19
まずい!
わたしはとっさにジョンに体当たりする。
ソフィーの首筋を狙ったであろうジョンのダガーは、間一髪でソフィーの髪を切っただけで済んだ。
ジョンが切り裂いたソフィーの髪を投げ捨てる間に、わたしは二人の間に体を滑り込ませてソフィーを庇いながらジョンと距離を開ける。
「……で、どういう事かしら?」
ジョンの動きに注意しながら聞く。
「さすがだな、13。あの状況で止められるとは思わなかった」
ジョンに視線を向けられたソフィーが体を強張らせるのが背後から伝わってくる。
「わたしの質問に答えなさいよ」
ジョンが肩をすくめる。
「別に難しい話じゃない。王女を殺せって命令されただけさ」
「……誰に?」
「決まってるだろ、組織にだよ」
「それでソフィーを殺そうとしたの?」
「それ以外に何がある?」
「……」
何で!? という言葉を飲み込む。
「という事で、渡してくれないかな? 王女様を」
「わたしがソフィーを渡すと思う?」
「言う事を聞かないんだったら、13も殺さなければならなくなる。俺が命令されたのは、王女を殺す事だけだからな。もし王女を渡せばお前の事は見逃してやる。組織に戻りたければ、口をきいてやってもいい」
「冗談でしょ? わたしがそんな事を望むと思う?」
「いいや」
「……ねえ、ジョン。何で組織の言う事をほいほい聞くのよ。命令だからって人を殺すのは嫌だって言ってたじゃない。これがあなたの本当にやりたい事なの?」
「……組織の命令は絶対だ。お前が言う事を聞かないなら、これ以上話しても無駄だ」
ジョンがダガーを構える。
「ちょっと待ってよ!」
「うるさい! 王女を守りたいなら、俺を殺すんだな!」
一瞬ジョンの表情が歪んだと思ったら、次の瞬間ダガーを突き出してきた。
腰からダガーを引き抜くと、ジョンの攻撃を受け止める。
「ねえ、わたしの話を聞いてよ! 何でわたし達が戦わなければならないの!?」
「お前が組織の命令に従わないからだ!」
「ただ言われた命令に従わなければならないなんて、おかしいじゃない!」
ジョンの繰り出す攻撃をダガーで受け続ける。
「……」
「ジョンも一緒に逃げようよ。レナも必ず合流するって言ってたから」
わたしの言葉を聞いたジョンが一度距離を置いた。
「ねえ、ジョン。ソフィーは、わたし達のような子供を生み出さないような国にしてくれるって言ったわ。だから、ジョンも一緒に行こう。ソフィーに力を貸して」
「……もし ……この国が、俺達のような子供がいない国になったらいいな」
ジョンの腕が下がり、表情が和らぐ。
「じゃあ、ジョン……」
「だが命令は絶対だ」
ジョンの表情が歪み、またダガーを構える。
「なんで……」
「死ね! 13!」
今までの攻撃とは違い、重く、鋭い攻撃だった。
わたしとジョンじゃ体力が違う。
ずっと受け続けたら、腕がしびれてダガーを持てなくなる。
後ろにソフィーがいるから、避ける訳にも行かない。
そんな事をしたら、ジョンはソフィーに襲い掛かる。
でも、ジョンを殺すなんて……
悩んでいるうちに、だんだんジョンに押され始める。
「ひっ!」
わたしとジャンが近づいて来た事でソフィーが引きつった声を上げる。
そうだ、わたしはソフィーを守ると誓った。
奥歯を噛みしめる。
ジョンの攻撃を受け止めてつばぜり合いにする。
「ごめん、ジョン。わたしはソフィーを守る」
「ああ、そして俺は王女を殺す」
二人の道が決して交わらないと、お互いに告げる。
ジョンは力任せにわたしを突き飛ばすと、最後の一撃を突き出す。
わたしはそれを体をひねって避け、ジョンの体にダガーを突き立てた。
ジョンは一瞬棒立ちになり、自分の体に刺さったダガーを見るとそのまま膝から崩れ落ちる。
「ジョン!」
わたしはジョンの体を抱きかかえると、静かに横たえる。
「……すまないな、クリス」
口元から血を流しながら話すジョンの声は弱々しい。
「ごめんなさい」
「……謝るな。……俺は王女を殺すように呪いを掛けられた。仕方が無かったんだ……」
「呪い?」
「……ああ、教官長がいなくなった位に、リベットが連れてきた奴にネイの神官がいたんだ……」
暗黒の女神ネイの神官?
「なんでそんな奴が!?」
「……さあな。……クリス、お前は逃げろ。……そして、俺達のような子供が生まれない国に…… ゴフッ!」
ジョンが血を吐き出す。
「ジョン!」
「……俺の他にも呪いを掛けられた奴が追ってくる…… 早く逃げ……」
ジョンの目の光がだんだん弱々しくなる。
「ジョン! 死なないで!」
傷口を押さえるけど、血がどんどん流れる。
「……逃 げ… 早く…… 逃げ」
ジョンの体から力が抜ける。
「ジョン! ジョン!」
何度呼んでもジョンの目が明くことは無い。
そうよ、だってわたしが殺したんだもの。
「ごめんね、ジョン……」
わたしは立ち上がっていつの間にか後ろで座り込んでいたソフィーの前に立つ。
「逃げましょう」
だけど、ソフィーはわたしが近づいても焦点の合わない目でジョンの方を見ている。
「ソフィー、早く逃げないと」
ソフィーに手を差し出す。
「ひっ!」
だけどソフィーは、わたしの手から逃げるように後ずさる。
「ソフィー、しっかりして!」
「いや! もういや!」
ソフィーがパニックを起こす。
「ソフィー、落ち着いて」
両肩をつかんでゆくり話しかける。
「いや! さわらないで!」
わたしの手から逃げようと暴れ出す。
しょうがない。
ソフィーの頬を平手で打つ。
「ソフィー、逃げないといけないの。分かる?」
ソフィーはおびえながら何度も頷く。
「じゃあ立って」
ソフィーはゆっくり立ち上がる。
「行くわよ」
わたしが手を差し出したけど、ソフィーは一歩後ずさる。
「……ついてきて」
そう言ってわたしが歩き出すと、少し遅れてソフィーが歩き出す。
後ろを気にしてソフィーがはぐれないペースで歩く。
ソフィーにとっては慣れない森の中という事もあるんだろう、歩く速度は決して早くない。
ジョンが言った通り他にも追っ手がいるとしたら、このままだと追いつかれる。
だけど足を止めて振り返ると、ソフィーが生気の無い顔色で義務的に足を出しているだけだった。
この調子じゃここで休憩した方がいいかもね。
「ソフィー。暗くなって来たし、今日はここでキャンプしましょう」
わたしが声をかけると、ソフィーは地面にへたり込む。
昨日みたいに木の上にベッドを作る時間もないし、何も出ない事を祈りましょうか。
バックパックから食料を取り出してソフィーに差し出す。
「食事にしましょう」
ソフィーは膝に顔を埋めて首を振る。
「食べないと持たないわよ。明日も森の中を歩くんだし」
「……」
しょうがないわね。
わたしは明日の事も考えて、硬いパンを少しだけかじると木の幹に寄りかかる。
ソフィーの寝息を聞きながら、そのまま辺りを警戒しながら朝を迎えた。
「ソフィー。起きて」
昨日と同じ体勢のまま寝ていたソフィーの肩を揺する。
「うぅん」
最初はぼうっとしていたソフィーだったけど、目が覚めると身を強張らせる。
「大丈夫?」
「……平気です」
「食事は」
「いりません」
バックパックから出しかけた食料をしまい込む。
「もう歩かるかしら?」
「はい」
ソフィーは立ち上がると、無言でわたしが歩き出すのを促す。
「行くわよ」
ソフィーに声をかけると、わたしは歩き出した。
途中で木に登って太陽の方向を確認しながら歩き続ける。
そして、太陽が頭の上に来る頃、近くでほんの少し異音を聞いた気がした。
「ソフィー、止まって。なるべく音を立てないようにして」
ソフィーはわたしに言われた通り、その場で足を止めて不安そうに辺りを見回す。
わたしは地面に耳を当て、少しの音も聞き逃さない様に集中する。
聞こえてくるのは……
立ち上がると、わたし達が歩いてきた方向の少し斜めに声をかける。
「いるんでしょ?」
そのまま一点を見ていると、しばらくして人影が姿を現す。
頭からローブをかぶり、顔は分からない。
そいつがわたし達に近づきながらローブを脱ぎ捨てると、黒髪に木で作ったと思われる仮面をかぶっていた。
「どうしたの? 顔なんか隠して?」
「……」
話しかけたけど無視された。
声でも聞ければ、男か女か分かるのに。
仮面の人物は、少し離れた所で足を止めると腰からダガーを引き抜く。
「あなたも呪いを掛けられたの?」
そこで初めて仮面の人物がピクリと反応する。
「そう……。だったら話し合っても無駄ね。わたしはソフィーを守るから」
腰からダガーを抜いてソフィーの前に立つ。
しばらくにらみ合っていると、仮面の人物はそわそわしたように、小さく動き出す。
じれたのかしら?
だんだんと動きが大きくなり、突然はじかれたように一直線にソフィーに向かう。
捨て身の攻撃?
まずいわね。
わたしの体格じゃあ受け止めようとしても弾かれるかもしれない。
「ごめん……」
わたしと仮面の人物が交差する瞬間、のど元を切り裂く。
あたりに勢い良く血が飛び散り、仮面の人物は倒れこむとそのまま動かなくなる。
自分が殺めた人の顔位覚えておかないと思い、体を仰向けにしてかがみ込んで仮面をとる。
「ヘンリー……」
そこには目を見開き、苦痛に顔を歪ませた仲間がいた。
唇をかみ締め心の中で謝ると、そっとヘンリーのまぶたを閉じる。
「行きましょう」
立ち上がり後ろにいるソフィーに話しかける。
だけど、ソフィーは飛び散った時に手に付いたヘンリーの血を見ながらガタガタ震えていた。
ソフィーの手首をつかむと、手に付いた血を拭う。
「ソフィー、行くわよ」
声をかけると、生気のない目でわたしを見る。
「ソフィー、分かる? 歩くわよ」
今度はわたしの言葉が届いたのか、ふらふらと足を出す。
わたしが手を握っていても嫌がったりしないので、そのままソフィーの手を引いて森の外を目指す。
ソフィーは途中で食事もとらずに、ただわたしの手の引く方に歩く。
最低限の休憩や仮眠を挟むけど、心ここにあらずといった感じのソフィーに見張りをしてもらう訳にも行かないから、必然的にわたしが辺りの警戒をする。
だけど、城から逃げ出してからほとんど寝ていなかった事もあって、所々で意識が飛び飛びになる。
そんな状態で、次の仮面の人物を迎える事になった。