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Nightmare Knight  作者: tillé.o.fish
第一章 You are followed! (アンタについていきやス!)
3/41

III

 湿った空気が充満する、薄暗い森の中をつきぬける。

 ぽっかりと、丸く切り開いた開いた空間に、夕影の差し込む、寂れた一軒の小屋。

 風が、枯葉をさらい、木々をざわつかせていた。

 ドルイドの小屋を前に、フェルディック、マントン、デリックの三人は、無言で佇んでいた。

「おい、デリック。これがお前のいう“小屋”というやつかね……」

 マントンは、眼前の光景に唖然とした。

 ウエストリード通りを外れ、森の中を馬車が走ること一時間。

 フェルディックたちを出迎えてくれたものは、ドルイドの“小屋”というより、むしろ、ドルイドの“廃屋”といった方が正しい。

 建物の木は腐っていて、今にも崩れ落ちそうだ。

「なんてことだ、この私が、こんなボロ屋で一夜過ごすことになろうとは」

 マントンはがっくりと、うなだれた。

 彼には残念だが、もうすぐ日が落ちる。いまさら別の宿を探すわけにもいかない。それに、廃屋でも、野宿に比べればまだいい。

 廃屋のドアを、マントンがゆっくりと開く。

 錆びた金具の音が響かせ、外光が、玄関に割って入った。

 室内は薄暗く、視界は悪い。

 マントンを先頭に、フェルディック、デリックと、続いて入る。

 床を踏むたび、ギシギシと木の腐った音がきこえた。

 マントンがカーテンを開け放つ。

 夕影に染まった調度品が、姿を現した。

 ひび割れたテーブルと椅子、蜘蛛の巣のはった暖炉、それから食器棚。

 放置されて長いこと経つようだが、確かに、ここに人が住んでいたという、生活観は感じられた。

 嫌な顔をしながらも、さっそうと部屋を物色し始めるマントン。

 フェルディックとデリックの二人は、持っていた荷物を床に降ろした。

「どうやら、ベッドは一つしかないようだ。はっきりいって、こんなベッドは遠慮したいがね」

 マントンは、ベッドからシーツを摘み上げ、二人に向かって放してみせる。

 ――ばさりっ、埃が舞い上がり、マントンは口を覆った。

「じゃぁぁぁ、ボクがぁぁぁ」

「――お前はどこででも寝れるだろう!」

 マントンは間髪入れずに、デリックを制する。

 フェルディックも、確かにデリックはどこでも眠れそうだ、と思った。

「このベッドは私が使わせてもらう。いいね」

 マントンは二人に、文句はないな、と視線をうながす。

 そして、先ほどの埃まみれのベッドシーツを抱きかかえ、二人の前で足を止めた。

「シーツを綺麗にするのだよ。それとも、君たちがやってくれると言うのかね?」

 二人は顔を見合わせ、マントンに道を譲った。

 ふんと鼻を鳴らし、マントンは外へ出て行く。

 マントンの消えた後、部屋の中には、静けさだけが残った。

 フェルディックは、改めて、部屋全体を見直してみる。

 ――こうして見ると、なんだか不気味だな。

 目にしている光景は、先ほどと何一つ変わっていない。だが、マントンの去った後、物音一つしない部屋を眺めていると、なんだかこの建物にじっと見られているような気がしたのだ。

「……では、私も外へ」

 フェルディックは言った。

 デリックが何で? という顔をしたので、彼が話し始めるより早く、

「――部屋の中にいても退屈ですし」

 と、理由を付け加えた。

 デリックは、相変わらず開けたままの口で、頷いた。

 廃屋から外に出たフェルディックは、森の湿った空気を、胸いっぱいに吸い込み、背伸びする。

 旅立ってからずっと、馬車の中で揺られていたので、体の節々が痛い。

 息抜きに散歩でもしようと、辺りを見回すと、大きな切り株が目に留まった。

 近づいてみると、切り株の年輪に、ざっくりと割った切り口が残っていた。

 斧は見当たらないが、どうやら、ドルイドじいさんは木こりをやっていたらしい。

「ああ、君!」

 切り株をみつめるフェルディックの後ろで、男の声がした。

 フェルディックが振り返ると、男が手を振りながら、こちらへやってくるのがみえる。――馬車の運転手だ。

「やあ、すまない、ええと。フェル――。えぇと、確か……」

 フェルディックは、ここにきて初めて馬車の運転手の顔をまともに見た。

 帽子をかぶった、人の良いおじさんといった印象がした。

「フェルディックです」

「――ああ! すまない! フェルディック君だったね」

 運転手のおじさんは、悪気の無い笑顔で答えた。

「実は、少し頼みたいことがあるんだが……」

「はい、私にできることなら構いませんが」

 フェルディックは即答した。

 マントンとは違い、運転手のおじさんのように、嫌味のない人の頼みなら喜んで引き受ける。

「それはありがたい!」

 運転手のおじさんは両手を広げ、大いに喜んだ。

「実は、頼みというのはね。馬のことなんだよ。彼らに水を飲ませてやりたいんだが、日が暮れる前に毛並みを整えてやりたくてね。――そこで君に、川まで水を汲んできてほしいんだ。お願いできるかな?」

「はい、それくらいなら喜んで」

 フェルディックは笑顔で、快く引き受けた。

「ありがとう、助かるよ」

 フェルディックは運転手のおじさんに、馬車の止めてある場所まで案内された。

 馬車から切り離された二頭の馬は、今はそれぞれロープで木に繋がれていた。お腹が空いたのか、辺りに生えている雑草を食べている。

 フェルディックは、運転手のおじさんに木のバケツを一つ持たされた。

 思ったよりも少し大きい、水を入れたら重そうなバケツだ。

 それから、川の流れている場所を教えられた。

 夕日が見える方向に、森を真っ直ぐ突きぬけたところにあるそうだ。

 行って帰るのに、さほど時間は掛からない。

 ただ、道という道がないので、迷っては大変だ。

「迷わず帰れるように、君の腰に提げている剣で、木に印をつけて行くといい」

 運転手のおじさんは、親切に教えてくれた。

「ありがとうございます。では、行ってきます」

「よろしく頼むよ」

 フェルディックが川の方向へと、歩み出す。

 ――ふと、何かを思い出した運転手のおじさん。

「ああ、それから」

「はい、なんでしょう」

 振り返るフェルディック。

「おそらく大丈夫だと思うけどね。森の妖精には気をつけるんだよ。妖精に危害を加えようものなら、迷って出られなくなってしまうからね」

「――妖精が出るんですか!?」

 フェルディックが驚きと、期待の入り混じった声を上げる。

「おや、君は妖精を見たことがないのかな?」

「はい、ずっと村の中で生活していたので」

「――ふぅむ、そうか。しかし、妖精のいたずらというのは、ゴブリンなんかよりよっぽど怖いんだ。なにせ、ゴブリンからは逃げられるが、妖精からは絶対に逃げられない。妖精の無邪気さは、時に人を殺すこともあるんだよ」

 運転手のおじさんは、妖精の怖さをよく知っているような口調だった。

 同時に、フェルディックを気遣ってくれているのが分かる。

「そうですね。気をつけます」

「残念だが、フェルディック君。君の身のためだ」

 運転手のおじさんは、フェルディックの肩を軽く叩いた。

「だが、もし出会ったなら。服を逆さまに着ることだ。旅人の間でそういう言い伝えがある」

「ありがとうございます。けれど、水を汲んでくるだけです。すぐに帰ってきますよ」

 フェルディックは笑ってみせた。

「それもそうだね。では、お願いするよ」

「はい、それでは」

 フェルディックは踵を返し、川の方へ、森の茂みの中へと消えてゆく。

 運転手のおじさんは、フェルディックが見えなくなるまで見送った。

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