クッキーはほろ苦い
「ハ、ハイネさん。こんにちは」
「セレスさん! よかった。今日、おそらくおいでになると思ってずっとお待ちしていたんですよ」
カラフルベリー亭を訪れたセレス達。店で働くハイネがセレスとその弟子達を満面の笑顔で出迎えた。なお、セレスのあこがれの人であるこの女性との邂逅はすでにクナイも済ませていた。セレスが街を訪れた日は大抵この店に足を運ぶからだ。その本来の目的がデザートではないことは、もちろん皆とうの昔に知っている。
店先に書かれていた内容によると、今日が『戦慄の月夜』前の最後の営業日らしい。店の中は甘いものを好む客達が舌鼓を打っていた。時間が中途半端だったのが幸いしたのか人影も多くはなく、セレス達は空いている窓際の大きなテーブルへと案内される。
「ええと、いつものやつお願いします」
「かしこまりました」
常連にのみ許される注文に笑顔で答え、ハイネは白いエプロンを揺らして去っていった。セレスは金色の髪が映える後ろ姿をぼうっと見つめていたが、やがて自分を見つめる三対の視線に気付いて慌てて正面に向きなおる。
「い、いやあ、結構空いててよかったね」
「まさしく僥倖に候」
「……そうですね」
「……」
カラフルベリー亭の中では、どちらかというと無口なルナルナだけでなくなぜかミーアまでもがあまり喋らなくなる。そのことに最近気付いたセレスだったが、口数が少なくなる理由にまでは理解が及んでいなかった。
「いずれ製法を学び、我が国にもここのケーキなる菓子の存在を知らしめたいものに候」
「……君は弟子に来る場所を間違えたんじゃないか?」
主にセレスとクナイが雑談を交わすテーブルへと軽やかに近付く足音があった。ハイネがその手にデザートの載ったトレーを持ってやってきたのだ。
「お待たせしました。ケーキセットになります」
各々の前に並べられるお皿に、それぞれの目が釘づけになる。ふんだんにベリーがあしらわれたケーキの甘い匂いが四人の鼻腔をくすぐった。なお、ケーキの種類は基本的に日替わりであり、ベリーが使われているという共通項目以外は注文してみるまで分からなかった。
「きょ、今日も美味しそうですね」
「ありがとうございます。実はこのケーキは今日が初御披露目になるんですよ」
「そ、そうなんですか!? そ、それは楽しみです!!」
確かに言われてみるとこのケーキは常連であるセレスの記憶にないものだ。子供のように喜ぶセレスにハイネの形のよい唇が笑みを作った。
「うふふ、そんなに意気込まれると緊張してしまいます……でも嬉しいです。ゆっくり味わってくださいね。可愛い御弟子さん達も、ね」
美しく咲き誇る一輪の笑顔に微笑みかけられたミーアは赤くなってつぼみのように俯いた。ルナルナは感情を浮かべずに頷き、クナイは楽しみに候、と一礼する。
そんな四人のテーブルに、セレスが注文しなかったお菓子の皿が置かれた。
「? ハイネさん?」
「以前、結局手作りクッキーを御渡しできなかったでしょう? 今日、セレスさんがおいでになると思ったので作ってきました。よかったら召し上がってくださいな」
ほどよい色加減で焼かれたクッキー。チョコレートのチップが混ざっているそれはケーキに負けず劣らずとても美味しそうである。
「い、いいんですか!?」
「ええ。それに、戦う術のない私にはこれくらいのお役にしか立てませんから……。あの……無事をお祈りしていますね」
「ハ、ハイネさん……」
ハイネが一礼をして去っていくと、しばらくしてセレスはクッキーに手を伸ばし、それにクナイも追随した。ミーアとルナルナはそれぞれケーキにフォークを入れる。
「ほう……これは美味なり。あの御仁はかなりの達人に候」
「うん。本当に凄く美味しい。ああ、ハイネさん……」
カリコリと小気味のよい音を立ててセレスとクナイはクッキーをひたすらに嚥下する。対して、ミーアとルナルナはなぜかクッキーには手を伸ばさずに、ひたすら目の前のケーキだけを食していた。
やがてケーキも食べ終わったセレスがお礼を言う為に席を立ち、今は手が空いているらしいハイネのところへと向かう。店の片隅でハイネを捉まえたセレスは顔を上気させて語りかける。ハイネもまんざらではない様子だった。
残されたテーブルでは、二人の少女達がそれぞれ複雑な目でまだ手をつけていないクッキーを見つめていた。
「うー……」
「……」
「お二人は食べないので?」
すでに自分の取り分を食べ終えたクナイはのんびりとジュースをすすっていた。その言葉にミーアとルナルナは顔を見合わせ、お互いを計るような目で見つめあう。何だかんだいって二人も女の子であり、お菓子の類は大好物なのだ。ついにルナルナがお皿へと手を伸ばした。
「うう、ルナちゃん……」
「クッキーに罪はない……」
自分を納得させようというのかぼそりと呟き、ルナルナはクッキーを一つつまむと口へと運んだ。
「……確かに美味しい……」
一口かじったルナルナは目を丸くしてそう言うと残りも一気に食べ、すぐに次の一枚に手を伸ばした。そんな姿をみたミーアもついに己の食欲に負けたのか、やがて香ばしい焼き菓子をその手に取る。ミーアの口の中でクッキーは軽快な音を立て、何ともいえない甘さが少女の舌の上に広がっていった。
「ふわ……確かにすごく甘くて美味しい……」
「……腕の良さを……認めざるを得ない……」
ミーアもルナルナもそれぞれの感想を口にしつつクッキーを次々と頬張り始める。やがて、ミーアがぽつりと呟いた。店の隅で己の師と談笑する一人の女性へちらりと視線を投げながら。
「美人だし……優しそうだし……料理も上手い……」
ミーアはそこで言葉を切り、瞳に新たな決意を宿してこう言った。
「でもでも、あたし、あの人に負けないよ」
「クズ先生は大きな胸がお好きなよう……」
ルナルナはミーアの胸をじっと見つめ、やがてぽつりと零す。
「絶望的……かも……」
「ルナちゃん……ひどい……」
ミーアは涙を浮かべながら最後の一枚をかじる。
甘いはずのそのクッキーは、なぜかビターな味がした。




