! 」
「よく解りましたねーえっ!! 」
「何処から見たって、その出で立ちは家出小僧だろっ!! 」
爆音の中、二人はお互いを噛み付く勢いで大声を張り上げ、会話を成立させた。
「今回は、俺は世話できねえぞーっ!! 」
「どうしてですかーぁっ!! 」
「彼女と同棲始めたーっ!! 」
「そんなーあっ!! 」
「無理なものは無理っ!! 」
「そんな冷たい事言わないで、お願いしますよーっ!! 」
瑞基は両手を合わせて頼み込んだ。
しかし慎一は、半ばオーバー過ぎるほど大きく首を振った。
演奏は激しさを増し、バンギャル達は何かに取り憑かれた様に頭を振り、ヘッドバッキングしている。
余りの爆音に会話は一端停止し、ファンの何人かが追われる様にハコから脱出して行った。
瑞基は何気無くステージを見上げた。
ギタリストと目が合った。
演奏が終わると耳鳴りがする。
ギタリストが急にギターをアンプに立て掛け、オールスタンディングのフロアに降りて来た。
ファン達は波紋が拡がる様にギタリストから距離を置いた。
ステージ上のメンバー達が無言で白け、ヴォーカリストは眉をひそめ、ドラマーはスティックを後ろに放り投げスネアに頬杖をついた。
ベーシストはニヤニヤしながら成り行きを見詰め、キーボードの男だけが無表情でギタリストを見守っていた。
白いタンクトップに皮のショートパンツ、膝上まであるブーツに淡いグリーンの太腿まである薄いローブを纏ったギタリストは真っ直ぐ瑞基に近付いて行った。
ファン達は静かに道を開け、見守った。
瑞基はそれに気が付くとギタリストに向き直り構える。
ギタリストは瑞基の前で立ち止まると言った。
「一晩泊めてあげようか? 」
瑞基は何を言っているのか理解できず、ギタリストを睨む。
「そんな怖い顔しないで
ボクは隆一朗
バートリーと言うバンドでギターを弾いてるんだ」
「オレは池旗瑞基
…………で、その隆一朗さんがオレに何の用? 」
瑞基はわざと低音を響かせて言った。
「キミ男の子なんだ、女の子かと思った。
キミ、可愛い顔してるね」
その隆一朗の言葉に慎一は激しく慌てた。
慎一の予想通り瑞基の拳が飛んだ。
しかし、慎一の次の予想は大きく外れた。
隆一朗は左手で、表情も変えずに瑞基の拳を受け止めたのだ。
驚いたのは瑞基だった。
女顔の事に触れた者は瑞基の、殆ど条件反射の様に飛び出す拳の餌食になった。
受け止めるなど論外だ。
瑞基はこの論外な男に好奇心をそそられた。
「凄いですね
オレの女顔に触れて殴られなかったのは、アナタが初めてです」
隆一朗は微笑して言った。
「それは光栄です
じゃあ、元の話に戻るけど、困ってるんじゃない?
今夜寝る場所に」
「どうして知ってるんですか? 」
「キャリーバッグと、慎一に神頼みしていたから」
瑞基はマジマジとキャリーバッグと慎一を交互に眺めて納得した。
「OKでいいのかな? 」
隆一朗が促す。
瑞基は改めて隆一朗を観察した。
そして、その美しさに目が離せなくなった。
全体的に柔らかな雰囲気を漂わせる隆一朗はストレートの長い銀髪をわざと乱して、縛った髪を肩から垂らし、化粧を施した顔はまるでゲームのグラフィックから抜け出した様な、人間味に欠けた美しさを醸し出していた。
オッドアイに入れた赤と白のカラコンが一層人間的な雰囲気を隠していたかもしれない。
片耳には男性には珍しい黒真珠のピアスが光っていた。
瑞基はかつてこんな美しい人間を間近で見た事が無かった。
『この人はいったい何を食べ、どんな日常を過ごすんだろう? 』
瑞基の中に隆一朗への好奇心が一層高まった。
「助かります」
その答えに慎一は再び慌てふためいた。
「瑞基!
それは止めといた方がいいんじゃないか…………………」
慎一は口籠りながら、隆一朗を横目に最後は殆ど蚊が鳴くほど小さくなった。
瑞基は、それには全く気にする風も無く隆一朗に言った。
「じゃあ、今夜宜しくお願いします」
隆一朗は軽く微笑し、瑞基の耳元に顔を近付け、小声で何かを囁くとステージに戻って行った。
演奏は再開された。
ハコの中に再び爆音が満たされ、オーディエンス達は儀式に集中した。
「莫迦瑞基!
カマ掘られんぞ!! 」
慎一が叫んだ。
「何です?! 」
「隆一朗は名うてのセックスマニアなんだぞ!! 」
「はあ? 」
瑞基は、慎一の心配余所に、期待に胸を膨らませていた。
『何かがかわる!
今までに無い、何かが起こるんだ!』
読んで戴き有り難うございます。
これを打っている間、Tレックス聴いてました。
Tレックスと言えば、思い出すのがマーク・ボランが、悪魔と契約したと言う話。
成功させてやる代わりに三十歳に魂を貰うと言うもので、Tレックスは成功をおさめ、マーク・ボランは三十歳の誕生日に車の事故で亡くなったそうです。
ロックファンの間では有名な話。
本当だと思います?