表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第一章 You are followed! (アンタについていきやス!)
5/41

V

「違うんでやス! これは不可抗力なんでやス!」

 インプは、淡々と上着を脱ぐフェルディックに向かって、必死に自分の失態を弁解しようとしていた。

「僕だってスカートの中身を見たい気持ちも分かるよ。――男だしさ。でもそれって、子供のやることだろ」

「こ、子供と一緒にしないでほしいでやス! あっしは元々そういうふうに生まれたんでやス!」

「――ふーん。インプってスカートを見ると我慢できない生き物なんだ」

「イ、イヤ……。個人差はありやスけど……」

 ――個人差って何だよ。

 フェルディックは上着を逆さまに着終えると、ぱっぱっと服のしわを伸ばす。

「それじゃ、僕は早くこの森から出ないといけないから――」

 これ以上、この悪魔に構っている暇はない。

 フェルディックはインプを置いて、さっさと歩き出す。

「え、ちょっと――!?」

 インプが素早い動きで、フェルディックの前に立ちはだかる。

「――何?」

 フェルディックは抑揚のない声で言った。

「ナ、ナニって――。あの、もしかして。あっしを置いていくつもりじゃあ……」

「駄目なの?」

「ダ、ダメって……。この哀れな小悪魔を救おうって気はないんでやスか!」

 インプは、フェルディックがいなければ森から出ることができない。

 ――まあ裸だし。

 フェルディックはそれを承知の上で、あっさりと答えた。

「ないね」

 ――ピシィッ! インプの皮膚が硬直し石化する。それからボロボロと崩れ落ちた。

 フェルディックはそんなことお構いなしに、インプを無視して再び歩き出す。

 すると、いつの間に復活したのか、またもやインプが彼の前に立ちはだかる。

「ヒドイ、ヒドスぎる! 鬼、悪魔、人でなし!!」

 今度はフェルディックを指差し、いかにも見捨てられた奴らしい台詞で罵倒する。

「その言葉、全部君に返すよ」

 頭に角があって悪魔で人でないのはどう見てもインプの方だ。

 ムッとしたフェルディックは、インプを避けて通ろうとするが、インプはしつこくそれを阻止した。

 イライライライラ……。

 右へ、左へ、時にはフェイントを掛けてみるが、インプは見事なディフェンスでそれを阻止した。

「――もう、いい加減にしてくれ!」

 フェルディックの声に、インプはビクリと反応し、驚いた鳥が羽ばたいた。

「いいかい、僕が君を助ける理由なんてない。むしろ、君のどうしようもない“いたずら”に巻き込まれた僕に謝ってほしいくらいだね」

 フェルディックは、積もり積もった怒りを爆発させ、猛烈な勢いで一気にまくしたてた。

「ほら、僕の言ってることは何か間違ってるかい? 何か言ってごらんよ」

 どうなんだと言わんばかりの態度で、インプに問い詰める。

「ソ、ソレは……」

 インプははっきりしない態度で、ぶつぶつと小さく何かを唱えている。

「わかっただろ、僕がお前を助ける理由なんてない。じゃあね――」

 言って、フェルディックは歩き出す。

 背中越しに、インプがその場で泣きじゃくっている様子が伝わってくる。

 イヤダとか、死にたくないとか、うわずった声で、まるで子供みたいに泣く声が聞こえる。

 フェルディックは深く肩を落し、小さく呟いた。

「――わかった。僕が大人気なかったよ」

 振り返って、もう一度言う。

「わかった、僕が悪かった! 大人気なかったよ!」

 インプが、半べそかきながらフェルディックを横目で見る。

「わかったから、もう泣くな」

 インプは長く垂らした鼻水を、ズビーっとすする。

「――ほら、ちゃんとついてこないと置いてくぞ」

 フェルディックはインプに背を向け、数歩して止まる。

「あんまりゆっくりしていられないんだ。早くしてくれよ」

 それまでとは違う、やさしい口調で言った。

「ア、アニキィ……アンタって人はぁ……」 

 インプはフェルディックの慈悲に心を打たれ、熱い思いが込み上げる。

「デカい、デカすぎるよ! ――決めた、あっしはアニキについていきやス! アニキに男を学ぶんでやス!」

 インプは瞳を輝かせ、嬉しそうにフェルディックに飛びついた。

「うわっ! やめろ気持ち悪い!」

 フェルディックはインプを振り払おうとするが、インプは背中の丁度良い場所に張り付いているので、手が届かない。

「ウケケ、アニキーアニキー!」

「まったく、調子の良いインプだよな。大体兄貴って何だよ……」

 お前みたいな弟いらないよ。――とは言えなかった。

「あっしの名は“チゲ”でやス。アニキの名はなんていいやスか?」

「フェルディック。フェルディック・ブライアン」 

「よろしくでやス、フェルディックのアニキィ!」

 嬉しいんだか悲しいんだか。

 なんだか変な生き物に好かれたな。

 フェルディックは頬をかいて、少し照れくさそうにその名を呼んだ。

「はいはい、わかったよ。それじゃ行くぞ、チゲ」

「ハイッ! 感激でやスッ!」

 チゲは嬉しそうに、フェルディックの肩の辺りにピッタリとくっついて離れない。

「まったく、調子のいい奴だな」

 フェルディックは、小さく微笑んだ。

「クスクス……」

 フェルディックは立ち止まる。

「アニキ、今わらったでやスか? 女の子みたいな笑い方するでやスね」

「……いや、僕じゃない」

「――イッ?」

 フェルディックは静かに、辺りに注意を払う。

「クスクス……クスクス……」

 また聞こえた。小さな女の子の笑う声。

 森の異変に木々がざわつく。

 それにどうやら声の主は一人ではないらしい。声は後から次々と、何重にも重なりあって反響し、頭の中にまで響いてくる。

「インプがニンゲンと一緒にいるよ――」

「変だね――」

「変てこだね――」

「チゲ、もしかしてこれって」

 フェルディックは、注意深く辺りの気配を探りながら、小さく呟いた。

「そうでやス。妖精でやス」

 チゲは静かに、怒りを込めて言った後、空に向かって叫んだ。

「ムキーッ! 隠れてないで出てくるでやスッ!」

 ――ピタリ。声が止んだ。

 緊張が走る。

 コソコソと会話する声。

 これから自分達をどうするのか会議をしているのだろうか。

 ――ピタリ。また声が止む。

 カサカサッ! と音がした。

 茂みから、二匹の小さな妖精が姿を現した。

 大きさはチゲと同じくらいだろうか、羽の生えた可愛らしい少女の妖精だった。

 一匹は恥ずかしそうにスカートの裾を下に引っ張っており、もう一匹は険しい表情をしている。

 険しい表情の妖精がビシィッ! とチゲを指差した。

「そこのインプ! アンタこの子に何したか覚えてるわよね」

「イッ!」

 チゲの目がカッ! と見開いた。

「アンタがこの子のスカート覗くから、この子飛べなくなっちゃったじゃない。どうしてくれるのよ! ニンゲンの力を借りて森から抜け出そうったって、そうはいかないんだからね。アンタみたいなヤツと一緒にいるニンゲンも同罪よ、同罪! ここから逃がすもんですか!」

 そーだそーだと、彼女を応援する声。

「ア、アニキィ……」

 チゲは助けを求める目でフェルディックを見たが、フェルディックはしらけた目でチゲを見た。

 やっぱり連れてこなきゃよかった。――そう目が物語っていた。

「ソ、ソンナァ……」

 チゲはしおれて、地面に落下してゆく。

 しかし、困ったことになった。

 チゲのおかげで、フェルディックもこの森から出られなくなってしまった。

 不本意だが、ここは自分でどうにかするしかない。

「あのさ、許してほしいなんて都合のいいことは言わないけど、僕はどうしてもこの森から出なくちゃいけないんだ。だから、どうすれば僕たちをここから出してくれるか教えてくれないかな?」

 フェルディックはできるだけ丁寧な口調で言った。

「ア、アニキィッ!」

 チゲは飛び上がり、きらきらと目を輝かせた。

「ふん、ニンゲンのクセに偉そうね。ワタシそういうウエからメセンっていうの嫌い!」

 彼女は舌を出してべーっとした。フェルディックの態度が気に入らないようだ。

 チゲは不安そうにフェルディックを見る。

 フェルディックは軽く咳払いし、すぅっと息を吸い込む。

「――ごめんなさい。どうか哀れな僕達を、あなた様の広い心で許してはくれませんか。どうかこの通り、お願いします」

 言って、フェルディックは深々と頭を下げた。

「き、急に態度を変えたってダメよ! そんなんじゃ許さないんだから」

 ――と、その時。

 それまで恥ずかしそうにスカートの裾を下げていた妖精が、彼女のスカートの裾を引っ張った。

「――え、どうしたのリコ?」

 リコと呼ばれた妖精は、彼女に耳打ちをする。

 彼女はうーんと喉を鳴らしながら腕組みをし、爪先をトントンさせる。

 なにやら考え事をしているようだ。

 彼女は、どうにも納得できないといった様子で、二人に言った。

「むぅ、仕方ないわね。……いいわ、ここから出してあげる」

「本当に?」

 フェルディックの声が高くなる。

「――ただし!」

 彼女は、ビシィッ! とフェルディックを指差す。

 やはり、簡単には許してくれそうにないみたいだ。

「アンタの着ている服を少し貰うわ。この子、リコがアンタのボロっちい布をズボンにするって言ってるの!」

 リコは頬を紅く染め、モジモジとしている。

 妖精のズボンくらいなら、袖をちぎるくらいで足りるだろうか。

 思ったより簡単な要求に、フェルディックは安堵の息を漏らす。

「構わないよ。そのかわり、このインプも一緒に森から出して欲しいんだけど」

 彼女は、リコに確認の目線を向ける。リコは小さく頷いた。

「ありがとう。助かるよ」

 フェルディックがリコやさしく微笑みかけると、リコは目を伏せた。

 ――あれっ?

「いい、ワタシは認めないからね」

 険しい表情の妖精は言いながらも、フェルディックのところまで飛んで行く。

「服の袖でいいかい?」

 フェルディックが確認を取ると、彼女はリコの方を見る。リコが頷く。

 彼女は手に光を集めると、服の袖だけ器用に切り抜く。

 これも妖精の魔法なのだろうか。

 興味深そうに覗くチゲを、彼女が鋭い目で睨み付けるので、チゲは声を上げてフェルディックの背中に逃げ込んだ。

 彼女は、切り終えた服の袖を左手にだらんとぶら下げると、右手を空に向かってくるくると回し始める。

 ――すると、彼女の指先に、たくさんの小さな光が集まりはじめた。

 その光は、やがて一つの大きな光へと成長し、彼女の「えい!」という掛け声と共に、天高く舞い上がり、パンッと空中ではじけた。

 光の粒子が、キラキラと森に降りそそぐ。

「すごい、これって魔法?」

 フェルディックは生まれて初めて見る魔法に、驚きと喜びを隠せないでいた。

「魔法っていうか、ただの合図よ。森から出られるように“この森”に合図したの。――まあ、光を作ったのは確かに魔法だけど……」

「すごい、本当に魔法が見れるなんて!」

 フェルディックは手のひらに光の粒子を集めようとするが、光は手に触れると雪のように溶けてしまった。

「褒めても何も出ないわよ。……あっ! そうそう、後コレね――」

 そういうと、彼女どこからともなく、身の丈ほどもある石を取り出してこちらに差し出してきた。丸い球のような石からは、薄っすらと光が放たれている。

「これは?」

「暗くなったら明かりが必要でしょ。これは、念じるだけで光を放つように魔力を込めた特別な石なの。感謝しなさいよね」

「あれ? 何も出ないんじゃ――」

「コレはワタシじゃなくて、あの子! リコからよ!」

 彼女は、リコの石を半ば強引にフェルディックの手に握らせた。

「ちゃんとお礼言いなさいよね」

「あ、ありがとう……」

「違ぁーう! ワタシじゃなくてリコによ!」

 彼女はフェルディックに一喝すると、リコの方に向き直る。

「ほら、アンタも何かいいなさいよ」

 彼女は、リコに何か言うようにと促すが、リコはモジモジするだけで何も答えない。

「もう、アンタって子は!」

 リコのはっきりしない態度に彼女はいらだっているようだ。

 その様子に見かねてか、フェルディックは自分からリコに礼を告げることにした。

「あの、石までくれて、本当にありがとう。大切にするよ」

 リコはフェルディックの言葉に頷くと、両手で顔を隠し、猛ダッシュで茂みの中へと消えてしまった。

「あ、ちょっと、待ちなさいよ!」

 袖をぶら下げた彼女も、リコを追いかけて消えてしまう。

 あっという間のできごとに、フェルディックはただ呆然と見送ることしかできなかった。

 森は、いつもの静けさを取り戻していた。

 どうやら、彼女らが去ったと同時に、他の妖精もどこかへ消えてしまったらしい。

「アニキィ、やっぱアニキは最高でやス!」

 チゲは嬉しそうに飛び回る。

 フェルディックは、ふと右の手の平に視線を落とした。

 リコのくれた石が、淡い光を放っている。

「リコ……ちゃんか、かわいい妖精だったな」

「ゲッ!」

 フェルディックが漏らした言葉に、チゲが反応する。

「アニキィ、かわいい子分ならここに――」

「お前はかわいくないよ」

「――イッ!」

 フェルディックの素早い切り返しに、チゲの眼がカッ! と見開く。

「そ、そうでやスね……。あっしはアニキに男を学ぶんでやス! かわいいんじゃなくて、かっこいい男になるんでやスよ!」

「はぁ……。お前ってヤツは……」

 何か勘違いしているチゲに、フェルディックはカクンと首を折る。

「いいんでやス。ミナまで語るなでやス。あっしは全部わかっているでやス」

 チゲはうんうんと頷く。

「チゲ、お前、全然わかっていないよ」

「――エッ? 何か言いやしタ?」

 聞いてないのかよ。

「もういい、行くぞ」

 フェルディックはチゲを置いて歩き出した。

「ア、チョット、アニキマッテー!」

 二人はドルイドの小屋へと、森の中に消えた――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ